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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第六章【ひと月の異世界生活】
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第二百五十六話:暗い森の人

 闇よりも暗い月の夜、彼らは地上に落ちる。

 彼らは森人エルフの中に、本来ある筈の無い陰りを見出し、宿る。

 陰りは彼らを育て、やがて世に厄災を振り撒く。

 厄災は人を、街を、土地を、歴史を飲み込む。


 暫くの厄災の後、光よりも明るい大地に人々は立つ。

 人々は自らの中に、本来ある筈だった照りを思い出し、祈る。

 照りは人々を導き、やがて世に色彩を齎す。

 色彩は彼らを暴き、裁き、戒め、禁じ、未来を描く。


 遥か先、人々は語り継がれる。歴史を紡いだ偉人として語り継がれる。




————————


 月の中頃の休暇、プリムラの付き添いで来たネルソン診療所の待合所。そこで適当に読んだ絵本“暗い森の人”には、大雑把な絵に似合わぬ難解な文章が綴られていた。

 この絵本で“彼ら”と呼ばれているのは、深く考えずともダークエルフのことだろう。ダークエルフがどこからかやって来て、本来ある筈の無い陰りはなんのことだかわからんが、エルフの中に宿る。……ん? ダークエルフがエルフに宿るのか? ダークがエルフに宿ってダークエルフになるのか?

 暇なこともあって絵本を考察しているが、わからないことは多く、些細な違和感に振り回される。すると、出入口が静かに開き、閑散とした診療所を賑やかす風が吹き込み、黒いマントで全身を覆った見覚えのある人物が入って来た。


「シオン?」


「え? レイホ?」


 鉢合わせしたことでお互いに一瞬時が止まる。


「……風強いから、扉閉めて」


 風の悪戯に遭ったプリムラが手櫛で髪を整えながら発した言葉により、俺たちの時間は再び動き出す。


「あぁ、ごめんごめん。こんな所で会うと思ってなかったから驚いちゃった」


 後ろ手で扉を閉めながらフードを外す。


「プリムラは薬品調合の勉強兼受付で、俺は付き添いだ」


 調合の勉強をすると言ったものの、図書館がある上流区はプリムラにとって禁域だ。中流区の本屋でも調合の本はあるが、種類が多すぎてどうしたものかとネルソンさんに相談したら、まるで準備していたように調合書を渡してくれた。勉強道具や場所も提供してくれたが、その代わりに受付の仕事をやらされることになった。

 診療所の手伝いは嫌だと言っていたが俺と一緒なら不満は無いらしく、上手く勉強と両立させている。


「あー、そっか。休みの日も頑張るねぇ」


 事情を理解し、褒めながら受付の方に歩いて行くシオンに絵本が見つからないよう、さり気なく移動させる。


「どこか悪いの?」


「うんや、ちょっと薬を貰いに来ただけ。ほら、他の薬屋に行くと面倒な事になるかもしれないから」


 笑いごとではないことを笑って話すシオンに、プリムラは微かに眉根を寄せた。


「早く薬作れるようになるから、待ってて」


「うんうん、期待してるよ。で、先生、今いる?」


「見て来る」


 プリムラは椅子から立ち上がり、診察室の方へと小走りで向かう。それを見送ってシオンは体を反転、両肘を受付台に乗せて寄り掛かりながら俺の方を見た。


「いい娘だねぇ」


「そうだな」


 プリムラについて話を広げる気はなかったので、本棚を眺めながら簡単な相槌で済ませる。


「ちゃんと構って、守ってあげてね」


 過保護に扱って依存されたらお互いの為にならないが、と心の中で前置きしてから「そうだな」と答える。


「なんでちょっと間を開けたの?」


「……思うところがあったからだ」


「えぇ……駄目だよ。本人がいたら不安に感じちゃうよ?」


 本人がいないんだからいいだろ。と思ったが、どこに耳があるかわからない。ましてや今は同じ建物内にいるのだから、俺の態度に難があったな。


「シオン、診察室いいよ」


 自分の非を認めようと口を開きかけたところでプリムラが戻って来る。


「うん、ありがと。じゃ、仲良くするんだよ」


 ひらひらと手を振って診察室の方へ歩いて行く姿を、プリムラはじっと見つめていた。

 去り際にお節介な言葉を残して行くんじゃない。


「レイホ」


 ほら、こっちに疑問が飛んで来る。


「シオン、怪我してる」


「あぁ…………え?」


 適当相槌が出てしまった後、脳が遅れてプリムラの言葉を聞き取った。


「左足庇ってた」


 だからさっきシオンが歩いて行くところをじっと見ていたのか。

 プリムラの観察眼に舌を巻きつつも、俺はどんな反応を返せば良いか悩んだ。先日の冒険の時に捻ったのか? それとも今日痛めた? いずれにせよ怪我をしたから病院に……あれ、でも薬を貰いに来たって言ってたよな。痛み止めの類いは貰うだろうが、なんで怪我の事を隠した……決まってる、俺たちに心配を掛けたくないからだ。シオンの場合、怪我の原因が冒険だとか日常のちょっとした不注意なら笑い話っぽく教えてくれるが、そうでない場合、特に自分の出自が関わってくると途端に誤魔化しが入る。


「悪い、気付かなかった。後で話を聞くよ」


「……今、聞いてきたら?」


 重い尻を叩かれた気がするけど……診察の邪魔になるだろうし、診察が終わればまたここを通るだろ。話すのはその時で……。


「…………」


 わかった、わかった。視線で訴えるな。それされるの苦手なんだから……。

 立ち上がり、絵本を本棚にしまってから診察室へ向かう。


「すみません」


 閉められた戸を挟んで声を掛けると、先ずはシオンの「レイホ?」と驚く声。続いてネルソンさんが「誰かな? 診察中だよ」と事務的に反応した。

 誰って、今シオンが言っただろう。なんてツッコミはしない。ネルソンさんがふざけているわけでない事は声音で察してしる。


「ペンタイリスのレイホです。差し支えなければ診察に立ち会わせていただきたい」


「パーティの代表が来たとなれば、ネルソンさんは無下にはできないな。無論、患者の意思が最優先だが」


「え、あの……」


 にやりと口角を上げて笑うネルソンさんの顔と、困惑して戸とネルソンさんを交互に見るシオンの姿が容易に想像できた。


「拒否しないのであれば、迎え入れるよ。早く診察を進めなくてはならないからね」


 意味がありそうで無意味なやり取りを経て診察室に入ると、マントと靴を脱ぎ、左脚を伸ばして診察台に座るシオンの姿が目に入った。黒褐色の脚は所々が赤く腫れており、浅く切れている箇所もいくつかあった。

 顔をしかめる俺に、ネルソンさんは「傷は」と強調してから診察を続けた。


「どれも大事には至らない。薬を塗っておけば二、三日で治るだろうが、念のため鎮痛剤も出しておこう」


「ごめんなさい。これくらいでわざわざ診てもらって……」


 居心地悪く謝罪するシオンを、ネルソンさんは鼻で笑った。


「ふっ、気にするな。これくらい・・・・・かどうか判断するのはこっちの仕事だ。それよりも……」


 言葉を切り、真剣な眼差しを俺の方へと向けて来る。


「君のパーティには回復魔法を使える者はいないのか? いないのなら冒険者としてあるまじき思考だし、いるとしたら仲間内で頼らないことに問題がある」


「一人いますが……手が回らないこともあるので、俺が覚えるか治癒者ヒーラーを探そうか考えているところです」


「ふぅむ、なら仲間内の関係性に問題があるようだね」


「あ、いや、本当はコデマリに頼むつもりだったんだけど、今日は出掛けてて……」


 ネルソンさんは慌てて弁解するシオンを横目で見てから少し考える素振りを見せ、表情から緊張を解いた。


「ま、苛めるのはこれくらいにして、質疑応答の時間にしようじゃないか。レイホ、君は何を知りたい?」


「怪我の原因は……町の人か?」


ネルソンさんにではなくシオンへ直接問うと、俯くような頷きが返って来る。


「凶器は……まぁ、手頃な石や瓦礫といったところか」


「凶器だなんて、そんな大げさな……」


「大げさではないさ。これはれっきとした傷害なのだから。兵隊には届け出たのかい? この町の兵士は、少なくとも表向きは種族で差別するようなことはしないよ」


 問い掛けにシオンは頷かない。視線を泳がし、答えを探している。

 これだと俺たちがシオンを責めているみたいだな。最近プリムラのことばかり気にして、シオンの方は放置していたからなぁ……。

 腰掛けているシオンに対し立ったまま話しては威圧感が生まれてしまうので椅子を探すが、近くに見当たらなかったので診察台の端、シオンの背後に浅く腰掛ける。すると、ネルソンさんは音も無く席を立ち、診察室の奥へと姿を消した。


「これまでの人生から比べればシオンが俺たちと一緒に居た時間は僅かだから、気後れしたり遠慮したりするのは仕方ないとは思う。だけど、シオンだってわかってるだろ。誰かに何かを頼って、それで迷惑に感じるような奴はいないって」


「わかっては……いるけど……」


「わかっていることが全部できたら困らないよな。俺だって、誰だってそうだ。頭でわかっていても、どう表に出していいか迷う」


 言葉を遮ったのか、引き取ったのか、背後からではシオンの表情が伺えないので判断は不可能だ。だから俺は自分勝手に口を動かし続ける。


「だったらさ、頼る時はできるだけ単純に表に出してみないか?」


「……例えば?」


 例は既に頭の中に浮かんでいただ、俺はわざと「そうだな……」ともったいぶる。


「……“助けて”だけで十分だ」


 あまりにも端的過ぎると思ったのだろう、シオンは呆れたように息を吐いた。


「おいおい、あんまり侮るなよ。俺はその一言で首都の魔法学校まで行って、魔界侵攻やらオーバーフローに巻き込まれながらも連れ帰って来た男だぞ」


 笑い飛ばされて構わない自慢を一旦挟み、ここからが本題だ。


「悩んでたり、困ってたりする側が、どうしてほしいかなんて答えまで考える必要はないんだ」


 前にも似たようなことを言った気がするけど……色んなことがあって正確に覚えていないし、シオンが受け入れてくれるまで何度でも言ってやろう。


「じゃあ、今助けてって言ったら、どうしてくれる?」


「わからん」


「え?」


 シオンが身を捻って振り返って来たのを、堂々と迎える。……近いけど我慢だ。


「長く続いて来た種族的な問題を、俺が直ぐにどうこうできるなら、頼まれなくてもやってる」


 シオンは呆れと諦めで肩を落とし、捻った体を戻した。その背を見て、俺はさっき読んだ絵本の内容を思い出す。


「ただ、作ってしまえばいいとは思う。これまでの偏見なんか打ち壊して、ダークエルフが自由に未来を描いて行けるような世界を。……でかい夢を見て、目指すのは冒険者の特権だ」


「おっき過ぎるよ……」


 この短時間の間に何度目かわからない呆れの息が漏れる。が、今回は最後に「ふっ」と吐息が弾んだ。


「でも、ありがと。レイホが無理して夢を語ってくれたお陰で、あたいもちょっとだけ勇気が出たよ」


「そうか」


 頷くと、脇から銀髪の頭が寄り掛かって来る。


「シオン?」


「だから……早速頼るね」


 痛めた手足を投げ、体重を預けて来る。その表情は非常に穏やかだ。


「……ああ」


 ならば俺も穏やかに頷き、受け入れる他あるまい。

 ……後でネルソンさんにいじり倒されるんだろうな。なんて考えながら、ふと周囲を見渡すと————。


「……なるほど」


 何故か壁から頭を半分だけ出したプリムラがそこに居て、俺と目が合うや否や意味深に頷いていた。

 え、何がなるほどなの!? 変な解釈だけはやめてくれよ!

 自分の撒いた種に心は狼狽しつつ、体はシオンに貸し続けるのだった。



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