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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第六章【ひと月の異世界生活】
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第二百五十五話:武器よりも大切なもの

 深い森の中、枝葉を叩き落としながら縦横無尽に動く影。それは時として縄の様にしなり、時として剣の様に鋭く尖り、冒険者へと襲い掛かる。

 冒険者の数は六……いや、機敏に宙を掛ける光体——妖精も含めれば七だが、彼らを襲う根や枝の数は倍以上だ。


「想像していたより激しいな」


 迫り来る根と枝を躱し、自然の樹木の幹に身を隠して一息吐くと同時に大木の魔物——トレントの情報を反芻する。移動はほとんどせず、一撃の攻撃力は同格の魔物と比べれば低いが、根と枝による攻撃の他にも葉を飛ばしたり魔法を使用したりと攻撃手段は豊富だ。体力と防御力は高いが見た目通り火に弱く、見た目に反して斬撃が有効。

 資料室で読んだ有効な戦術は二つ。全身を鎧で包んだ頑強な攻撃者アタッカーに魔法による補助を付与して正面から切り崩す方法と、相手の攻撃範囲外から火魔法で燃やし尽くす方法だ。


「レイホ、回り込んで来るわよ!」


 宙で戦況を俯瞰していたコデマリから注意が飛んで来てから数秒も経たず、意思を持った根が障害物となる樹木を回り込んで来た。

 身を屈めて転がると、直ぐ頭上で激しい衝突音が鳴った。直撃していたら骨の一本や二本か内臓を痛めていたに違いない。何が攻撃力は比較的低いだ。


「森ごと燃やす?」


 転げた先では、ソラクロと共にトレントの攻撃範囲を測っていたプリムラが過激なことを口走った。

 燃やしたり爆発させたり斬ったり、攻撃面には恵まれているパーティだが、防いだり鎮静させたりといった防衛面が苦手であることは理解している。


「逃げ遅れたら大変だからそれは無しだ。それより、そこから狙えるか?」


「うん」


「なら早速頼む。ソラクロは警戒頼んだぞ」


「はいです!」


 指示を出し終え、直ぐに前線へと戻る。トレントはほとんど移動しないと言っても、全く移動しないわけではない。注意を引く者がいなければ根を這わせて移動して来てしまう。


「アクト、シオン、無事か?」


「こっちは大丈夫!」


「おれも」


 影しか見えないが、木の上を軽快に飛び回って攻撃を躱しているのはシオンか。半分とは言え、流石はエルフの血を引いているといったところか。

 回避重視のシオンに反し、アクトは樹木を盾にしつつ迫り来る根や枝を斬り落としている。恐らく、事前に攻撃をプリムラに任せると話していなければ、とっくに本体に斬り掛かっていたことだろう。


「発射するわよ! 三人とも離れなさい!」


 宙からの警報を受け、トレントからの攻撃を躱しつつ後退して身を屈める。すると、後方から剣を模った炎が放たれ、トレントへと突き刺さる。


「……! 駄目、届いてない!」異変にいち早く気付いたコデマリが悲鳴に似た声を上げ、直ぐに「ゴーレム!」と続けた。


 トレントの様子を伺うと、幹にも根にも枝にも燃えた様子は無く、どこからか現れた——土が掘り起こされている辺り、地面にでも埋まっていたのだろう——ゴーレムが盾となっていた。ただし、ゴーレムの方は無事ではなく、赤熱し両腕を崩壊させている。もう一撃【エレメンタル・セイバー】を命中させれば完全に破壊できるだろう。

 しかし、魔物とて位置を把握した狙撃手を放っておくほど間抜けでは無い。ゴーレムは依然として盾役に徹していたが、トレントは頭上に生い茂る葉を揺らしていた。


「二人とも、こっちに来なさい!」プリムラとソラクロへ避難を呼び掛けるのはコデマリだ。


「シオン、ゴーレムを! アクトはトレント!」標的が変わったならば、と攻勢の号令を掛ける。


 指示を受けた四人がそれぞれ返事をし、行動に移る。そして、指示を出した俺たちもただ見守っているわけではない。

 トレントが無数の葉を短剣めいて飛ばす。狙いを付けずとも何かしらには命中する量で、一枚命中したならば瞬く間に全身が葉に覆い尽くされてしまうだろう。


「マナよ、我が下に集いて迫る脅威を受け流せ。シェード!」


 エルフが自然と共に在る者ならば、妖精は自然そのものと言える。ならば、木々による視界不良程度、何の支障になろうものか。

 コデマリはトレントが葉を射出するまでの僅かな時間でプリムラとソラクロと合流を果たし、詠唱まで完了させた。告げられた魔法名が空気中のマナに溶け、三人を覆うように風属性の気流が発生する。

 【シェード】は問題なく効果を発揮し、迫り来る葉を後方へと受け流すがコデマリの表情は険しい。葉や、矢程度の軽量の飛来物なら気流によって受け流すことは確かに可能だ。しかし、それを無数——長時間となると話は別だ。術者の魔力や技量に関わらず、魔法には効果時間というものが存在するのだ。

 このまま葉を飛ばされ続けたら防ぎ切れない。コデマリは不安と同時に苛立ちを感じた。後衛が狙われているならば前衛は……特にいつも勝手に突っ込んで行く恐れ知らずのチビはどうしたのだと。


「マナよ、彼の者の下に集束し限界を超える力を授けよ。エクシード」


 補助魔法を受け、各能力値が上昇したアクトはトレントへと突進する。葉を飛ばすことに集中し、根と枝の動きが鈍っていたトレントでは彼を阻むことは叶わない。


「倒し切る」


 戦闘の最中で静かに呟かれた言葉は誰にも届かない。いや、もしかすると、振り上げられた発光する太刀を捉えたトレントには死の囁きとして聞こえたかもしれない。

 トレントが身震いするように根と枝を動かしてアクトを狙うと、ゴーレムも緩慢な動きながら振り返ってアクトを標的にした。


「こっちは……任されてるって!」


 ゴーレムがアクトに対し何かをするより先に、木々を渡り、落下して来たシオンの杭打拳パイルナックルが振り下ろされる。雷のマナを籠めて打ち出された杭は轟音を立て、ゴーレムを土くれへと変えた。

 ゴーレムの残骸である土煙が漂う中、発光した太刀の軌道だけが明確に見て取れた。アクトの発動したスキル【アドバンス】は一撃ごとに技力を消費するが、命中させ続ける限り技巧に応じて威力が上昇し続ける。トレント本体への攻撃は勿論、足掻きで振るわれる根や枝にもスキルによる攻撃を継続し、威力を最大限に高めた一撃で袈裟斬りにする。

 幹の窪みによって出来た顔は酷く歪み、一本の線が引かれたかと思うと徐々にずれ込んで行き……最終的には芸術的とも言える見事な切り口を晒して倒れた。






 多少の想定外は起きたが、無事に依頼を達成させることができた。後は報酬を貰って腹を満たし、明日に備える。そんな訳で俺とアクトはエディソン鍛冶屋を訪れた。


「こいつは数日かかるぞ」


 アクトの刃こぼれだらけの太刀——斬鉄型鋼鉄太刀ざんてつがたはがねたち紫雲零式改しうんれいしきかいを目にしたエディソンさんはぶっきらぼうに言い放った。


「明日も冒険に出るんだけど」


「なら他の武器を使え」


「嫌だ」


「じゃあ刀が直るまで休め」


「嫌だ」


「おいアクト……」


 無理な注文をするアクトを制しようとするが言葉が続かない。なんと言えばこいつは素直に聞くだろうか。

 俺たちのやり取りを見ているタツマは気が気でないのか、そわそわと頭に巻いているバンダナの位置を何度も確かめている


「明日も冒険出るんでしょ?」


「それは……そうだな」


「だったら、それまでに直してもらわないと」


 エディソンさんは同じやり取りを繰り返す気はないようで、アクトとは取り合わず、伸ばしっぱなしの眉の奥の瞳をこちらに向けて来た。


「……仕方ないな。刀が直るまで休みにするか」


「それは駄目だ。稼がないとなんでしょ?」


 そう来るよな。……苦手だけど、叱るしかないか。


「その通りだが、直せない武器を直せと言い張るつもりは無いし、本人が使いたくない武器を持たせて冒険に連れて行く気も無い」


「…………だけど、おれだけ待ってるなんて……嫌だ」


 強い眼差しを向けられるが、ここで折れてはどうしようもない。俺も眼に力を入れて反抗する。


「だからパーティでの活動を休みにするって言ったんだろ」


「それじゃあレイホの目的から遠ざかる」


「構うものか。べつに最短を目指しているわけじゃない。冒険に出ないなら出ないで、体でも鍛えるさ」


 頼むからそろそろ折れてくれ。


「……目指してなくても、早い方がいい」


 言う通りではあるんだけど。という言葉を深く息を吸って飲み込む。


「お前、俺の目的を理由に自分の勝手を通す気なのか?」


「そういうわけじゃない」


「なら自分の為か? アクトが俺の冒険に付いて来たいから、早く武器を直してほしいって言うんだな?」


 相手の言葉を求めず、自分にとって都合のいい言葉で心情の正誤を問うのはずるいが、だからこそ自分の意見を通すには有効だ。……こんなやり方ばかり大人にはなりたくないものだ。


「そういうこと」


「だったら尚更だ。自分の為に勝手を言うなら、自分の行いに反省をしろ。元を言えばアクトが武器をここまで酷使しなければ済んだ話だ」


「…………」


 反論は無くなったが、その分の力が視線に入る。

 どうしよう、殴り合いになったら絶対負けるんだが……俺を殴って納得するなら構わないけど、そういう話じゃないしなぁ……。


「……そう急ぐな。アクトがいなくても冒険はできるが、お前の役目はお前のものだ。だから、無理に直した刀じゃなく、万全の刀で道を拓いてくれ」


 毅然とした態度を貫こうと思ったが、結局いい言葉が出て来なくて根負けしてしまった……。


「……ん、わかった」


 おや、不承不承といった感じだが納得はしてくれた。やっぱり強い態度だけじゃ納得させられないんだな。


「なら、頼み直そう」


「刀ならもう師匠が持ってったぞー」


 人当りの良いタツマにしては素っ気ない声音だ。


「え?」


 アクトと共に受付台の周囲をみわたすが、太刀もエディソンさんの姿も消えており、代わりに奥の部屋から鍛冶の音が響いて来た。


「客がいなかったから見逃してやるけど、次店内で揉めたら……それなりに覚悟しとけよ」


 荒さは無いが明確な怒気が含まれていることを悟って俺は平謝りし、真似てアクトも頭を下げた。

 冒険者なんて所詮は金になる技術も持たない無頼漢だ。装備を整えてくれる鍛冶屋と縁が切れてしまえば、冒険者稼業は成り立たなくなってしまう。



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