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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第六章【ひと月の異世界生活】
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第二百五十一話:風の訪れ

 独立市街ランドユーズでの騒動を終え、アルヴィンらと共に竜車に乗ってクロッスに帰って来る頃には炎火の月も末となっていた。空調機が作り出す快適な環境を惜しみつつ旅の疲れを癒していると、直ぐに風巻の月はやって来た。

 風巻の月、この月は文字通り風が止まぬ月で、夜空に浮かぶ月は薄い緑色だ。風は吹く向きも強さも日によって様々で、気温は日中については寒くも暑くもなく快適であるが、朝晩は風が強いと肌寒く感じる。

 月の変わり目に一つ大きな知らせがあり、無月以来、低下していた魔力濃度が平常値に戻ったという。研究者などは原因究明に追われているが、魔物と戦う冒険者は勿論、一般人は「元通りになったのならそれで良い」といった感じで、以前通り魔法に頼るようになった。


 風巻の月、初週の半ば。旅の疲れも癒えた頃、俺は皆を冒険者ギルドに集めた。


「そろそろ全員で冒険者稼業を始めたいと思うが、その前に一つ決めておきたいことがある」


 言葉を切り、一同を見渡し、話題となる者を視界の中心に留めた。


「俺は、プリムラには町に残っていてもらいたい」


「……どうして?」


 長い睫毛を微かに下げての問い。

 不満よりも、不安を訴え掛けているのは容易に理解できた。


「元々、冒険者になりたかった訳じゃないだろ? 魔物と戦えるような魔法を得たのだって、望んで手に入れた訳じゃない。それなら、俺たちに合わせる必要はないんだ」


 プリムラの唇が動く。憂いを帯びた表情から、出て来る言葉が反論であることを察し、先に舌を動かした。


「っていうのは、他人行儀な理由だ」


 本心であることに変わりはないが。心の中で自分にのみ補足し、言葉を続ける。


「手を貸してくれるのはありがたい。頼りにもなる。けど、冒険者として生きるのが本来のプリムラじゃないはずだ」


 普段なら一旦言葉を切り、時間を相手に委ねるところだが、自分の考えを小出しにして様子を見ていては何の為の考えなのか分からなくなってしまう。


「ここまで流れで連れ回して、戦わせていたから、一度町の中での生活に戻って、落ち着いた状況で考えてみてほしいんだ。冒険者として生きるか、それとも町の中で別の生き方を見つけるか」


 俺とプリムラを抜いた五人は言葉を挟むことなく成り行きを見守っている。

 少しばかりの静寂を溜めてから、プリムラは目を伏せた。


「独りにしないって……言った」


 零れるように呟やかれた言葉に明確な要求は無い。ただ、ランドユーズで交わした約束を確かめたものだった。


「帰って来るさ。冒険を終えたらこの町に、プリムラの所に。……皆で」


「冒険に出ている間は?」


「町の人たちが居る」


「嫌」


 頭を振って拒絶する。

 プリムラの境遇を考えれば、他人と積極的に関わりたいと思えないのも無理はない。だが、人を立ち直らせるために必要なのは優しさや甘さだけではない。


「プリムラは、俺や……俺たちに一緒に居てほしいって意味で、独りにしないでと言ったんだろう。その気持ちは分かるつもりだし、寄り添ってやりたいとも思う。だけど……」


 中途半端なところで言葉を切り、プリムラの隣に座っているソラクロへ目配せする。打ち合わせなんてしていなかったので、ソラクロは何用かと小首を傾げる。なので、目線を項垂れているプリムラへと移してから再びソラクロに戻す。するとソラクロは合点がいったようで、長椅子に座る腰をずらしてプリムラと体を合わせた。


「プリムラが独りじゃないと思えるようになるためには、プリムラ自身が孤独感を乗り越える以外に手はないんだ」


「…………」


 俯いたままの頭は動かない。

 何もかもを失った後で孤独を乗り越えろとは酷な話かもしれない。けれど、命だけは残っていてプリムラも生きようとしているのなら、孤独や不安に脅えているより、前を向いていてほしい。あの日、俺に助けを求めた彼女プリムラは、初対面の相手に対してでも気安くからかうような人柄だったのだから。


「……それに、町に残っていてほしいって言うのは、プリムラのためだけじゃない」


「どういうこと?」


 少しだけ持ち上げられた顔から、上目遣いの視線が向けられた。視線が合ったことで、これから口にする言葉が酷く気恥しく思えたが、ここで躊躇っては恥ずかしさが増すだけだ。

らしくないことは分かっている。誰かに頼まれたわけでもない。ただ自分がこのままじゃ駄目だ・・・・・・・・・と感じたならば、偽りでも変わらなければならない。


「帰りを待つ誰かがいるっていうのは、冒険者にとって他に無い力になるんだ。それが、大切な人であれば尚更」


 言い切ると、プリムラは完全に顔を上げ、丸い目に俺を映していた。ソラクロは嬉しそうにプリムラへ擦り寄っていて、シオンは微かに頬を赤くしている。エイレスは囃し立ててくると思ったが、何故か深刻そうな表情を浮かべ、エイトは興味があるのかないのか分からない無表情だ。そして、残るコデマリはというと…………。


「はぁ~~……」


 盛大な溜め息で全員の注目を集めた。


「何? アタシらはあんたの告白の立会人になるために呼ばれたの?」


「べつにそういうわけじゃない。プリムラの今後について皆で話し合う為に集まってもらったんだ」


「え? そうだったの?」と反応するのは頬の紅潮を落ち着かせたシオンだ。


「何が話し合いよ。アタシらが口を挟む余裕なんてなかったじゃない」


 コデマリからの非難に、これまでの会話を思い出す。


「……そうだったかもしれない」


 話し合う、話し合わせる、というのは難しいものだ。言葉を持つのは人の特権だというのに。

 さて、俺の進行に問題があったのは後で反省するとして、今現在、卓上に転がっている話題を片付けねばなるまい。


「で……どうだ?」


 視線を振って満遍なく問い掛けを向けると、再びコデマリが溜め息を吐いた。


「はぁ~……。どうだ、じゃないわよ。あんたの中じゃもう答えが決まってるんでしょ?」


 それはそうだが、話の出題者となる以上は答えの一つくらい持ち合わせるべきだ。話し合いとは、その答えの是非について決めるものだと思っていたが……違うのか?


「えぇっと……あそこまで情熱的に言われたら否定しづらいと思うなぁ。ははは……」


 乾いた笑い声でお茶を濁そうとするのはシオンだ。

 情熱的とはどのことだか分からないが、それは一旦置いておくとしよう。


「意見を一つ否定したぐらいで敵対するような間柄ではないと思っているのだが」


「あ、うん、それはそうなんだけど。あたいはレイホと同じ温度感で意見は出せないから……どうするかはお任せで」


 シオンは黒褐色の手の平を左右それぞれ俺とプリムラに向けると、それきり口を挟もうとはしなかった。

 多数決を取る、などという暴挙を取る気はないので、シオンがお任せというのなら、それが彼女の意見ということにするまでだ。


「おれも任せるよ。レイホの決めたことに従う」


 相変わらずの無表情で、アクトは懐から小袋を取り出すと、中に入っていた木の実——炒って塩をまぶしてある——を口に放り込んだ。

 いつも通りのアクトから視線をずらし、卓に上げた両肘で体を支えながら難しい顔を浮かべているエイレスへ。


「エイレスは何かないか?」


「……難問ッス。安全な町で待っていてほしいというアニキの考えも、一緒に居たいと思うから冒険に付いて行きたいと考える姫様の考えも。どっちも、相手を大切に思っているからこそッスから」


 お任せ派が二人続いたとなれば、流れに乗る選択肢もあったのだろうに、エイレスは真剣に自分の答えを探している。


「ただ、敢えて今オレなりの意見を言わせてもうッスと……一緒に連れて行ったらいいんじゃないッスかね。姫様には戦う力があるんスから、離れているより近くに居た方が安心できると思うッス」


「そうか。……ソラクロは?」


 答えのおおよその予想は付くが、だからといって無視しては横暴が過ぎるというものだ。

 意見を求められたソラクロは天井を仰いで「う~ん」と唸った後、寄せあった体温を確認した。


「……わたしは、一緒がいいです。みんなで一緒です!」


 プリムラの体温は余程心地良いのか、肩へ乗せた頬は弛緩している。


「そうか」


 予想通りの答えに安堵するような声が出てしまったが、誰も気にしていないようだ。


「ねぇ、町に残すとしたらこの娘はどうするの? まさか宿に閉じ込めておくわけじゃないでしょうに」


 コデマリからの問いに「ああ」と相槌を返し、それから「面倒を見て貰えそうな場所に心当たりはある」と返した。


「なら、先にそこを見てから結論にしましょ。座ったままの話し合いじゃ、視野も考えも狭まるってものよ」


 人間体になっているとはいえ、いや人間体になっているからこそ最年少の子供にしか見えないコデマリであるが、余裕のある振る舞いは年長者のそれだ。






 冒険者ギルドを出て中流区から下流区へ下り、陽当たりの悪い路地を進んだ先、暫く来ていなかったが一時的にでも寝泊まりしていた場所を足は覚えていた。

 ジャンク屋を覗いても主の姿が見えなかったから、診療所の方だと思って建物を回り込むと、そこで白い影が行く手を阻んだ。

 彼女はすらりと伸びた肢体を持ち、絹のように美しい白の長髪は明度の違う白いマントと一緒になって体の左半分を覆い隠している。

 神秘的とも言える白い姿であるが、恐らく彼女と顔を合わせた者の大半は露わになった右半身への注目を余儀なくされるだろう。

 彼女の右半顔には大きな火傷が残っており、その火傷のせいで表皮は引き攣っており、灰色の瞳は光を映していない。衣類を纏っていない右腕と右脚は、血を抜き去ったかのような、およそ生物の肌とは思えぬ白色をしていた。


「邪魔だ、どけ」


 容姿に意識を奪われていた俺を、女性は忌々し気に睨み付けた。


「失礼」


 女性の圧に萎縮した俺はすぐさま道を開ける。女性は何を言うわけでもなく、ただただつまらなそうに歩いて行くが、そんな彼女を引き留める声が上がった。


「あ、あの!」ソラクロだ。


 俺は心臓をどきりとさせながらも振り返って様子を伺う。


「以前……オーバーフローが起きた時に、わたしやレイホさんを助けてくれた方ですよね!」


 ソラクロや俺を? 記憶に無いが、この町でオーバフローに遭った時は死にかけていたから、俺の記憶は当てにならない。


「……知るか」


 明らかな拒絶を含んだ言葉を吐き捨てると、女性は早足で立ち去って行ってしまう。


「あ……あの時は本当にありがとうございました!」


 相手にされていないと分かっていても、ソラクロは自分が言いたかった言葉を告げる。さっさと路地の角を曲がって行ってしまった彼女の背に届いたかは定かではないが、言うべき事を言えたのだから、それ以上執着しても仕方がない。


「……行くぞ」


 突然の会合によって妙な空気になったが、俺は皆を連れて目的地である“ネルソン診療所”へと歩を進めた



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