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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第一章【始まる異世界生活】
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第二十四話:キノコ越え

 二体目のゴブリンを探して森の中を歩き回るが、中々都合よくは見つからない。

 ゴブリン自体は何度か見付けたが、どれも複数で行動していたので手を出せずにいた。あまりにも単独行動しているゴブリンがいないので、めんどくさがって二体ぐらいなら手を出しても良いかと思う時もあったが、流石に危険過ぎるので我慢した。


 一応、二体目のゴブリンを相手にするに当たって狙いはあるので、探索の範囲を広げすぎるのも良くないし、単純に歩き疲れたのもあるので川の近くで休憩がてら、待ち伏せすることにした。




 喉乾いたし、腹も減ったなぁ……。木陰で座りながら、聞こえて来る川の流れに喉を鳴らした。

 魔物は見当たらないけど、川の水ってそのまま飲んだらまずいよな。でも世界が違うから意外と飲めるかもしれないな。広場の井戸水は飲んでも腹壊さなかったし。

 誘惑に負けそうになるが自制する。戦ってる最中に腹を下したら悲惨な目に遭うのは分かりきっていることだ。


 明日の飯代は……まだなんとかなるが、一週間後の飯代は危うい状態なので、軽食を持って来るなんて贅沢はできない。薬になる草ばかりじゃなくて、食べられる草とか木の実も調べておくんだったと、今更ながら後悔する。


「は~ぁ」


 座って休んでいれば体の疲れは回復するが精神は痩せて行く。これから戦うというのに、これはいかん。今日、無事に依頼達成したらイートンさんのところで良い物を食べよう。うん、そうしよう。

 自分へのご褒美を用意してやる気を上げ、鞘から抜いた初突はつつきを右手に持ち、ゴブリンから拝借してきた粗末な棍棒を左手に持って探索を再開した。




 森を歩いているとワタマロが襲い掛かって来るというか、降って来るので棍棒で叩いて倒す。大した稼ぎにはならないが、倒すのに手間はかからないので見かけたら倒して魔石を回収する。塵も積もればなんとやらだ。

 薬草も度々見かけたが、今日は籠を持ってきていないので採取は見送る。


 歩き回ってまた集中力が乱れ始めた頃、何かが争っているような音が耳に入ってきた。緊張が一瞬で上昇し、武器を握る両手に力が入る。

 何だ? 何が起きてる?

 茂みや木に身を隠しながら音のする方向へ進んで行き、ついに現場を見つけた。

 ゴブリンが二体、剣と鎌を持った個体がマタンゴの群れを襲っていた。マタンゴは五体か? 既に二体倒れていて、戦っているのは三体だ。俺が目を付けていた群れではないが、マタンゴの群れはどれでも良かった。個体差なんて、見ても多少の大きさの違い以外わかるもんじゃないし。


 以前、ゴブリンから逃げていた時に偶然見ただけだが、マタンゴは縄張りに入って来た相手を排除しようと動く。しかし、縄張りに入っても駆け抜けてしまえば見逃して貰える。そしてゴブリンの方は標的を追っている最中に別の標的が目の前に現れると、そちらを優先して攻撃する。

 俺の想定では、ゴブリン一体を釣って走り、マタンゴの群れを横切ってゴブリンの処理をマタンゴに押し付けたところで反転。戦闘を適当に引っ掻き回してマタンゴとゴブリンを共倒れさせて依頼達成。……の筈だったが、これはどうする。俺の存在には気付いていないようだが、見ている間にマタンゴは一体倒されてしまい、二体二になってしまった。ここで俺がゴブリン一体に仕掛けたところで、もう片方のゴブリンはマタンゴ二体を倒して直ぐに加勢に来るだろう。


 駄目だ。ここは見送ろう。

 マタンゴが五体、もしくは四体いれば突撃しても良かったが、今はゴブリンの方が圧倒的に優位となっている。間も無くゴブリンが勝利して戦闘が終わるから、気付かれないように離れよう。

 存在が気付かれていないことを確認してから足元を確認する。こういう時、運悪く木の枝とか踏むんだよな。運に自信はないので、こうやって注意深く確認して焦らず動くのを忘れてはいけない。


 大丈夫。靴の底を地面に擦り付けでもしない限り、気付かれるような音は出ない。

 しゃがんだ姿勢のまま足を動かし、方向転換した瞬間、腰の辺りから嫌な音と感触が伝わった。


「グギャ!?」


 ゴブリンの声に心臓を高く跳ね上がらせながら背後を見ると、初突の鞘が茂みに引っ掛かっていた。

 馬鹿かよ、俺は。足元だけ見てるからドジをやらかすんだ。

 気付かれたならもう隠れる必要はない。立ち上がってゴブリンの様子を伺うと、ばっちり視線が合った。マタンゴは既に全滅しているので、直ぐに襲い掛かって来ることは一目瞭然だった。


「ギャァ!」

「グギャッ!」


 ゴブリンが叫ぶよりも早く、俺の足は走り出していた。

 どうする……遮蔽物を使って上手いこと撒くか? 向こうは二体で、しかも剣と鎌という刃物を持っているから正面切って戦うのは無謀だ。いっそ町まで逃げるか?

 逃げるだけなら多分問題ない。だが、それでは今までと同じだ。何も変わらない。今日は既にゴブリンを一体倒せているので、それだけでも進歩したと言えるだろうが、依頼は達成できていない。今欲しいのは金だ。多少の危険を冒してでも依頼の達成を目指し、稼がなければいけない。なに、試すだけならタダだ。


 来た道を戻るように走りながら、先を見る。そんなに離れていないと思ったが、直線的に走り難いので距離があるように感じる。

 背後を見ると、ゴブリンは二体とも離れずに追って来ている。先ほどマタンゴを倒している時も見たが、持っている武器はこれまで見て来たゴブリン達の中でも一番しっかりしている。森に棲んでいる個体の中でも良い方の暮らしをしているのだろうか。などと考えていると、目的地が見えて来た。泥沼にした草むらを迂回し、更に先へ走り抜ける。

 マタンゴの数が足りなくて退くくらいなら、マタンゴの数が足りている所に連れて来てやればいいんだ。


 茂みを抜けると、木の根元に集まっていた五体のマタンゴが一斉に俺の方を向いた。侵入者に厳しいので直ぐに襲い掛かって来るだろうが、臆せず突っ切る。足の遅いマタンゴでは逃げる俺には追い付かず、縄張りから去って行く姿を見れば直ぐに追跡を諦める。


「グギャ!」


 後方で葉が擦れる音と、ゴブリンの声が聞こえた所で急停止し反転。さらにズボンのポケットから小瓶を取り出す。五対二とはいっても、ゴブリンの方が勝つことはついさっき目の当たりにしている。のんびり観戦する暇はない。

 初突に取り出した小瓶の中身を掛ける。僅かに紫がかった黒い液体は麻痺毒ではなく猛毒。メルトウッドと呼ばれる樹木から採取できる毒を使った猛毒メルトンだ。皮膚が触れれば炎症を起こし、体内に取り込めば体組織を傷め、解毒しなければ死に至る。今朝、アヘッドにて十ゼースで購入してきた。

 麻痺毒パラリズンでも良いかもしれないが、即座に動けなくなっても困る。ゴブリンとマタンゴ、良い感じに潰し合ってくれなければ最初に死ぬのは俺になるからだ。その点、猛毒なら傷口から徐々に効いて行くので、少しの間なら戦うことはできる筈だ。


 綺麗な銀の刀身だった初突を黒く染め、ゴブリンとマタンゴの戦場へと駆ける。状況はやはりゴブリンが優勢だ。既にマタンゴの一体は倒れている。


「ギャギャ!」


 緩慢な動きで放たれるマタンゴパンチを、ゴブリンは飛び跳ねるように動いて躱し、剣を横向きに構えた。意外と動きが素早いが、運良く俺に背を向けてくれた。


 ゴブリンの剣がパンチを外して隙を見せていたマタンゴを横に薙ぐ。傷口は深く、多量の黄色い体液を吹き出しながらマタンゴは崩れ落ちた。


「グギャギャ……グッ!」


 周囲の状況を確認するゴブリンの目が俺の姿を捉えた瞬間、大きく見開かれた。くそっ、戦い慣れてんのかしらないけど、あと数秒でいいから前を見てろよ。

 心の中で文句を言いつつも、既に初突をゴブリンの右肩に深く突き刺していた。利き腕なのか知らないが、とりあえず剣を持っていた方の腕に毒を回しておけば、その内戦闘力は落ちるだろう。猛毒と血液で禍々しい赤黒の刀身となった初突を抜き、その場から離れようと足を動かす。

 しかし、俺の予想は自分の、たった今の行動によって崩れることになった。


「ァァァァァァァッ!」


 ゴブリンは悲痛な声を上げながら剣を落してしまっただけでなく、激痛に耐えられなくて倒れ込んでしまった。しかも、倒れ込んだ先が自由になっていたマタンゴの足元であった。


「やべっ……」


 加減を忘れていた……いや、初めから加減することなど頭になかった。加減する程の能力が俺にはないのだから、全力で行くしかないと思っていた。

 もがくゴブリンに歩み寄ったマタンゴは組んだ両腕を振り上げ、体ごと落とすようにゴブリンの頭部に振り下ろした。その攻撃をマタンゴは一定の動作で繰り返し続ける。侵入者の命を奪うまで。


「グ……ギャ!?」


 ゴブリンを殴り殺すマタンゴに目を奪われていると、もう一体のゴブリン、鎌を持った方が悲鳴を上げた。

 視線を向けると、二体一で戦っていて、一体のマタンゴの胴体に鎌を深々と突き刺したのだが、マタンゴは捨て身でゴブリンに掴み掛かっていた。


「ギャギャ!?」


 鎌を抜こうにも繊維に引っ掛かっているのか抜けず、マタンゴに抱きかかえられるようにして倒れる。そして、倒れるゴブリンの後頭部には地面から突き出た岩。


「うっ……」


 展開を悟った俺は思わず目を背けるが、耳には嫌な衝突音が張り付いてきた。

 キノコなのにえぐいことをするものだ。背けた視線の先には、ゴブリンを殴り殺したマタンゴが赤黒い血を浴びて俺の方を向いていた。怖すぎる。夜にこんなのと出くわしたら腰を抜かす。それでも、逃げる訳にはいかない。ゴブリンが惨殺されたことで引き始めた戦意を、棍棒を力いっぱい振り払って取り戻し、戦闘に集中する。


 ゴブリンは二体ともやられ、マタンゴは三体が倒れている。鎌持ちゴブリンを倒したマタンゴは、腹に鎌が刺さったまま、掴み掛かった体勢で動かないので戦闘不能だと考える。

 無傷のマタンゴ二体、俺にやれるのか?

 答えは分からないが、マタンゴはゆっくりと近寄ってくる。距離的には血濡れマタンゴの方が近く、今の歩調ならばもう片方のマタンゴが来る前に一、二回くらい攻撃する時間はあるだろう。


 毒を塗り直す時間はない。毒効くか分かんないし、攻撃を避けてその隙に急所を……急所ってどこだ?

 マタンゴは弱い。討伐推奨等級は鉄等級だが、資料には大人の男ならば何かしらの武器があれば倒せると書いてあった。そんなわけだから弱点なんて誰も調べない。調べる前に倒してしまう。

 考えてないで……やるしかない!

 意を決し、大きく一歩踏み出し、血濡れマタンゴと交戦距離に入る。相手は右腕を振り被る。緩慢だ、躱せる。

 踏み出したばかりの一歩をあっさりと引っ込めると、引っ掛けるようにして放たれたパンチを丁度良い距離で避けることができた。ここからどうする……一々考えるな!

 左手に持った棍棒を振り上げ、隙だらけな傘に叩き付ける。弾力のある手応えだったので、打撃は効かないのかと思ったが、血濡れマタンゴは足元をふらつかせた。

 いける!

そう思って初突を胴体に突き刺そうとしたが、脳裏に鎌持ちゴブリンの最期の光景が過ぎって右腕を止める。血濡れマタンゴは手を伸ばしてきていたわけでもないので、杞憂だったかもしれないが、構っている暇はない。踏み込み直して棍棒で胴体を薙ぎ払うと、血濡れマタンゴは地面に転がった。


 やったか……じゃない、次!

 もう一体のマタンゴは横で、既に手が届く距離まで接近しており、掴み掛かろうと両腕を伸ばしていた。


「っあ……!」


 無理に体を捻ったことで声が漏れる。気にせず棍棒を振り払ったが、なんと棍棒をガッチリと掴まれてしまった。俺は驚いた。驚いていた筈が、体は動いていた。棍棒を掴む手に力を込め、無理矢理に体をマタンゴと向き合わせると勢いに任せて初突を傘の頂点に突き刺した。

 手の届かぬ所を刺されたからか、マタンゴは棍棒から手を離して狼狽えたように身動ぎする。だが、そんなことは知らない。初突を乱暴に引き抜き、棍棒で傷口を叩き付ける。何度も強打する筋力なんてないから、一撃に全力を籠めた。

 貧弱な俺の体は肩が外れる寸前でなんとか踏ん張ってくれ、力無く倒れるマタンゴを見下ろした。


「あとは……」


 見渡すと、ゴブリンもマタンゴも全員倒れ伏している。その中で一体、血濡れマタンゴは俯せになりながら身動きしていた。

 戦いに勝ち、生き残ったことへ安心を感じるわけでもなく、依頼を熟した達成感に包まれるわけでもなく、ようやくマタンゴを越えることができた達成感を覚えるわけでもなく、俺は無心でマタンゴの背中を初突で突き刺し、命を……魔石を奪い取った。



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