第二百四十一話:銃声響く街
種族による差別を仮借せぬランドユーズという街の様子を見に来たのに、プリムラの故郷だったり、冒険者の捜索だったり、そもそも街並みが時世とかけ離れていたりと落ち着く暇が無かった。
なので、観光も兼ねて先日助けたドワーフの鍛冶師——アドルフに会いに行こうとシオンを誘ったのだが……。
「ごめん。ちょっとお腹の調子が悪いから宿で休んでたいかな」
矢で射られたことが原因だろうか。俺は「そうか」と返してから具合を尋ねる事にした。
「傷が痛むのか?」
「うーん……まぁ、そんなとこ」
昨日は大丈夫と言っていたが、今日になって調子が悪くなったのだろうか。それとも昨日から不調だったが、我慢していたのが悪化したのか。……聞いたところで俺に何が出来るわけでもないな。
「そうか。長続きするようなら医者に診てもらった方がいいぞ」
「うん。そうするよ」
申し訳なさそうに眉を下げるシオンから視線を切り、室内に居る残り二人へ向けて口を開こうとしたが、偶然眼が合ったソラクロに先を越された。
「わたしは付いて行ってもいいですか?」
「ああ」
頷いてから、妖精体で枕に座っているコデマリへ視線で尋ねる。
「アタシは遠慮しとくわ。冒険に出ないのなら、この快適な空間から出る必要ないもの」
枕の上で仰向けになり、部屋の壁に備えられた空調機を指差す。
快適なのは分かるが、妖精のコデマリが機械文明に抵抗が無いのは少し意外だった。森に住む妖精が機械を嫌うなんて、俺の勝手な想像でしかないけれど。
「……シオン、寒くはないか?」
この世界に温暖化なんて馴染みのない話だろうから、空調機の温度は好き勝手に下げられている。装備を外して薄着になっていると、少し肌寒くすら感じる。
「え? いや……涼しいけど、寒くはないかな」
「それならいいが、快適だからと言って温度を下げ過ぎたり、風量を強くし過ぎない方がいい。機械からの風が体質に合わない場合もある」
「むぅ」と唸るのはコデマリだった。四肢をだらけさせながら羽を動かして飛び、操作盤を弄ってまた枕の上に寝転んだ。
「温度上げて風量を弱くしたから、後は好きに調整してちょうだい」
妖精の小さい体を恥じらいも無く放り投げている様を見て、注意の言葉が出かかったが、唇をきつく閉じて飲み込む。俺はこいつらの親じゃない。
「それじゃあ、出掛けてくる。日が暮れる前には帰ると思う」
「うん、いってらっしゃい」
「いってらっしゃ~い」
寝転がったまま手を振るコデマリに、やはり一言注意すべきか迷ったが、今度も言葉を飲み込むことにした。俺は口うるさい親じゃない。
「いってきます!」
ソラクロの元気のいい挨拶と共に、俺たちは冷風が漂う部屋から熱気が充満する廊下へと出た。
「今日も暑いですねぇ」と言いながらも、表情はどこか嬉しそうだった。犬は暑いのが好きだったか?
「アクトさんとエイレスさんは別行動ですか?」
「アクトは下で待ってる。エイレスはギルドに用があるって、朝早くから出掛けたよ」
「あ、そうなんですね。その荷物は……防具ですか?」
担いでいる荷物袋を興味深そうに見ながら聞かれ、俺は短く「ああ」と答える。それから、言うべきか少し迷ってから言葉を繋げる。
「上だけ修繕してもらおうと思ったが、意外と全体的に痛んでいたから一式入っている」
だからなんだと言うのだが、ソラクロの反応は直ぐだった。
「あんまり無理しないでくださいね」
「……そんなつもりはない。戦い方が荒いだけだ」
俺の返答に、心配でも呆れでもない、何とも言えない表情を浮かべるソラクロであったが、一階に下りてアクトと合流したことでその表情は消えた。
冒険に出る予定ではないため、アクトは普段の防刃ロングコートは着ておらず、袖の無い薄手のシャツと裾を捲り上げたズボン姿だ。
「あれ、シオンは?」
「調子が悪いから休んでいるってさ」
「ん、そう」
短いやり取りを済ませて宿を出ると、室内とは違った、陽の光に直接焼かれる暑さが体を襲った。
炎火の月が終わるまではずっと暑いんだよな。氷結の月は寒かったし、このふた月を除けば過ごしやすい気候……でもないか。溟海の月は雨が多く、霹靂の月は雷が多かったし、来月の風巻の月は強風ばかりになるのだろうか。風巻の月が終われば土塊の月で……この世界に来て一年経つ。まだ一年経っていないのか、と思うのは厄介事が多すぎる所為だ。
「いつも賑やかな街ですねぇ」
意識を記憶に向けていると、横で感心の声が上がった。しかし、声の主へ視線を向けたところ、その表情は曇っている。
「ただ、誰もが人を罰することができるのは怖いですけど……」
「……聞こえたのか?」
陰った表情のまま小さく頷く。優れた聴覚は探索や警戒に役立つが、優れていることが必ずしも良いとは言い切れない。
「領主さんは、どうしてあんなことを許すんでしょうか」
俯いたまま呟かれた言葉は独り言のように聞こえたが、俺は敢えて答える事にした。
「それが、より良い街の発展に繋がると信じているからだ」
村一つだけでなく近隣の村も取り込み、ドワーフに異世界の技術を伝えて栄えさせたのだ。自ら破滅を望む訳がない。……自分で完成させたものを自分で破壊することに快感を覚える変態だったら知らん。
「そうなんですか?」
「憶測だ。この街は見た目通り新しく、今はまだ変化の時で不完全だ。領主が目指すランドユーズの姿のためには、私的制裁とやらが必要なんだろう」
所謂、変化には痛みが伴うというやつだ。差別の無い、真に平等とやらを目指しているのだとしたら、いったいどれだけの痛みが必要なのか……領主は知っているのか?
「……レイホの世界も、こんな感じだったの?」
アクトには興味の無い話だと思ったのだが、しっかりと混ざって来る。
「まさか。取り締まるのも、罰するのも、ちゃんとした役職があった」
現代で私的制裁を認めて拳銃なんて渡してみろ。寝る間も無いほど賑やかな世界になるぞ。
「ふーん。じゃあ、なんであの鉄の筒……」言葉の途中で言い淀んだので「銃か?」と尋ねる。
「そうそれ。罰を与える役職があって、魔物もいないのに、なんで銃なんてあんの?」
銃の起源なんて知らないが、俺の生きていた時代まで銃が残っていたのは……。
「人間が、発明と発展が大好で、停滞と衰退を忌み嫌う種族だからだ」
他にも理由は思い付いたが、これが一番意味不明かつ多くの理由に覆い被さるだろう。
「つまり……?」
「むつかしい世界です」
予想通り俺の意図は伝わらず、アクトは眉を曲げ、ソラクロは首を傾げている。狙い通りの反応を示され、俺は短く鼻を鳴らした。
「ほら、鍛冶屋はこっちだぞ」
冒険者ギルドのある通りを脇に逸れて呼びかけると、二人とも悩む脳を解放して俺の後ろに駆けて来た。
濃い影が落ちる脇道を抜けると、通りを挟んだ先にアドルフの鍛冶屋を見つける。
少しくらい探す手間があると思っていたが、本当に冒険者ギルドの裏だったな。
打ち付けられる鎚を耳にしながら店の戸を開けると、戸口に仕掛けられた鐘が響き、その内に鎚の音が途絶える。
「っしゃい。……あ、お前さんは昨日の!」
つなぎ服の上半身をはだけさせ、恰幅の良い体に浮いた汗を手拭で拭いながら現れたのは、昨日出会ったアドルフで間違いなかった。
鍛冶を中断したからか、少し不機嫌そうだったアドルフだったが、俺たちの顔を確認すると表情を晴れさせた。
「思ったより早かったな。礼なんていらんような態度だったから、こっちから出向かにゃならんと思っとったが……やはりそこは冒険者ってぇわけか」
乱れた顎髭をしごくアドルフは、こちらの挨拶を待たずに「ちょっと待っとれ」と言い残して工房の方に戻って行ってしまう。
「沢山武器がありますね」
好奇心で近くにあった剣に手を伸ばすソラクロに「触るなよ」と釘を刺す。
「待たせたな。ってぇ、おいおい、いつまで入口に突っ立っとる? こっちに来んか」
工房から現れたアドルフは、巻かれた布とベルト状の革を受付台に置いて手招きする。
言われるがまま受付台に向かうと、アドルフは口端を持ち上げ、巻かれていた布を解き始めた。
「礼で渡すならどれがいいか、ちと悩んだが、折角ならこの街にしかないやつにしようと思ってな」
拳銃じゃないだろうな……。
俺が抱いた嫌な予感は、幸いにも布が解かれるまでの僅かな間のみのものだった。布の上では、奇妙な見た目をした短剣が五本陳列していた。
「これ、割れちゃってますよ?」
無邪気な瞳を向けるソラクロの言う通り、短剣に似合わぬ分厚さを持つ刀身にはひびが入っている。だが、五本全てに五等分するようなひびが入っているのを見るに、意図して付けられたものなのは明確だ。
個人的には刀身のひびよりも、刀身と鍔の間が僅かに空いている事や、鍔と直角に付けられた短い棒状の物の方が気になる。
「これはこういうものなんだ」
そう言って、アドルフはひび割れた短剣を一本持って見せる。
「こいつは炸裂短剣。火薬を銃の弾以外に使えないか、わしが考えた武器だ」
「炸裂って……刀身に火薬が仕込まれているんですか?」
危険物だろ。いや、武器は全部危険だけど、使い手まで危ないのは武器としてどうなんだ。
「その通り。この安全杭を抜いて敵にぶっ刺すと、敵の内側で破裂するってぇ代物よ!」
豪快に笑うアドルフに全く釣られないのは俺だけだろうか。
両隣にちらりと視線を向けると、ソラクロもアクトも少なくない興味を抱いているようだった。
「……安全性はどうなんですか?」
予想外の食い付きの悪さを見せる俺へ、アドルフは眉根を寄せた。
「わしゃ鍛冶師だぞ? 心配すんなや。こいつは鍔に付いてる安全杭を抜くことで刀身が奥まで押し込めるようになる。そんで、刀身を奥まで押し込んで初めて起爆準備が完了する。杭を抜いたからって直ぐに炸裂はしねぇよ」
「刀身を押し込んでから炸裂まではどれくらいですか?」
「四、五秒ってところだな。刺して直ぐ下がれば巻き込まれやしねぇよ」
敵を内側から破壊する武器。随分と凶悪だが、敵に接近して刺すことが出来れば筋力や技巧に頼らず敵を倒せる。刃さえ通れば、どんな敵にも有効だとは思うが、俺としては効果よりも所持している事への危険性が目立って見える。けど、これは昨日アドルフを助けた事への礼だし、受け取りを頑なに拒んでは礼を失するというものだ。
「いいじゃん、レイホ使いなよ」
アクトにも後押しされ、一旦は俺が受け取ることにする。ソラクロは使わないとしても、シオンかエイレスか意外にもコデマリが使いたがるかもしれない。
炸裂短剣と一緒に持って来たベルト状の革は専用の鞘だったので、そちらも併せて受け取る。
「ありがたくいただきます」
「ハッ! そんな緊張すんな! 一回使えば慣れる!」
その一回目に至る勇気が出そうにないのだが……わざわざ口にすることじゃない。それよりも……
「すみません、防具の修繕をお願いしてもいいですか?」
炸裂短剣と交換するように受付台へ荷物袋を置くと、アドルフから返って来たのは「おうよ!」という快諾の声だった。
「おれも、太刀を研ぎ直してほしい」
「任せときな。どっちも急ぎか?」
「おれは急ぎ」
俺はべつに急がなくてもいい旨を伝えようと口を開いた瞬間、激しい銃声と悲鳴が口内に飛び込んで来た。
「ひゃっ!」
「な、何事だぁ!?」
直ぐに反応したのは、銃声に身を震わせたソラクロと、銃声が珍しくないこの街の住民であってもただ事ではないと気付いたアドルフだった。俺とアクトは一瞬遅れて顔を見合わせ、受付台に置いたばかりの装備を掴み直した。




