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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第五章【生と死の異世界生活】
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第二百三十九話:夢想

 整備された街並みの奥地に佇む屋敷には強固だが無骨すぎない門が囲んでおり、その門の向こうでは手入れの行き届いた植木らが青々と茂っている。それらを通り過ぎ、大型だが質素とも思える飾り気の無い扉を開けて屋敷の中へ。

 堂々たる外観に相応しい開豁な部屋。その一面に広がるは暖色の絨毯。部屋を囲むのは華やかな調度品と、主の偉業を称える書状の数々。冷気も暖気も自由に操作できる装置があるにも関わらず、部屋の奥に設けられた大型の暖炉。火は失われて久しいが掃除は行き届いており、煤汚れや埃の類いは見られない。


「歓迎するよ、同じ世界からの来訪者たち。オレがこの独立市街ランドユーズの領主、マナブだ」


 薄く笑みを浮かべて客人を迎え入れたのは、少年とも言える幼さを残した黒髪の人物だった。しかしその立ち姿は実に堂々としている。


「多忙なところすまない。ユニオン世界蛇ヨルムンガンドのアルヴィンだ。こちらはセイナ」


 紹介を受けたセイナがおずおずと頭を下げるのを見てから、マナブは客人を革の張った長椅子へ座らせ、自身も対面に座った。

 二つの長椅子の間に設けられた長卓には、いつの間にか人数分の茶が置かれている。扉の前で控えている女性の手によるものだ。切り揃えられた紺瑠璃の髪同様、整然とした佇まいで会合を見守っている。


「どうしても直接会って話しておきたいことがあった」


 細い眼鏡の奥、切れ長の目を友好的に緩めるのはアルヴィンだ。


「へぇ、良い知らせだと嬉しいんだが……良くない知らせの方と見た」


「どうしてそう思うのか聞いても?」


「勘だよ。こんな立場にいると、面倒事ばかり舞い込んでくる。お陰で、責任者が責任を取ることを嫌う理由が分かったよ」


「なるほど」


 相槌を打つアルヴィンだったが、今の問答に大した意味も興味も持っていなかった。元より【読心術】を持つ彼にはマナブの考えが見透かせているのだから。


「良いか悪いかは、聞いてから判断しても遅くはないと思うよ」と、前置きした後もったい付ける様に僅かな間を置く。


「“死の集落”がこの街の近くに来ている」


 マナブの顔から笑みが消える。本人もそれを自覚して、卓に置かれた茶を一口。表情に余裕を持たせた。


「それはかなり悪い知らせだな」


 言葉が区切られてもアルヴィンは反応を示さない。マナブの喉に奥にはまだ言葉が残っているからだ。


「それで? ただ脅威を知らせに来たって訳でもないんだろう?」


「無論だとも。死して尚動き続ける、魂のみの集団。死の向こう側で活動する相手を倒す方法……」


 肩を叩かれ、視線を向けられ、セイナは体を強張らせるが、俯きはしない。真っ直ぐにマナブの墨色の瞳を見返した。


「単純だが、蘇生させてもう一度殺す他ないと考えた。能力を発動する隙も与えずに」


「それが彼女に可能だと?」


「であれば、わざわざここに来ないさ」


 アルヴィンはセイナの肩から手を離すと、背もたれに寄りかかって腹の前で両手を組んだ。彼の返答を受け、マナブは肩眉を上げて次の言葉を待つ。


「セイナの能力、奇跡であれば死霊術ネクロマンシーでさえも蘇生できる。だが、奇跡の効果範囲は手が触れられるくらいの距離でないといけなく、残念ながらセイナの身体能力では敵にそこまで接近するのは難しい」


 ならばセイナを守りながら敵に接近する方法を考えねばならない。と、通常であれば考えるだろうが、マナブは違った。上げていた眉の代わりに口角を持ち上げる。


「なるほど。要はオレに彼女の奇跡とやらを学習させて、死の集落の親玉を倒せってことか」


「現状ではそれが現実的だと考えたが……いかがかな?」


 アルヴィンにとってそれは聞く必要の無い問いだが、彼は含み笑いをする訳でもなく、至極まじめに問うた。


「領地の危機だ。喜んで受け入れるとも」


 円滑に話が進むかと思いきや、マナブは「だが」と言葉を続けた。


「そっちが協力する理由はなんだ? 仲間の能力を提供してまで……目的に関係しているのか?」


「無差別に生者を襲う相手を脅威に思うのは当然のことだろう」


「何を隠している?」マナブの心がそう言ったのを確かめてから、アルヴィンは舌を再び動かす。


「端的に言えば信用が欲しい。君たち人倫側のね」


 細められた切れ長の目は、まるで獲物を見定める蛇のようにじっとマナブを捉えていた。


「手紙でも伝えたが、私は神秘側だ。とても現実的ではない目的を課されたが、元より神秘側に思い入れもないのだから、好きに生きると決めた」


「だからオレたちに手を貸すと? 随分とお節介なんだな」


 疑いの目を向けられ、アルヴィンは大袈裟に息を吐いた。


「仮に彼の目的が死者の王国を築くことだったとして、結果的に人倫に益がもたらされるとして……死者ばかりの世界に先がないのは明白だ。加えて、人は何もせずとも死ぬというのに自ら手を下している……彼は能力に溺れた異常者だ。誰がどちら側かなど関係なく、早急に打倒する必要がある。ただ、打倒するにしても利用価値があるならば利用させてもらう。倒す者だろうと、倒される側だろうと」


「……………………」


 二人は暫く睨み合い、硬い沈黙が続く。セイナはいたたまれない気持ちになったが、自分が口を挟む場面ではないことを承知しており、呼吸音を潜めることに努めた。

 そして、沈黙を破ったのは………………破砕音。ではなく、応接間の扉が激しく開かれた音だった。


「マーナブー! アタシが帰ったっていうのに出迎えないなんて、随分と偉くなったわね!」


 現れたのは鮮やかな橙色の長髪をなびかせ、金色を宿す眼を吊り上げた女性。と……。


「疲れたぁ。マナブ、いい子いい子してぇ」


 影が走ったかと思いきや、いつの間にかマナブの膝を枕にし、灰色の短髪を振って甘えている幼い女の子。


「ちょっ、二人とも! 今は来客中だ! ノエル、そっちは任せ……」


 つい数秒前までの沈黙など忘れ去り、慌てふためくマナブは扉の前に控えていた女性――ノエルに指示を出して固まった。


「きゅぅ…………」


 ドアの当たり所が悪かったのだろう。うつ伏せになって絨毯に伏していた。


「何? また偉そうな領主の真似でもしてたの? あんたも好きねぇ」


 応接中だと認めても長髪の女性は態度を変えず、無遠慮な足取りで歩み寄り、長椅子の肘掛に腰掛けた。


「偉そうじゃない、領主としてあるべき態度、威厳ある……」


「なにそれ? 領主ったって人なんだから在りのままでいいじゃない。そんなんだからいつまでたっても小物っぽさが抜けないのよ。嘲笑ってあげよっか?」


「ぬぬぬ……!」


「ねー、早く頭撫でてぇ。クリスのせいで大変だったんだからー」


 脇から責められ、下から甘えられ、マナブは逃げ場を失う。


「ふっふ…………。どうやら立て込んだ来た様子。今日の話はまた明日にでも。……では、威厳ある領主殿」


「あっ! あんたまで……!」


 仲間の対応に追われ、思わず素で反応してしまうマナブだったが、今更取り繕ったところで何の意味もない。アルヴィンは大きく歪んだ口元を隠そうともせず、セイナを連れて部屋を後にした。






――――――――


 男にしろ女にしろ、重厚にしろ軽薄にしろ、何かしらの武装をした者達の中にあって、その少女は短剣の一本も持たず、鎧も着ていなかった。賑わい始めた冒険者ギルドの隅に小さく座り、片手で荷物袋の紐を持ち、出入口が開かれる度に姿勢を正した。

 学校の授業が終わってから、友達との会話を楽しむ間も惜しんで真っ直ぐ冒険者ギルドを訪れたが、未だに待ち人は現れない。


 今日の授業、全然頭に入って来なかったな……。先生に注意されて、皆に笑われたし……。それもこれも彼の所為だ。昨日の朝冒険に出て、未だ帰って来ない彼の所為だ。帰って来たらうんと怒って、鬱陶しがられたらもっと怒って……それから一緒に帰ろう。手とか繋いで。彼は嫌がるだろうけど、これだけ心配させたんだから、それくらい良いよね。


 彼と手を繋ぎ、夕焼けに染まった帰路を歩く。その情景を少女が脳裏に浮かべた頃、冒険者ギルドの扉が開いた。想像を膨らませて、うっかり現実を忘れてしまいそうだった少女だが、意識を取り戻して出入口を注視する。

 入ってきたのは六人の冒険者。男女三人ずつの冒険者の顔は、誰一人として見覚えが無い。

 がっかりして項垂れる少女だったが、妙な違和感を感じて顔を上げる。

 何かが引っ掛かる……何が……?

 並んだ卓や冒険者を避けて受付へ向かう冒険者たちを改めて観察する。顔見知りではない。女性陣の身なりはあまり冒険者っぽくないが気になる程じゃない。男性陣は彼と同い年くらいの少年がいるくらいしか……。


「あ、あの!」


 違和感の正体に気づくと同時、少女は冒険者たちの先頭を歩く男へと駆け寄った。


「……なにか?」


 男は不機嫌気味な顔で、酷く面倒くさそうな態度だったが、声には人並みの温度感があった。だから少女は怖気付かずに次の言葉を投げ掛けられた。


「そ、その剣! どこで……」


 拾ったんですか、とは聞けなかった。抜き身ではあるが、男が武器屋で買った物だとしたら失礼な問いになってしまうからだ。

 尻すぼみになった少女を見て、男は仲間に小袋を渡して受付へ進ませると、改めて少女へ向き直った。


「この剣か?」


 腰のベルトに抜き身で差してあった、片手で扱うにしては長い剣を軽く持ち上げて見せた。


「は、はい!」


 頷く少女の瞳を追った後、男は返答まで間を空ける。少女はじれったく思うが、答えを聞くのも怖いと思い、先を促すことはできなかった。


「……南の森で拾った」


 少女は跳ねた心臓を抑えるように両手を胸に当てる。買った物でないのなら、先を聞かなくてはいけない。


「あの……」急速で乾いていく唇が煩わしい。


「持ち主は?」


 男はここでも間を開ける。少女の心臓が早鐘を打ち、時の流れが遅いと錯覚しているかもしれないが、男は少し困っているようだった。眼を伏せ、口を開こうとして閉じ、また開く。


「見ていない。……あの中にいなければ」


 指し示されたのは男の仲間たち、ではなく受付台に乗った等級証。

 少女は恐る恐る歩き出し、男の声によって開けられた冒険者の間を通って受付台に辿り着く。台の向こうでは彼がよくお世話になっていた受付嬢が悲壮感を漂わせていた。それだけで少女の眼には溢れんばかりの涙が溜まる。


 大丈夫って言って。ここに彼の物は無いって。彼は生きてるって……言って!

 口は開けど言葉は出ず。言葉を待てども受付嬢は口を閉ざす。少女は腕で、手で涙を拭い去り、明確になった視界で等級証を確認した。


「あ……ああっ……! ああぁぁぁぁぁぁっ……!」


 口から出るのは悲嘆の叫び。眼から溢れるのは両手でも拭いきれない涙。体の機能はそれらを放出することに集中し、立つこともままならない。近くにいた獣人の少女が支えなければ受付台に頭を打ち付けていただろう。


 少女の嘆きによって冒険者ギルドは凄然としたが、それも僅かな間のみ。待ち人が帰らぬ人となることは日常茶飯事、明日は我が身。なればこそ、今日の成功を、生還を祝せねばならない。同胞の死を憂うのは深く、短く。

 そうして依頼の報告を済ませた冒険者は、冒険者ギルドを後にするのだった。


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