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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第五章【生と死の異世界生活】
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第二百三十七話:魔物を従える者

 こんな筈ではなかった。

 森の入り口で牽制し熱で体力を奪う筈だったが、小賢しい妖精ごときに打開され、体力を削るどころか擦り傷一つ負わせられずに第一陣は壊滅した。


 自分の作戦が悪かった訳じゃない。部下が間抜けで勇敢過ぎたのが悪い。矢が通じないと分かったらさっさと撤退すれば良かったのだ。何を勇敢に……いいや、いいや、違う。これは勇敢でなく何と言ったか…………そうだ、無謀だ。弓矢で近接戦をやろうなんて無謀だ。死んで当然だ。

 仮に弓兵が撤退した場合、追跡されて早々に巣穴が発見される事になるのだが、そんな可能性を考えられるほど頭の中は大きくない。


 二手に別れた後はそれなりに良かった。普段遊び呆けている連中を嗾け、自分が毒矢で射る。本当なら二人は射っておきたかったが……部下共め、簡単にやられすぎだ。しかし、流石は自分だ。あの混戦の中、敵の頭目と思わしき奴を射ったのだから。以前、姑息な冒険者が使用していた毒だ。食らえば死ぬか、治療して生きていても暫くまともに動けなくなるのは既に観察済みだ。

 レイホに毒矢を命中させた後、見つかりそうになったので慌てて撤退したという無様な記憶を残しておけるほど頭の出来は良くない。


 巣穴で待ち伏せすれば、あと一人は確実に毒に侵せる。そうすれば残り三人。こっちは自分も含めれば二十五、圧倒的だ。冒険者の体じゃあ、通路には二人くらいしか並べないだろうが、こっちは四か五はいける。囲んで叩けばあっという間だ。どんなにデカイ冒険者だって、頭を叩けばイチコロなのは観察済みだ。厄介な獣人にも、あの部屋に入っていれば気付かれることは無い。

 の中では、冒険者が部屋を通り過ぎ、通路の行き止まりまで進んだ所で勝ちは確定的なものだった。実際シオンには深傷を負わせ、狙っていないとしても冒険者たちの凄惨な最期にエイレスは精神力を大きく削がれた。の考えをなぞるなら、冒険者側の戦力は二人。二対二十五の圧倒的有利な状況だったからこそ、は二十近い部下の死骸を見てこう思ったのだ。


 こんな筈ではなかった。

 たった一人を囲んでいたのに、何故奴を仕留め切れない? 自分の作戦は間違っていなかった。棍棒で殴ろうと、刃を突き立てようと無視して太刀を振り回す。血脂で斬れ味が落ちようとお構いなしだ。途中から奴の味方が加勢して来たようだが、それにしたって……それにしたって…………。






————————


「グギャギャ! グギャァァ!」


 青い上着と青い腰巻を身に付け、右手に弓を携えた青ゴブリンは喚いた。奥にいる奴を人質に取れ、と。

 群れは壊滅し、悪足掻きに過ぎない命令であった。しかし、前線で戦っていたゴブリンは藁にも縋りたい気持ちであったが為に、なりふり構わず仲間を盾にしてエイレスを突破する。


 奥に居るのは女二人と貧相な男一人。ダークエルフと男は毒矢を食らってまともに動けない。獣人の女は無傷だが、戦いに参加せず後ろで仲間と固まっていた臆病者だ。刃物を振り回して見せればビビるに違いない。

 ゴブリンは勝利を確信した。そして栄えある未来を想像する。人質を取って群れの窮地を救えば、魔法使いになれるのは自分だ、と。


 しかし、ゴブリンの考えが的中したのは初めの方だけ。間違えてしまったのは、偏にゴブリンに治療の概念が存在しないからだ。

 貧相だと馬鹿にした男に一撃で斬り捨てられたゴブリンが何を思ったかなど、誰も知ろうとはしない。


「グゥ……ギャッ! グギャ!」


 人質作戦が失敗して尚、青ゴブリンは喚く。それもその筈だ。根底に自分さえ生きていれば負けではないという考えを持つものが、負けたので投降などという選択肢を選べるものか。

 青ゴブリンは隣り立つ魔法使いゴブリンに逃走を提案し、瞬く間に同意を得ると全速力で逃げた。


「逃すかよ……!」


 血だらけの顔で大きな眼を開き、赤黒く染まった太刀を握り直す。


「追撃する気!? 無茶よ、治療が先!」


 アクトの防御を捨てた戦い方に付いて行けず、天井付近へ逃れて援護に徹していたコデマリが顔の前まで下りて来る。だが、その程度で止まるアクトではない。


「走りながら回復できるでしょ」


 当然のことのように言ってのけた途端に走り出す。コデマリがいなければ光源が無くなるというのに、そんなこと気にも留めていない。


「ああ、もう! 帰ったら説教よ!」


 羽をピンッと立たせて怒りを露わにしてからアクトを追いかけ、その肩に留まる。


「マナよ、我が下に集いて彼の者の傷を癒す火となれ……ヒーリング」


 対照との距離が近いほど効果を増す火属性による回復。下級魔法であっても肌の触れ合う距離で使用すれば、戦闘不能になるような怪我でもない限りは十分な効果を発揮する。


「……そんだけ血だらけだと、治ったかどうか分かんないわね」


「血は後で拭けばいい。敵を逃したらそうはいかない」


 アクトが目指すのは常に一点。青ゴブリンである。

 青ゴブリンが魔法使いゴブリンと共に壁へと入り込んだ時も、迷わず横っ飛びで後を追う。


「グギャーグギャギャァ……グギャア!」


 白亜の壁がずらされ、隠し部屋に飛び込んだアクトを待っていたのは魔法による待ち伏せ。

 木製の長杖(ロッド)を不規則に揺らし、ゴブリン流の詠唱の後に放たれたのは【ラピッド】の魔法。紫色の三つの魔弾が連続してアクトを襲う。


「邪魔だ」


 魔弾に臆することなく、足から滑り込んで回避と接近を熟すと、体を起こす勢いのまま太刀を振り上げる。


「グギャァァァァアッ!」


 防御も回避も間に合わず、股間から縦に裂かれた魔法使いゴブリンであったが、血に濡れた刃は一思いに通過せずに胸の辺りで肉か骨に引っ掛かる。致命傷なのは間違い無いが、頭まで真っ二つにされるのとそうでないのとでは苦痛が違いすぎる。尤も、ゴブリン達が冒険者たちに行った仕打ちを考えれば軽いものだが。


「ちっ!」


 大きく舌を打ったアクトは、魔法使いゴブリンを蹴り飛ばして無理矢理に太刀を引き抜く。そして、紋様の描かれた床に夥しい量の血を垂れ流して倒れる魔法使いゴブリンに一瞥もくれず、部屋の奥にあった階段を駆け上がる。

 階段は人ひとりが通る分の空間しか無く、窮屈なものであったが、ゴブリンにとっては余裕のある空間だ。そこで差が生まれたのか、魔法使いゴブリンの対処に感覚以上の時間を食ってしまったのか、アクトは階段を上り切るまで青ゴブリンの背中を捉えられずにいた。


「熱気が近付いて来てる。出口は近いわよ!」


「わかってる」


 体に浴びた血の下から汗が滲み出る。流石に不快だと思ったのか、階段を上る速度はそのままに、上着の内側で顔を拭う。

 近付く陽光、熱気、それらの中へ入り込むと……


「グギャァァァァ!」


 逆光を浴びて襲い掛かるは人間であっても片手で扱うには長い剣。それを青ゴブリンは両手で持ち、力の限り振り下ろした。

 迎撃を予見していなかったコデマリは短い悲鳴を上げたが、アクトは一瞬の躊躇いもなく【ディスグレイス】を発動し青ゴブリンの背後に回った。


「やっと仕留められる」


 首筋を貫かんと突き出した太刀であったが、紙一重のところで回避を許してしまう。


「グゥァギャ!」


 回避の為に捻った体をそのまま攻撃へと転じさせる。剣を横に薙いでアクトの脇腹を狙うが、不完全な体勢からの一撃で倒せるようならここまで追い詰められはしない。

 アクトは擦れ違った腕を曲げ、ゴブリンの鼻を肘で打って攻撃を中断させると、柄頭で再度鼻を殴打する。


「グギャ、ギャ……」


 細長い鼻は歪に曲がり、血が止めどなく流れる。あまりの痛みに青ゴブリンは剣を取り落とし、目から涙を流しながら両手で鼻を抑える。

 哀れな青ゴブリン相手であっても慈悲を与える気は一切無い。逆袈裟に両断せんと太刀を構える。

 決着まで後一秒も無い戦場に、一つの巨大な影が落ちた。


「キシャァァァアアァァァァァッ!!」


 耳をつんざく咆哮、さしものアクトも攻撃より状況把握と回避を優先させる。


「な、なに!?」


 身を縮こまらせながら小さな耳を塞ぐコデマリだったが、答えは直ぐ目の前にあった。

 こちらを見下ろす獰猛な双眸。突き出た口には凶悪で鋭い牙。巨躯を支える二足は筋肉の形が浮き上がり、先には牙を太く重厚にさせたような爪。両腕の代わりに広げられた翼は、地面に濃い影を落としている。

 ワイバーン。ドラゴン系の魔物の中では最も小さく非力であるが、人間などとは比べるべくもない。それに、小型ならではの機動力は時に単純な攻撃力よりも脅威となる。普段は魔窟内か山間部に生息し、縄張り意識の強さからほとんど他の土地には現れないのだが、二人の目の前に現れたのは決して偶然ではない。ワイバーンの背に乗る人影がその証拠だ。


「…………」


 ワイバーンの背に乗った人影は飾り気の無い漆黒のローブで全身を隠しており、素性は全く伺うことができない。


「グギャギャギャ、グギャッギャギャア!」


 鼻を抑えながら縋り付くように駆ける青ゴブリンを、ワイバーンは鋭い牙が並んだ口で器用に持ち上げて自身の背中へ放った。


「ゴブリンとワイバーンが味方同士なんて……ありえない!」


 コデマリが声を荒げる横で、アクトは上着の裾で太刀の血脂を拭い取った。


「なんだっていいよ。どうせ殺すんだ」


「馬鹿言うんじゃないわよ! 死ぬ気?」


 言い争う二人にローブの人影は声を掛ける素振りを見せたが、結局は何も言わずに、ワイバーンへ何かを囁いた。


「若い男の声? 待ちなさいよ、あんた一体……」


 ローブの男を呼び止めようとするが、投げ掛けようとした言葉はワイバーンの翼が発した風圧によって掻き消された。


「ひゃあ!」


 妖精体の小さな体にとってはただの風圧も十分な脅威であり、軽々しく吹き飛ばされたコデマリは頭から茂みへ突っ込んだ。


「ちっ…………逃がした……!」


 巻き上がった草葉に視界を奪われていたアクトが次に目にしたのは、空に高々と昇ったワイバーンの姿だった。アクトは太刀を大振りし、青ゴブリンを仕留め損なった苛立ちを発散させてから鞘に戻し、地面に落ちていた剣を拾い上げた。


「ちょっとー、手ぇ貸しなさいよー!」


 茂みから生えた妖精羽が救援を求めて来たので、適当に引っ張り上げる。


「痛い! 痛いって!」


「出られたんだからいいじゃん」


「あんたは大雑把過ぎんのよ! 少しは直しなさいよ!」


 直す必要がないと思っている部分への文句などどこ吹く風である。アクトは出入口となる階段を見つけると、さっさと下りて行くのだった。


「その無視するところもなんとかしなさいよー!」



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