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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第一章【始まる異世界生活】
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第二十三話:殺生

 寝て体力を回復させた状態で更新した能力値は、端的に言えば上昇していた。何が上昇したかというと、体力と精神力、他は変化がないか、一、二くらい上昇していた。


 そんなわけだから、翌朝、俺が受けようとした討伐依頼を見たエリンさんは必死に止めに入った。だが俺だって何も考えず、やる気に任せて受けようとしたわけではない。一応の作戦は立てていたので、概要の説明と危険を感じたら即逃げることを約束してどうにか説得した。




 俺は今、東の森に潜んでいる。ほぼ毎日通っているので、町近くの地形は頭の中に入っているが、魔物は町近くでは出難いので奥地へと進んでいき、ディシンフラワーを採取した川の近くまで来たところだ。

 茂みに身を隠しながら、葉の隙間から標的を確認する。

 大木の周りにマタンゴが五体。依頼で受けた目標数より一体多いが問題はない。


 マタンゴは縄張りにさえ近づかなければ襲って来ることはないし、獲物を探して徘徊することもない。何を食べて生きているのかは調べていない。

 一先ず戦場は決まったので、後は小細工をしてもう一つの討伐対象を見つけるだけだ。マタンゴがいる方角が西だから、東か南に草むらがあれば良いけど……どっちにもあるな。

 自然豊かな森なので背の高い雑草が生えた地帯には困らない。小細工はマタンゴから離れたところに仕掛けておきたかったので、反対側になる東の草むらに向かう。


 太めの木の枝と手の平大の石ころを持って草むらに入ると、小さい虫が多いので木の枝で草むらを払うが切りが無いので諦めた。しゃがんで頭を下げればすっかり隠れてしまえるので、そうそう見つからないとは思うが周囲の物音には気を張っておく。

 直径一メートルくらいの範囲の雑草を根っこごと抜いて更地にした後、石ころと木の枝で適当にほじくり回して耕す。しゃがみながらの作業なのでこれだけでも結構疲れるが、本番はこの後に控えている。水筒を取り出して水分を補給しして集中し直す。それから水筒に残った水を耕した地面に流す。予想出来たことだけど水が足りない。地面は水分を吸って湿ったが、俺は泥団子を作りに来たわけじゃない。もっと水がいる。


 北の川に行って水を汲み、地面に流す。二往復もすると、耕された地面は吸収しきれない水で溢れたので、木の枝でぐちゃぐちゃに掻き混ぜる。草とか石を混ぜると滑りやすくなるか? ならないか? いいや、余計なことはやめよう。嫌がらせ程度の小細工だが泥沼はできたのだ。

 マタンゴと、もう一つの討伐対象であるゴブリンは身長一メートルとちょっとくらいで足は短い。人間なら助走を付ければ飛び越せる程度の泥沼だが、奴らにならある程度は動きを制限できるだろう。小細工は考えても検証するほどの慎重さはないのでぶっつけ本番になるが、失敗したら失敗したで全力で逃げよう。

 ゴブリンの足なら俺でも逃げ切れると分かっていることが、少しだけ心に余裕を与えてくれていた。


 ゴブリンを探して作戦を決行しようと思ったが、念のため水筒に水を汲みに行く。今日の天気は曇りなので泥沼が直ぐに乾くことはないが、いつ必要になるか分からないので持っておくことに越したことはない。

 草むらを出る時に、目印を残しておく。草むらの前に、刈った草を束にして置いて石ころを乗せたり、木の枝を地面に立てたり、近くの木に傷を付けてたり、どの方向から来ても目に入るようにしておいた。ゴブリンに勘付かれる可能性を考えたが、罠を見破る知能は持ってないって本に書いてあったから大丈夫だろう。


 北の川に出ようとしたところで俺の足は止まった。

 いた。ゴブリンだ。

 俺は近くの木に身を寄せて対象を観察する。ゴブリンの装備は何の変哲もない棍棒を右手に持ち、左手で革袋らしき物に水を汲んでいる。その後ろ姿を見た途端、頭の中が妙に落ち着いてしまった。

 ゴブリンも生きてるんだよな……。魔窟から発生して人を襲う存在だっていうのは理解しているけど、人を殺戮することだけを目的に行動しているわけではない。他の生き物と同じように呼吸をして、食事をして、眠り、そして生きるために他の生物の命を奪う。当然、人間も同じだ。俺は俺が生きる金を稼ぐ為にゴブリンを殺しに来た。だが、俺個人はゴブリンに何かされたわけでもないので、どうにも殺意というかやる気が湧き上がって来ない。


 ついこの前まで追い掛け回されていたのに、今は相手の心配か……こんなんじゃ駄目だ。

 ゴブリンから目を放し、右手に握った初突はつつきの刀身へ視線を落した。タツマが整備してくれたお陰で新品同前の輝きを放っている。

 現実じゃ気に食わない奴だろうと拳の一つも殴り付けられないのに、こっちじゃ何も知らないゴブリンを殺すことになるとはな……。俺が選んだことだけど、やっぱり人型を相手、しかもこちらから仕掛けるとなると少し心の整理が必要になる。だけど、あんまりゆっくりもしていられない。視界の端でゴブリンが動いた。


 水を汲み終わったゴブリンは巣に戻るのか、川から離れて森の中に入ろうとしていた。パーティでいるなら巣に案内してもらってまとめて仕留める事もできるが、単独行動している身としては仲間との合流は防ぎたい。

 俺は近くに落ちていた石を拾ってゴブリン目掛けて投げた。


「グギャ!?」


 当たりはしなかったが、突然の投石に驚いたゴブリンは身構え、俺と視線を合わせた途端に棍棒を構えて走ってきた。


「グギャギャ!」


 仲間を呼ぶ事なく単独で追って来たことに少しだけ安堵しつつ、泥沼を目掛けて走る。これまで遭遇した時もそうだったが、ゴブリンは数名の仲間と共に生活をしているくせに、鳴き声を上げるなどして呼び寄せるようなことはしない。目の前に敵がいたら襲い掛かるといった単純な思考回路しか持っていないのか。

 別にゴブリン博士を目指しているわけではないので、自分に都合の良いことについては深く考えるな。今は走れ。


 首を捻ってゴブリンの様子を伺うと、個体差なのか水を持っているからなのかは謎だが、いつもより遅い気がした。だが、油断はしない。足を引っ掛けて転んだらたちまち追い付かれる。

 前を向き直して走ると直ぐに仕掛けのある草むらが見え、泥沼を跳び越えたところで振り返って左手をズボンのポケットに突っ込む。今回用意した小細工は、勝機を掴む確率を少しでも上げるためのものだ。

 ズボンから取り出したのは黄色の液体が入った小瓶。栓を開けて麻痺毒パラリズンを初突の刀身にかけていると、ゴブリンが追い付いてくる。


「グギャ! ギャッ!?」


 棍棒を振り回して草むらに突っ込んだゴブリンはものの見事に泥沼に足を取られ、べちゃっという音を立ててすっ転んだ。


「くっ……!」


 仰向けに倒れたゴブリンの近くに踏み込み、麻痺毒付き刃を体の中心に突き刺した。


「グギャッ!! グギャァッ!!」


 悲痛な叫びが耳をつんざき、貧相な両腕で俺の体を押し返そうとするが、俺はより体重をかけて突き刺す。


「グギャァアアアアア……!」


 押し返せないと悟ったのだろう、押し返そうとしていた両手の爪を立てて叫んだ。まずい。そう思った俺は反射的に初突を腹から引き抜いてゴブリンの喉を目掛けて突き下ろした。

 無駄に大振りだったが、即効性のある麻痺毒が効いてきたゴブリンは防御もままならず喉を貫かれ、潰れた鳴き声を上げながら絶命した。

 泥沼に赤黒い血を流したゴブリンが動かないのを確認してから、大きく頭を振って周囲を見渡す。叫び声で他の魔物が近寄って来ていないか。いない……な。


「はぁ……」


 安心した途端に呼吸が蘇り、息を整えながら自分の身を確認する。爪を立てられたが、革のシャツが防いでくれたので怪我はしていない。しかし、泥と返り血で意外と汚れてしまった。

 一先ずは無傷であることを確認すると、足元で転がったゴブリンの死体に意識が行く。


 殺した…………。殺せた……。俺でもれたんだ……。

 人型だからか、ゴブリンの死体を見ていると異様な気分になり、今更になってから刺した時の感触が手に伝わってきた。


「くそ……」


 何度握り直しても感触は消えないので、諦めて魔石の回収をすることにした。

 ゴブリンの胸を開き、透明な魔石を取り出す。血肉を間近で見て吐き気を催したが、我慢する。

 やっとの思いで魔石を回収するが、まだ依頼は達成していない。マタンゴ四体にゴブリン二体、それが俺の受けた依頼内容だ。こんな有様で達成できるのか不安になるが、しっかりしろよ自分おれ、無駄に高い精神力の役立ち所だろ。



参考までに。

現在のレイホの能力値。()内は鉄等級昇級時の能力値。


体力:84(70)

魔力:0(0)

技力:3(3)

筋力:5(4)

敏捷:6(5)

技巧:1(1)

器用:10(8)

知力:0(0)

精神力:35(28)

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