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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第五章【生と死の異世界生活】
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第二百三十五話:巣穴へ潜れ

 行方不明になった冒険者の捜索が今回の目的だが、その為には先ずゴブリンの脅威を打ち払わねばならない。

 森の入口で七体、先の襲撃で九体——矢を放って来た相手を含めれば十体だが、ゴブリンだという確証は無い——既に十六体ものゴブリンを相手にしている。

 ゴブリンは群れの大小関わらず巣を持つ魔物だ。遭遇した数を考えれば大規模な巣があると考えて良い。巣を自作する事もあるが、枝葉を組み合わせた簡易的な物が関の山だ。よって、ゴブリンの巣は洞窟か、遺跡などの建造物の可能性が高い。


「先にゴブリンの巣穴を叩く」


 魔石を回収しながらまとめた考えを二人へ告げる。


「うん、そうだね」


「おれは最初からそのつもりだったけど」


 それぞれの同意を得、巣探しの案を話そうとした時だった。先にシオンが葉に覆われた天を……いや、ゴブリンが伝って来た蔓を見上げた。


「あっちから来たんだよね」


「ああ」


 最終的には囲まれる形を取られたが、ゴブリンが現れた方向は全て同一であったことを思い出しながら答える。


「それじゃあ、あっち行ってみよっか」


 言うや否や、シオンは歩き出す。

 単純に考えれば、敵が来た方向に拠点があるだろうけど、陽動として回り込んで来た可能性は……。

 首を振って可能性を考えようとする頭を切り替え、シオンの後を追う。

 もし、仮にと可能性を考えていてはキリがない。冒険者に想像力は必要不可欠であるが、行動力が伴わなければ単なる鈍間だ。それに、シオンが短絡的且つ一途の考えで動く筈がない。が、信用が思考放棄の理由になってはいけない。


「……どうしてこっちなんだ? 俺も選ぶつもりだったけど」


「んー……確証は無いから結局は勘になっちゃうんだけど、ゴブリンたちの様子かなぁ。蔓が多いから木の上を伝うのは難しくないと思うけど、それにしては随分と小慣れた様子であたいらを囲んできたからね」


 なるほど、言われてみればそうか。体躯故に小回りは利くが、身体能力の低いゴブリンが蔓で移動するなど、ある程度の道順を知っていなければ困難だ。


「ただ、この辺りは足跡が少ないから巣からは少し遠いかも」


「辿って行けばいつか着く」


 木の上を伝うということは、どこかで木に登っているということだ。足跡が密集している木の根元を見つけ、更にそこから足跡を辿る。

 足跡を誤魔化す手段は幾つかあるが、ゴブリンとてこのまま俺たちを見逃す気は無いだろう。襲撃を撃退し続ければいずれ辿り着く。もし襲撃が無く、足跡も見失ったらその時は【サーチ】の出番だ。魔力薬を飲んだので後二回は使えるし、魔力薬はまだあるが、浪費して良いことはないので使い所は考えておく。


 全身から吹き出る汗の不快さも忘れ、森の動きに神経を向ける。飛ぶ虫の影に、風で揺れる葉音に、果ては自分たちが踏んだ草の音にゴブリンの影が映る。過敏になっている自覚はある……あるのだが、毒矢を食らった場景が脳裏からどうしても離れず、警戒を良い意味で緩めることが出来ないでいた。


 そうしてどれだけ歩いただろうか。結局、あれ以降ゴブリンからの襲撃は受けず、奇妙に身をくねらせた木の根元で、乱雑に踏み倒された草を見つけた。


「ゴブリンか?」


「状況から見て間違いないね」


 シオンは折れ曲がった草だけでなく、木の幹に付いた細かい傷跡を見て答えると、アクトが「次はどっち?」と行き先を急かした。


「もっと奥だね」


 示された指の先を見ると、折れかけた若木や、不格好に切り払われた茂みなどが目に入った。そして、それらに向かって歩いて行くと、そこら中に赤い斑点が付着していることに気付く。


「まだ何日も経ってなさそうだけど……」


 冷静に見えたシオンの表情が僅かに曇る。不自然に付着した赤い斑点の正体と、その持ち主の姿を想像したのだろう。


「先、急ごう」


 歩速が緩んだと見るや、アクトが促す。それが正しいことだと思えたから、俺は「進もう」と続き、シオンも歩速を取り戻した。


 それから程なくして、シオンが「近いかも」と口にしつつ後ろに続く俺たちを手で制した。最後尾からは太刀を構える音が聞こえる。

 理由を聞く前にシオンの横に並んで視線を先へ伸ばす。……なるほど、人の膝ほどの長さがある草は荒々しく踏み倒されているだけでなく強く癖が付いていて、地面に敷かれた絨毯のようになっている。一度や二度踏まれたくらいではああ・・ならないから、ゴブリンたちが普段使用している通り道であることは明白だ。加えて、草の上の引き摺って出来た赤色の線は、この先にゴブリンの巣があることを物語っていた。

 横目でシオンを伺うと、彼女の頬を汗が伝い落ちる。それは気温によるものだとして、形の良い赤い瞳は…………視線の先に伸びる、引き摺って出来た赤い線を映しても動揺は現れていなかった。


「辿ろう」


 指示を出し、再び縦一列となって倒された草の上を歩く。すると、正面の茂みが揺れて……


「あ、やっぱり皆さんでした!」


 黒い犬耳に葉やら草を絡ませたソラクロが顔を出した。


「ソラクロ? どうしたの、こんなとこで?」


 先頭を歩くシオンが代表して質問を投げ掛けると、ソラクロは茂みから尻尾を引っ張り出しながら答える。


「皆さんと別れてから、ゴブリンの気配を辿って巣穴を見つけたんですけど、近付いて来る気配があったので様子を見に来ました!」


 犬耳は手で、尻尾は振って草葉を払い落とす。


「ゴブリンの巣はこの奥か。……そっちは途中でゴブリンに襲われたか?」


「いいえ。レイホさんたちは……! 怪我してます!」


 回復魔法なんて使えないのに、心配そうに駆け寄って来る。それが煩わしい、とまでは言わないまでも、面倒だったので押し付けるように手の平を向ける。


「治っている、大丈夫だ。それよりも他の二人とも合流したい」


「はい。こっちです」


 踵を返したソラクロに案内され茂みを抜けると、鬱蒼とした森が晴れ、背の低い草花が生えた小さな空間が現れた。その空間の最奥には盛り上がった土が暗い口を開けており、傍らで待機していたエイレスとコデマリがこちらに気付いた様子を見せた。


 全員と合流し互いの無事を確かめ、ゴブリンの巣に意識が向き始めた頃を見払い、俺は「妙だな」と口にした。疑問を向けられることはない。全員、この状況に対して少なからず思うところがあるのだ。


「明らかに待たれてるッスね」


「それか罠ね」


 冒険者が巣の前まで来たというのにゴブリンは姿を見せないどころか気配すら無い。ということは、エイレスとコデマリの言う通りである可能性が高い。


「どっちだっていいよ。出たら斬る。出なくても探して斬る」


 乾燥果物を口にするアクトはいつも通りだ。戦闘前に胃に物を入れると体の動きが悪くなると言われるが、アクトの場合は空腹の方が悪影響を及ぼす。


「一人か二人、入り口で待機しますか?」


 提案者の方へ視線を向けると、犬耳をひくつかせて周囲の気配を探っていた。ソラクロは俺の視線に気付いて「近くにはいないみたいですけど」と教えてくれた。

 標的の巣を前にして、そう長い時間考えている暇は無い。入り口に見張りを立てておけば背後の心配は減るだろうが……。

 既に塞がっている肩の傷を手でなぞる。

 誰を残してもゴブリンに後れを取るとは思えないが、二手に分かれた後の襲撃、味方を見捨てての毒矢による狙撃。足跡や血痕を消す周到さは無いが、ある程度の戦闘経験と知恵、それと十分な統率力を持った相手だということは間違いない。だとしたら、単独行動は控えるべきか。


「全員で乗り込むぞ」


 異論は無い。

 覗いた巣穴は狭く、一列での行進を余儀なくされている。隊列は先頭からエイレス、ソラクロ、俺、アクト、シオンの順だ。コデマリに関しては妖精体で飛び回れるので指定しないが、一先ずは前後どちらから襲撃を受けても対応できるように、真ん中の俺と一緒にいることにした。


 煌々と輝く太陽も、張り巡らされた枝葉と積まれた土の奥にまでは届かない。ゴブリンの巣穴は暗く、湿った空気は熱を持った肌に涼しさをもたらした。火打石で角灯ランタンに火を点け、窓を調節して必要となる明かりだけを漏れさせる。

 正面からの攻撃に備えて盾持ちのエイレスを先頭にしたが、ソラクロは人間よりも夜目が利くので、ソラクロに盾を持たせて先頭に立たせた方が有効的ではあるのだが、「オレの役目の八割はこれッスから!」と意気込まれては盾を取り上げるのは忍びない。ちなみに、残り二割の役目は賑やかしらしい。真偽については敢えて触れないでおこう。

 隊列に若干の懸念はあったが、それは巣穴に入って直ぐに解消されることとなった。


麻綱ロープッスね」


「下に続いてますね」


 前から順番に情報が伝わり、俺は角灯の窓を少しだけ広くして先を照らした。

 情報通り、エイレスの足元には頑丈な麻綱の結び目が見え、人が余裕を持って行き来できる大きさの穴が開いていた。穴の周囲は土壁が広がっているだけで、他に道は無い。


「深さを確かめてから下りよう」


 頷きを返したエイレスが手頃な石を拾い上げて穴に落とす。すると、意外にも早く落下音が返ってきたが、その音は予想していたものと少々違っていた。土の上に落ちた時の籠った音ではなく、硬い……それこそ落とした石と同質の物が衝突したような音だった。


「石にでも当たったんスかね? とりあえず行ってみるッス」


「ああ、気を付けてな」


「うぃッス!」


 剣を腰の鞘に、盾を背中にしまって麻綱に掴まるエイレスへ、コデマリが飛び移る。


「下見えないでしょ。アタシも一緒に行くわ」


「先生、ありがとうございます!」


 敵地にいるというのに賑やかなことだが、声量は抑えているから気を抜いているということではないのだろう。

 穴を下りて行く二人を見送って数分経つと、コデマリが飛び上がって来る。特に慌てた様子は見られないので、エイレスは問題なく下りられたのだろう。


「行けるわよ。どんどん下りて」


 コデマリの言葉に従いってソラクロがするすると下りて行き、俺も続くべく角灯を腰のベルトに結んで麻綱を掴む。


「下はどんな感じだ?」


「……見た方が早いわよ」


 今から下りるのだから、それもそうか。麻綱を伝い、土の壁を蹴って降下して行く。

 窓を絞っているとはいえ、角灯の明かりがあっても上下の果てを見ることはできない。

 ゴブリンは巣から出る時、毎回この穴を通っているのか? 奴らの体躯を考えると、これだけでも重労働になる。ソラクロたちはここに逃げ込むゴブリンを見たと言っていたが……誘い込まれた可能性は?

 一人、薄闇、思考に耽るための条件は整っている。だが、いつも通り直ぐには答えを出せず、下に人の気配を感じたことで疑問は頭の隅へと隠れた。


 土壁を蹴って石床へ着地し、麻綱から手を放す。先に下りた二人に迎えられながら、通路状になっているその場所を見渡す。

 そこに露わになった土は無く、上下左右すべてが石板で覆われた通路が広がっていた。所々欠けた箇所や、石板の隙間から伸びた植物の根が、過ぎた年月を物語っていた。


「ここは……遺跡?」


 自然が作り上げた場所でないことは一目瞭然であるが、仮にここが遺跡だったとしても俺たちは調査に来た訳じゃない。俺たちにとって重要なのは、この場所がゴブリンの巣か否かだ。


参考までに。

現在のコデマリの能力値。()内は前回(第百三話)の測定値。


体力:100(100)

魔力:125(125)

技力:125(125)

筋力:10(10)

敏捷:40(40)

技巧:20(20)

器用:15(15)

知力:50(50)

精神力:125(125)


◇アビリティ

 属性耐性・火、属性耐性・風、属性耐性・光、魔法保持

◇スキル

 妖精の障壁

◇魔法

 マジックショット、バレット、ラピッド、キュア、ヒーリング、エンチャント、ファストライズ、スロウ、チア、シェード

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