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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第五章【生と死の異世界生活】
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第二百三十四話:毒矢

 深い森の中を歩く。それだけでも大変な労力が必要になるというのに、人探しをやらねばならないというのは難儀以外の何ものでもない。

 元より人間は自然を活かすことはできても、自然に生かされることに慣れてはいない。そうでなければどうして木を倒し、草を刈り、土を耕して住居を構えようなどと考え付くだろうか。あるがままに育った草木は、存在するだけで人の注意を逸らし、五感から来る情報を妨害する天然の罠と化す。だが、それは人にとっての話であり、森に適応した動植物にとっては快適な住処となる。

 住民たちを刺激せず、枝葉を無闇に鳴らさず、襲撃を警戒する。そこに漂うは抗いようのない熱気。自分の身のことだけで精一杯で、余裕などある筈がない。

 それなのに、時折別動隊の無事を気にしてしまうのはなぜだろうか……。


「なんか、この三人だと初めて会った時のことを思い出すね」


 先頭を歩くシオンが軽やかに、けれど後続を気にして小さな歩幅で進みながら口を開いた。

 人の中でもエルフと一部の獣人は森での生活に慣れていると聞く。気鬱になる森の中であってもシオンの足取りが軽いのは、半分でもエルフの血が入っていることが影響しているのだろう。だが、その血が原因で、今いるような人の手が届いていない森での生活を強いられたことだってあるだろうし、それ以外にも多くの苦労があったことは何となく想像が付く。だから、シオンの慣れた様子を羨む言葉など出す気にはなれない。


「そういえばそうだな」


 特に意識していなかったが、魔窟から、ハデスの城から地上に向かうために次元の境穴を踏破したのは、この三人だったか。

 一言の相槌だったが、口を開いたことで僅かに心持ちが軽くなった気がして、つい口数が増えた。


「あの時は大変だったな」


 今も大変なのだが、わざわざそんなことを言うほど精神は弱っていない。


「いい戦闘経験になった」


 しんがりを歩くアクトが、防護性能を高めた丈の長い上着を邪魔そうにしながら話しに加わる。

 魔獣の巣窟を踏破するまで死んだら城に戻って再出発する体験なんて、出来ることなら二度としたくない。【死の恐怖】なんて厄介なアビリティまで取ることになったし。


「まぁ……大変だったし、辛い目にも遭ったけど……」


 懐かしむシオンの言葉が尻すぼみになって消える。

 敵が迫ってきたのかと思い周囲を警戒するが、どうもそんな気配は感じない。


「シオン?」


 尋ねるとシオンは「にはは」と、やけに明るく笑いながら振り返った。


「大切な仲間と出会えたことを考えたら、大したことじゃなかったよね!」


「…………」


 反応に困ったのでアクトを横目で見ると、いつもの何を考えているのか分からない表情が少しだけ緩んでいた。

 なんだかんだで、アクトも仲間意識は強い方なんだよな……。冒険で命を預け合っているのだから、パーティメンバーに対して仲間意識を持たない方がおかしいか。

 仲間、ねぇ…………。


 ろくでもないことを考えそうになった瞬間、少し離れた所にある茂みが揺れ動いた。三人の緩んだ意識が直ぐさま張り直される。


「マナよ、我が下に集いて近傍を教えよ。……サーチ」


 ゴブリンか? と疑問を抱くと同時に詠唱し、魔法を発動させる。【サーチ】を三、四回も唱えれば俺の魔力は底を尽きるが、出し惜しみするものでもない。俺はこちらの索敵役なのだから。

 体から流れ出た魔力が大気中のマナと混ざり合い、脳の奥が騒めいた。前後で武器を構える二人、足元に広がる茂み、密集した樹木、天を遮る枝葉、そして……


「上だ!」


 【サーチ】の範囲内に飛び込んで来る存在を脳が把握した瞬間、声を張った。魔法を使用するきっかけとなった茂みには、人の頭ほどの石が落ちているだけだった。無論、それがゴブリンによる陽動であることは理解していたが、それを伝えるよりも先に二人の意識を上へと向けさせる必要があると判断した。

 二人が上を向き、しならせた蔓に掴まり、木と木の間を飛び移って来るゴブリンを捉えてから、残りの情報を共有する。


「茂みの方は囮だ! 上から五、六……まだ来る!」


 七体目と思しき影を捉えたところで【サーチ】の効果が切れる。

 枝の上に乗ったまま、囲んでこちらを見下ろすゴブリンの群れ、その数九。木々を飛び移って来た勢いのまま襲撃して来なかったのは、陽動が上手くいかなかったからだろうか。それとも別の狙いが? ……動きが無いなら、よく観察しよう。


 下卑た笑みで涎を垂らす連中は、体躯も装備もゴブリンらしく貧相ではあるが、上等な刺突剣スティレット三又槍トライデントを所持している個体もいる。三又槍の柄が乱雑に折られているのは、長さや重さが気に入らなかったのか……何にせよ、槍から長さが無くなっているのはこちらにとっても都合が良い。

 木は登れない高さではないが、素直に登りに行ったら良い的にしかならない。さりとて地上も戦いやすいかと言えば、そうでもない。健やかな幹を筆頭に、絡まりそうな位置に垂れた蔓や枝など、手甲に装填された杭で殴打できるシオンは別として、俺やアクトが剣を振り回すには窮屈だ。

 シオンの魔法で一気に片付けられるかもしれないが、上を取られた状態で発動までの時間を稼ぐのは難しい。小回りが利いて飛び道具に使えそうなのは、俺の短剣ダガーくらいだが一本しか無い。こんなことなら投擲短剣スローイングダガーを何本か買えば良かった。

 

 戦場での後悔ほど無意味なものはない。それを思い知らせるかのように、ゴブリンたちは嘲笑の声音を上げつつ、懐から手頃な石や泥団子を取り出した。何をするつもりなのか、など一々考えるべくもない。防御する手立てのない俺たちが取れる行動を考える必要もない。

 回避の号令を出そうとする俺の前後で、俺の考えにない行動が取られた。


「意外と丈夫なんだな」


「これくらいの高さなら!」


 片や力任せに蔓を引いて、片や俊敏に木の根を蹴って投擲物を躱しながら飛び上がった。そして、上を取って優越感に浸っていたゴブリンを斬り落とし、蹴落とした。

 俺はと言うと、一人無様に地を這って投擲物を躱し……躱し切れずに足へ石が当たるが、靴の爪先に仕込まれた芯のお陰で怪我には至らない。


 逃げる事ばかり……保身ばかり考えてどうすんだっての!

 活躍する二人に触発されたのか、体は自然と攻勢へ向いた。足元に転がった石を拾い上げながら一回転し、遠心力を加えたところで【エイム】を発動。視界に現れた照準がゴブリンの頭を捕捉すると同時に投擲。真っ直ぐに突き進んだ石は、ゴブリンの濁った片目を押し潰し、その衝撃で木から落下させる。

 透かさず落下地点へ駆け、片目を押さえて悶えるゴブリンの首に両刃片手剣ブロードソードを突き立て、捻じ切る。


 一体撃破しただけで満足してはいけない。次を狙いに行かねば。

 そう思って体を反転させた時だ。


「っ!!」


 二つの出来事が一斉に俺の身を襲った。あまりにも予想外の事に脳は一瞬停止し、体を茂みに落としてから再稼働する。

 反転させた瞬間、俺の体は大きくよろめいた。攻撃を受けたからではない。ゴブリンが投擲した石が足元に転がっていて、運悪くそれを踏みつけたのだ。そして……状況の理解が進むと、右肩に激痛が走った。何事かと思い、自然を向ける。


「うっ……あぁっ!」


 自分の肩から垂直に生えた矢柄を見た途端、痛覚が跳ね上がり、口から悲鳴が漏れた。

 よろけた所を矢で射抜かれた? ……いや、よろけたから肩で済んだ。もし、あのまま体勢を維持していたら首か頭に当たっていた…………。

 右肩は燃えるように熱いのに、背中は寒さで震えた。真逆の感覚が同時に押し寄せ、気分が悪くなる。視界が歪む。


「レイホ!」


 荒げた声音と共に、斬り飛ばされたゴブリンが意識の中に入って来る。

 アクトだ。助けに来てくれたんだ。

 すまない。そう口にして立ち上がりたいのに、体が上手く動かない。肩の傷のせいだけじゃないな……毒か。


「抜くよ。動かないで」


 矢は鏃から赤黒い尾を引いて肩から引き抜かれる。

歯を食いしばったつもりだが、満足に力の入らない体は痛覚に耐えかねて跳ねた。声にならない悲鳴を上げながらも、痛みのお陰で気分の悪さは誤魔化され、頭の中は鮮明になっている。

 矢を抜かれた時の出血、あれは血だけの黒さじゃなかった……ということは猛毒系か。急がないと右腕から腐り落ちる。

 内側から腐った自分の姿を想像して動悸が起きたが、脳裏からその姿を払拭してくれたのは、目の前に差し出された複数の小瓶だった。痛みに悶えている間にアクトが雑嚢から薬を取り出してくれていたのだ。回復薬の他に解毒薬を三本も出しているのは、どれが効果的なのか判断が付かなかったからか。


「グギャァァァァ!」


 首と視線で必要な解毒薬を伝えようとした時だ。ゴブリンが一体、アクトの背後から躍り掛かって来る。

 まずい。アクトは太刀を茂みに立て掛けていて無防備だ。

 掲げられた刺突剣が振り下ろされる直前、草葉を散らして急接近してくる影があった。


「危ない!」


 シオンの杭打拳パイルナックルで横殴りにされたゴブリンは首を不自然な方向に曲げて吹き飛び、固い幹に激突した後、首が元の位置に戻ることはなかった。


「今ので最後! 早く治療を!」


 ありがたい報告を受けてから、アクトの手を借りて猛毒用解毒薬アンチメルトを服用する。猛毒用と言うだけあって効果は即効性で、傷口に回復薬サルブポーションを塗り終える頃には自力で立てるまでに回復した。右腕は……怪我が治り切っていないが、問題無動く。


「悪い、助かった」


 漸く言えた言葉にシオンは首を振って「大丈夫だよ」と答え、アクトは鋭い眼差しで周囲を見渡した。


「弓使ってる奴、殺した?」


「ううん。でも、近くにはもういないよ。一射だけして逃げたんだろうね」


 強く握り直された太刀が音を立てた。俺はそれを聞こえなかった振りをし、アクトとは別の意図で周囲を見渡した。茂みに埋もれ、幹に凭れ掛かり、枝にぶら下がっているゴブリンの数は合計で九。


「どこから撃たれたの?」


「矢が刺さった方向から……向こうだな」


 森の更に奥を指し示してから、手を開いてアクトの肩を掴む。放っておいたら一人で突っ込みかねない。


「敵を倒すのは当然として、魔石の回収も忘れずにやって行こう」


「……ん」


 不承不承といった感じだが、小さく頷いてくれた。

 アクトは足元に落ちていた刺突剣を拾い上げると、近くに転がっていたゴブリンから手早く魔石を取り出した。



参考までに。

現在のシオンの能力値。()内は前回(第百二十九話)の測定値。


体力:434(388)

魔力:156(123)

技力:79(61)

筋力:46(43)

敏捷:69(59)

技巧:45(37)

器用:63(53)

知力:55(50)

精神力:99(96)


◇アビリティ

 属性耐性・雷、精神虚弱性・小、襲撃者の心得、大物食い、単独行動

◇スキル

 パイルバンカー、ペナトレーション

◇魔法

 ブラスト、ライトニング・ボルテックス、スクリープ

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