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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第五章【生と死の異世界生活】
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第二百三十二話:ゴブリン

 男三、女二、それと妖精が一の計六。行き・・ならば普段は見逃す数だ。だが見てみろ。男二人は熱にうだっており、残り一人は活きがいいが、鎧を着込んでいては直ぐにバテることをしらぬ愚か者だ。女二人は軽装で、狙ってくださいと言わんばかりに腹やら腿やらを出している。妖精の貧弱さなど今更考えるべくもない。

 女は獣人とダークエルフのようだが、人間と違うのは外見だけで中身は人間とさして大差無い。それはこれまでの観察・・から分かっている。


 冒険者の大群は少しばかり前に北からやって来たばかりだ。これまでの観察に基づくと、次に冒険者の大群を見かけるのは陽が落ちる頃に南からやって来る。つまり、今、遮蔽物の無い白い大地をのこのこ歩いている冒険者の後、暫く冒険者は来ない。

 主から命じられた観察も一通り終わり、そろそろ引き上げようかと思っていた時にこの状況。観察の成果を発揮するために、神様・・が用意したのかもしれない。


「グギャ、グギャギャ!」


 眼から単眼鏡を外すと、つい先ほどまでの持ち主だった部下が木の下で細長い眼を開き、並びの悪い歯を鳴らして闘争心を煽るように騒ぎ立てる。

 こいつは状況など読めちゃいないだろうが、冒険者六人を相手にし、上手くいけばこちらの魔法使いが一増え、主への土産話も増える。締めの一戦には悪くない。多少の犠牲は出るだろうが、損得勘定が出来るのはこの群れで自分だけだ。その証拠に、下で集まっている間抜けで勇敢な部下共は自分が死ぬことなど塵程も考えず、頼もしい笑みを浮かべているではないか。

 ならば……。

 主より授けられた青い羽織りと腰巻を正し、木の枝に立つと群れ全体にのみ聞こえるよう咆哮する。


 これより来たる冒険者五名と妖精を蹂躙せよ! 最も手柄を立てた者には魔法使いとしての役を与える!


「「「グギャ! グギャァァァァ!」」」


 冒険者に悟られぬよう声を抑えたのだが、間抜けで勇敢な部下たちにその意図は伝わらなかったようだ。元より期待していないし、犠牲になるのは連中であって自分ではない。

 単眼鏡を部下に放って木から下りると、幹に立て掛けてあった、人間でも片手で扱うには長い剣を両手で持ち、まだあまり使われていない剣身に自身の顔を映した。

 部下たちよりも目鼻が整っていると自負する顔だが、顰めてしまっては台無しだ。けれど、あまりにも考えることを知らぬ部下たちを相手にしていては、皺の一つや二つ作らねばやっていられない。

 剣身から視線を外し、八つ当たりするように長剣を振るうと、ふとある事を思い出した。

 そういえば、赤や黄の奴は、こういう考え無しの部下を率いるのが上手かったな。


 頭目の心情を察する者は一体としておらず、景気良く振られた長剣を戦闘準備開始の合図として捉えたゴブリンたちは、短い足で森の中へと散って行った。





————————


 白い大地の中、黒い犬耳というのは目立つもので、それが動いたとなれば自然と興味が向く。


「ゴブリンの叫び声です」


 驚きも恐れも無く、ソラクロは淡々と事実だけを口にした。


「うん、あたいも聞こえた。悲鳴とは違うね」


 ダークで半分だけだがエルフの血が入っているシオンも人間より聴覚は良い。

 二人は頷き合ってから、一緒に俺の方を向いた。


「誰か戦っているのかも」


「様子を見て来ますか?」


 流石に戦い慣れているといったところか。二人の凛々しい表情は、降り注ぐ熱気を跳ね返すようだった。ならばいっそパーティを率いて欲しいと思うのだが、二人が……パーティが求めているのは泣き言じゃない。

 視線を森の方へ伸ばす。距離は数百メートル程で、走ればそう時間を掛けずに突入できる。


「このまま進もう。隊列は整えて。水分は今のうちに取っておこう」


 炎天下を走ってはどれだけ体力を消耗するか分からない。森の入り口で休めればと思ったが、どうもそんな悠長な事はしていられなさそうだ。

 前衛をエイレスとソラクロ、中衛を俺とコデマリ、後衛をシオンとアクトとして森へと向かう。


「数は……流石に聞き取れないよな」


「はい。ごめんなさい……」


 半ば独り言のような問い掛けであっても律儀に頭を下げて来るソラクロに対し、咄嗟に言葉を返せないでいると、後ろからシオンの声が届いた。


「あたい的には、思っていたより多く聞こえたよ。十より多いのは確かで、二十か……下手したらそれ以上」


 推測とも呼べない曖昧な情報であるが、全く何も無いよりは良い。少なくとも五十や百といった大軍ではないと検討は付いた。であるならば、一人当たり五体も倒せば掃討出来ると見積もれる。

 ゴブリンは弱い。とは言っても、流石に銅等級下位が三人では、二十を越す群れを相手取るのは荷が勝ちすぎる。無論、等級の低さが必ずしも戦闘能力の低さに直結するわけではないが、行方不明になった冒険者とは面識が無いので、等級相応の能力値と考えるのは間違いじゃない。その考えで行くと、俺の能力値は体力と精神力以外、銅星二と三の推奨値の間くらいなので彼らの顛末も想像しやすい。


「……森の中では焦らず、孤立しないように動こう」


 至極当たり前の事を口にした。こんなこと、俺が言わなくても皆わかっていることだ。

 自分の発言を恥じていると、肩の上で半回転する影があった。


「ほら、言われてるわよ」


 嫌味たらしく口角を上げるコデマリの視線は真っ直ぐにアクトへ向けられていた。


「…………」


 アクトは聞こえなかったのではないかと思わせるような自然さでコデマリを無視し、懐から取り出した乾燥果物を口に入れた。


「ちょっと、生意気に無視してんじゃないわよ!」


「うるさいな」


「むっ!」


 無視をされたら肩を怒らせ、反応されたら顔を膨れさせる。平時なら好きにやってくれと思うのだが、悠長に眺めている場合ではない。青々とした森はもう、枝から生えた葉の形が分かるくらいの距離に迫っている。森は葉擦れの音すら立てず、ただそこに佇みながら俺たちを見下ろしているようだった。

 森の前で立ち止まり、影に覆われた木々の奥へ視線を投げながら気配を探っていた犬耳が唐突に跳ねた。


「正面から矢、来ます!」


 言うが早いか、兜の目庇を下げたエイレスが一歩前に飛び出し「オレの後ろに!」と鋼鉄の盾を構えた。逆三角盾ヒーターシールドでは全身を覆う事は叶わないが、矢が木立を抜けられる軌道はそう多く無い。腰を落とし、身を隠すことで鋼鉄の盾は持ち手とその後方に並ぶ者たちを護る。


「次、上からです!」


 鋼鉄の盾が金属音を立て終えたかと思うと、即座に吠えるような喚起の声が上がった。


「散開して後退!」


 森に入る前から……いや、入る前だからこそと言える奇襲に思わず後退させてしまった。が、散り散りに森の中に入っては仕方がない。

 パーティは俺の号令通り、密集していた陣形を解除して扇を模る様に後退して矢の曲射を回避した。

 白紙化した大地に落ちた矢は、鏃から跳ねる音を出しながら散らばり、やがて静寂が舞い降りた。直射も含め、矢の密度がそこまで多く無かったこともあり、負傷した者はいないようだ。


「……ゴブリンッスよね?」


「だろうな」反射的に出そうになった言葉を飲み込み、ソラクロへ水を向ける。


「間違いありません。正面の五体は確認できましたが、その後の攻撃は奥からだったので、数までは……」


言葉尻はまだ続きがありそうだったのだが、「そうか」と相槌を打って強引に話し手を引き取った。


「謝るな。……よくやってくれている」


 どうして上から目線なのか。上から? 単に愛想が無いだけか。どっちにしろ褒められた態度じゃない。

 それよりも、だ。曲射以降、ゴブリンからの奇襲はぱたりと止んだ。矢が尽きた、というのはこちらに都合が良い考えだとしても、一体も森の中から姿を見せないというのは妙だ。

 魔物というのは得てして好戦的であり、知性や理性といったものは持ち合わせていない。上位の魔物は話が別になるが、ゴブリンなど下位の魔物はその傾向が顕著だ。

 本能のままに相手を襲うゴブリンであっても、待ち伏せや奇襲くらいは考えるだろう。あれだけ見晴らしの良い白紙化した大地を歩いて来たのだから、森の中から監視されている可能性は嫌でも考え付く。


「どうすんの?」


 ゴブリンの動きに違和感を覚えていると、俺の視界に赤茶色の真っ直ぐな瞳が映った。気付くと、散開していた皆も森の方を警戒しながら集まって来ていた。

 森から出て来てくれるなら、この広々とした白紙化の大地で迎え撃てるが、今のところその様子は無い。

 天頂に昇り切った陽の光が首元を焼く。

 ここで待っていたら日射病で倒れかねない。待ち伏せされていると分かって、森の中に入るしかないか。ただ、このまま何も考えず突撃してはどっちが下位の魔物か分からない。

 ソラクロを呼ぼうと開けた口から声を出す直前で自制する。【気配察知】で分かるのは生物や植物といった、気配あるものだ。物理、魔法問わず罠や仕掛けといったものには弱い。


「……様子を確認する。エイレス、来てくれ」


「はい! お供しゃッス!」


 武具を鳴らすエイレスを連れ、森の入口へと近付く。【サーチ】による環境確認を試みるためだったのだが、俺たちが近付いたことでゴブリンは攻撃を再開した。森の奥から弦の弾ける音がしたと思うと、木立を縫って矢が飛来する。しかし、その矢は鋼鉄の盾に弾かれるか、身を隠した木の幹に突き刺さるだけだ。


「マナよ、我が下に集いて近傍を教えよ。……サーチ」


 体から血液とも体力とも違う何かが抜き取られたかと思うと脳の奥が騒めき、俺の体を中心として不可視の円が広がって行く。円が触れた情報は木の形、地面の起伏、敵の姿のみならず、地形に隠された糸だとか棘といったものまで、脳に直接伝わって来る。しかし、これは魔法だ。自分が習得した力を行使しただけであって、脳に負荷が掛かることも、気分を害するようなこともない。


 正面に弓ゴブリンが五体。左右の木の間が開けた場所から侵入した場合、茂みに罠と木陰にゴブリンが二体ずつ。【サーチ】の範囲で分かるのはこれぐらいだが、これだけ分かれば一先ず入りは問題無く行ける。

 そうと分かれば即座にエイレスへ手で合図を出し、後退することにした。


参考までに。

現在のエイレスの能力値。()内は前回(第百三十話)の測定値。


体力:670(523)

魔力:0(0)

技力:67(44)

筋力:44(29)

敏捷:44(29)

技巧:31(16)

器用:67(49)

知力:0(0)

精神力:166(129)


◇アビリティ

 団体行動、守勢の徒、膠漆之心、守備者の心得、限界突破

◇スキル

 インフェリアフィルム、スピリアシールド、クラッシュ、スタブ

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