第二百三十一話:白紙の上
妙な流れでゴブリン討伐兼、冒険者の捜索に出る事になった。正式に依頼が出ているわけじゃないから、ゴブリンの魔石以上の稼ぎは見込めないというのに、お人好しな連中は諸手を挙げて参加した。
「いやぁ、姉さんが声掛けてくれて助かったッス! しかも人助けとは、やらない手はないッス!!」
炎天下でハードレザーの鎧に板金の胴当を身に着けているというのに、エイレスは活力に満ちた声音を上げた。戦闘になれば鉄兜まで被るのだから、体感する熱量は俺たちの比ではない。
「人間のクセに欲のない奴ね。こんな暑い日に森でゴブリン退治なんて、誰が好き好んでやるのよ」
口を尖らせるのは、妖精体で俺の肩ひとに乗っているコデマリだ。汗を掻かないから暑さにうだっているように見えないが、しっかりと熱は感じているらしい。肩でも体が触れていれば体温が伝わり、余計に暑くなると思うのだが、空を飛んで日光に晒されるよりも肩の上で日陰に居た方がマシなのだと言う。俺の肩を選んだのは、単純に一番高いかららしい。
俺だってそんなに長身じゃないのだが、他の男二人は成長期が遅いのか止まったのか、それともこの世界の人間は背があまり高くならないのか。シオンは俺とほとんど背が変わらないのだから、そちらに乗っても高さは変わらないと思うし、ダークエルフと妖精が一緒の方が絵になると思う。ただ、致命的なことに、彼女が身に着けている白銀の肩鎧は陽をたっぷりと吸い込んで熱くなっているので、そんな所に座るなど拷問以外のなにものでもない。
「文句あるなら付いて来なくていいのに」
アクトのぼやきはきちんとパーティ全員に聞こえており、俺の耳元では即座に「むっ!」という対抗の声が上がった。
「森の中に妖精を連れて行かないなんて、武器を一つ持って行かないようなものよ! あんたのその太刀、木に引っ掛かっても助けてやんないわよ」
「……」
喧嘩を買わせるだけ買わせて、その後は無視。いつものやり取りだというのに、コデマリは懲りずに金切り声を上げている。
「騒ぐな。暑いんだから体力を使うな」
俺に注意され、コデマリはつまらなそうにしたが、取り敢えずは黙って座り直す事にしたようだ。
小規模な木立が点在する平野を南下して行くと、突如として景色が変わった。足元で好き勝手に生えていた草も、気休め程度に影を作っていた木立も消え去り、人工的に引かれた線をなぞる様に白い大地が広がっていた。人影も生物の気配も無く、草木どころか砂粒一つ見当たらない。白い大地は燦々と降り注ぐ陽光を反射して輝いているだけだ。
白紙化した大地。遠目で見たことはあったが、こうして目の前まで来たのは初めてだ。もう誰も名前すら覚えていないが、ここには町があり、多くの人々が暮らしていたのだ。
「どうしたのよ、立ち止まって」
茫然とする俺に、肩から疑問の声が掛けられる。他の四人も立ち止まってこちらを見ている。
「……ここで休憩にしよう」
話しによれば、白紙化した土地の向こう側に広がっている森がゴブリンの生息地であり、冒険者が消息を絶った土地だ。陽を遮る場所が無い白紙化の大地で休憩が取れるとは思えないので、休憩を取るなら今が最後の機会になるだろう。
「了解ッス!」
いの一番に返事をしたエイレスは、手にしていた盾と兜を木の根元に置くと、鎧の留め具を外して腰を下ろした。元気そうに見えるが、やはり消耗は激しいようだ。
エイレスに続いて各々が木陰で体を休め始め、肩に座っていたコデマリが木の枝に場所を移したのを見送ってから、俺も手近な木陰に腰を下ろした。
白紙化した大地は雑草一本生えることは無いが、その場を歩く事には何の問題もない。縦断し、森へと向かった後は捜索が始まる。どうやら最近行方不明になった冒険者は先日の三人だけでなく、合計すると十数人もいるようだが、森には魔窟もあるので全員がゴブリンの被害に遭ったかは定かではない。言ってしまえば、三人の方もゴブリンにやられたかどうか定かではない。ゴブリン討伐が楽に終わったことで調子づき、そのまま魔窟に行ったところで不幸に遭った、という話も無いとは言い切れない。
何にせよ、生きていたら連れ帰り、死んでいたら等級証を持ち帰る。日暮れまでに見つけられなかったら撤退する。それだけだ。
「……体調は大丈夫か?」
言葉少なく休憩している全員へ問い掛けるが、不調を訴えてくる者はいない。俺から見ても全員の顔には生気が満ちており、問題は無さそうだ。
「大丈夫なら、装備を確認したら向かおう」
五人の中に異論を唱える者はおらず、返事か頷きを返すとそれぞれの装備に問題が無いか確認を始めた。唯一、武具の類を持たないコデマリは目を閉じて脱力しているが、何も出発の合図が出る直前まで休もうとしているわけではない。彼女の武器である、体内を巡る魔力に神経を向け、いつも通りの働きが出来るか確認しているのだ。
俺は防護性能を上げた私服の上に身に着けた部位革鎧と、左腰に携えた両刃片手剣を検める。それからベルトを辿って後腰に手を回し、短剣が問題なく抜ける事と、雑嚢の中にある薬品を確認した。薬は回復系の物ばかりで、毒や煙幕といった搦め手に使えるの物は今回持って来ていない。駆け出しの頃ならいざ知らず、今なら俺でも一撃でゴブリンを斬り伏せられる。それと、俺たちのパーティは攻撃力こそ高いものの、魔法による回復が弱い。弱いというか、実質コデマリしかいない。六人——この場にいないがプリムラも含めれば七人——パーティなのに回復役がまともにいないとはどういうことなのか。それは偏に、俺がまともにパーティを組む気が無い現れでもあるだろう。
知力に空きはあるし、次は回復系魔法でも覚えるか。
俺が装備の確認が終わる頃には全員準備が整っており、コデマリが肩に戻って来るのを待ってから出発することにした。
白紙化の大地が足裏に伝えて来る感触は実に妙なものだった。物質は不明だが、地面であることは確かなので硬い。けれど、まるで下に何もないかのような危うさを感じる。広がる白の大地は、開いた穴の上に張られた板……膜と言ってもいいかもしれない。土とも石とも違うのは見た目で分かっていたが、実際に歩いてみるとこうも違うものなのか。
足元に不可解な視線を送るのは俺だけでなく、アクトやエイレスも同じだった。
「これ、抜けたりしないッスよね?」
「あたいが知る限り、そういうことはないと思うよ。スコップとかでも穴が掘れないから、落とし穴の心配はない……と思う」
白紙化については謎が多い。シオンが自分の知識だけで断言できないのも無理からぬことだが……。
「姉さん、そこは言い切ってほしいッス!」
そう言うエイレスだが、目庇を上げた兜から覗く表情は言葉ほど不安がっていない。
「にはは……ごめん」
謝るシオンの方にも気落ちした様子は無い。捜索前であるが、程良く気が抜けている証拠だ。
「この白い所って、上に土を被せたらまた人が住めるようにならないの?」
アクトが誰にともなく問うが、直ぐには返答が無かった。俺は答えを持っていないし、答えを持っていたとしても、自分が答えて良いか様子を見るために間を開ける。
「無理だと思いますよ」
短い沈黙を破ったのはソラクロだった。反応があったと思うと、アクトは直ぐさま「なんで?」と理由を問うた。
「白紙化した場所に長く留まっていると、白紙化の影響を受けて、気付かない内に消えてしまうからです」
白紙化の影響を受けて消えてしまう。それを耳にしたエイレスは大袈裟に飛び上がった。
「と、留まってないッス! 留まってないッスよ!」
ふざけているのか本気なのかは分からないが、エイレスの様子を見たソラクロはにこやかに笑んだ。
「一日や二日で影響は受けませんから、大丈夫ですよ」
「そ、そうッスか。なら安心ッス」
落ち着きを取り戻したエイレスは元通りに歩を進め始める。
暑いのに無駄な体力を消耗しただろうが、一々叱ることでもないか……。
「そっか……残念だな」とアクトが呟く。
俺が知る限りではあるが、復興が叶わないことを惜しむなどアクトにしては珍しい事だと思う。
「へぇ、あんたでもそういうこと思うんだ」
俺と同様の印象を覚えたのだろう。コデマリは挑発の類ではなく、素直に関心を示した。
「ん。だって、土地が復活すれば、それだけ食い物も育てられるだろ?」
「あんたねぇ……いや、あんたらしいからいいけど……」
困ったような、呆れたような表情を浮かべ、ついさっき抱いた関心を捨てるように首を振った。
「おれ変なこと言った?」
コデマリの態度に疑問を抱いたアクトが回答を求める先は、二人の間に立つ俺だった。
「……いや、いつも通りだ」
「ん。それならいいや」
回答に満足したアクトは話を切り、一歩ずつ近付く森をじっと見据える。
話している間に足裏に感じていた感触には慣れたが、それなりに大きな町だったのだろう。目的の森まではまだ半分以上の距離が残っている。照り付ける日差しは弱まること無く体力を奪い続けていくが、避難できる木陰は無い。出来ることなら白紙化を越えた所、森の入口でもう一度休憩を挟みたいところだ。
可能性としては低いと思うが、森に入って直ぐ戦闘が始まったとしたら……少しきつい戦いになるかもしれないな……。
参考までに。
現在のソラクロの能力値。()内は前回(第百九十二話)の測定値。
体力:540(531)
魔力:123(123)
技力:138(138)
筋力:60(60)
敏捷:57(57)
技巧:78(78)
器用:15(15)
知力:48(48)
精神力:180(177)
◇アビリティ
属性耐性・火・氷・闇、毒耐性、属性虚弱性・光、気配察知、保養鬱散、魔獣ハンター
◇スキル
トップテール、レイド、アサルト、二段跳躍、エクサラレーション、ランディング
◇魔法
フレイムスロア、フローズンスロア、ダークネススロア




