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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第五章【生と死の異世界生活】
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第二百三十話:帰りを待つ者

 余所者の主観として、と前起きした上で結論から言いたい。

 独立都市ランドユーズは危険だ。

 魔物が頻繁に入り込んだり、領主が圧制を敷いたり、冒険者や無頼漢がそこら中で喧嘩をしたりしている訳じゃない。寧ろ逆だ。堅牢な外壁はそれだけで魔物の進攻を阻む上に、銃器で武装した兵士が常に目を光らせている。魔物からの脅威が遠ざかったというだけでも、市民の安心感には大きな影響があるのか、街の雰囲気は穏やかなものだ。市民は領主のことを敬い、方針に従っている者が大半であるものの、無論不平不満を漏らす者もいる。だからと言って制裁が加えられることは無く、市民には自由な思想を持つことが出来る。様々な人種、等級の冒険者の往来はあり、血の気の多い者も少なくは無い。ただ、街中で暴れて善良な市民に危害が加わろうものなら、即座に厳罰が下される。

 綺麗な街並み、豊富な食料、優れた領主、善良な市民。これらが揃っている街の何が危険なのか、それは善良な市民に他ならない。人当りが良く、差別をせず、互いに支え合って生きている。彼らの善良さは尊ばねばいけないのかもしれない、守らねばならないのかもしれない。だが、力を与える対象になり得てはいけない。法を守り、法に守られる側の存在が、私的制裁を加える権利を得たとしたら、これ以上に危険なことは無い。


「…………」


 絶えず涼やかな風が吹き、外の熱気を忘れさせてくれる冒険者ギルド。快適な環境だからか、朝一の依頼争奪戦が終わった時間帯だというのに、冒険に行かずダラダラと依頼を眺めている者も少なくない。

 職員からこの街について説明を受けた後、広間の隅の卓に陣取った俺は、各々好きに過ごしている連れたちを視界にいれたまま腕を組んで考え込む。

 ランドユーズが掲げる理念は平和と平等。それに反する行いをした者は、その場で民主主義に基づいた私的制裁の対象となる。何を以て平和や平等を定義するかが明確になっていないのは、それすらも民衆の総意によって決められるからだ。

 シオンとプリムラの性格なら理念に反するようなことは無いと思うけど、今は上手く回っているだけだ。定義が明確でないということは、遅かれ早かれ間違いなく認識の相違が生じ、争乱が起きる。拳や棍棒で殴打する争いなら小規模な騒ぎで落ち着くかもしれないが、ここの市民は誰でも扱える拳銃を所持している。感情任せに発砲なんてしたら、騒ぎがどこまで広がるか分かったもんじゃない。そんな所に二人を置いて行く判断は俺にはできない。

 …………じゃあ、どこならいいんだ? 自分の中にある別の自分が問いかけて来る。

 この世界で生きる以上、魔物という驚異は付いて回る。その点を考えればランドユーズは安全な街だ。それに、ダークエルフが平等の対象であることは、朝食をとった時に確認できている。プリムラは両親と一緒に暮らせる。

 二人だって、自分のことくらい自分で出来るのだし、俺がいつまでも気を遣う必要はないんだ。……心配が無意味なことだって、よく知っているだろう。


「なにを考えてるんですか?」


 涼しいのをいい事に、擦り寄るように横に座って来たソラクロに視線を向けたところで、今まで自分の顔が少し顰められていたことに気付く。緊張が解けて間抜けな顔になったと思い、誤魔化すために高い天井を見上げる。


「……べつに」


 溜まった悩みを吐くように答える。横目でソラクロを見ると、黙ったまま困り顔を浮かべている。

 困られても、シオンやプリムラをどうするかはソラクロに聞く事じゃないしな……。


「なら、依頼でも受けるわよ。いつまでもここで涼んでたって、しょうがないでしょ」


 強気な声音はコデマリのものだ。妖精体の妖精も周囲の生活に溶け込んでいるこの街で、わざわざ人間体で行動しているのは何か理由があるのだろう。

 足の長い高い椅子から下り、いくらか背の縮んだコデマリを視線で追い掛ける。


「待ってくれ。俺とシオンは別行動をしたい」


「なんでよ?」


 当然の質問に、「他の依頼を」まで答えてから言い直すことにした。この後シオンに詳細を話すし、皆に隠す話しでもないからだ。


「シオンは地元の冒険者と組んでみてほしい。ただ、一人じゃ不安もあるだろうから俺も付いて行く」


 後半は体の良い言い訳だ。本当は俺が様子を見たいが為に同行する。他人への気遣いだけで行動を起こす奴なんて、そうそう居やしない。


「それはあたいが……ダークエルフがどう扱われるか確認するため?」


「そうだ」


 理由はもう一つ、馴染みの冒険者が居れば、この街に残ると言われた時に少しは安心できるからだ。——果たして、安心するのはシオンの方か、俺の方か。


「ふぅん。じゃ、おれたちは四人で行くよ」


 承服を迷っている様子のシオンを置き去りにして、アクトは依頼掲示板の方へ歩いて行く。それを追ってコデマリが、エイレスが歩いて行く。


「……どうした?」


 呼び止めた覚えのないソラクロが残っていたので声を掛けると、笑みのない顔でじっと見つめて来る。

 …………なんだ? よく分からんが、何も言って来ないなら構わないぞ。


「人手を欲している冒険者がいないか受付で聞こう。シオン、来てくれ」


「あ……うん」


 戸惑いながらも付いて来るシオンと受付に向かいながら、ちらりと卓の方を見る。一人取り残されたソラクロがこちらを見ていたが、結局付いて来ることも、こちらに何かを言って来ることもなく、やがて依頼掲示板の方へ向かった。

 何か考え事でもしていたのか。だとしたら、俺のこの采配についてか? ……自分の考えは伝えないのに、他人の考えを探るのはやめよう。


「どうされました?」


 受付嬢に声を掛けられて意識を正面に戻す。


「即席パーティを募っている冒険者はいませんか? 等級は銅星三と五です」


「少々お待ちくださいね……」


 受付嬢が書類を確認している間、シオンが俺を呼んだ。


「冒険に出るなら、あたいは皆と一緒がいいかな……」


 そりゃあ、初対面の人間より知り合いと一緒の方が気楽だろう。俺だって特別な理由が無ければそうだ。一番は一人でいることだが。


「だったらこの街に来た意味が無いだろ」


「それは……そうかもしれないけど、いきなりは少し驚いちゃうよ」


「……急に話したのは悪かった」


 本当なら朝食の時に話すつもりだったが、他に意識を取られてしまったし、悠長にあの場で話す気になれなかった。


「何も難しい依頼に挑もうって気はない。現地調査のついでに冒険を手伝うくらいの間隔だ」


 銅星一か二が受ける依頼くらいなら俺が足を引っ張ることも無いだろうし、シオンの能力値があればどうとでもなる筈だ。

 俺の言葉を受けてもシオンは未だ踏ん切りが付かない様子だが、書類の確認を終えた受付嬢に「よろしいですか?」と声を掛けられれば、話し相手を切り替える他無い。


「はい。どうでしたか?」


「残っているもので、等級に該当するものはこれだけです」


 渡された書類の数は三枚。いずれも討伐依頼で、トロール、トレント、それとカプロスと呼ばれる魔猪。

 推奨等級銅星四か五の相手だな……。討伐数は一だから、三、四人でパーティを組めば戦力的には問題なさそうだ。ただ、三体とも重量級の相手なので、不運な一撃であの世行になる可能性は高いから気は抜けない。募集しているパーティに火魔法を扱える者がいるなら、シオンの杭打拳パイルナックルが有効なことも踏まえてトレントが一番楽そうか。


「あの、何か?」


 シオンが尋ねた先は俺でなく受付嬢だ。何かあったのかと書類から視線を外すと、どこか落ち着きの無い受付嬢の姿があった。


「いえ……」


返答の歯切れが悪い。これでは、何かありますと言っているのと同じだ。


「話しだけでも聞くよ」


 珍しく積極的になるシオンが受付台に身を乗り出すと、受付嬢は少したじろいでから「ギルドの職員が話すことではないのですが」と前置きした。


「昨日、冒険に出たパーティがまだ帰って来ていないんです」


 そいつは残念なことだが、冒険者ならばそう珍しいことでもない。受付嬢は新人という雰囲気でもないし、慣れるまではいかなくても割り切ることぐらいはできそうなものだが……少なくとも、初対面の冒険者に話さねばならないほど追い詰められることは無い筈だ。


「パーティというのは何人で?」


「三人です。銅等級星一と二の。南にある白紙化の近くの森に出た、ゴブリンの討伐に向かったのですが、それきりです」


 話し始めてしまえば、その後は躊躇わない。受付嬢はシオンが欲している情報を手短に伝えた。

 ゴブリンの数は不明。魔窟帰りの冒険者や、採取に出た駆け出しの冒険者が狙われる事態が多発した為、討伐依頼が出された。

 ゴブリンの討伐推奨等級は銅星一。相応の等級の三人パーティならば、小規模な群れくらいは討伐し切れる。が、冒険に確実なことはない。森という自然の中で、どんな不運があるかはその目に遭ってみなければ分からない。

 ここまでも珍しい話しは無い。強いて言うならば狙われているのが冒険者だけということくらいだが、森は街道から離れているので、単純に商人などを狙う機会がないのかもしれない。


「そのパーティの三人は、登録の時から私が受け持っていた冒険者なので……少し、気落ちしてしまいました」


 例え自分が受け持った冒険者が帰って来なくても、それを業務中に憂う事は職員として失格だ。と、生真面目な奴は言うだろう。それが間違いだとは思わないが、帰りを待つ者が不帰に心を痛めるのも当然なことだと思う。


「あたいたちが様子を見て来るよ!」


 受付台を叩く勢いで豊かに実った胸を揺らし、更に身を乗り出すシオンに、受付嬢は困り顔を隠せなかった。


「だって、依頼は未達の状態なんでしょ? だったらあたいたちがゴブリン討伐に出ても問題ないよね?」


 今日は一体どうしたと言うんだ……いや、魔界で会った時はこんな風に距離を詰めて行く性格だったか? 地上に戻ってからは色々あって大人しくしていたけど。


「そうかもしれませんが……」


 受付嬢は助けを求めて俺を見る。

 俺の考えていた展開とは全く別ものになったが、シオンのやる気を否定する権利は持っていない。地元の冒険者と交流するのは早い方が良いけど、一日二日遅くなったからといって問題になることは無い。


「べつに依頼を受けなくても、森に行くのは自由だろ。シオンが行く気なら付き合うさ」


 俺の言葉に目を丸くしたシオンは乗り出していた体を引っ込め、依頼掲示板の前に駆けて行った。見ると、アクトとコデマリが言い争いをしており、その傍らでソラクロとエイレスが落としどころを探っていた。

 たち・・って、六人全員って意味だったのか。


「あの、こんなこと言うのは卑怯かもしれませんが、消息を絶ったパーティにはダークエルフの男の子もいました。ここに来るまでに結構な目に遭ったみたいなのですが、パーティを組んでくれた子たちのお陰で、最近は元気になっていたのですが……」


 一人残った俺は、受付嬢の言葉を聞かない振りをした。彼女は冒険者に依頼を斡旋する職員であって、冒険者に依頼を頼む依頼人ではないのだ。それに、彼女が望む結末を俺たちが連れて来られるかは約束できない。

 彼女はギルドの職員をやるには心が優しすぎるようだが……だからこそ俺は受付嬢に何も言わずにその場を立ち去った。


参考までに。

現在のレイホの能力値。()内は前回(第百九十一話)の測定値。


体力:511(446)

魔力:43(39)

技力:49(45)

筋力:26(23)

敏捷:30(25)

技巧:18(14)

器用:47(41)

知力:22(18)

精神力:193(189)


◇アビリティ

 言語能力、逃走者の心得、単独行動、闘争本能、生存本能、属性耐性・氷

◇スキル

 エイム

◇魔法

 サーチ、バッファー、ブラインド

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