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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第五章【生と死の異世界生活】
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第二百二十七話:ただいまとは言えない

 玄関の木の扉が開け放たれると、一人の女性が驚愕で眼を開きながら現れた。歳は四十前後といった頃合いで、腰辺りまで伸ばされた、色素の薄い金髪は首の後ろにひっつめられている。細い身体を包んでいる質素な平服は、やや余っているように見える。


「あぁ……プリムラ……プリムラなのね」


 思いがけぬ事態に対する驚愕と、希望が現実になった歓喜で声を震わせた母親は、もどかしそうに唇を動かすが言葉は続かず、静かにプリムラを抱擁するとプリムラもそれに応えた。


「よかった……あぁ…………おかえり」


 背丈はほとんど変わらず、露出した腕などは母親の方が細く見えるが、娘を抱きしめる腕は如何なる物よりも強固に見えた。

 なんとなく、親子の再会をじっと観察しているのも野暮かと思い、俺は音を立てずに背を向けて空を仰ぎ見た。快晴の空は青から茜に染まっている。


「はぁ…………。ごめんね、暑いのに。家の中に入りましょ」


「うん。……話したいこと、あるんだけど……父さんは?」


「まだ仕事中だけど、プリムラが帰って来たんだもの、そんなの関係ないわ。母さんが呼びに行くから、中で休んでてちょうだい」


「うん。皆も……」


 プリムラが振り返ったことで、母親は漸くその場にプリムラ以外の人物が存在していることに気付く。開いた口を手で隠し、一同を順繰りに見た。


「あら、プリムラのお友達? ごめんなさい、気が付かなくて。どうぞ、中へ」


 友達ではないのだが……。そんな俺の心の声は誰にも届かず、流されるがままに家の中へと入って行く。

 熱が篭りにくい設計になっているのか、それとも空調機とは別の機械によるものなのか、室内ではじりじりとした暑さから逃れられ、幾分か快適だった。

 玄関を入って直ぐの居間に案内されると、三人分しか椅子が無かったので、それとなく女性陣に座るよう促した矢先、母親が奥から余っている椅子を取り出して来てくれたので俺の気遣いは無用なものとなった。


「帰って来るなら手紙でも出してくれればよかったのに……何も準備できてないよ」


 そう口にする母親だったが、口調や表情には喜びの感情が全面に現れていた。お茶や茶菓子を手際よく準備しては卓上に並べる。


「父さん呼んで来たら直ぐご飯にするから、あんまり食べ過ぎちゃ駄目よ。お友達も一緒に晩ご飯食べて行くんでしょ?」


「うん」


 えっ……。家まで付いて来て適当に挨拶したら、その後の家族団らんの場を邪魔する気は無かったんだが。そんな風に思っているのは俺だけだったのか、ソラクロやシオンは流れに身を任せているようだ。

母親は作りかけだった夕食を片付けると、慌ただしく居間を通り抜けて玄関の扉を開けた。


「それじゃ、直ぐ行って直ぐ戻って来るから、ゆっくりくつろいでてね」


 いってらっしゃい。と見送る間も無く、母親は玄関の扉を閉め、駆け足の音が遠ざかっていった。


「……いい、お母さんだね」


 足音が聞こえなくなってから程なくしてシオンがプリムラに話し掛けた。


「うん。……少し、やつれたみたいだけど」


「沢山心配したんだろうね。玄関先でプリムラと会った時、とても嬉しそうだった」


「うん……」


 心配か……両親の方はプリムラのことをどこまで知っているんだろうか。


「なぁ」と声が出たのはほとんど無意識の内だった。三人の視線が集まったことで、俺は自分が言葉を発したことを認識する。なんでもない。と誤魔化すことはできただろうし、俺も初めはそうしようと口を開いた。だが、喉から言葉は出て来ず、脳は別の言葉を作り出した。


「……俺たち、お邪魔なんじゃないか? 何か理由があって連れて来たんだとしても、今日は家族だけで過ごした方が良いんじゃないか?」


 ソラクロとシオンは肯定も否定もせず、プリムラは少し何かを考える素振りを見せてから首を横に振った。


「早い方がいいから」


「……何をするか聞いても?」


「わたしが、クロッスに、行ってからのこと、この体のこと、全部、話す」


 そりゃあ、親としては娘がどこで何をして、元気だったかは気になるだろうから、プリムラも答える必要がある。


「俺たちにも、その話を聞いてほしいってこと?」


 コクリ。と頷いてから「レイホ、気にしてた」と続ける。

 確かに、雰囲気が変わっていることとか、研究所とかで何があったかは気になって聞いたことがあった。けど、あれは何ていうか、プリムラが俺に付き合って冒険者をやる必要がないことを伝える為の延長というか、話の間を持たせる為の意味合いが強い質問だった気がする。いや、プリムラの身に何が合って、何で俺に助けを求めたのか、気にはなるけど……絶対に知らないと気が済まないというほどでもなく……。結局、プリムラが今こうして無事でいて、自分の好きなように生きてくれたらそれで良いわけで……。

 頭の中で見えない誰かへ必死に弁明していると、俺が出した話題は既に終了していた。


「ソラクロ、お菓子食べ過ぎじゃない?」


「えっ! そ、そんなこと……ないと、思いますよ?」


 お茶請けに出された焼き菓子をパクパクと食べていたところを指摘され、そっぽを向いている。普段は素直なんだけど……時々こうして下手な誤魔化しをするのは少し子供っぽくて安心する。……なんで俺が安心しなきゃいけないんだ?

 そっぽを向きつつも動かしている頬を、悪戯心を湧かせたシオンに突かれて困っているソラクロのことは一旦置いといて、両親が戻って来る前にプリムラへ聞いておきたいことがある。


「多分かなり高い確率で、両親は一緒に暮らすことを望むだろうけど、どう答えるかは考えているのか?」


 俺としては両親と一緒に暮らしてほしいと思う。故郷は様変わりしてしまったが、今日歩いた感じでは平和そうだった。クロッスや首都で大変な目に遭って来たのだし、これからは両親と一緒に平穏な時間を過ごしてほしい。


「うん」


頷いたプリムラは、何かを確かめるように片手を胸に当てる。


「答えは、決まってる」


「そうか」


 答えの内容をこの場で聞くほどせっかちではないつもりだ。答えが決まっているなら、それが出る時を待とう。俺に判断を委ねてくる展開を懸念していたが、今の様子ならその心配はなさそうだ。

願わくば、俺や両親の望んだ通りの答えを出してほしいが……どうなることやら。


 それからどれくらい経っただろうか。茜色だった空に球体の炎が浮かび、天地を焦がす時間になってから、玄関の戸が勢い良く開けられた。


「プリムラ……本当に……帰って来たのか」


 開けたままの玄関で立ち尽くすのは、くすんだ金髪を短く刈り込め、広い肩幅は服の上からでもよく鍛えられた体だと一目で分かる中年男性だった。腰に帯剣はしているが、防具らしい防具は着けていない。


「だから何度も言ったじゃない。嘘ついてどうするのよ」


 狭くなった玄関の脇から細い体を通し、食材の入った紙袋を抱えた母親が現れた。

 状況的に見て、あの体格のいい人がプリムラの父親だよな。……殴られたら一発で気を失いかねないし、迂闊なことは口にしないよう、いつも以上に気を付けよう。殴られるようなことはしてないと思うけど、どうなるかは分からない。“プリムラと一緒にいる男”というだけで暴力の対象にされるかもしれない。


「ほら、お友達も一緒なんだから、ぼーっとしてないで。しっかりして」


「あ、ああ……」


 台所に向かう母親の背を目で追ってから、父親は玄関を閉め、俺たちを一瞥した。巌のような顔立ちだが、驚きに塗られているからか、見た目ほど厳格な印象は受けない。

 目を合わせた時は心臓が脅えたが、会釈する俺を見る目つきに特段の変化は無かったように感じる。取り敢えず、過保護な一撃からは逃れられたと考えていいだろう。


「さぁさ、直ぐに支度するから、もう少し待っててね」


 前掛けの紐を締める母親に反応したのはソラクロだった。


「お手伝いした方がいいでしょうか?」


 プリムラと父親の再開を見ながら夕飯が出て来るのを待つのは気まずい部分があるし、ソラクロの提案には賛成したい。が……


「あんまり、はりきるなよ」


 ソラクロの不器用さには細心の注意を払わねばならない。ソラクロは俺の言葉の意図を読み取れず首を傾げていたが、直ぐに切り替えて母親へ手伝いを申し出た。

 母親には初め手伝いを断られたが、父娘の再会なのだから二人きりにしたい、という俺の意図を説明すると、快く台所へと入れてくれた。居間と距離があるわけではないので、小声でなければ話し声は聞こえてくるが、それでも第三者の顔が見えるか否かは場の雰囲気に影響を与える。

 聞き耳を立てたわけじゃないが、父親側が何度も謝罪の言葉を口にしているのが気になった。プリムラがクロッスに行くことになったことと何か関係があるようだ。


「あ」


 ソラクロの気の抜けた声が耳に入った途端、俺の体は俊敏に動き、ソラクロが取り落とした食器を空中で拾った。反射神経も運動神経もソラクロの方が良い筈なのだが、この手の危機回避能力だけは俺の方が良いらしい。


「わぁっ、レイホさん、ありがとうございます!」


「……いや」


 何が「いや」なのかは分からないが、注意してもソラクロの不器用さはどうしようもないことなので、他に言葉が浮かばなかっただけだ。


 そんなちょっとした事故をぎりぎりのところで止めながら夕飯の支度は終わり、プリムラの友達ということで俺たちもご相伴にあずかる。ご両親とも人柄が良く、快く俺たちを受け入れてくれたが……本当に良かったのだろうか。


「ほら、冒険者ならもっと食べて体を太くするんだ! なんだこの棒きれみたいな腕は!」


 巌の様な顔は今や酒気を帯びて赤らみ、愉快に緩められている。それは良いことなのだが、唯一の同性だからだろうか、やたらと俺に絡んで来るのは勘弁願いたい。

 これでもこの世界に来た時よりは筋肉が付いているんだが…………父親そっちと比べたら確かに棒きれか。


「いや、もう本当にお腹一杯なので……」


「なにぃ? じゃあ酒か! 冒険者なら、飲んで食って高笑いするものだろぅ!」


「いや、もうこれ以上入らないので……」


 冒険者なら、冒険者ならと言っているが、彼の職業は冒険者ではなく兵士だそうだ。それも白兵部隊の隊長。この場所がまだレフォム村と呼ばれていた頃は兵士長だったそうだが、ランドユーズとなって人口が増えたことで部隊も増え、今の役職になった。

 想像以上に盛り上がった夕食は、パーティで食事する時とはまた違った雰囲気で戸惑ったが……上品にされるよりは心労が少ない。


「……皆、聞いて、くれる?」


 透き通る様な声音に、全員が意識を向ける。俺の肩に腕を回して酒を勧めていた父親も、一旦離れて愛娘に顔を向けた。


「どうした、改まって?」


 父親に話を促されたプリムラは微かに唇を締め、眼に力を籠め、それから言葉を発した。


「私、正確には、プリムラ本人じゃ、ない」


「え?」と発したのは、俺か父親か、はたまたプリムラの告白を聞いた全員か。

 賑わっていた場の空気は一気に落ち込み、静かに動揺が広がっていった。


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