第二十二話:金が先か、能力値が先か
「へい、いらっしゃい!」
“エディソン鍛冶屋”と書かれた看板が掲げられた店に入ると、やたらと威勢の良い声が出迎えられる。武具が所狭しと置かれた店内の奥に立っているのは、道原達真という同郷の男だ。赤みがかった瞳が特徴的なハッキリとした顔立ちで、頭に巻かれた白いバンダナからは赤茶色の髪が覗いている。
「お、レイホじゃんか、って大丈夫か? 随分とボロボロになっちまってんなぁ」
会ったのはこれが二回目だが、タツマは慣れた感じで話し掛けてくる。初めて出会った時から人懐っこい感じではあったが、同郷であると知ると敬語も使わなくなり、俺にもタメ口で話すように半ば強要してきた。
「傷は治ってる。上下で防具を買いたいけど、何か良いのはない? 金に余裕はないけど」
金が無いのに買い物に来たとはなんとも情けない話だ。俺の所持金は現在三百五十六ゼース。革のシャツが確か二百数十ゼースだったから同じ物を買えば金は足りると思うけど、今回はズボンの方もどうにかしたい。裾はボロボロだし、穴も無視できないくらい広がっている。
「あー……こりゃひっでぇな。新しく買った方が良いけど、予算はおいくらで?」
「……三百ゼース」
「三百か……」
タツマは難しそうな顔をして右手を顎に当てた。やはり金が足りないようだ。割安で買えるということで紹介してもらったエディソン鍛冶屋で難しければ、他の鍛冶屋でも防具を揃えるのは難しいだろう。
「わりぃ。上下を揃えるとなるとちっとばかし足りねぇ。とは言っても適当な装備で出て行って死なれたんじゃあ寝覚めが悪いしな……よし、同郷のよしみってことで、足りない分はツケでいいぜ!」
今度は俺が難しい顔をする番だった。ここでツケを作ってしまうと、総額二千ゼース越えの借りができてしまう。とはいえ、ぼろ切れ装備で冒険に出る訳にもいかない。
「すまん。助かる」
最初は苦しいんだ。冒険の経験を積んで、武具を整えて稼ぎが増えるまでは借りれるだけ借りてしまえ。
半ばやけくそな思考になりながらタツマに三百ゼース、小銀貨三枚を手渡す。
「あいよ! そんじゃあ、革の上下セットだと四百五十ゼースだから、百五十ゼースはいつか払いに来てくれよな!」
弟子の身で主人に許可を取らず、ツケで商品を売っていいのかと思うと、店の奥から主人であるダレン・エディソンが現れた。
「……サイズを合わせる。少し待っとれ」
エディソンさんは俺のことを一通り眺めると、革のシャツとズボンを持って店の奥に戻っていった。相手を見ただけで体格を測れるのは、一種のアビリティかスキルなんじゃないか。
「そうだ、レイホ。初突の使い心地はどうだ?」
使い心地を聞かれても短剣を使ったのなんてこの世界に来てからだし、草刈りが主な用途だから、どうと聞かれても答えづらい。
「良いと思うよ」
不便は感じていないし、この辺りの返答が妥当か。他に言葉が浮かんでこないだけなんだけど。
「そっか。それなら一安心だ。よかったら刃研いでやろうか?」
「ああ……」
頼む。と続けようとして初突を掴む手を止めた。こういう所で刃を研いでもらうのって幾らかかかるんだよな。
「安心しろ。酷い刃こぼれでもしてなけりゃサービスだ」
俺の顔に金が心配とでも書いてあったのか、タツマは薄く笑って言ってくれた。タダなら頼まない手はないので、初突を鞘ごと渡す。
「じゃあ、ささっと研いでくるから店ん中で待っててくれ」
タツマも店の奥に引っ込んでしまい一人になった俺は、当分買うことも扱うこともできないような武具を眺めて時間を潰した。
合計二千五十ゼースの債務者となった俺だが、黒っぽい色をした革のシャツとズボンを着用し、大手を振って街を歩く。
パーティだと受けられる依頼の幅は広がるし稼ぎも増えるが、その分、危険も増える。自分よりも等級が高いパーティに入ると自分が活躍しなくても依頼を達成できてしまうが、それだと自分の経験にならない。かといって能力の劣る者が周りに合わせようとするには無茶をするしかない。
自分と同等以下の冒険者と組んだ場合、それぞれがある程度の活躍をしなければ依頼達成は難しいかもしれないが、一人が無茶をしなければいけない状況になれば退く選択肢も出る。
等級が低い内は上の等級の人達におんぶに抱っこしてもらうべきなのだが、なんだかなぁ……。
今回のキラーアント討伐は俺がパーティの役に立ちたいと思って無茶をしたわけではなく、死ぬ可能性が出た状況だったから無茶をしたわけだが、稼ぎに出た筈なのに装備をボロボロにされてしまい貧困に喘ぐことになってしまった。
つまり、えーっと俺は何が言いたいんだ?
全財産五十六ゼースしかない不安とずっと感じていた空腹で頭が回らず、妙なイラつきまで感じてきたので、間道通りの串焼き屋台で甘しょっぱいタレのついた団子串、ソルーティを一本食べた。残り五十三ゼース。
空腹が人心地ついたので間道通りをゆっくり歩きながら空を見上げてみる。まだ明るいが、やはり依頼を受けにいく気にはなれない。しかも空腹がある程度満たされたので、今度は眠気を感じてきた。体力を回復させるためにも、広場で日向ぼっこしながら寝るとするか。
予定外の出費は出てしまったが、キラーアント一体は自力で倒すことができた。金を稼ぐには能力値を上げて戦闘経験を積む必要があることを考えると、今回の依頼は金を稼ぐための依頼じゃなくて、金を稼げるように鍛えるための依頼だったと考えれば良い。
いつまでも薬草採取に精を出しているわけにはいかないし、今回は良いきっかけだったかもしれない。防具だって消耗品だから遅かれ早かれ買い直す必要はあった。長持ちさせるに越したことはないけど、使わなかったら買った意味がない。
うん。なんだかやる気が出てきたぞ。明日は猫の集会と組む約束はしていないけど、一人で討伐依頼を受けてみるか。
いつもの広場に着いて空いているベンチを探していると、賑やかな声が耳に飛び込んできた。
「あなたはっ! また周りの意見を聞かずに危険な依頼を! 何回注意されれば気が済むの!?」
「べつにいいだろ! 今までだってどうにかなってんだから!!」
見たところ、集団は男女二人ずつで、青髪の少年と薄紫色の髪の少女が言い合っている。
「なによ! あたし達が付いていないとまともに道順すら覚えないくせに!?」
「るっせー! オレは自分の道は自分で切り拓くんだよ!!」
「ちょ、ちょっと、二人とも落ち着いて!」
暗い茶髪で体格の良い少年が止めに入るが、言い合っている二人の耳には届いていないようで激しく睨み合っていて、残る深緑色の髪の少女はオロオロとしている。
聞こえてきた会話と装備を見た感じ、冒険者で間違いなさそうだ。俺よりも等級は上だろうし、パーティ内のいざこざなら介入する理由もない。
事の成り行きを見たい気は少しだけあったが、四人からできるだけ離れたところにある長椅子に座って休むことにした。
ああいう見るからに厄介事なのって、割りと重要なイベントに発展するから首を突っ込んでおいた方が……いや、ないない。ここは異世界だけどゲームじゃないんだ。厄介事なんて関わらないで済むなら関わる必要はない。こちとら生きるので精一杯……これじゃ、現実とあんまり変わらんな。折角の異世界でファンタジーなのに、安定志向すぎるか?
現実から来た人ともちょくちょく会うから特別感が薄いし、他の人と比べて変わっていることと言えば特殊なスキルもアビリティも無いっていうマイナス方向だし、神様は姿形が見えないどころか声すら聞こえやしない。
結局、現実にしろ異世界にしろ、生きてる俺自身がどう生きるかを決めなくちゃいけないことに変わりはない。正しい生き方を世界が導いてくれるわけでも、他人が教えてくれるわけでもない。
だからこそ、俺は今のんびり日向ぼっこできているわけだ。




