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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第五章【生と死の異世界生活】
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第二百二十六話:変わった物、変わらない物

 綺麗に加工された木目の扉を前に、俺は二の足を踏んでいた。

 街並みが現代風なら宿屋も同様で、手頃な価格の宿屋であっても各部屋に浴室が付いていたので体を洗い、装備を外して着替えもした。同室のアクトとエイレスに今日は自由時間にすることも言った。空調機の使い方も教えたし、今頃は涼しい部屋でくつろいでいることだろう。

 こっちの準備は出来たので、プリムラの用を聞く為に部屋の前まで来たのだが……早かっただろうか。プリムラたちだって体を洗ったり着替えをしたりするだろうし、一般論で言えば男より女の方が身支度に時間は掛かる。いや、それも多めに見積もって部屋を出て来たんだ。自分を信じろ。

 もう何度も確認した部屋番号をもう一度だけ確認してから、扉を叩く。


「俺……レイホだけど、プリムラ今いいか?」


 やめろよ……浴室から出て来たばかりの恰好で扉を開けるとか、そういうのは要らないからな。

 願いが通じたのか、扉を開けて現れたプリムラは既に着替えを済ませていた。

 部屋に入ると、涼やかな風と共に女性陣が迎え入れてくれた。空調機の使い方は説明書を読んで操作できたようだ。

 四人部屋の広い室内で各々がくつろいでおり、コデマリは妖精体に戻っていた。彼女らと軽く視線を交わしてから、プリムラに向き直る。


「用って?」


 てっきり二人で話をするものと思っていたが、こうして部屋に招かれたということは他の皆に聞かれてもいい話と考えて問題ないだろう。


「家に……」と口にしたところでプリムラは目を伏せ、言い直す。


「家を、探しに、行こうと思う」


「家って、実家ってことだよな?」


 コクリ。

 故郷の近くまで来たのだから、家族に顔を見せたいと思うのはきっと自然なことだ。俺には理解しがたい思いだが、だからと言ってプリムラのことを否定する気は無い。今日……というか、いつどこで何をする、みたいな明確な目的はないので、ランドユーズ滞在中は実質的に自由行動になる。プリムラのが実家に帰りたいというのなら好きにすればいい。


「止める理由は無いな」


「レイホにも、来てほしい」


「ん?」


 俺も? なんで? 現代風の街並みだけど、ここの地理に詳しい訳じゃないし、日本語が必要になる訳でもないだろうに……。


「皆も、来る?」


 頭を悩ませる俺に構わず、プリムラは他の三人に問いかけた。


「あたいは街に出るつもりだったし……付いて行っていいなら、一緒に行こうかな」


「わたしもご一緒します!」


 シオン、ソラクロと同行を申し出たのを見て、コデマリは小さな体を枕に投げた。


「あんたら、外は暑いのに元気ねぇ……」


「コデマリさんは来ないんですか?」


「ん~……あんたら、夜には戻って来るんでしょ?」


 コデマリの問いは複数に向けられていたが、回答者は既に決まっている。全員の視線がプリムラへと集まる。


「その、つもり」


 話の流れでプリムラは実家に泊まる事になるかもしれない……多分、その確率の方が大きい。事情はどうあれ、家を出て行った娘が帰って来たのなら、共に暮らしたいと思うのが親の心情というものだろう。……親の気持ちなんて知らんけど。

 いっそプリムラは冒険者を辞めて、実家で暮らすことにならないかな。そうしたら俺も安心なんだが……。などと考えている内に、コデマリは留守番することを選んだようだ。気温の高さもさることながら、外に出る場合は魔力を消費して人間体になる必要があるので、無闇な外出は控えたいということだった。宿屋に来るまでに街中で飛んでいる妖精を見かけたし、人間体にならずとも問題ないのではないかと思ったが、どうしてもコデマリに付いて来てほしい訳でもないので言葉にはしなかった。

 今更だけど、何で俺が一緒に行かないといけないんだ? もう聞くタイミング過ぎたから黙って付いて行くけどさ……。


「アクトとエイレスにも聞いた方がいいよな。出発は直ぐか?」


 コクリ。


「そうか。じゃあ、準備ができたらまた来るよ」




 陽が傾き始め、燃える赤の月が昇る前、炎火の月で唯一暑さが和らぐ時間帯だ。打水でもしたのか、昼間に見た時よりも黒くなった土瀝青アスファルトを、俺たち四人は歩いていた。

 あの二人が付いて来ないのは意外だったが……年齢を考えれば食べ盛りの頃だし、保存食ばかりの旅から解放されたのだから、美味しい物を求めて街に繰り出すのも納得だ。

 何度も思っていることだが、もう一人、男をパーティに引き入れる必要があるな……。付き合いは良いけど厚かましくなくて、性格は冷静か奔放……邪でなければいいか。いや、仮に引き入れて、今みたいな状況に同行していたとしても、俺に変化があるわけじゃない。けど、男が一人で女を複数人連れているより、二人でいた方が周りの目が変わってくるだろ。冒険者パーティなんだな、と。一人だと、女たらし野郎だと思われるかもしれないし……俺は別に見た目が良いわけじゃないから、なんであんな奴が女を沢山連れて、と殺気立つ輩もいるかもしれない。それはいいが、俺と一緒にいることで、彼女らに変な目が向けられたら堪ったものじゃない。


「難しい顔してます」


 言いながら、ソラクロは横から顔を覗き込んで来た。その所為でプリムラとシオンも俺の方を気に掛ける。


「体調でも悪くなった?」


「迷惑、だった?」


「どこかで一息入れますか?」


 ええい、俺を囲うな。散れ、散れ! とは言えない。冗談っぽく言えればいいんだが、ソラクロとプリムラに対しては前科があるからな、あんまり突き放すようなことは言えない。…………最近じゃ二人もしくはどちらか片方と一緒に過ごすようなことは減ったけど、単純にパーティの人数が増えたからだよな。話す時は今まで通りだし、怒っていることはないと思うが……傷付いた、とまではいかないまでも、心のどこかにしこりが残っているなんてこと、ないよな。


「べつに。そんなに心配されるほど繊細じゃない」


 言い放って先を歩き出そうとするが、道が分からないのでプリムラに先を促した。

 プリムラの話では、ランドユーズは故郷レフォム村があった場所で間違いないそうだ。都市開発が進んで人口や面積は大きく増加したが、市街の場所や記憶と一致しており、街並みに面影もあると言っていた。自身が居ない間に故郷が様変わりしていた。そのことについては特に態度の変化は無かったが、無表情でいることが多いので心境までは読み取れない。


 街を歩きながら、ダークエルフの姿はないか、それとなく探して見たが、俺たちの視界には入らなかった。けれど、通行人はマントを脱いだ状態のシオンを見ても嫌悪感を示すことはなかった。そもそもの絶対数が少ないダークエルフだ。市街が出来てまだ間もないこともあって、ランドユーズに滞在しているダークエルフは珍しく見られるのだろう。


「シオン、この街は他の街と比べてどうだ?」


「今のところは……大丈夫そうだけど……」


 まだ半日も経っていないんだ、そう答えるしかないよな。けど、早くも問題が発覚するよりはマシだ。住民にプリムラの用事がすんだら……ついでで申し訳ないが、プリムラの両親へダークエルフについて聞いてみるのも手か。

 街並みを、道行く人を観察しながら歩いて行くと、ふと開けた場所に出る。土瀝青アスファルトの無い土が剥き出しの地面には、半円を描く様に金属の骨組みが成され、それに沿って透明な膜が張られている。その中には溢れんばかりの緑があり、緑の間を作業着を着た人々が横歩きしている。


「………………」


 足を止め、透明な半円を見つめるプリムラ。その表情は、やっぱり無表情だ。


「何か気になるのか?」


 初見であるビニールハウスに興味を持ったという訳じゃない。わざわざ足を止めて見つめるには、何かしらの理由がある筈だ。確か、プリムラは村に居た時はよく薬草園の手伝いをしていたと言っていたな。


「これが薬草園ですか?」


 俺が思い出すと同時に、ソラクロが無邪気な瞳でプリムラに尋ねた。ソラクロはビニールハウスどころか薬草園自体を見たことがあるか怪しい。

 プリムラは問いに肯定も否定もせず、止めていた歩を再び進め始めた。


「あ、あれ……悪いこと聞いちゃいました?」


「んー、ソラクロが気にすることじゃないと思うよ」


 不安げなソラクロをシオンがフォローしてくれたので、俺は黙ってプリムラの後を追う。




 中心市街を離れ、薬草園らしき畑を通り過ぎ、住居がまばらに建った閑静な街外れ。この辺りはまだ現代建築の影響が及んでいないようで、石や煉瓦造りの家屋ばかりであった。その中では珍しい二階建ての、比較的大きな建物の前でプリムラは足を止めた。その視線は目の前の玄関ではなく、二階の……窓から少しだけ張り出して作られた格子状の部位、そこに蔓を絡み付かせ、黄色の花を大きく開かせた植物に向けられていた。微かに細められた眼は懐かしんでいるような、哀愁を漂わせているような気配がした。


「…………入らないのか?」


 無遠慮かと思ったが、敢えて先を促してみる。

 久しぶりの自宅なのだ。いざ目の前まで来ると、記憶が湧き上がって心の整理が付かず、どうして良いか分からなくなることだってあるだろう。そんな時は誰かが背中を押してやる必要がある。もっとも、今のプリムラがそれを必要としていたかは定かではないので、誰かに注意されたら深く詫びるつもりだ。


「うん……」


 俺の考えは杞憂に終わり、プリムラは見上げていた顔を戻し、俺のことをじっと見る。


「…………ん?」


 なんだ? あんまり視線を合わせていると俺の精神力が削られるんだが……。

 何か言いたい事があるのか、と聞こうとした途端、プリムラはその時を待っていたように表情を緩めた。


「……入るね」


「……ああ」


 何だったんだ?

 疑問符を浮かべる俺を他所に、プリムラは自宅の扉を叩いた。


「父さん、母さん、いる?」


 小さな呼び掛けに応えたのは、雪崩が起きたかのような慌ただしい足音だった。


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