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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第五章【生と死の異世界生活】
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第二百二十四話:旅行記

 アルヴィンへ竜車の手配を頼んでから一週間後、俺たちペンタイリスの七人と、アルヴィンを含めた世界蛇ヨルムンガンドの三人、計十人で独立市街ランドユーズへと出発した。


 空から降り注ぐ熱波は止まることを知らず、世界を灼熱へと変える。そんな環境下で十日にも及ぶ旅程に出るとは、無謀とまではいかないにしろ賢明な判断とは言い難い。にも関わらず、竜車の手配が完了し次第出発したのにはそれなりに理由がある。

 当然、借り物であるからには商人側の都合を優先したのもあるが、冒険者ギルドを通じて竜車の都合が付いたことを知らされた時、青い宝石の付いた指輪を人数分貰ったのだ。

 宝石は氷のマナ結晶であり、世界蛇に属しているドワーフが加工したもので、その効果は体温冷却。特殊金属で輪を作り、輪の内側にドワーフ特有のまじないを彫ることで様々な恩恵が得られる。指輪の応用で冷蔵庫に近い物も作れるそうだが、流石にそこまで用意するにはマナ結晶の余裕が無かったそうだ。


 体温冷却の指輪のお陰で、干上がってしまいそうな道程も快適に過ごす事が出来る……とは言えなかった。確かに指輪を付けていれば、直射日光を浴び続けたり、運動しない限りは暑さを感じ難い。ただ、この世界には魔物がそこら中に存在し、幌の張られた客車の中でじっとしているだけという訳にもいかない。

 熱は飲食物にも影響を与えるが、幸いな事に湿度は低いようなので、食糧に関しては水分の多い野菜や保存の利く乾物を中心に揃える事ができた。飲物については水で薄めた酒と、野菜で摂取する。一応、水も各自で一袋持ち込んだが、一日と経たずにお湯になっていた。


 塩気ばかりが強い干し肉と野菜を齧り、温く薄い酒を飲む。食に関しての興味が薄いからか、それとも気候の所為で食欲がおかしくなったのか、個人的には今の食生活に不満は無い。贅沢を言うなら、冷たい物が飲みたいくらいだ。だが、不満の少ない者がいれば不満の多い者もいるもので……。


「腹減った」


 山岳地帯の木陰で休憩を取った際、アクトはそう言いながら自前で持ち込んだ乾燥果物を口にした。


「あんた……こんな暑くても食欲減らないのね」


 竜車から降りたコデマリがうんざりした様子を見せるが、アクトは意に関せず、上空へと視線を向けていた。

 ……俺としては、この炎天下でフリルの付いたドレスを着ている方が不思議なもんだけどな……。妖精は暑さを感じる事はあっても汗をかく事はないと聞いているけど、見た目がな……。


「あの木の実って食べられるのかな?」


 空ではなく、高い木の枝になった実を眺めていたアクトが誰にともなく尋ねる。特にやることも無い状況であった為、周囲の視線は木の実へと集中していく。茶色の楕円形で、指先でつまめる程度の大きさの実が房のように成っている。


「あれは、アコロンの実だね。皮を剥いて食べられるけど……あのままだと硬いし、味しないから美味しくはないよ」


「ふぅん……」


 あまり好ましくない評価を耳にしつつ、アクトは乾燥果物の袋をしまって木登りを始めた。


「ひゃー……隊長流石の行動力ッスねぇ」


 するすると登っていくアクトの姿を見上げながら舌を巻くエイレスだが、その語気は大人しいものだった。暑さには強いようなのだが、どうも竜車があまり得意ではないようだ。ただでさえ揺れる乗り物で山道を進んでいるのだから、気分が優れないのも無理はない。実を言うと、俺も少し気分が悪い。


「へへぇ……レイホさん、暑いですねぇ」


 呂律の怪しい声がしたと思うと、背後からソラクロが密着して来る。


「……くっついたら余計に暑くなるだろ」


 熱を感じる背中を振り返って告げるが、紅潮した笑顔が返ってくるだけだ。

 食で困れば飲で困ることもある。薄めたとは言ってもアルコールである以上、体質に依存する部分があるわけだ。アルコールが極端に苦手な人が居ないだけ、水分問題はマシなのかもしれないが……ソラクロの、ほろ酔いする度に密着してくる癖はどうにかならんものか。

 酔いを醒ましてやらねばならないと思い、誰かの手を借りようと思って周囲を見渡すとプリムラと目が合った。


「プリムラ、悪いけどセイナさんのところに連れて行ってくれ」


 コクリ。

 セイナ・ミソノウ。アルヴィンが連れて来た異世界人の一人だ。その能力は【奇跡】。対象となる者の傍で祈ることで、如何なる怪我や病であってもたちどころに治してしまう。酒酔いが病に該当するのかは定かではないが、正常でない状態は全て……それこそ死んでいようと対象になるようだ。祈るために少し時間が掛かることや、対象に近付く必要があること、一度の対象が一人のみと、色々と条件はあるが、それらを踏まえても非常に強力な能力であることに違いはない。

 自分で彼女のもとにソラクロを連れて行っても良いのだが、彼女は……極度の人見知りか、異性が苦手なのか、単に俺が嫌われているのか、満足に会話してくれない。同性であっても饒舌に話す訳ではないが、それでも俺が話し掛けるよりは反応してくれる。幌の開いた竜車の方を見やると、伸ばされた暗い赤髪の彼女と視線が合い、天敵に遭遇した兎のように隠れてしまった。


 ソラクロに肩を貸して竜車の方に歩いて行くプリムラを見送ると、木陰にある手頃な岩に座り、大判の帳面に何かを描いている女性が目に映る。彼女はエリ・トウシャ。アルヴィンが連れて来たもう一人の異世界人だ。その能力は【写し絵プロジェクション】一定時間見た物を記憶し、絵として完全に再現することが可能である。カメラなんて無く、正確な地図もそこまで普及していないこの世界において、場景や経路を記憶・記録できる能力は貴重だ。

 虫竜の世話をひと段落させたアルヴィンがエリに話し掛けたようだが、絵描きを邪魔された彼女は酷く苛立った様子だ。被った前鍔帽と帳面で表情は詳しく見えないが……自然とは違った熱が漂ってきた気がする。

 彼女は人見知りとかではないのだが……少し気難しい性格をしている。




 思い思いの休憩時間を過ごした後、竜車は再出発する。虫竜は暑さに強いらしく、火が出るような日中の陽に照らされても、その足取りが鈍ることは無かった。

 山道を逞しく進んで行く竜車の御者台で、俺はアルヴィンと並んで座る。仲が良くなったからでは決してない。アルヴィンから、俺が首都で体験したことを聞きたいと要望があったからだ。魔界での出来事や得た情報については少しぼかした表現をしたが、【読心術】相手に意味があったかは定かではない。


 庇が取り付けられた御者台は、山岳地帯で日陰が多い事や竜車が進む事で感じる風も相まって、想像よりはずっと快適だった。寧ろ人口密度の高い客車の方が熱気を濃く感じる。だから、という訳ではないが、俺は自分の話が終わってもそのまま御者台に残る。


「……あの二人は、どうやってユニオンに引き込んだんですか? どちらの能力も、冒険者に限らず貴重な能力ですよ」


 俺が言うのも何だが、彼女らは自分から進んで冒険者になるような人柄には見えない。異世界人特有の目的とやらが関係しているのかもしれないが……どちらの目的も冒険者になることが必須とは感じなかった。


「頼るものが何もない異世界だ。私は同じ異世界人というだけで、現地人よりも一歩有利な立場にあった。読心術なんて能力は、使いようによっては相手に不信感を与えるものだが……」


 そこで一旦口を止め、横目で俺を見ると含み笑いをした。

 悪かったな。不信感全開で。


「使いようによっては確実に信用を得られる。もちろん、私一人の力じゃない。仲間が……うん、彼女らの説得にはベラがよく頑張ってくれたかな」


「…………」


 話の流れでアルヴィンとベラさんの関係について聞こうとしたが、あと一押しが足りずに自重してしまう。それを知ってか知らずか、アルヴィンは言葉を続けた。


「異世界人がこの世界に来た時は、ある特定の場所と決まっているようだからね。人手も増えた今、先んじて接触することもそう難しいことではない」


 特定の場所? 自分が最初にこの地に立った時のことを思い出そうとすると、背後で幌を開ける気配がした。


「止まってください! この先の岩場に魔物がいます!」


 休憩時の間の抜けた態度はどこえやら。緊張感のある声音が耳に届く。

 アルヴィンが手綱を操って虫竜を停止させると、こちらの動きに気付いた魔物が岩場から飛び出して来た。


「私は竜車を護る。討伐の方は任せるよ」


 他人の心を読めない俺にも分かるように、アルヴィンは瞳に期待の色を溢れさせて言った。それに正面から応える気はないが、魔物は倒さねばならない。俺は「ああ」とだけ答え、御者台から飛び降りた。


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