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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第五章【生と死の異世界生活】
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第二百二十三話:仲介料

 炎火の月。じりじりと熱する日々が続く……のは初週のみで、二週目からが本番だった。昼はぎらつく太陽から猛暑の日差しが降り注ぎ、夜は炎のように揺らめく月から熱波が放たれて地表が焼かれる。明るさこそ前月の光耀の月ほどではないが、光と熱、どちらが安眠の妨げとなるかは瞭然である。

 例年では室温を下げる魔道具を用い、起居に快適をもたらしていたが、マナ濃度が低下している今年は、魔道具の使用が著しく制限されている。


 こうも暑くては冒険に出る気になれないが、魔窟は外気の影響を受けないので、魔窟内に限定した冒険については支障が無い。ただ、魔窟の外となると常に猛暑に晒されるため、氷結の月と同様に冒険者の死亡率は高く、一部地域では新規の冒険者登録を受け付けていない。

 冒険者ギルド内では魔道具が稼働しているものの、来訪する冒険者の熱に敵う筈がない。だからと言って稼働を停止すれば、職員が瞬く間に茹で上がってしまう。


 そんな過酷な環境下、俺とシオンは肌寒さすら感じる室内で、上質な革が張られた長椅子に腰掛けていた。


「少し、肌寒いかな? いや、すまない。遺跡で見つけた古代の魔道具なんだが、細かい調節が効かないんだ」


 卓を挟んだ向こう側に座るのは、黒い法衣姿を纏い、暗い紫の髪を掻き上げた男、ユニオン世界蛇ヨルムンガンドのリーダー、アルヴィンだ。細い眼鏡の奥にある、鋭さを感じる切れ長の目を愛想良く緩めている。彼の隣りには扇情的な衣装を纏った女性、ベラさんが綺麗な脚を組んで座り、衣装からはみ出した素肌を惜しげもなく見せ付けてくる。

 古代の魔道具とやらだが、これは内部に溜め込んだマナを消費しているということなので、待機中のマナ濃度に影響は及ばないそうだ。アルヴィンから聞いただけの話で、俺は魔道具の専門家じゃないし、魔道具の本体も見ていないので真偽は定かではない。


「この時期に贅沢な文句を言う気はありません」


「フッ……そうか。では、首都でのレイホくんの活躍を聞きたい……と言いたいところだが、本題に入ろう。竜車の件だ」


 そう、俺とシオンが世界蛇の拠点を訪れたのは、アルヴィンから竜車の提供の話を持ち出されたからだ。訪れるのは俺一人だけでも良かったのだが、竜車の件と聞いてシオンも同行を申し出てきたのだ。

 時刻はまだ日中の半分も過ぎていない頃合い。他の皆は今ごろ魔窟で魔物と戦っているだろう。

 涼しい部屋は魅力的だが、腰を据えて話し合うくらいなら俺も魔物と戦っていたい。……なんて言ったら文句を言われるだろうな。


「ギルドでは、こちらでランドユーズまでの竜車を都合していただけると聞きましたが、間違いないですか?」


「そうとも。少し前から要望を出していたようだが、運悪く私が遠征していてね。こうして話をするのが今日になったというわけだ」


 遠征から帰って来て早々にこっちの世話を焼いてくれるとは、随分と気に入られてるものだ。こっちは四ヶ月もこの町にいなかったというのに。

 こちらの心を読み、肯定するように口角を持ち上げる様を見て、余計なことを考えずに話を進めようと切り替える。


「……条件は何でしょう?」


「先ずは料金だね。日数を考えると……三千ゼース、大銀貨三枚といったところか」


 この条件は意外だった。料金が必要になるのは当然なのだが、アルヴィンからそんな素直な条件を提示されることが、だ。いや「先ずは」と言ったな、これから込み入った話になるかもしれない。


「説明しておくと、竜車というのは私が所有している物ではなく、懇意にしている商人から借りる物だ。その際に必要になる料金として三千ゼース。それぐらいこちらで支払っても良いが、自分で支払った方が気分は良いだろう?」


 三千ゼース、一介の冒険者パーティにとっては大金だが、ユニオンにとってはとるに足らない金額といったところか。商人の足を借りることと、竜を調達する手間を考えれば安い方なのかもしれない。

 幸いにして皆、依頼は順調に熟してくれているし、最近じゃ大きな出費も無い。共通資金からどうにか支払える額だ。


「そうですね。あなた方に世話してもらおう、なんて甘い考えは持っていないつもりです。それで、仲介料は幾らですか?」


 幾らとは聞いたが、料金を提示されるとは思っていない。もし金で仲介してくれるなら、さっきの話の流れで併せて伝えて来ただろう。

 俺の問いに、アルヴィンは上げた口角から白い歯を覗かせたが、笑い声は隣のベラさんが上げた。


「クスクス……。暫く見ない内に、逞しくなったのね」


 妖艶な雰囲気の中、その笑みだけはどこか無邪気に見えた。


「……世界に鍛えられたのかもしれません」


 首都に行ってから色々……本当に色々とあったからな。苦手な相手にも、挑戦的な態度を見せるくらいは出来る。


「私が求める対価は……フッ、これを言ったら君は心底嫌な顔をするだろうな」


 こっちが他人の心を読めないからって、やけに焦らすな。

 愉快に笑う対面に辟易したので、視線をシオンの方に逃がす。すると、何故か不安げな表情を向けられる。

 …………まさか、アルヴィンが提示してくる条件に、自分が悪い方向で絡んで来るとか想像しているんじゃないだろうな。もしそうなら安心して欲しい。アルヴィンの事を信頼しちゃいないが、シオンを、ダークエルフを排斥するようなつまらない人間ではない。


「おや、信用はしてもらえているようで何よりだ」


「……話を進めてもらっても?」


「ああ、そうだね、失礼。私は君に竜車を仲介する条件として、私と仲間二名の同行を求める」


 ……随分と重い条件が来たな。以前の、首都に行く前の俺だったら溜め息の一つや二つ出ていたかもしれない。


「呑むしかないのなら呑みますが……理由を伺ってもいいですか?」


「もちろん、説明するさ。私が懇意にしている商人から竜車を借りるのだから、肝心の私、もしくはユニオンの人間が乗らないのでは不義理と言うものだ」


 アルヴィンはそこで言葉を一旦切ってシオンを見やり、視線が重なるまで待ってから言葉を繋げた。


「ダークエルフを乗せるとなれば、尚更の事だ」


 俺の耳は、隣りから息の飲む音を捉えた。

 感情の起伏が大きい、もしくは仲間思いの人間であれば怒りを露わにしただろう。しかし、残念ながら俺はどちらでもないし、感情が動くより先にアルヴィンの繋げた言葉が、敢えて悪意を持たせたものだという事を理解していた。

 演技でも声を荒げたり、席から立ち上がったりしたなら、シオンからの評価が上がったろうか。なんて下衆な考えが過ぎる余裕すらあったが、評価を上げる意味は理解出来なかった。


 自身の種族の部分に対し敏感になっているシオンは、アルヴィンの心理を予測する余裕は無く、焦りを浮かべた顔で俺を見た。安易に助け舟を出す性格ではない——と勝手に自負している——が、流石にこの状況で黙っていては、アルヴィンと同じ性根の持ち主になってしまう。


「笑えない冗談を言う趣味があるのは初めて知りました」


 皮肉に乗るのはベラさんだった。アルヴィンへ軽蔑の眼差しを向け、「違うわよ」と口にした。


「冗談の才能が壊滅的なだけ。ね?」


 アルヴィンは左手の中指で眼鏡を押さえて逡巡してから、軽く両手を上げて見せた。


「失礼。私としたことが、少しはしゃぎ過ぎたようだ。寛容な心で許して貰えると助かる」


「あ、あたいは、べつに……」


「気を遣う必要ないわよ。彼に許す価値なんてないんだから」


 相変わらずの辛辣さだが、そこに深入りする気はない。返答に困るシオンを助ける意味も込めて話を戻すことにする。


「それで、本当の理由はなんですか?」


「ああ……さっき言ったことも本当だよ。建前上のね」


 黙って続きを待つ。アルヴィンとて、今の自分の回答で俺が納得するとは思っていないだろう。


「……私が仲間二人を連れて行くのは、彼女らを目的達成に近付けるためだ」


 目的達成と聞いて、俺の脳裏にはシュウの言葉が蘇った。「異世界人は皆、特別な力と共に役目を与えられている」


「その二人は異世界人ということで間違いないですか?」


 問うと、アルヴィン眼鏡の奥では微かに片眉を上げた。


「その通り。レイホくんが知っているとは……誰かから聞いたのかい?」


「首都で色々ありまして……。神秘側とか人倫側とかがあるというのも聞きました」


「ほぉ……それなら説明の手間が省ける。彼女らは人倫側。目的はこの世から不治の病を無くすことと、地図を完成させること」


 人倫側ってことは目的を果たせれば白紙化を防げるのか。どちらの目的も誰かに害が及ぶものではない。……聞いた話が全て事実であることが前提だけど。


「旅先で不治の病が見つかるかもしれないし、道中や訪れた町村の地図を描くことができるから、ということですか……。そういうことであれば同行に異論はありません」


「快い返事、助かるよ。なるべく早くするつもりだが、竜車の都合が付いたらギルド経由で伝えよう」


「炎天下の旅になるから、備えは十分になさいね」


「はい。ありがとうございます」


「さて、交渉は成立した。同行する二人は今少し出ていてね、紹介は後々させてもらうから……特に質問がなければ解散になるよ?」


 質問か……聞いてどうするわけでもないけど、一応、知識として持っておくか。

 心の中では呼び捨てにして、それをアルヴィンには読まれているんだから、今更敬称はいらないだろう。


「竜車の件とは関係ありませんが、アルヴィンの異世界人目的はなんですか? それと、属しているのは人倫側ですか?」


 アルヴィンは俺に向かって視線を固定したまま少し考えた後、視線を切って長椅子の背凭れに体を預けた。微かに聞こえた「教えてもいいか」という呟きは、アルヴィン自身に言い聞かせたものだろう。


「私の目的はこの地上に神を再臨させること……神秘側さ」


 予想外の回答に、俺の毛は逆立ちかけた。

 人倫が白紙化を防ぐ側で、それと対立している神秘……単純に考えれば世界の白紙化を進行させる側。


「フッ、そう身構えないでほしいな。目的を与えられたからといって皆がそれを目指すとは限らないだろ? 私たちは人間だ。目的を自らで考え、自らの意思で決定することができる生命体だ」


「……では、神秘側の目的を果たすつもりは無い、と?」


「ヒントも無しに神を再臨させろだなんて言われて、使命に燃えるかい? 人倫側の手伝いをするくらいが丁度いいよ」


 アルヴィンはおどけて、両の手の平を天井へ向けて肩を竦めて見せる。

 彼の言動の辻褄は合うが……前は魔界に行きたがっていたよな。……あれも誰かの目的の為だったのだろうか。あの時一緒にいた異世界人は……ミツハルだったか? 魔法無効化の能力を持っていた。


「さて、こちらは白状したことだし、旅路が楽しみになってきたよ」


 考え込んでいる内に話題が変えられてしまう。強引に戻すこともできるのかもしれないが、戻してどうする? 人の心が読めない以上、口から出た言葉が全てだ。


「レイホくんの首都での冒険譚、じっくり聞かせてもらうとするよ」


 問い詰めたことで気分を害し、竜車の件を取り消しにする狭量な人ではないが……俺が固執しなければならない話でもないな。

 自分の中の議論に決着を付け、掛けられていた言葉に応えることにする。


「……期待しすぎると、がっかりしますよ」


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