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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第五章【生と死の異世界生活】
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第二百二十二話:進まずとも日々は過ぎて行く

 独立市街ランドユーズへは竜車を使用して約十日。地図上の距離は首都よりも短いが、北へ向かうには山岳地帯を越える必要がある。山越えを避け、海路を使用すれば五日程度で到着できるが、海峡付近には強力な魔物が出現しやすい魔窟がある。山岳地帯にも魔物は潜んでいるが、その脅威は比べるべくもない。


 遅いが安全な道と、速いが危険な道。シオンが急ぎではないと言うのなら、選ぶのは当然前者だ。ただ、強力な魔物が出ないとは言っても、山越えをするならそれなりに危険は伴うので油断は出来ない。


 行路が決まれば次は足の確保だ。「行商でも旅客車でも構わないので護衛を引き受ける」とギルドに要望を出しつつ、ランドユーズ行の護衛依頼が無いか探す。

 俺が首都を行き来したように、客として乗ることも可能だが、それなりに戦力のある冒険者パーティが一般客と同じ扱いを求めるのは些か不審である。他人の目や立場なんて気にしないと思えばそれで終わりかもしれない。だが、今回は行き先で長期滞在する予定ではないので、復路も護衛に就けるということと、出立を急いでいる訳ではないという違いがある。


 護衛の声が掛かるのを待ちながら、魔窟で魔物討伐をしたり、旅の準備をしたり、体を鍛えたり、生活雑貨を揃えたり………………。

 何日待っても、俺たちに護衛を頼む者は現れなかった。行き先は定かではないが、竜車は毎日何台もクロッスを出入りしている。ランドユーズまでの道で何か問題が発生したとも聞いていない。

 勝手に、光耀の月中には出発できるだろうと思っていた俺は、残り三日で月が変わるというところで、エリンさんへ現況を深く聞いてみることにした。


「すみません、例の護衛の件はまだ誰も?」


 討伐依頼の達成報告と併せて、先ずはいつも通り様子を伺う。


「あ~……あれねぇ、アタシも勧めてはいるんだけど……」


 乱れていない栗毛色の髪を気にしつつ、黄色の瞳を泳がせる。さっぱりとした性格のエリンさんらしくない反応だと、初見から感じていたというのに、何故今日まで問い詰めるのを躊躇っていたのか……。

 催促ばかりするのも悪いかな、とか、ギルド側の事情があるのかな、とか、俺が一人で気にしていた所為である。


「……何か、敬遠される理由でもあるんですか?」


 いつもと違って簡単に引き下がらない俺をに、エリンさんは愛想笑いを浮かべようとして……やめた。そして俺の周囲を確認する。


「他の皆でしたら向こうに……」


 冒険者で溢れ返るギルドの中、待機させている卓を指差そうとすると、エリンさんに「大丈夫。一人の方が都合が良いわ」と止められた。

 俺が向き直ると、エリンさんは小さく咳払いをしてから理由を教えてくれた。


「シオンね……ダークエルフがいるって聞くと、どうしても避けられちゃうのよ。興味を持ってくれる人は何人かいたんだけどね……旅と縁起は切り離せないみたい」


 当人が何か問題を起こした訳ではないのに、歴史が、世界が伝えた事を信じて疑わない。くだらん考え方ではあるが……信じる側の心境が理解できなくもない。

 物や人を運び、それで生計を立てている者が、厄災を呼ぶ存在と伝えられている種族を、いつ魔物に襲われるか分からない旅路に連れて行きたいとは思う筈がない。彼らにとっては伝承の真偽や個人の善悪よりも、“そう呼ばれていること”こそが思考を決定するに足る情報なのだ。

 理解できるからと言って、じゃあシオンは同行させません、とは言えない。シオンがいなければ何のためにランドユーズへ向かうのか…………プリムラの故郷に行くという理由はあるが、それはべつにプリムラが望んでいることではない。


「……わかりました。引き続きお願いします」


 そうは言っても、このまま待っていてはいつになるかわからない。巷じゃ、先のオーバーフローが発生したのはダークエルフの所為だと言われているくらいだ。


「うん、それはもちろんだけど……資金に余裕があるんら、いっそ竜車を借りた方が早いかもしれないわね」


「借りられる所があるんですか?」


 冒険者ギルドで借りられる竜車は街中の移動のみに限定されるし、竜車の貸し出しを行っている店は見かけたことがない。


「ん? 借りる所と言うか、持ってる人に頼むのよ。上流区の人とか、ユニオンとか、商人とかから」


 あ、そうか。現代知識が邪魔して、レンタカーショップみたいな場所に固定して考えていた。


「ただ、借りるにしても、シオンのことを聞けば頷いてくれる人は少ないと思うわ。貸してくれたとしても高額の請求は免れないだろうし、下手したら状態の悪い竜車を貸し付けて、帰って来たら難癖付けられて修理費を請求なんてこともあるかもしれないわ」


 ううむ……やはり価値の高い物の貸し借りは個人で行うべきじゃないな。


「ギルドに仲介してもらうことって出来ないんですか?」


「もちろん、依頼料と依頼書さえ貰えれば可能よ。ただ、冒険者以外が依頼を見に来るなんてことは稀だから、あんまり当てには出来ないわ。ユニオンはギルド経由じゃなく、各々で依頼を探すでしょうしね」


 むむ……そう簡単に上手くいかないもんだな。

 エリンさんの「依頼はどうする?」という視線には、首を横に振って断っておく。


「いっそ竜を捕まえることってできないんですか?」


「虫竜や小竜は領の保護区域にしか生息していないから、勝手に捕まえたら犯罪者よ。冒険者が許可を貰うとしたら、ユニオンに加入していることが最低条件になるわ」


 むむむむ……これはどうしようもないな。いっそ海路を使うか? 海岸までは徒歩で行けない距離じゃないし……船にシオンを乗せてくれるか、といった懸念は竜車と同じ展開に陥りそうだな。徒歩で山越え? どれだけの水と食料を持ち運ばねばならないんだ。肉体的疲労や精神的負荷だって尋常じゃないだろうし、強行策を提案したらシオンが全力で却下してくるな。


「……まだ、暫く待ってみます」


 エリンさんの前で頭を悩ませても答えは出ない。話すこともないのに窓口を独占しては迷惑にしかならないので、大人しく帰ることにした。


「……長かったわね」


そう言って迎えてくれたのは、椅子に座って短い——背が低いから相応の——脚をぶらぶらとさせているコデマリだった。不満があっての言葉でないことは、表情から読み取れた。


「竜車のことで色々とな」と答えてから、色々の内容も言うべきだと判断する。


「中々都合の付く相手がいないようだ。竜車を借りる手段も聞いたけど、ある程度の信頼関係がないと難しいな。……まだ暫く待つことになる」


 俺の言葉が切れたのを見計らい各々が立ち上がる中、シオンが目深に被ったフードの奥で申し訳なさそうに眉を下げていることに気付く。だが、この場で声を掛けるのは、シオンに更なる負い目を感じさせる気がしたので黙っていることにした。

 夕食に出掛ける一行の流れの中、それとなく歩調を緩めて最後尾のシオンの横に並ぶ。


「……まだ、待てるか?」


 他の者には聞こえないよう、声量を抑えて尋ねる。


「う、うん! あたいなら大丈夫! 都合が付いた時でいいから、レイホはそんなに気にしないでいいって!」


 煌々とした月明りに照らされるシオンの顔は笑顔だったけれど、それが自然なのか不自然なのかは判断できなかった。だから俺は次の言葉に詰まったのだが、反ってそれが良かったのかもしれない。シオンの境遇に同情し、「辛いだろ」なんて言葉を口にしたところで意味は無い。シオンが辛いと言ったなら、直ぐに足を用意できるのか……否だ。そして、今さっき自分が口にした言葉を顧みても、意味のない言葉だった。待ってもらうより他ない状況なのだから。


「……悪い」


 口から漏れた謝罪の言葉に、シオンは呆れたように息を吐いた。


「大丈夫だって、皆が居るんだから。ランドユーズに行きたいって言ったのは……ダークエルフが受け入れられた町が本当にあるのか、自分の目で見たいだけなんだから。そんなに急がないよ」


 気を遣ったつもりが、逆に遣われてしまった。そういう状況が往々にしてあるのは、何故だろうな…………。

 上手く返す言葉が見当たらず、逃げるように空を見上げると、輝く金色の月が眩しくて目を細めた。


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