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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第四章【再開の異世界生活】
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第二百十七話:そっち、こっち

投稿遅れ申し訳ございません。

 ぼやけながらも徐々に鮮明になっていく視界の中、懸命に思考を巡らせる。

 ワタルの存在がバレ、能力については恐らく俺より情報を得ている。情報があるということは、何かしらの対策をもっているかもしれないが……それは今重要じゃない。

 シュウが立っている場所は、軽くジャンプしたくらいじゃ手も届かない高さ。見晴らしがいいものだから、こっちが何か仕掛けようとしても即座に収納されてしまう。しかも、自然の岩壁を背にしているから、隙があったとしても、背後に回り一撃で仕留めることはほぼ不可能だ。

 山の上から魔物でも襲来して来ないかと、都合のいいことを考えて見上げるが、生い茂った木々は風に揺れるばかりで、実に平穏なものだった。


 シュウが何を考えてワタルを含めて「話をしよう」なんて言い出したのか、検討も付かない。けれど、プリムラや俺に対しての考えを改めた訳じゃないことは確かだ。収納されてしまう前に、何か状況を打開する方法を考えないといけないのだが……木刀一本の俺に何が出来るって言うんだ。

 考えていると、背後で森が騒めき、戦闘の気配を感じた。


「シュウく~ん、エルが森に隠れてる人を連れて来るってぇ」


 武具を鳴らしながら駆けて来たララは、岩山の下からシュウを見上げて言った。その彼女をシュウは収納して自身の横に出すと、頬を掻きながら森の方を見やった。


「なにも回復した直後から行かなくても……。生真面目だからなぁ、手ぶらで戻って来るのはエル自身が許せないってのは分かるけど……」


 シュウは「まぁいいや」と、言葉を繋いで俺たちを見下ろした。


「先にこっちで話しを進めてしまおう。レイホ、潔く降参してくれないか?」


「……それは、大人しく収納されろってことか?」


「そうだね。君のどの行動が世界に悪影響を及ぼすか分からない以上、野放しには出来ない」


「……俺の許可が必要なのか?」


 俺とシュウの間に遮る物は無い。ソラクロやプリムラが俺の前に立って壁になってくれたが、身長差や高低差でシュウの視界には入っている。


「合意を得た方が、そっちの二人も納得できるだろう? 実際に収納するのは、ワタルが来てからにするけど」


「レイホさんが収納されても、わたしたちはあなたの側には付きません!」


「おれと敵対するのは構わないけど、もしおれが死んだら、収納されていたものがどうなるか分からないよ? ひょっとしたら消滅するかも」


 最悪の状況を想像してしまったのだろう。勇しく吠えた筈のソラクロは、閉ざした口の奥で小さく唸るだけだった。


「それと、さっきも言ったけど、おれは永遠にレイホを収納する気は無い。白紙化を防いだ後は自由だし、その前でもおれの目の届く範囲内であれば、話すことくらいは許そう」


 俺の扱いにどれだけ温情を掛けようと、二人は納得せずに平行線が続くだけだろう。


「白紙化を防ぐと言ってるが、当てはあるのか?」


「魔獣を産み出すもの……分かりやすく魔王とでも言っておこうか。そいつの討伐。それ以外に方法は無いよ」


 魔獣を産むもの……多分じゃなくても、以前ハデスから聞いたタルタロスとかいう奴のことだよな。

 奈落で見た化け物の姿を思い出すだけで鳥肌が立ってくる。あんなの、倒せる気がしない。


「魔王は、それは強力な存在だけど、おれたち人倫側が目的を果たす事で弱体させる事が可能だ。だから、この世界の平和のために協力してほしい」


 嘘を言っているような気配は無いし、この世界のことを考えたらシュウに従うべきなのだろう。俺には大義も目的も無いのだし。ただ…………。

 正常に戻った視界で、二人の後ろ姿にそれぞれ焦点を当てる。

 正しさだけで生きていけないのが、人の不便なところだよな。


「シュウ、お前が知っている情報はどこで聞いたんだ? 他の異世界人も知っていることなのか?」


「この世界に転移した時に聞こえたから、多分、能力と目的を与えられた人は全員知ってることだと思うよ」


「教えて来たのは誰だ?」


「それは知らないよ。声だけが聞こえて来たんだ。けど、魔王を倒して世界に平和を、なんてのはよくある話だろう?」


 そんな風に聞かれてもな……。よくある話だからと言って、一方的に与えられた物を信じる、か。与えて来た奴に悪意があったら、というのは言葉にしたところで根拠のない水掛け論が展開されるだけだな。

 俺からの質問が途切れると、シュウは戦闘音が鳴り響く森へ視線を伸ばした。


「レイホの方から、彼らを呼んでもらえないかな? 無駄な戦闘を長引かせたくはないだろ?」


「呼んでどうするつもりだ?」


「現状を理解してもらうのさ。ワタルだって、おれと同じく人論側の人間なんだから」


 エルミニアと戦闘している以上、弓矢による援護は期待できない。そして、援護無しで俺がシュウの【収納ストレージ】を掻い潜る術は無い。

 ワタルとリアは本来、この争いに関わる必要は無かった。なのに……リアの善意で俺たちに協力してくれた。シュウが「反抗したからワタルたちも収納する」なんて態度なら呼ぼうなどとは思わないが、そうでないなら戦いを止めない理由は無い。他人の……特に俺なんかの為に傷付く必要は無いんだ。


 俺が森に向かって二人の名前を呼ぶと、シュウも続いて仲間の名前を呼び、森の中から戦闘音が途絶えた。その代わり、こちらに向かって来る足音が三つ。歩調がばらばらだからだろうか、妙に騒がしく聞こえる。


「レイホ! お待たせ!」


 先ず森を抜けて来たのは、鎧兜を着けたリアだった。防具や、鉄兜サレットの間から覗く顔に細かい傷が幾つも出来ている。息が切れ気味なのは、森からここまで走って来たからではないだろう。


「おい、リア! 怪我してんだから、そんなに走んなって!」


 次に姿を現したのはワタル。左手に複合弓コンポジットボウ、右手に回復薬を持ち、その表情に余裕は感じられない。


「これくらい平気! それより、どういう状況!? あたしらは何すれば良い!?」


 戦闘中に呼び出されたからか、興奮状態のリアは掴み掛かって来る勢いだ。その脇を、まるで無関係の通行人のようにエルミニアが通り過ぎて行き、魔剣で起こした風に乗ってシュウの横に並んだ。


「戦いは終わりだ」


 リアの圧にたじろきながら告げると、頭の上に大きなハテナマークを浮かべられた。それを一旦無視してワタルに目を向ける。


「シュウが、お前に用があるんだと」


「あ?」


 ワタルはシュウを睨み付けるが、相手は気にした様子もなく、余裕の表情だった。


「知らない間柄でも無いし、単刀直入に聞くよ。どうしてワタルはレイホの味方をするんだい? 君だってこっち側だろう?」


「……異世界人の立場からすればそっち側なんだろうが、姫様がこっち側が良いって言うもんでね」


「君だって、この世界やその姫様の為を思って行動しているんだろう? だったらレイホではなく、おれに協力しないか?」


 シュウの提案にワタルは顔を顰め、回復薬をリアに押し付けると矢を番えた。岩山の上ではララが即座にシュウの前に出て盾を構える。


「能力を使っておれを射抜くかい? いいや、出来ない事はもう知っている筈だ」


 張り詰めた弓から軋む音が一つするが、矢はまだ番えられたままだ。それを見たシュウは満足そうに口角を上げ、ララに下がるよう伝えた。


「時間操作系の能力は反則級の強さだ。けど、幾ら時間を操作しようと、事象が発生することに変わりはない。そして、発生した事象であれば視ることは可能だ」


「お前、まさか……」


 ワタルが何かに気付いて声を上げるが、シュウは愉快そうに見下ろすだけで言葉を繋げようとはしない。ワタルは苦虫を噛み潰したような表情でシュウを睨みながら、屈したように口を動かした。


「自分が矢に射られる事象を収納したって言うのか!」


「正確にはもっと細かく指定してるけどね。収納ストレージも、そこまで万能じゃないんだ」


 なんだかもう俺の理解じゃ追い付けない話になって来たが、ワタルの様子を見るに、状況はかなり劣勢のようだ。

 ……これは、覚悟を決めるべきかな。辺境の村で静かに畑を耕して生活します、とか適当なことを言って見逃してくれそうなら手はあるかもしれないが、シュウはこの場で俺を収納する気だ。視界に捉えられ、身動き出来ない状況で、一か八かなんてない。完全に詰みだ。

 収納されれば自由に動き回れなくなるが、考えようによっては世界が平和になるまで安全な場所に匿われる事になる。

 俺の事は自分で解決できるとして、問題はソラクロとプリムラだな。俺が「シュウと仲良くしろ」と言って聞くとは思えないし、そもそも言いたくはない。寧ろ、プリムラを危険な目に合わせた件について、拳の一撃でも喰らわせてやりたい。

 …………ダメ元で言ってみるか。


「シュウ、二人で話がしたい。下りて来てくれないか?」


 死ぬ訳じゃない。誰かの為に何かする訳でもない。単に俺が無力で無智で、負けただけだ。元の世界のお陰で、死なない程度の負けには慣れている。


「レイホさん?」


「なに、する気?」


 俺を護ってくれていた筈の二人が、今は壁となって行く手を阻む。


「……決着をつけるだけだ」


 二人の間を割って通るような度胸は無いので、どっち側から通るか一瞬だけ逡巡してからソラクロの横を通り抜ける。横目に、捨てられた子犬のような顔が映ったが、気付かないふりをして木刀を投げ捨て、シュウを見上げる。

 視線を合わせてから、シュウは仲間の反対を押し切って岩山から飛び降り、木刀を収納しながら俺の前に立った。

 黒髪に、黒に近い濃青の瞳、中性的と言えなくも無い顔立ちに、高くも低くもない背に痩せ型の体躯。特徴に乏しく、二、三日後には忘れてしまいそうな少年。


「話って?」


「降参したいが、一つだけ頼みがある」と口にして間を置くと、シュウは沈黙で先を促してきた。俺は唾を飲み込み、腹の底か頭の隅から、とある単語を取り出した。


「仲間がいるんだ。だから、ソラクロとプリムラは、そいつらの所に……クロッスに帰してやってくれないか?」


 どうしても、シュウにあの二人は任せられないし、二人だってシュウのハーレムには加わりたくないだろう。俺に抗う術は無く、ワタルの能力も無効化される。頼みができる立場じゃないのは承知の上だが、全てを素直に受け入れてられる程の器用は持っていない。


「ん~……それは無理かな」


「何故だ」と聞かれるのが分かっていたのだろう。シュウは言葉を続けた。


「ソラクロはエルも倒せるくらい強いから仲間に欲しいし、プリムラみたいな美少女がハーレムに加わらないのはおかしいでしょ!」


 咄嗟に返す言葉が出なかったのは、シュウが冗談でもおふざけでもなく、至って真面目な態度で言い放ったからだ。

 もうこいつは、戦闘的にも人間的にも俺にはどうしようもない。


「……どうしても駄目か?」


 何故そんな言葉がでたのか、自分でも分からない。どうしようもないと諦めたのに、頼み込んだところで無駄だと分かっていたのに。


「こっちも目的を果たす為だからね」


「そうか……」


 こうなったら俺が収納されている間に、ワタルとリアに逃走を手伝ってもらうくらいしか手が無いな。

 俺の意識や体が収納されるまで、秒読み体制となった時だった。どこからか煙を吹いた球が四つ投げられ、俺とシュウの四方を囲むと、たちまち辺り一帯を煙幕が覆い尽くした。


「ったく、ひょろっこいのは、せめて見た目だけにしとけってんだ!」


 煙幕と混乱の声の中、どこか聞き覚えのある、酒に焼けた声が妙に鮮明に聞こえた。


次回投稿予定は8月5日0時です。

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