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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第一章【始まる異世界生活】
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第二十一話:稼いだ傍から

 クイーンアントは群れを統率する能力と、体の大きさと色以外はキラーアントと変わらない。キラーアントを掃討して手の空いたジェイクとアンジェラの援護を受け、デリアが白く発光させた二本の小斧ハチェットで頭部を叩き潰したことで討伐は完了した。


 結構な重傷だった俺の左腕を、マックスが【キュア】という回復魔法で治そうとしてくれたが、どういうわけか全く効果が見られなかった。なので傷薬アプライサルブよりも効果の高い、回復薬サルブポーションで治療することにした。

 回復薬の効果は目を見張るものがあり、潰れて損傷した腕が綺麗に治った。当たり前だが流れた血は戻らず、服も破れたままであるので、町に戻ったら補給しなくてはいけない。


 怪我の経緯を教えたら、キラーアントの顎は人間の腕くらい軽く引き千切るので、回復薬で治療可能な範囲で済んだのは奇跡に近いそうだ。顎の下に初突はつつきを刺したのが少しは効いていたのだろう。

 回復魔法が効かないのって、やっぱり俺に魔力が無いことが原因だよな。自分で魔法が使えないだけでなく、回復魔法や、恐らくあるであろう補助系の魔法も効かないとなると、随分と不便になる。

冒険者としては不便どころじゃなく、致命的だ。

 魔法による支援が受けられない代わりに魔法攻撃も効きません。だったらまだ良いが、そんな都合のいい事にはならないと思う。


 戦闘が終了したからといって直ぐに町に帰れる訳ではない。キラーアントの死骸から魔石を取り出さなくてはいけないし、巣の中から卵も頂かないといけない。

 巣の出入り口の高さから女性陣が卵の回収で、男性陣が魔石の回収をすることになった。


「レイホさん、大丈夫ですか? 辛いなら休んでいて大丈夫ですよ」


「いや、大丈夫です」


「そうですか。それじゃあ、魔石の回収お願いします」


「はい」


 やせ我慢でもなんでもなく、本当に大丈夫だ……いや、少ししんどい感じはするが、なんとかいけるだろう。

 気を遣ってくれるマックスに返答してから、初突でキラーアントの胴体を開く。粘り気のある体液が気持ち悪いが、我慢して手を突っ込んで透明な魔石を取り出す。

 

 魔石の場所を教えてもらった時に合わせて教えてもらったことだが、魔物は体内から魔石がなくなると少し時間が経った後に消滅するそうだ。ただ、魔石を取り出す前に切り離した部分はそのまま残る。例えば、頭を切り飛ばした個体の場合、胴体から魔石を取り除くと胴体に付随している足や尻尾は消滅するが、切り飛ばされた頭部はそのまま残る。どういう仕組みかは謎らしいが、お陰で冒険者は魔物の素材の回収をして金稼ぎができるので深くは考えられていないそうだ。

 けれど残念なことに、今回のキラーアントやクイーンアントは有用な素材がない魔物なので、切り離した部分は後で地中にでも埋めなければならない。顎は武具の材料になるのだが、質が悪いので使用している者は冒険者歴の浅い者くらいだ。それも先端を研いで投擲したり、矢尻にしたりといった消耗品でだ。

 顎よりも高価で買い取ってくれる卵を持って帰る事にしているので、無駄な荷物は増やせない。なので今回は魔石だけを頂く事になっている。




 それにしても、と魔石をいくつか取り出した時に周囲を見渡す。初めに魔石を取り出した個体は消滅しているが、キラーアントの死骸は二十匹前後も転がっている。猫の集会の皆はよくこれだけの数を相手にしてほとんど無傷でいられたものだ。銅等級星二って等級全体で見たら下の方なのに、これだけ戦えるなんて、俺はいつになったらなれるか分かったもんじゃないな。

 ただ、一つ分かったことがある。俺は魔石の回収を再開しようとして自分の腹を押えた。

 戦うと、ありえないぐらい腹が減る。




 魔石と卵の回収が終わってようやく町に帰ることになった。持って帰る卵の数は八つ。筋力の能力値の都合上、俺とアンジェラが一個持ちで他の三人は二つ持ちだ。卵は白く、高さ三十センチ弱程度の巨大さであり、初見ではこれが蟻の卵とは信じられない。

 巣の中には俺たちが持ち帰っている数の何倍もの卵があったが、持ち帰れない分はアンジェラが火の魔法を放って燃やし尽くした。

 魔物相手で、巣の住民を根絶やしにしておいて思うのも変だが、残酷だな。でも、これが冒険者として生きるってことなんだ。


「疲れませんか?」


 森の中を歩いている時に、不意にデリアが声をかけて来た。帰路になると猫の集会の面子は相変わらず緊張感なくお喋りしていたし、口数の多くない彼女から話し掛けられたので少し驚いた。


「疲れてはいますね。町に帰ったらゆっくり休みたいです」


 まだ陽は高いが、疲労感が半端ではないな。今日はもう依頼を受ける気になれない。


「すごいっすね。うちが鉄の時は休憩挟みながらじゃないと無理でした」


 体力がちょっと多いとこういうところで役に立つんだな。多いとはいっても鉄等級の平均と比較しての話で、銅等級と比べたら全然少ないとは思う。それでも弱音を吐かずに付いていけているのは、他の人より動いていないからだろう。戦闘の最後の方から傷が治るまでは座って見てただけだし。


「森の中で休憩するより、早く町に帰りたいって気持ちもありますから」


 町に家も宿もないが……そう考えると俺って路上生活者なんだよな。意識すると妙な焦燥感が出て来る。もっと稼いでちゃんとした所で寝泊まりできるようにしたい。


「クイーンアントにとどめを刺したのって、スキルですか?」


「そうです。レイドっていうスキルで、武器で強攻撃する初歩的なやつです」


 斬撃を飛ばすスキルよりもこっちの方が簡単そうだな。今回の戦いで筋力の無さを再認識したけど、筋トレの量を増やしても直ぐに筋肉がつくわけじゃないし、スキルで誤魔化せればいいな。あぁ、でもスキルを使うには技力が必要なんだっけ。俺、いくつあった?

 ズボンの尻ポケットから冒険者手帳を取り出して鉄等級昇級時に測定した能力値を確認すると、技力の欄には“三”と読める文字が書かれていた。スキル一回につき技力一消費、とかじゃないよな。


「スキルって、一回当たりどれくらい技力を消費しますか?」


「スキルによるとしか言えないっすけど、レイドなら一回六っす」


 初歩的なスキルの半分しか技力がないのか……。今日は戦闘したし、三くらい上がってないかな。ギルドに戻ったら計ってみるか。

 そういえば、能力値は猫の集会と共有していないんだけど、大丈夫なんだろうか。俺の方は見せられるものじゃないから聞かれない限り見せたくないけど、能力値によって戦闘中の動きとか決めないのかな。それとも俺はオマケだから能力値の優劣は気にされていないのか。

 思い切って聞いてみようとするが、今まで話していたデリアも話題を振られて談笑に加わってしまい、俺が口を挟める空気ではない。人が話している話題を遮って自分の質問に切り替えるなんて、口下手の俺にはできない。






 結局、能力値については話せずにギルドで依頼達成の報告を済ませた。クイーンアント討伐で百ゼース、キラーアントの魔石二十四個で百二十ゼース。ギルドに来る前に銭貨通りの薬屋で卵を売って得た百十二ゼースを合わせると、なんと三百三十二ゼース。予想を大きく上回る稼ぎに猫の集会の面々は嬉しそうだし、当然俺も心の中で喜んだ。大した活躍をしていないことを自覚しているので、一緒になって喜んでいたら、出来高制で配当なんて言われた時に落ち込みたくない。元々、感情を大きく表に出すのが苦手でもあるし。

 しかし、俺の心配は無用のものであり、稼ぎは等分されることになった。一人当たり六十六ゼース、余り二ゼース。

 余りを渡されかけたが、流石に今回も受け取るわけにはいかないので強めに遠慮して猫の集会で使ってもらうようにした。銅星二にもなると、二ゼースくらい気にも留めなくなるのだろうか。


 猫の集会の皆は軽く食事をしてからもう一つ依頼を受けるそうだが、俺は金銭的にも体力的にも余裕がなかったので断った。直った腕の傷よりも空腹の方が気になるが、もう少し我慢だ。


「エリンさん、能力値の更新って行えますか?」


「更新はできるけど……レイホ、あなた今疲れてるでしょ。能力値って測ったその時の状態が反映されるから、今だと正確な数値は測れないわ」


 え、そうなのか。鉄等級に上がった時は依頼の報告の時に測ったのに……。やっぱ、怪我してるからかな。

 乾いた血が大量に付着した左腕を見て納得する。疲れてるし、血も流れてるし、体力とか精神力辺りは下がっているかもしれない。唯一まともな数字が出ている二項目までも低い数字だったら虚しいし、更新は日を改めるか。


「レイホ」


 用事もなくなったのでギルドを後にしようとするが、エリンさんに呼び止められる。なんだろうか。


「パーティはどう? 一人でいるより楽しいでしょ」


 パーティを組んだことで討伐依頼の達成数は増え、稼ぎは等分してもらえているので感謝はしている。ただ、楽しいかといわれると素直に肯定はできない。エリンさんの「楽しい」がどういった意味合いで言ったのか定かではないが、楽しいとは感じていない。……感じる余裕がないのかもしれない。


「まだ、よく分かりません……」


 曖昧な返事をしてしまう。だが、エリンさんはそれ以上追及して来なかったので、俺は今度こそギルドを出た。


 腹減ったなぁ。何か食べに行きたいけど……。自分の身なりを確認する。所々破れ、血で黒ずんでいる革のシャツ、擦れたり砂や土で汚れたズボン。通りすがりの人に「この格好どうですか」と聞いたら十人中十人に「酷い格好だ」と言われるだろう。

 食事は武具屋で冒険用の服を買って、残金を見てからだな。


 冒険者歴一番の稼ぎを得た筈が、それ以上の出費に苛まされるとは……。堪らず溜め息を吐いてから、重い足を引き摺って銭貨通りに向かう事にした。



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