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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第四章【再開の異世界生活】
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第二百十六話:森の中の攻防

 舞い散る木の葉の中、ワタルはリアの前に立ちたい衝動を抑え、一定の距離を置いて立っているエルミニアを見やった。


「生憎と、オレらがシュウの前に出るのは、あいつレイホが決めることだ」


 複合弓コンポジットボウに矢を番え、動かぬ標的に照準を定める。


「何故あなた方は彼らに協力するのです?」


 鏃の先を見つめたまま問いかけて来るエルミニアに、ワタルは苦し紛れに片方の口角を上げた。射出されてから避けるには困難で、魔剣の刃も届かぬ距離であるにも関わらず、魔剣を持った右手は下げられたまま、体に緊張の気配は見受けられない。その姿は、ワタルが矢を射らないことを察していた。


「あなたたちが間違ってるからだよ!」


 構えた柩型盾コフィンシールドから出した頭部の、鉄兜サレットの奥に宿る薄紅梅の瞳は力強い。


「間違っている?」とエルミニアが聞き返すと同時に、リアは言葉を続ける。


「世界のためか何なのか知らないけど、自分たちの勝手な都合で大切な人を奪おうなんてやり方、絶対に認めないんだから!」


「あなたも生きる、この世界のことですよ? 白紙化してもいいのですか?」


「白紙化はよくない。けど、白紙化を止める為に何でもしていいってわけじゃない!」


 リアの訴えに、エルミニアは微かに眉を顰める。


「人間はそうやって理想ばかり……」


「あなただって半分は人間でしょ!」


 眉間に作られた皺が明らかに深くなる。「半分は人間」という反論が来ることは予期できたし、その反論は避けたいと思っていた。それでも、理想論ばかりを掲げる人間とう種族に対し、口を閉ざしたままでいるのは、残り半分のエルフの血が我慢できなかった。しかし、エルミニアがエルフ寄りの思考の持ち主かと問われれば、答えは「いいえ」だ。現実主義で人間のような欲もなく、千年も二千年も生きる種族のことなど、人間の血が半分入っているエルミニアには理解できなかった。


 女性二人が火花を散らすような睨み合いをしている後ろで、ワタルは矢を番えたままであったが、その表情は苦し紛れの笑みではなく、普段通りの、どこか軽薄な笑みに変わっていた。


「うちの姫様がこう言ってるもんでね。下郎のオレとしては従う他無いってことよ」


 ワタルが言い切ると同時にエルミニアは魔剣を振り上げて風を舞い上がらせ、眼前に迫っていた矢を上空の彼方へと飛ばし、遠くの茂みで落下音が鳴った。


「アタシたちと敵対するというのなら……少し動けなくなってもらいましょうか」


「望むところよ! いくら魔剣があるからって、二対一で勝てると思わないでよ!」


「それは……どうでしょうね?」


 エルミニアは一歩で、かつ一瞬でリアとの間合いを詰め、魔剣を横に薙ぐ。その攻撃は盾によって阻まれたが、魔剣から噴き出た強烈な風がリアの体を大きく横によろめかせた。


「うわっ、とと……!」


 装備重量に負けぬ身体づくりをしてきたリアではあるが、魔剣から生じた風には抗えず、後衛ワタルへの接近を許してしまう。しかし、ワタルとてただ立っている訳ではないし、リアの盾に守られるだけの存在ではない。後退し、地面から突き出た木の根を踏み台にして跳び上がり、太い木の枝へと着地する。


「それで逃げたつもりですか?」


「いんや。逃げるのはそっちだ」


 魔剣の刃は届かずとも、生じさせた刃であれば木の上から落とすのも、そのまま切り刻むのも容易い。エルミニアはリアの妨害が来る前にワタルへ仕掛けるつもりだったが、マントの下から青黒い液体の入った小瓶が放り投げられたのを見て表情を強張らせ、振り上げるつもりの腕を我慢し、横へ跳んだ。

 投げられた小瓶が落下の衝撃で割れ、乾いた地面を濡らしたが、それ以上は何も起きない。煙が広がる訳でも、不快な臭いがする訳でも、魔法的気配も感じられない。

 したり顔のワタルを目にしたエルミニアが、投げられたのがただの色の付いた水であることに気付く頃には既に、体勢を整えたリアが突進して来ていた。


「はあぁっ!」


 突き出された盾の突進を防ぐには距離を詰められ過ぎていた。けれど、こんな状況を想定して準備していたものがある。


「エレム!」


 仲間の呼ぶと同時に、どこからか「バリア」という声がし、エルミニアの周りに薄く光る障壁が発生する。障壁は盾と衝突すると音も無く粉砕してしまうが、衝突した相手にも相応の衝撃を伝えて追撃を許さなかった。


「くっそ~。服の中に妖精さんを仕込んでたな」


 仕切り直しになったと思い、盾を持ち直すリアであったが、戦闘は継続していた。ワタルの放った矢を避けたエルミニアは魔剣を両手で持ち、上段から一気に振り下ろした。魔剣から生じた巨大な風の渦は、木諸共にワタルを飲み込んで上空へと吹き飛ばした。


「んなろっ!」


 空中に放り出されたワタルであったが、風の渦自体に殺傷能力は無く、地面に叩き付けられない限りは無傷だ。そして、ワタルは姿勢制御と高速落下を可能とするスキル、【ランディング】を所持していた。

 落下中に体の至る所を木の枝に引っ掛けたが、厚手のマントのお陰で無傷でやり過ごす。

 地面に降り立つと、リアとエルミニアが斬り結んでいる最中であったが、装備相性的にも、剣の技量的にもリアが劣勢であった。ただの剣であれば【カウンター】による逆転が見込めるが、あれは無属性物理攻撃にのみ有効なスキルであり、魔剣相手では効果が無い。

 援護を試みるワタルであるが、エルミニアがリアから離れようとしないので弓を引き絞ることしかできない。【ホーミング】による曲射をしようにも、木々が邪魔で狙いが定まらない。煙幕を張って態勢を立て直そうにも、【気配察知】の前では無意味どころか自分たちの視界を塞ぐ分、不利になってしまう。


「……存外、頑丈ですね」


 刃をぶつけながら、微量の風を送り込んでリアの体を傷付けている。外見は無事に見えるが、鎧の下は血だらけになっているだろう。けれどもリアの動きは鈍らず、重く、魔剣相手にほとんど意味を成していない盾を手放すことすらしなかった。


「そうでなきゃ、守備者ディフェンダーなんて務まらないからねっ!」


 全身から悲鳴は上がっているが、それを一切表に出さず、鍔ぜり合っていた剣を押し返し、更に盾を突き出す。けれど、エルミニアは予想していたかのような身のこなしで盾を避け、左手で握った魔剣の鞘でリアの頭部を狙った。その一撃は躱せず、頭部を激しく揺らされて意識を失うか、体勢を崩して膝を着くか、いずれにせよ戦闘不能になり得るものだった。しかし……


「よ……けた!?」


 躱せないと悟っていても反射的に体を反らせたのが功を成したのか……否、鞘を振り被った後のエルミニアの動きが、僅かに鈍ったのだ。


「……運が良いですね。エレム」


 仲間の名を呼ぶと、服の中から今度は「ファストライズ」という声がし、淡い光がエルミニアを包み、体内に吸収されるようにして消えた。

 補助魔法による能力値強化を、ご丁寧に待つ必要は無い。リアは攻撃を避け、そのまま後退して距離を開けている。ワタルはエルミニアの足を狙って矢を射かけるが、魔法が付与される途中であってもエルミニアは動ける。直線的な矢は容易に避けられ、魔剣による風の反撃を許すことになる。だが、そんなことは予想できたことで、ワタルにとっては、そうでなくては困ることだった。

 放った矢が地面に突き刺さるよりも早く、二射目の矢を番え、弓を引き絞る。狙うは一射目の鏃に結んだ炸薬入りの小瓶。

 矢を番えながら、慣れない魔力操作で鏃に火を灯す。魔剣が振り上げられる。

 同時に攻撃では遅く、スキルを発動している時間は無い。けれど小さい小瓶を射抜くには狙いを付けねばならない。ワタルは、スキルや【時を漕ぐものクロックシップ】に頼り、弓使いとしての地力を磨くことを疎かにしていた自分を恨んだ。けれど、後悔するには至らなかった。


「ワタル! リア!」


 自分たちを呼ぶ声——勝ちを拾いに行く声が聞こえたから……ではない。


「エルとエレムも! 戦いは終わりだよ」


 シュウの声によって、振り被られていた魔剣が、静かに下ろされたからである。


次回投稿予定は8月3日0時です。

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