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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第四章【再開の異世界生活】
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第二百十五話:白く閉ざされた視界の中で

 均衡した戦いの中、突如炸裂した光に呑まれ、訪れたのは真っ白な世界。そこで何よりも先に届いた言葉は、自分の身を案じてくれるものだった。たった一言の言葉であったが、それは心を温める熱に変わり、体を動かす活力へと変わった。だから、例え光に対して虚弱であっても、視覚が制限されていても、大した問題ではなかった。エルミニアを押さえてほしいと言われれば、全力で期待に応えたかった。


「任せてください!」


 閉じた視界の中で、申し訳なさそうに目を伏せていた彼が、少しだけ視線を上げてくれた気がした。この戦いが終わったら、きっと彼は謝るのだろう。それから贖罪のように労い、褒めてくれるのだろう。


 わたしとしては、笑顔を見ながら頭を撫でられたいんですけど……。

 一瞬で思い出せる過去の中では、彼が陽気に笑っている姿は見当たらない。精々が表情を緩ませるくらいだ。

 うーん……安心して笑ってもらえるように頑張らなきゃ、ですね!

 やる気十分。犬耳を細かく動かし、エルミニアの気配を察知すると、体を一回転させて尻尾を振り、衝撃波を飛ばす。スキル【アサルト】だ。


「くっ……ララ! シュウを護ってください!」


 衝撃波の気配を察知したエルミニアは、魔剣を振って自身の前に風を起こして相殺する。


「そうしたいけど、シュウくん、どこぉ?」


 ララの気の抜けた返答に、エルミニアは下唇を噛んだ。シュウの居場所を教えても良いが、口頭で伝えてしまっては相手にも筒抜けになってしまう。相手にも——今まさに自分に仕掛けて来たソラクロが【気配察知】を持っているが、仲間に連携している素振りは無い。自分を標的にしてくれるのならば、焦ってララに指示を出す必要は無い。シュウは負傷したが、一緒に居るエルムの回復魔法でどうとでもなる。

 魔剣を握り直したエルミニアは、素早く且つ正確に距離を詰めて来たソラクロの相手に集中することにした。


「多少、深い傷を負っても責任は取りませんよ。なにぶん、こちらも視力が安定していませんから!」


 振り下ろされた不可視の刃は、刀身の周囲に細かな風の斬撃を発生させたが、ソラクロはやや大げさに体を捻って回避し、そのままの勢いで回し蹴りを放つ。

 刃から手応えを感じなかったエルミニアは即座に後退しており、回し蹴りを難無く躱す。けれど、反撃の手は出なかった。対峙している相手の気配が、一瞬消えたように感じたからだ。


「上!」


 自分に言い聞かせるように口ずさみ、閉じたままの瞳でソラクロの気配を捉える。

 風の魔剣相手に、翼を持たぬ者が宙に浮くとは愚行にも等しいことだ。瞬く間に落とし、この戦闘に決着をつけ、シュウの援護に向かおう。その頃には目も元通りになっているだろう。そんなことをエルミニアは考えていたが油断はしない。標的の気配の機微を逃さぬよう、人よりは尖り、エルフよりは短い耳に神経を集中させていた。


「落ちなさい!」


 掲げるように魔剣を突き出し、旋風が舞い上がる。宙にいるソラクロは体勢を崩して落下する筈だった。


「ふっ!」


 短く吐かれた息は、果たして上空からか、地上からか……定かではないにしろ、エルミニアの中の冒険者としての勘が危険を察し、距離を取ろうと後ろに跳んだ。そこで【気配察知】による認識が追い付き、驚愕で目を見開いた。


「はぁっ!」


 エルミニアの視覚は色を認識していたが、そんな事を理解するより先に、背中を強烈な殴打が襲う。合成樹脂を金属で補強した鎧の一部が砕け、自分で跳んだ方向とは逆に体が転落した。

 ソラクロが行った一連の動きは、【二段跳躍】から【ランディング】による急降下。そこから更に【エクサラレーション】で急速前進してエルミニアの背後に回り、【トップテール】によって鞭化させた尻尾による強打だ。

 【気配察知】があるとは言え、目の見えぬ状態で何故そこまでスキルを連発し、攻め立てることができたのか。ソラクロは知っていたのだ。【気配察知】は目に見えない情報も察知できるが、目で見るよりも情報の処理が遅れることを。故に、攻め続けることに迷いが無かった。それに、産まれた時より・・・・・・・魔獣と戦い続けて来た彼女にとって、視覚を封じられての戦闘は今回が初めてというわけでもなかった。


「がはっ……! ぇっ……ぇほっ!」


 背中を強かに打ち付け、強制的に漏れた空気を補おうと息を吸い込が、肺が拒む。体が言うことを聞かない。


「はっ……あぁっ……!」


 息が詰まり、体が軋もうとも意識がまだあるならば、とエルミニアは体を起こそうとするが、仰向けに倒れていた体をうつ伏せに変えるのが限界であった。

 視覚が安定しないのは、光の残滓がまだあるからか、それとも痛みによるものなのか。分かららいが、どちらでも構わない。エルミニアは乱れた呼吸のまま、相手を睨み付ける。


「……ま、まだ、です。まだ、アタシは戦えます」


 ただの強がりであることは誰の目から見ても明らかであり、エルミニア自身も理解していた。けれど強がって見せたのは、今対峙している者の目が、未だ閉じられたままであったからだ。


「……いえ、無理です」


 ソラクロは首を振ってそれだけ言うと、迷いなく立ち去った。


「くぅっ…………シュウ、ごめんなさい」


 エルミニアは魔剣を杖替わりにして立ち上がろうと試みたが、背中に走る痛みによって再び地に伏せることとなった。






————————————


「やあぁぁぁっ!」


「あれぇ、うっそぉ!? エル倒されちゃったのぉ!?」


 掛け声と共に放たれた浴びせ蹴りを回避したララは、相変わらず間延びした声だが、明らかな動揺が含まれていた。その隙をプリムラは逃さず、身を振ってララの拘束から逃れた。


「……ごめん」


「気にしないでください。怪我はしてませんか?」


「大丈夫。目、まだ見えないの?」


「えへへ……光には弱いんです。でも大丈夫です。プリムラさんはレイホさんをお願いします」


 ソラクロがエルミニアを破って駆け付けてくれたのは嬉しいが、俺の心の占めているのは歓喜よりも驚愕と惨めさが圧倒的に大きかった。

 開いた口も塞げないけれど、脳裏には無表情ながら申し訳なさそうに目を伏せているプリムラの姿や、目を閉じたままではにかむソラクロの姿が映っていた。そんな俺の左手を、柔らかな感触が包み、その感触に似合った、温かさを感じるほのかに甘い香りが傍から漂って来た。


「っ!!」


 驚いて手を離そうとするが、柔らかくもしっかりと握られた手は別れを許さない。


「私」


 分かっている。無表情だけど真っ直ぐな視線を向けている事を。 

 分かっている。俺の目が見えないから、こうして手を繋いでくれている事を。

 分かっている。護られる立場であってはいけない事を。


「エルがやられた……? よくも……よくも!」


 怒りを露わにしたシュウは「これ以上戦いを続けたって無意味だ」と口にし、ララの横に並んだ。


「プリムラ、バースト! あいつの視界を塞げ!」


 余裕の無くなったシュウがどんな行動に移るかは容易に想像できた。奴の収納を阻止すべく、プリムラに指示を出したが、魔法が発動するよりも先に【収納ストレージ】が発動するだろう。

 ソラクロに動いて貰ったとしても、シュウの標的にされたら終わりだ。ソラクロが収納されている間にプリムラの魔法は発動できるだろうが、戦力的にも心緒的にも無しだ。


「うっ、あぁぁぁっ! また……矢がっ!」


 プリムラが魔法剣を爆発させる前に、シュウの悲鳴が響いた。

 何事かと思い、プリムラへ出した指示を一旦保留にし、状況を聞きながら代わりにソラクロへ指示を出す。


「ソラクロ、シュウを捕まえろ!」


 聞くところによると、シュウの左肩に矢が突き刺さったのだと言う。


「はい!」と飛び出したソラクロであったが、その進行は大四角盾スクトゥムによって防がれる。


「シュウくん!? 矢なんて、どこからぁ?」


 ソラクロの動きを封じながら、ララは周囲を見渡すが、弓兵の姿は確認できない。


「回復するから、矢の収納お願い!」


 妖精のエレムが涙声で訴えるが、シュウは左肩を押さえ、突き刺さった矢を睨むだけだった。


「ぐっ……。二人は、矢が飛んで来るの、見えた?」


 矢の向きを見た限り、射出された方角は正面の森の中からと予想できるが、シュウを含めた三人は誰も矢が飛んで来るのを目撃していなかった。

 質問に対して、ララとエレムが申し訳なさそうに首を振るのを見て、シュウは「その反応が欲しかった」と呟き、口角を上げた。


「音も無く、貫かれた感覚も無く、気付いた時には矢が刺さっている……矢の時間でも先に飛ばしたか?」


 独り言ちながら、シュウは左肩に刺さった矢を収納し、回復魔法を唱えようとしたエレムを制した。


「おれは大丈夫。二人はエルを助けに行って」


 収納空間から取り出した回復薬を傷口に塗るが、それでも仲間たちはシュウから離れようとはしなかった。


「誰に何をされたか分かったなら、対処のしようはあるさ。大丈夫、同じ手を二度も食らったんだ……次は無い」


 不敵に笑んで見せるシュウの頼もしさに、二人は胸が高鳴るのを感じた。けれど、戦いの最中でそれを表に出すことはせず、代わりに互いの顔を見て頷き合った。


「直ぐにエルを連れて戻って来るからね!」

「負けちゃ嫌だよ!」


 各々が言葉を残すと、ララは盾を大きく振ってソラクロを牽制し、その隙にエルミニアのもとへと駆けた。

 その様子をプリムラから聞いた俺は逡巡する。盾役を仲間の救出に向かわせた? 何か手を隠しているのは明らかだが……思考に囚われかけた頭を、歯噛みすることで抑止する。

 迷うな。シュウを捕まえてしまえばこっちの勝ちなんだ。

 揺れる視界は、ぼんやりと色付き始めた。シュウの居場所は何とか見えている。


「離れて行く奴には構うな! ソラクロは背後に、プリムラは俺の援護を頼む!」


「そう急ぐなよ」


 一気に攻め込む俺たちを、シュウは収納空間から岩石の壁を出現させて阻んだ。


「森の中に居るのは……時を漕ぐものクロックシップ、ワタル、君なんだろ? 異世界人が三人も集まっているんだ。隠れていないで一緒に話をしようじゃないか」





「……あんなこと言ってるけど?」


 高い壁の頂に立つシュウを訝しみながらリアが小首を傾げた。


「リアは、あいつの話聞きたいか?」


「全然! プリムラを……誰かにとって大切な人を、小癪な手を使って引き入れようとする奴の話なんて、聞く耳持たないね!」


 前線に出られなくて鬱憤が溜まっているのだろう。語気を強めるリアに、ワタルは苦笑しながら矢を番えた。


「そんじゃ、仰せのままに返事しますよっと。もっかい矢を飛ばす」


「許可するよ! やっちゃえ!」


 誓いを立てた者——リアの許可を貰うことで、ワタルの固有能力【時を漕ぐものクロックシップ】は発動する。自身と自身が触れているものの時間を操作する能力で、手にした矢の時間だけを加速させ、シュウの脚を射抜く。


「なっ!?」


 弓矢の射線上にシュウを捉えた目が見開かれた。


「どしたの?」


 反撃されたわけでも、居場所がバレたわけでもなさそうで、リアの目からは特に驚くような事はなかった。


「能力が……発動しねぇ」


「えっ、嘘!? アタシはちゃんと許可したよ!?」


「分かってる……シュウめ、何を……」


 時間の操作ができないことは驚くべきことであるが、能力だけがワタルの全てではない。通常のスキルを用いてシュウに矢を射かけようと試みて……隣りに立っていたリアの、更に奥を見やった。

 既にリアは気配に気付いて柩型盾コフィンシールドを構えており、木の枝葉を撒き散らして迫って来た風を防いだ。


「いっつつ……」


 盾を躱し、鎧の隙間に入り込んだ風が肌に幾つもの切り傷を作って行ったが、どの傷も浅いのは幸運だったのか、それとも手を抜かれていたのか。


「いつまでもこそこそと隠れていませんで、シュウの前に出たらどうですか?」


 未だざわつく森の中に、凛とした声が流れ、ワタルとリアの前にはハーフエルフの女剣士、エルミニアが現れた。


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