第二百十四話:妖精の閃光
時間は少し戻り、レイホがシュウに奇襲を仕掛ける前。
「そんじゃ、手は貸すが、どういう算段で行く?」
ワタルは片方の口角を上げ、試すように笑む。
もたもたしている時間は無い。最優先はプリムラの救出だ。幸い、シュウたちは俺やワタルの存在をまだ認識していないようだから、奇襲は掛けられる。近付けばエルミニアの【気配察知】に悟られるが、収納した筈の俺が現れたら混乱は起きる。
「二方向から攻めよう。ワタルはシュウの正面から矢を。俺はシュウを背後から襲うふりをして、ララを防御に誘ったらプリムラを救出する」
「ふん、りょーかい。それからは?」
「……俺が森を背にしてシュウに仕掛けるから、奴の視界を妨害してほしい。他の二人は……こっちでどうにかする」
エルミニアの魔剣とララの大四角盾を打ち破るのは難しいかもしれないが、その二人に関しては必ずしも倒す必要は無い。シュウのハーレムとやらに属しているなら、奴を倒せば大人しくなるだろう。
「あれ、あたしは?」
板金の鎧兜を身に纏い、いつでも戦場に繰り出せる姿のリアが小首を傾げた。
「お前はオレの隣り。いざって時、リアがいねぇとオレの能力は使えねぇからな」
「あぁ、そかー……」
不満を残しつつも納得するリアに一声掛けるべきか悩んだが、結局はやめてワタルへ質問することにした。
「なぁ、ワタルの能力って、一体何だ?」
「そういう説明は後で。ほら、プリムラに手ぇ出されんぞ。作戦開始だ」
上手く逃げられてしまったが、ワタルの言う通りだ。プリムラがこの上ない嫌悪感を示している。一刻も早く助けなくては。そう思って行動を開始しようと足に力を籠めたところで、背後からワタルに呼び止められた。
「この戦闘はお前らの問題だから、オレらは支援に徹するつもりだが、時と場合……オレらが前に出て勝ちを拾えるんなら遠慮せず呼べよ」
「全速力で駆け付けるからね!」
「……ああ」
二人から頼もしい言葉を掛けられ、戦う前だというのに思わず何かが込み上げて来そうになった。その結果、謝罪でも感謝でもなく、ただ素っ気ない相槌になってしまった。……別の言葉に言い直す時間はない。戦いが終わった後、この時の分も含めて感謝するより他ない。
木の枝や根に移動を阻害されながらも、極力音を立てず、素早く、シュウの背後へと回るのだった。
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視力を焼く光を浴び、振り下ろしていた木刀を反射的に引っ込め、両腕で目を覆う。
何が起きた……収納していた光を開放でもしたのか? シュウはどこに……肩に穴が空いている状態で反撃してくるとは考え難いが、逃すわけにはいかない。けど、奴のことよりも優先すべきことがある。
「ソラクロ、プリムラ! 無事か!?」
「はい!」
「無事」
光の中であっても声は届く。それぞれから無事を知らせる声が聞こえて来たなら、次にやるべきことは……
「マナよ、我が下に集いて近傍を教えよ……サーチ」
以前よりも、詠唱を終えてから発動するまでに時間が掛かり、体から抜かれる魔力も多くなっているが、効果自体は据え置きだ。自身を中心に魔法の円が広がって行くような感覚を覚え、その円が触れた物の情報が頭の中に取り込まれていく。
光が発生する前と、配置に大きな変化は見られないが、この場から遠ざかろうとする者が一人……いや、二人? 重なって存在しているように感じる。仮に二人だとしたら人数が合わない。横穴前の広場にいたのは六人だが、今は七人になっていることになる。
ワタルかリアが森から出て来て、シュウを捕獲した? いや、こんな光が発生するなんて聞いていない。それに、光ったタイミングは、明らかにシュウを援護する場面だった。
「ソラクロ! エルミニアを押さえてくれ!」
状況は考えるよりも、直接確かめるべきだ。【気配察知】を持っているのがソラクロだけなら、シュウの追跡をソラクロに任せたが、この場には同じアビリティを持つエルミニアがいる。視力が利かない状況で戦闘行為を頼むのは酷かもしれないが、任せるより他ない。
「任せてください!」
快哉の返事に、俺の心は少しだけ軽くなる。【サーチ】で得た情報が頭の中に残っている内に、シュウを追い掛ける。右手を握れば、硬い木の感触が伝わって来た。
薄く目を開いてみるが、真っ白な景色にぼんやりとした影が浮かんでいるだけだ。生まれ育った世界は違えど、同じ人間であるプリムラも同じ景色を見ているだろう。ハーフエルフと獣人の視力がどの程度のものか知らず、人より優れていたとしても、爆発的な発光を目にして平気ということはない。【サーチ】した時に動きが無かったことからも、それは確かだ。
「くっ……ララ! シュウを護ってください!」
「そうしたいけど、シュウくん、どこぉ?」
素直な反応だな。ここで嘘でも「任せて」と言ったなら、こちらも警戒しなければならなかった。……そう思うのは、敵側だからだろうな。同じ状況で、味方として「任せて」と聞いたなら、それが敵を欺くための嘘とは思わないだろう。逆に、見えないふりをして護りに動いたとも考えられるが、そこまで考えたら堂々巡りになってしまう。
視覚が妨害されているのに、思考に意識を向けているから痛い目を見る。体の中心に小さな衝撃を受け、一瞬息が詰まった。
「来るな、来るなぁっ!」
閉じた視界の向こうから、少年とも少女とも取れる聞き覚えのない声と共に、今しがた感じた衝撃が連続して体に浴びせられた。
一撃一撃の威力は小さいが、こうも連発されたら前に進めない。それどころか、このままくらい続けたら倒れかねない。
革鎧を着ていても体に直接感じる衝撃から、魔法による攻撃だとは思うが、攻撃魔法初級の【バレット】よりも威力は低く、妨害系の魔法にしては体に異変は感じない。
何の魔法だ? と思うと同時に心当たりが出て来た。【マジックショット】妖精ならば誰もが使える特級魔法。
聞き覚えのない声に、この魔法……なるほど、星の運び手の四人目は妖精ってわけか。シュウの服の中にでも隠れていたんだろう。「事情があって紹介できない」とは、よく言ったものだ。
妖精がいたならば、何の詠唱も無しにあれだけの光を発したのも納得がいく。以前、コデマリから聞いた話しだが、体力が低く、頑丈な防具も着けられない妖精は緊急回避用のスキルを所有している。スキルの種類は幾つかあり、コデマリの場合は光の障壁を展開するものだったが、今回は強烈な発光だったという訳だ。
「くっ……」
攻撃の見当は付いたが、無理矢理押し切るには攻撃を受け過ぎた。堪らず後退し、更に横にずれて距離を取る。
目を開けるが、まだ光が明滅している感じで視覚は役に立たない。後退したことで攻撃の手は止められたが、これでは追い付けない。
向こうの四人目も分かったことだし、ワタルとリアにも出張ってもらうか?
それは一瞬の迷いだった。
手負いのシュウを護る者は妖精だけ。森の中にいた二人は、光の影響も少ないだろうから、目が見えていてもおかしくない。一気に畳み掛ける時だ。
分かっていた。
けれど、シュウを仕留めるのは俺だと、一撃くらい返してやらねばと、ワタルに頼りっきりではいけないと、意固地になっていた。ここで勝負を決めに行って良いのかと、見えもしない状況で指示を出して良いのかと、二の足を踏んでしまった。
その結果が……
「ここはうちが押さえるからぁ、エレムはシュウくんの治療をお願いねぇ」
「わ、わかった!」
守備者の到着を間に合わせてしまった。強烈な光によって一時的に麻痺していた視覚が、正常に戻る時間を与えてしまった。
俺はまだ見えないってのに、獣人だからか?
「そこ、どいて」
聞こえて来たのはプリムラの声。その声は俺に向けられたものではなく、立ちはだかっているであろう、ララに向けてのものだった。
プリムラも見えている? 何で俺だけ遅い?
何度瞼を開け直しても、視界には白い光の中にぼんやりとした影が見え、どこか不規則に揺れているような感じすらある。時間が経つに連れて影は少しずつ濃くなっているが、状況は明確に把握できない。
「魔法の威力は凄いけどぉ……」
「プリムラ、無茶するな!」
見えないからこそだろうか、ララの声音に背筋が寒くなる感覚がし、半ば反射的に叫んだ。けれど、プリムラは止まらなかった。止まれなかったのか、止まりたくなかったのか、目の見えない今では判断することはできない。分かったのは、大気から漂って来た熱波と、その直後に聞こえて来たプリムラの小さな呻き声。
「体捌きは全然ねぇ」
捕まった。ほぼ直感的に理解した。
くそっ、くそっ…………!
悔しがるばかりで一向に状況は好転しない。白い視界が目眩のように揺れているのが、光属性の【マジックショット】を受けた影響だと気付いたところでどうにもならない。
だから……
「やあぁぁぁっ!」
普段の明るさと優しさを、真剣さと覇気に変えたその声を聞いた時、俺は情けなく口を開けた。それしか出来なかった。
次回投稿予定は7月29日0時です。




