第二百十三話:狙い通りにはいかない
「なんで……なんで…………なんで、レイホがここに!?」
狼狽しながら指を差して来るシュウに、どう答えようか悩んでいると、奴の顔は勝手に青ざめて行った。
「いない……収納の中に…………っ! なにをした!?」
予期せぬ展開に、理解の及ばぬ状況に負けまいと、噛み付く勢いで声を荒げる。もしシュウが理解を後回しにして再収納を優先する冷徹さを持っていたなら、俺には成す術がないところだった。俺が逆の立場でも同様の状況になっていただろうが……理解よりも状況を優先させるべき時がある事を覚えていよう。
「知るか」
実際、ワタルが何をして収納された俺がここにいるのかは知らない。収納を回避したのは分かるが、だとしたら先ほどシュウが収納された俺を盾にして、ソラクロとプリムラに協力を強制する事象は起きない。シュウの中では、俺は確かに収納されていたんだ。
「……まぁいい。逃げられたのなら、また収納すればいいだけだ。ただし、今度は逃げられないように少し痛めつけて!」
狼狽えていた割に、意外と切り替えが早い。殴り合いなら望むところだが、【収納】ばかりはどうしようもない。ワタルから聞いた話じゃ、同時に一つまでだが、視界にあるものなら万物を収納できるそうだ。仮に俺たちが、やる気に満ちた連中を一方的に倒せる能力値を持っていたとしても、シュウに武器や存在を収納されてしまえば勝ち目は無い。ならばどうしたら対等に戦えるか……簡単なことだ。
「ソラクロ、プリムラ、迎え撃つぞ!」
「はい!」
「うん」
二人が号令に答えると同時に、森の方から曲射された矢が俺とワタルの間の地面に刺さり、鏃に結ばれていた小瓶が割れて灰色の煙が立ち込めた。
「あっ!」
一瞬で狙いを理解したシュウは広がり切る前に煙幕を収納するが、その間に第二射は放たれていた。鉄の鏃に小細工は無く、真っ直ぐにシュウの眉間を狙うが、それは割って入って来たララの大四角盾に弾かれる。しかし、それは元より予想出来ていたこと……望んでいたことと言っても良い。シュウにはまだ聞かないといけないことがあるから死なれたら困るし、ララのお陰で視界が塞がれた。
「プリムラ、ショットはあと何回撃てる?」
「あと……十と少し」
魔力の消費が増えている時で、しかも戦闘後でこれなのだから、流石の魔力量だ。属性は……特に絞る必要はないか。
「上から角度を付けてシュウを狙ってくれ。連射じゃなくていい。あいつの視線を揺さぶるのと足止めを頼む」
「分かった」
……さっきもそうだが、今日は頷くだけじゃないんだな。べつに気にする必要もないことだが。
「ソラクロ、シュウの背後を取れ!」
「はい!」
快い返事が聞こえて来るも、実際は思い通りにいかない。
「行かせると思いますか?」
エルミニアが横に薙いだ魔剣から、突風が生じてソラクロの足を止めさせた。しかし、そんなことは想定通りだ。俺とソラクロの距離は、この場に居る者の中で一番離れているのだから、他の者の耳にも当然入る。耳に入ったのなら誰かが阻止する為に動くだろうが、標的にされたシュウからすればソラクロの動きは多少なりとも気にする筈だ。言葉が通じる相手ならば、それを利用しない手は無い。
【収納】が、視界にあるものを何でも一つ収納する能力ならば、視界と意識を散らせる事で隙を作り出すしかない。煙幕も収納されることはさっき目の前で見せてくれたことだしな。
「エレメンタル・セイバー…………ショット」
「防ぐよぉ」
四本出現させた魔法剣のうち、火剣を上空に掲げてからシュウ目掛けて射出した。けれどそれは、シュウを護っていたララの盾……いや、スキルによって防がれる。ララの構えた盾と、その周囲に薄い黄色をした半透明の障壁が展開されており、火剣は障壁によって弾かれてしまう。対魔法攻撃用スキル【ミスティック・シールド】だ。
「……直接なら斬れるよ?」
小さな火の粉が舞う様子を見ながら、プリムラが不服そうに呟いた。
以前、ハデスの魔法障壁も斬ったこともあるし、恐らくは可能なのだろうが……。
「今はショットだけで頼む」
ララには魔法封じのスキルもあるようなので、プリムラを不用意に近付けさせたくはない。それに、【ショット】による攻撃はあくまで陽動と足止め目的だ。
俺は森を背にするように駆け出し、ララを迂回してシュウを狙いに行く。
「シュウくん!」
「大丈夫! ララは魔法に集中して!」
水飛沫が降り注ぐ中、シュウはララを信用して視線を俺に向けて来た。視線が交わった時、収納されるのではないかと心臓が高鳴ったが、すぐ横を通り過ぎて行った小さな風切り音に不安は取り除かれた。
森を背にして駆けたのは、山側ではソラクロとエルミニアが戦っているからではない。森の中に潜んでいるワタルの援護を受ける為だ。俺を収納しようとしても、同時に矢が飛んで来るなら、どちらを先に処理すべきかは考えるまでもない。
「邪魔!」
想定通り矢を収納したシュウの眼前に槍の石突を繰り出す。直前の物を収納し切るまで、もしくは発生させるまで幾らか時間を要するのか、【収納】を連発しては来なかった。シュウは身を捻って石突を躱すと同時に、虚空から木刀を突き出して来た。
「いっ……てぇ!」
直撃した額からは血が流れ出るが、意識があるなら動きを止める訳にはいかない。突き出した槍を返し、柄でシュウを殴り付ける。しかし、今度は槍を収納されてしまう。
得物を無くして体勢を崩す俺の胴体に、シュウの膝蹴りが見舞われる。
「がっ……!」
革鎧を着ているとはいえ、打撃による衝撃は伝わる。
運び屋なんて呼ばれ、戦闘中も後方支援に徹していたから、接近戦は得意ではないと侮っていた。シュウの蹴りは十分、実戦で効果を発揮する威力だった。今更だが、さっき石突を避けた動きも最小限の歩幅で行われていた。
実力を計り違えた。と驚くことも、ましてや言葉にする気もない。俺がソラクロに意識を向けさせようとしたり、プリムラに足止めをさせたりしたのと同様に、シュウにだって考えはあるのだから。
俺がよろけて咳き込む隙をワタルの矢が援護してくれたので、苦し紛れに落ちていた木刀を拾って深く息を吐いた。
「……収納しないのか?」
聞きながら、シュウの向こう側の戦闘に焦点を当てる。ソラクロとエルミニアは互角に戦っているように見えた。魔剣の刃渡りが非常に見えにくく、自在に風を起こすこともあってソラクロは攻めあぐねているように感じるが、逆にエルミニアもすばしっこく動き回るソラクロを捉えきれずにいた。時間を掛ければ、魔剣を見切ったソラクロが押し切れるだろうけど、それまで俺がこの場に残っている保証はない。それに、エルミニアがソラクロを倒すことよりもシュウを護ることに重点を置いていた場合、勝敗は分からない。
「言ったろ? 今度はある程度痛めつけてから収納するって。おれに叶わないと、君や彼女らが知れば、これ以上の反抗は起きないからね」
「しかし」とシュウは言葉を繋げ、呆れたように……いや、本当に呆れて溜め息を吐いた。脇ではララが魔法剣を防いでいるというのに、呑気な奴だ。
「能力も無ければ、戦闘力も低い。よくそれで先のオーバーフローを生き残れたね。……彼女たちに護ってもらったんだろうけど」
護ってもらってんのは今のお前だろうが。なんて安直な反論はしない。したところで意味はないからだ。
「君といては彼女らが不憫だ。二人をおれに任せて、レイホは大人しくすると約束してくれるなら、これ以上の戦闘はしなくて済むよ」
「お前が、二人を任せられるような人間だったら良かったのにな」
べつに俺だって「ソラクロとプリムラは俺のだ!」なんて言う気はない。どっちかって言うと手放したい。けど、手放すなら信用できる奴に任せたくて、それはシュウではない。……俺の我が儘で二人を縛っているような……いや、二人だってシュウと一緒に行くことは拒んだんだ。大丈夫。
「そうかい。なら、力の差を……」
「シュウくん、危ない! 右!」
悲鳴にも似たララの言葉にシュウは即座に反応して見せ、上空を旋回して来た風剣を収納した。
「ありがとう。助かったよ」
「シュウくん……」
奇襲を受けたにも関わらず、シュウに動じた様子は無い。それどころか、魔法剣を完全に防ぎ切れず、浅く傷付いたララの頬を優しく撫でた。
「二人とも、油断しないでください! 弓兵が狙ってます!」
怒号にも似たエルミニアの声が割って入ったことで、シュウはララの頬から手を放し、ララは盾を構え直した。そこでシュウは自身の右肩に異変を感じる。
「えっ……これ……矢?」
防具を纏っていない右肩には矢が深々と突き刺さり、衣服を赤黒く染め上げていた。
「うわぁぁぁぁぁぁっ! 矢……矢がっ!」
激痛が走っているであろう右肩を押さえて叫ぶシュウと、何が起きたのか理解できず、体の動きと思考を止めるエルミニアとララと俺。
俺はずっとシュウから目を離さないでいたが、矢が飛んで来た気配も感じていないし、矢が右肩を貫く光景も見ていない。突然、シュウの右肩から矢が生えたようにしか見えなかった。
目の前の光景の処理に時間を取られているエルミニアとララに、ソラクロとプリムラが容赦無く襲い掛かる。プリムラにいたっては勝手に接近戦を仕掛け、ララの【ミスティック・シールド】を斬り破っていた。
何が起きたのか分からないが、ワタルが何かを仕掛け、俺たちに好機を与えてくれたのは分かる。シュウが自身に刺さっている矢を収納している間に接近し、振り上げた木刀を力の限り振り下ろす。
俺の全身を……いや、辺り一帯が眩い光に包まれたのは、木刀から殴打の感触が伝わる一瞬前だった。
次回投稿予定は7月27日0時です。




