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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第四章【再開の異世界生活】
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第二百十一話:異世界人の目的

 加速して飛び掛かったソラクロの爪がリッチを捉えたかと思われたが、紙一重で躱され、長杖ロッドで体を流されてしまっては追撃することは叶わない。だが、戦場にはもう一人いる。

 ソラクロよりもずっと遅く、鈍い動きでリッチに槍を突き出す。追撃とも、連撃とも違う第二の攻撃。

 リッチは亡者の魔法使いにしては俊敏で、胸目掛けて突き出された槍を横に跳んで回避する。僅かな時間ながら、宙に浮いた隙を狙ってソラクロが仕掛けたが、既に読んでいたのだろう。両手で握った長杖を振り下ろして迎撃する。だが、先を見ていたのはリッチだけではない。


「やあぁっ!」


 脳天目掛けて振り下ろされたロッドを掴んで防ぎ、跳び込んだ勢いそのままに膝をリッチの胴体に叩き込んで吹き飛ばした。

 骨の体となっては呻き声の一つ上げることすら叶わないが、もし肉体あるものだったら、胴を押さえ、地面を転がって悶絶していただろう。けれど、痛覚が無いことは戦場においては有利に働くことが多い。

 膝蹴りは直撃し、着地と同時に大きく踏鞴を踏んだがリッチは未だ健在で、長杖もその手にある。そして、眼窩の奥に怪しい光が灯った。


 魔法が来る。そんな当たり前のことを口にし、妨害の為に槍を振るおうとしたが、それらはどちらも不要なものとなった。槍の突きよりも、魔法の発動よりも、誰よりも速く駆ける存在があったからだ。

 【エクサラレーション】でリッチの懐に潜り込んでいたソラクロは、詠唱中断の隙も与えず、体を飛び上がらせながら硬く握り込んだ拳を振り上げ、リッチの顎をかち割った。

 放物線を描いたリッチの体は岩壁に叩き付けられ、力無く横たわって長杖を手放した。


「やりました!」


 会心の一撃だったのだろう。ソラクロは両手を握り直し、鼻から強く息を吐いた。


「……よくやった」


 偉そうな労いだが、言葉を選ぶよりも先にやることがある。

 振り返って、嬉しそうに表情を緩めたソラクロを横切り、倒れているリッチを無視して横穴の出口を目指す。

 プリムラは無事か? リッチの相手はソラクロ一人で十分だった。分かりきったことなのに……状況に流された。判断が遅かった。

 後悔しつつ横穴から出た俺を待ち受けていたのは、視界も思考も体も真っ黒に塗り潰す闇だった。


「レイホさん?」


 後を追って横穴から出たソラクロは、直前まで見えていた背中が消えたことで足を止め、犬耳を頻りに動かして周囲を見渡す。

 ララが引き付けた亡霊を、エルミニアとプリムラの魔法が撃ち落とし、魔石だけを残して消滅する。目の合ったシュウが手を挙げて戦闘の終わりを知らせてくれる。

 ソラクロが求めている姿はどこにも無かった。


「レイホさん!?」


 名前を呼び掛けても返事は無い。応じたのは、プリムラの「どうか、した?」という言葉だけだった。


「居なく……居なくなっちゃいました! 一緒に出て来た筈なのに……直ぐ前を走っていた筈なのに!」


 悲痛な訴えを受けてプリムラは目を大きくし、ソラクロと同じく周囲を見渡して彼の者の姿を探した。今直ぐにでも駆け出して探しに行きたいが、手掛かりの無い状況ではどこに駈け出せば良いのか見当も付かない。


「二人とも、落ち着いて」


 その言葉だけで二人の平静を取り戻すことができる者がいるとしたら、それはこの場から消失した彼の者に他ならない。だからシュウは言葉を続ける。


「レイホの居場所も、安全も分かっている」


「どこですか!?」


 飛び付く勢いの言葉に、シュウは答えない。


「……二人は、レイホのことをどこまで知っている?」


「こっちの、質問に……」


 眉根を寄せてシュウに迫ろうとするプリムラであったが、背後から体をがっしりと掴まれて身動きが取れなくなる。


「怒っちゃだ~め。シュウくんの話しを聞いてぇ」


「くっ……」


 背こそプリムラよりも低いが、守備者ディフェンダーとして戦い抜いて来たララの膂力は見た目では計れない。だが、たとえ体の自由を奪われようとも、プリムラには魔法がある。魔力を練り、【エレメンタル・ソード】を出現させようとする。


「魔法が……?」


 いくら集中しても魔力は纏まらない。魔力切れではないのはプリムラ自身が一番良く理解している。


「見た目の割にやんちゃなのねぇ。でも、うちがあなたを掴んでいる間は魔法は使えないのぉ」


 スキルによる妨害であることを察知したプリムラは身動ぎして拘束を逃れようとするが、それが叶わないことは先刻試行済みだ。


「……質問に答えたら、レイホさんの居場所を……いえ、レイホさんを返してくれますか?」


 シュウへ静かに歩み寄るソラクロだったが、一定距離まで近付いたところでエルミニアが立ち塞がる様にして立った。それに応じてソラクロも足を止める。


「約束は……ごめん、できないかな」


 直後、ソラクロから戦意が溢れ出し、エルミニアは咄嗟に魔剣の柄に手を掛けた。


「エル、大丈夫。下がって」


「しかし……」


「おれなら大丈夫だって。逆に、エルが前に立っていた方が危険だよ」


「……わかりました」


 魔剣に手を掛け、ソラクロの一挙一動を見逃すまいと睨み付けながら、エルミニアはシュウの横まで後退した。


「二人とも、そう機嫌を悪くしないで。おれはレイホが居ない状況で二人と話したかっただけだからさ」


 それならばこんな場所と状況を選ばず、街中で話し掛けてくればよかったのに。とソラクロは思ったが、シュウの話が進まないことにはレイホの奪還に近付かないと察して黙っていた。


「もう一度聞くよ。二人はレイホについてどこまで知っている? 人柄って意味じゃなく……存在そのものについて」


 思考に憤りが混じっている所為か、ソラクロもプリムラも質問の意図が汲み取れず、言葉を返すことが出来ない。


「転移者、能力を持たぬ者、目的を持たぬ者……神秘の側に立たず、人倫の側にも立たぬ、中立ならざる者」


 ソラクロとプリムラが理解出来たのは初めの二つくらいだ。尤も、レイホ本人がこの話を聞いたとしても、後半は理解の及ばぬ言葉であるが。


「……何のことです?」


 だから、ソラクロが問うのは自然であったし、シュウも予想できていた。


「おれたち異世界人は皆、特別な力と共に役目を与えられてこの世界に来ている。この世界の行く末を定める為に。その中に一人、イレギュラーな存在が混じったとしたらどうなると思う?」


 異世界人によって世界の行く末が決められるなど、プリムラは勿論、ソラクロとて知り得ぬことだった。知らぬ情報を与えられた直後、その先がどうなるか問われても、二人は思考も言葉もまとめられない。黙る二人の様子を見て、シュウは安心したように表情を綻ばせた。


「正解だ。不測の事態を予想するなんてできない。けど、引き起こす要因が分かっているなら、事前に防ぐことはできる」


「だからレイホさんを……!」


 顔を、肩を怒らせるソラクロへ、シュウは制するように手を差し出した。


「こんな正直にやる必要はなかった。街中で、魔窟で、草原で、人知れずレイホを収納・・・・・・して、君たち二人に協力するふりをして取り入ることもできた。時間を掛けてもっと別の方法を取ることもできた。けど、駄目だ。この間のオーバーフローに関わっていると知った以上、悠長なことは言っていられなくなった」


「あれは関係ありません! レイホさんだって巻き込まれたんです! レイホさんは魔法学校と魔界の戦争を止めようと……プリムラさんを助けようとしていただけです!」


 ソラクロの弁護を、シュウは無言で首を横に振って否定し、突き出していた手の平を上向きに返した。


「こうして正直に話しているのは、おれなりの誠意と思って欲しい。おれが目的を果たし、人倫が勝利し……白紙化を防げたなら、レイホは自由だ。彼の為にも、おれに協力してほしい」


 協力を要請している口ぶりであるが、シュウがレイホの命を握っているのであれば、これは対等な立場からの頼みではなく、脅迫だ。

 ソラクロは歯噛みし、どうにかレイホを見つけて救出する手が無いか思考を巡らせるが、シュウの能力に対しての情報が少なすぎた。


「……吐き気がする」


 沈黙を破ったのは、小さく、澄んだ、けれど確かな熱と意志を持つ声だった。


「大切な人を盾にする人が、他人に協力を頼む権利なんてない。自分の目的すら話さない人の言葉を、信じる義理はない」


 プリムラが普段と違って言葉多く、流暢に話すことに気付いたのはソラクロのみであったが、どうしてこの状況で仲間の言葉を邪魔しようと思えるだろうか。ソラクロは心の中でプリムラの言葉に同意し、じっとシュウの返答を待った。


「おれの目的……それは、ハーレムを作ること! 各種族から最低一人以上の相手を見つける。嘘だと思うかもしれないけど本当だし、おれが目的を達成させれば、どんな形であれ人倫側が有利になるのは約束されている」


 想像とかけ離れた目的に、ソラクロは茫然とし、プリムラは嫌悪感から身を震わせた。


「本当はプリムラの方から来てほしかったし、そうなればレイホは見逃してもいいと思ったんだけど、中々難しそうだし、まだるっこしいのは男らしくないと思ったから、こうして正面切ったってわけさ。好感度が最低から始まる娘も一人くらい居ても良いしね」


「気持ち悪い……」


 プリムラの顔が病的に青ざめたが、シュウは全く気に留めず爽やかに笑って見せた。


「ハハハ……! 嫌われるのも、分かっていればそんなに傷付かないもんだね。まぁ、安心してよ。おれの収納ストレージは周りが思っているほど不便じゃない。間違ってもレイホと居た時のような不便はさせないよ」


 爽やかな笑みを浮かべたまま、シュウは身動きのとれないプリムラの方へ歩み寄る。


「……来ないで!」


 全身に力を入れ、ララの拘束から逃れようとするが、相変わらずびくともしない。


「怖がらないでぇ、シュウくんは優しいからぁ」


「その辺の無頼漢じゃあるまいし、変なことはしないよ。ただ、協力してくれるかどうか返事が聞きたいだけだ」


 十分に近付いたシュウは足を止め、握手を求めるように手を伸ばす。


「プリムラさん!」


 シュウが何をしようと、プリムラに触れさせるわけにはいかない。ソラクロは反射的に飛び出すが、警戒を解いていなかったエルミニアは即座に反応し、抜き放った魔剣から生じた風で進行を妨害した。


「嫌い、下種、クズ、どんな罵声も受け入れよう。君くらい綺麗な女の子に言われるなら寧ろご褒美だ」


「シュウくん、流石に気持ち悪いよぉ。それに、この娘ばっか贔屓したら、うち妬いちゃうぞぉ」


「そう言わないで。おれだってこの世界の、人々のために必死なんだから」


 プリムラを挟んで談笑の雰囲気を作り出す二人の間に、凛とした声が飛び込む。


「シュウ、ララ、挟まれています!」


 エルミニアの言葉に反応したシュウは、ララの背後から放たれた矢を収納する。ララも、シュウの背後から迫っていた敵に対応すべく、プリムラを抱きかかえたまま背中に着けた盾で防御しようと動く……が。


「え……」


 ここに居る筈のない者の顔が見え、反応が遅れてしまう。いつもおっとりとしているが、ララとて銀等級まで昇りつめた実力者だ。大抵のことでは驚いて後れを取ることはないが、今回ばかりは一瞬思考が真っ白になる程だった。なぜなら、その敵は今、ララが最も信頼している人の能力によって収納されている筈だったからだ。


「……っ! シュウくん、ごめん!」


 反応は遅れたが手遅れではない。プリムラを放し、シュウを横に押し退け、重ねた両の手甲で槍の一撃を防ぐ。

 軽い。ララがそう思い、拳による反撃を試みた時、既に敵は次の動きに入っていた。重装備のララの横を転がる様に抜け、地面に倒れていたプリムラの手を掴んで引き起こしながら距離を取った。


 そういや、エルミニアは気配察知持ってたんだったな。どうせ気付かれるなら、活きの良い口上の一つ言ってやれば良かったか……いや、今必要なのはそんな言葉じゃないし…………なにより、柄じゃない。


「悪い、迷惑かけた」


 仕方なかったとはいえ、強引に引き起こしたことも謝らないとな。結構痛かっただろう。

 早々に手を放しているが、プリムラは俺から離れようとせず、口を動かして声にならない言葉を繰り返していた。


「なんで……なんで…………なんで、レイホがここに!?」


 プリムラの代わりに言葉にしたのは、聞きたくもない、けど後でたっぷりと話を聞きたいシュウだった。


次回投稿予定は7月23日0時です。

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