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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第四章【再開の異世界生活】
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第二百九話:見えない犯人像

 心身共に極限状態から解放された状態で床に入ったのだが、目が覚めたのは朝日が地平線の向こうから顔を出した頃だった。

 疲れすぎて眠りが浅くなった……わけじゃないよな。

 体に感じるのは疲労感というより倦怠感に近い。それも寝すぎた時に感じるような。

 …………今日、何日だ?

 寝台から下り、固まった体をほぐしながら思案する。

 寝ないで何十時間も行動していたのに、普段と同等以下の睡眠時間で足りるとは考えづらい。それよりも丸一日以上寝ていたと考える方が納得できる。


 これから数時間後、俺の推測が正しかったと証明される。

 朝日が紫黒の闇を払い、青い空が世界に満ちた頃、ソラクロとプリムラの二人と合流した俺は冒険者ギルドで朝食を食べていた。朝食の場を宿屋ではなく冒険者ギルドにした理由は、単純に報告書を見ながらプリムラと話しをしたかったからだ。

 今日は暗影の月、二十日。

 プリムラが帰って来たのが十八日の晩だから、やっぱり丸一日以上寝てしまっていた。昨日の昼過ぎくらいに、様子を見に来てくれた二人と少し会話したようだが、全く記憶が無い。


「俺たちと逸れてから、救出される直前までの記憶は無いのか……」


 朝食を済ませ、プリムラから事情を聴いた俺は独り言を呟きながら報告書に視線を落とした。

 発見されてからの状況は報告書に記載されていたが、それ以前の情報については当事者しか知り得ない。けれどプリムラも気を失っていたらしく、誰に、どのように攫われたのかは謎のままだ。北の森で攫われ、見つかったのが西の山岳地帯というのも妙な話だ。相手のアジトが山岳地帯にあったのなら理解できなくもないが、プリムラが捕らえられていた場所は横穴に鉄格子が付けられただけで、見張りも他の施設に繋がるような道も見当たらなかったらしい。

 無事に帰って来たからと、何も対策をしないでいられるほど楽観視できる状況じゃない。相手は気配も無しに人を攫えるんだ。魔法にしろ、それ以外にしろ、厄介な奴であることは間違いない。


「報告書、見せて」


 手を伸ばして来たプリムラの手に報告書を渡し、俺は今持っている情報を頭の中で羅列させた。

 犯人は外壁に穴を開けることができ、コボルトの侵入を手引きした。北の魔窟から出て来るところを狙ってプリムラを攫い、他の冒険者たちに紛れて場を離れ、西の山岳地帯まで連れて行った。プリムラが失踪した時間帯に、魔窟から帰っていた冒険者にも一通り声を掛けてみたが、誰も何の情報ももっていなかった。運び屋のパーティは、石材の採取依頼の帰りにプリムラを発見した。プリムラの体に異常が無いことは、昨日、医者に診てもらっている。


 ………………分からん。犯人が誰なのか、何をしたいのか、全く分からん。ただ、捕らえられていた場所のことを考えると、魔法学校や研究所は関係なさそうな気はする。捕らえておくなら、自分の目の届く場所にする筈だし。勿論、個人が暴走した可能性は考えられるが……だとしても何故、山岳地帯に? 報告書やプリムラの話だと、そこまで高い場所でもなく、周囲の見晴らしも比較的良い場所だったらしい。

 プリムラが捕らえられていた場所には今日これから向かうつもりだが、手掛かりを掴める期待はしていない。


「書いて、ないこと、ある」


「なに?」


 読み終え、返された報告書を受け取りながら尋ねる。

 報告書に書いていないってことは、運び屋の連中が伏せたってことだ。


「三人の他に、もう一人、いた……と思う」


 尻すぼみになった言葉に「どんな人?」と訊いて続きを促したが、返って来たのは、首が横に振られる動きだった。


「暗かったから……。それに、倒れてた。……多分、男の人」


 倒れていた男。単純に考えるなら、そいつが見張りっぽいが、報告書にそういった記載は見当たらない。こっちから運び屋に聞きに行くより、報告不備ってことでギルドに言っておいた方がいいか。難癖付けられたら面倒だ。


「よし、受付に寄ってから出発するか」


「はい!」

 コクリ。


 席を立ち、受付に立っていた新米受付嬢へ報告書を返すと同時に、倒れていた男について記述が無い事を伝える。報告不備については他の、もう少し経験を積んだ受付嬢に伝えたい気もあったが、新米受付嬢がこの件の担当者だというので仕方がない。何かあったとしても、経験だと思って成長してくれることを願う。


「……それと、聞けるのか分からないけど、運び屋のパーティについて教えてほしい。人数と役割だけでも」


 実は倒れていた男が運び屋のパーティメンバーだった、なんてことは無いと思うが、聞ける情報は聞いておきたい。


「運び屋っていうと……星の運び手フォースフェローのことですよね。少々お待ちください」


 星の運び手フォースフェロー……報告書に書いてある文字と一致していることを確認し、新米受付嬢の回答を待つ。

 少し長くなるかもしれないな。と思って何の気なしにギルド内を見渡すと、丁度、今話題の連中がこちらに向かって歩いて来ていた。


「やあ、これから冒険?」


「……ああ」


 何の用かと思っていると、シュウは「丁度良かった」と言って、掲示板から剥がして来たであろう依頼書を見せて来た。


「手を貸して欲しいんだ。山岳地帯に、リッチを含めた不死系の魔物の群れが現れて、採取の邪魔になっているから、その討伐」


 依頼書の内容を確認すると、概ね今聞いた通りの内容で、特に不審な点は見当たらない。あくまでも、依頼書の方には。


「……どうして俺たちに協力を? リッチといえば討伐推奨銅星五だろ。俺たちは適正じゃない」


 ソラクロの能力値と、プリムラの魔法なら十二分に相手できるだろうが、だからといって安請け合いする気は無い。例え、これから行く予定の場所が同じ地域だったとしてもだ。


「そうかな? 君たちの活躍を聞いて、問題ないと思ったんだけど」


 シュウの言葉に続いて、後ろにいたハーフエルフが口を開く。


「出現場所はその娘が捕らえられていた場所の近くです。ついで、というのは言葉が悪いですが、現場までの案内もできます」


 都合が良いのか悪いのか。ここで断って山岳地帯に向かっても、この連中と鉢合わせたち戦闘に巻き込まれたりする可能性は高いということか。


「レイホさん、協力してあげましょうよ。わたしたちは助けてもらいましたから!」


 両手で拳を作り、「頑張りますよ!」と意気込むソラクロを、向こうの獣人が「良い子だねぇ」と頭を撫でた。

 確かに、プリムラの件で借りがあるように感じるが……こっちは報酬を支払ったことで行為に報いたわけだから、そこまで立場を気にする必要はないと思う。

 顎に手を当てて考えながら、プリムラに視線を向けて意見を求める。


「…………」


 碧眼にじっと見つめられるだけで、賛成も反対もしてこない。


「……協力してもいいが、一つ質問に答えてくれ」


「なに?」


「プリムラが救出された時、倒れている男を見たと言っているんだが、そいつのことが報告書に無いのはどうしてだ?」


「あー……ヨハンネスのこと。あの人、酔っ払って倒れてただけっぽいから、報告書の方には書かなくていいよって、言った気がするけど?」


 尋ねた先は俺ではなく、窓口を挟んだ先に居た新米受付嬢だ。水を向けられた彼女は、背筋を正して返事をした。


「そ、その通りです! ちなみに、ヨハンネスさんは打ち所が悪かったのか、まだ意識不明で入院していますので、正確なことは確認できてましぇん!」


 久しぶりに噛んだな……。さっき俺が聞いた時、この答えが返って来なかったってことは、忘れてたのか? だから今、慌てたと……。顔を真っ赤にしながら申し訳なさそうに視線を落としている姿を、いつまでも睨む趣味は無い。それよりもだ。


「酔っ払った状態で山岳地帯に? 不自然だろ」


「さぁ? それは本人に聞いてみないと。ただ、彼、こないだのオーバーフローで奥さんを亡くして、それからずっと酒浸りみたいだから……そういうこともあるんじゃない?」


 そういうこと……妻の後を、ってやつか。考えられない話ではないが、何にせよ、真相は本人の口からしか分からない。そして、その本人は意識が戻らない。それならここで想像を膨らませていても無意味だ。結論付けた俺は、シュウの持っている依頼書を受け取った。


「……協力しよう」


「ありがとう、助かるよ」


 愛想よく笑って見せた後、シュウは「ああ、そうそう」と言葉を繋いだ。


「聞こえたから答えるけど、おれたちは四人パーティ。もう一人は……事情があって今は紹介できないけどね」


「ああ……そうか。悪い」


 聞こえてたのかよ……。隠れて調べようとしていたのを見つけられた感じで、居心地が悪いな。


「いや、気にしてないよ」


 そう言ってのけるシュウの表情は、相変わらず愛想が良かった。




 二つのパーティが協力関係を結んで冒険に出て行く様を、とある二人組は訝し気に睨み、誰にも不審がられぬように後を追った。


次回投稿予定は7月18日0時です。

7月19日0時になります。

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