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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第四章【再開の異世界生活】
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第二百八話:また明日から

 冒険者ギルドの自在扉を引き倒す勢いで開け、乱れた息もそのままに一帯を見渡す。ギルド内にはまだ多くの冒険者が残って依頼の報告をしているが、それ以外にも、隣接する酒場から溢れた者たちが席を借りて酒盛りの場としている。

 扉の開閉で大きな音を立てたが、酒の入った冒険者の喧騒にたちまち飲み込まれてしまったようで、大きく注目されることは無かった。


「今日は楽勝だったなぁ。魔物同士がやり合ってるとこに遭遇して、ボロボロになった所をちょちょいと突くだけで銀貨がたんまりだ!」

「魔物は魔石に興味ねぇからな。俺ら冒険者からすれば、好きなだけやり合ってて欲しいもんだ」


「そういや、今日は珍しく飲んだくれのヨハンネスがいねぇな」

「昼間に飲み過ぎて、家のトイレに籠ってんじゃねぇのか?」


「明日にはようやく銅等級かぁ。いよいよ冒険者としておれの伝説が始まるわけだな!」

「ちょっと、今から浮かれてどうすんのよ。普通、贅沢するのは明日の昇級試験が終わってからでしょ」

「前祝いだよ、前祝い! 祝い時に金を惜しむと碌な冒険者にならないって、じいちゃんが言ってた」


 年齢も等級も話題も違う冒険者の波をすり抜け、受付の近くまで辿り着くと、探し求めていた後ろ姿を捉えた。

 首筋を隠す程度に伸ばされた色素の薄い金髪。紫黒色の闇のローブを羽織っているので体つきが曖昧だが、立ち方というか、纏っている雰囲気で彼女がプリムラであることは確信した。


「プリムラ!」


 周囲の賑わいから比べれば、そこまで大きな声ではなかった。卓向かいの相手には届くが、それより先の相手には聞こえるか分からない程度の声量。けれど、それで十分だった。

 声を掛けた相手はローブの裾をたなびかせながら身を反転させ、大きく開いた碧眼を向けて来た。それから小さな歩幅で三歩、ととと、と近付いて来た。


「…………」


 プリムラは何か言いたげに口を開くが、言葉が出せずに小首を傾げる。なので、プリムラからの言葉を待っていた俺は無事だったことの確認や、謝罪の言葉を言えずにいた。短い沈黙が流れたと思うと、俺とプリムラの間に犬耳が生える。


「おかえりなさいです!」


「……ただいま?」


 言葉一つ一つを確かめるように口にしたプリムラを見て、俺は全身から力どころか魂までも抜けて行く気がした。

 はっ! 危ない。危うく安堵死するところだった。

 意識を取り戻すと、挨拶を交わした二人の視線は俺に集中していた。

 ……何て声を掛けるべきだろうか? プリムラは何て言葉を待ってる? 無事そうだは……違うな。無事そうに見えるだけで、本当は辛い思いをしたかもしれないし。謝罪したいと思うのは、俺自身が気持ちを楽にしたいだけだ。当然、謝罪は必要になるが、初めに掛ける言葉じゃない。


「失礼、あなたが依頼人ですか?」


 言葉選びに難航していると、凛とした声を掛けられる。無視する訳にもいかないので視線を声の主へ向けると、ハーフエルフの女剣士と、獣人の女性が並んで立っていた。

 この二人……確か、運び屋の仲間だったよな。


「……捜索依頼の件でしたら、そうです」


 あ、つい敬語を使ってしまった。……冒険者じゃなくて、依頼人として話すならべつにいいよな。


「報告はギルドの方に済ませてあります。報酬の方も確かに受け取りました。何もなければアタシたちの方は依頼完遂したと見なしますが、どうしますか?」


 目的の人を連れて来て、報告がギルドに認められて、報酬も出て、それで完遂じゃなかったらなんなんだ? 後出しで依頼人から文句を言われない為の念押しか? 几帳面っぽいし。


「ええ、こちらとしては何も……。プリムラを見つけてくださり、ありがとうございました」


 深く、けれど長すぎない程度に頭を下げる。プリムラを見つけた時の状況を詳しく聞きたいが、それは報告書やプリムラ本人に確認すべきだろう。


「そうですか。ならばアタシたちも言う事はありません」


「じゃあね~。仲間は大切にねぇ」


 それぞれ言葉を残し、二人は冒険者ギルドを去って行った。

 ……シュウの姿が見えないのは少し気になるけど、呼び止めて事情を聞く程の事でもないよな。


「あ、あの! 報告書、ご覧になられますか?」


 受付の向こうから飛んで来た、少し硬い声音には心当たりがある。

 見ると、予想通りぎこちなさの残る笑みを浮かべた新米受付嬢が、報告のまとめられた羊皮紙を上げてこちらに見せてきていた。

 三日三晩探して何の手掛かりも得られなかったのだ。報告書を確認しない理由は無い。受付嬢のもとへ向かおうと足を踏み出して、服の裾を掴まれていたことに気付く。

 そういえば、まだこっちの対応が残っていたか……。

 振り返ると、裾を掴んだままのプリムラが、じっとこちらを見上げていた。


「……良かった、帰って来てくれて……ありがとう」


 ありがとう? 勢いに任せて口から出たけど、適切じゃない気がする。

 不満を抱く俺とは裏腹に、プリムラは満足したのか、「うん」と頷いて手を離してくれた。


「……ごめん」


 我慢できなくて口から漏れた言葉は、運悪くプリムラの耳まで届いていて、首を横に振らせてしまった。

 何やってんだ……。プリムラに気を遣わせてどうすんだ。こっちが遣うべきだってのに……疲れか安堵か、両方で精神が弱ってる?


「あ、の~……」


「あぁ、すみません。報告書って、写しは貰えるんですか?」


「それは……すみません。今はマナ濃度の影響で写しの提供はしていないんです」


 希望があった時に、都度手作業で写していたら仕事が回らないだろうからな。仕方ない。


「俺は報告書を見てから帰るから、二人は先にご飯でも食べて宿屋に帰っててくれ」


「駄目です」


 ……まさかソラクロから、こんなきっぱり否定されるとは思ってなかった。


「レイホさんが一番疲れている筈なんですから、レイホさんとプリムラさんが先に休むべきです。報告書はわたしが確認しておきますから」


 ソラクロだって、昨日の昼間に寝て以来、ずっと起きていると思うんだが……。珍しいしかめっ面に反論する勇気は出なかった。


「……分かった。けど、報告書は自分でも見ておきたい。今日のところは皆で帰るぞ」


「は……あれ、わたしも帰るんです?」


「ソラクロだってずっと動いていただろ。今日のところは休んで、明日からまた三人で頑張ろう」


 柄にも無いことを言ってしまったが、これでソラクロを納得させられるなら安いものだ。プリムラは帰って来たが、街中でも出来るだけ一人にしたくないから、ソラクロを単独行動させるのは避けたい。俺が付き添うって案は無しだ。


「んー……そうですね。三人で頑張りましょう!」


 ソラクロの同意も得られたので、新米受付嬢には明日また確認しに来る事を告げてギルドを出る事にした。隣接した酒場や食事処に寄ってもいいが、混んでいるし、何より喧騒の中で飯を食べられるほど、今の俺の胃は健康ではない。


「やあ、無事に帰って来れたようだね」


 ギルドの外で、そう声を掛けて来たのは運び屋、シュウだった。偶然居合わせたというよりは、俺たちが出て来るのを待っていた様子だった。


「お陰様で、助かったよ。ありがとう」


 代表して礼を告げると、シュウは「いやいや、人として当然の行いだよ」と手を振った。


「……報酬は仲間の二人に渡してある」


「ああ、うん。知ってるよ」


 ……なんだ? 何か用がある感じでもないのか?


「それじゃあ、俺たちは帰るから。今回の件、本当に助かった」


 最後に挨拶を残した時も、シュウは時に何かを言うことは無く、無害そうな表情のままで俺たちを見送った。

 どこかすっきりとしない別れとなったが、向こうが俺たちに用が無いのなら、そこまで気にする必要はないのだろう。

 シュウの事を意識の外に片付け、プリムラの方に視線を向ける。


「……プリムラには聞きたいことがあるし、プリムラからも話したいことがあると思う。けど、今日のところは……一旦置いといて、ゆっくり休もう」


 プリムラは何か言いかけて……先にコクリと頷いた。


「そう、して。レイホ、酷い顔、してる」


「え……あぁ…………だろうな」


 そりゃあプリムラの顔と比べたら、俺なんかは何故生きていられるのか不思議な面をしているだろう。っていうくだらない考えは、俺の心の内で笑い飛ばそう。誰の所為でこんな疲れたと思っている、なんて怒る事はないが、流石に無理をした自覚はある。けれど、この話題を広げる気はない。広げたら俺が気遣われるのは目に見えている。


「……さて、夕飯は何にするか。プリムラの好きな物、選んでいいぞ」


 報酬や捜査のために道具を調達したことで、所持金にそこまでの余裕はないけれど、今夜贅沢するには十分だ。祝い時に金を惜しむと碌な冒険者にならないって、誰かのじいちゃんが言ってたしな。


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