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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第四章【再開の異世界生活】
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第二百五話:先回り

投稿遅れました。申し訳ありません。

 一晩を森の中で過ごしてみたが、プリムラとの合流は果たせず、手掛かりらしき物も全く見つけられなかった。

 紫黒の空が青色に変わってから、俺とソラクロは重い足取りで街に帰る事になった。


 昨晩、交代で森の中や魔窟の見回りをしていた時、ソラクロからの提案で仮眠を取るよう言われたが、魔物の棲まう森の中で休める訳がない。ただでさえプリムラが失踪したことで気が立ち、思考は回り続けているのだから尚更だ。けれど、俺が休まないとソラクロも休まないと言うし、ご自慢の尻尾を駆使して寝付けさせようとしてくるものだから、目を閉じて寝たふりをした。今となっては、少しでも寝る努力をするべきだったと後悔している。


 いつもより倍とは言わないが、随分と時間を掛けて街まで戻って来ると、ちょうど出発して行く冒険者たちとすれ違う。

 疲れ果てたあり様で流れに逆らって歩く俺を、冒険者たちは一瞥するが、それ以上はして来ない。冒険が上手くいかず、命からがら帰って来た冒険者など、そんなに珍しいものでもない。精々、「自分たちはああ・・ならないようにしよう」と気をつけるくらいだ。

 朝日に照らされた門を抜けようとして……立ち止まる。


「ん? どうした?」


 壮年の門番に話しかけられ、頭の中に残っている言葉を出そうとするが、喉が開かずに唇だけが動く。


「…………んんっ! ……失礼。外壁に開いていた穴について、聞きたいんですが」


 無理矢理に開けた喉からは掠れ気味の声しか出ない。兵士は訝しみながらも、俺の首元を確認すると東の方を指差した。


「北東に開いてたってやつか?」


「そうです。どんな風に開いていました?」


 昨晩、ソラクロから聞いたのは、開いていた方角と、コボルトが通れるくらいの大きさということだけだ。穴の特徴を聞いてプリムラを追う手掛かりを掴めるとは思っていないが、コボルト襲撃とプリムラ失踪の件が無関係とも思えなかった。


「どうって……俺やあんたの背丈なら、跳べば手が届くくらいの高さで、中腰になれば通れるくらいの大きさだな。そんで形は丸だな。真ん丸。魔法かなんかで取り除いたみたいに、綺麗なもんだったよ」


「いつから開いていたか…………」


 口と喉がいうことを聞いてくれなくなってきたが、兵士は特に気にせず話を返してくれた。


「わかんねぇよ。ただ、少なくとも先週や先月からってことは考えにくい。見逃すような大きさと場所じゃないからな」


「原因とかは……」


「調査中だよ。魔物や、悪人が潜んでる可能性があるから、住民には外出を控えてもらってな。ったく、折角復興が進んで来たってのに、迷惑な話だ」


 迷惑な話、全く以ってその通りだ。これで首都外への移動が制限されたら、竜車に乗ってクロッスに帰る事が難しくなる。ただ、今はそんなことよりも大きな問題を抱えているわけだが。


「そうですか。ありがとうございます」


 そう言って立ち去ろうとすると、兵士は「あ~、ちょいちょい」と呼び止めて来た。

 何かと思って振り返ると、板金の籠手に包まれた手を縦にし、親指と人差し指で何かを挟む仕草を見せた。


「…………?」


 首を傾げてソラクロに助けを求めるが、返ってきたのは同じ動作だけだった。


「おい、嘘だろ。心づけを知らんのか?」


 ああ、なるほど。あるよな、そういうの。……クロッスじゃ要求された記憶ないけど、偶然か?


「すみません。馴染みがないもので」


「そいつぁ珍しい」


 幾ら渡せば良いのか分からんが、尋ねるのも変だし、向こうも「心づけに幾ら寄越せ」とは言いづらいだろうな。常識なんだし。

 懐を探って大銅貨を二枚取り出して渡してやると、兵士は感心したように頷いた。


「馴染みが無いわりに、相場は当たりだ」


 そうなのか。ちょっと良い飯を食えるくらいで、渡しやすい枚数、程度にしか考えていなかった。


「先に渡しておくと、話が円滑に進むからな。忘れんなよ」


「今後は気を付けます」


 大銅貨を鎧の隙間から懐に潜り込ませる兵士と別れ、冒険者ギルドへと向かう。心づけのやり取りで忘れかけていた、外壁の穴の特徴を思い出しながら。


 外出を控えてもらっているとは言っていたが、街はまだまだ復興の最中だ。大工に商人に手伝いの子供にと、人々の往来は平時と遜色ない様相だった。一般市民がそうなのだから、荒事に慣れた冒険者が屋内で大人しく、なんてする筈がない。

 時間帯的に朝一の依頼争奪戦は終息しているものの、依頼が尽きることは無い。朝一の波に乗り遅れた、もしくは初めから乗る気が無かった冒険者達で、ギルド内はごった返していた。


「は~……」


 人混みを前に溜め息を漏らしてしまうが、気にするものか。これから冒険に出掛ける者たちが、他人の不幸に関わろうとする筈がない。


「お疲れなら、わたしが動きますよ」


 俺と変わらないくらい体力を消耗させている筈なのに、ソラクロの表情に疲れは表れていない。

 疲れていない筈ないよな。プリムラが居なくなって、俺だけが頭を悩ませて、疲れてる訳じゃないんだ。


「大丈夫だ。人混み嫌いは元の世界からだ」


 そもそも人混み好きっているのか? ……いないだろ。

 犬耳の間に手を伸ばして頭に触れてから、受付へと向かう。混雑した人混みの中に、プリムラの姿を探しながら。


 普段の慣れで受付に並び、順番になってから並ぶ場所を間違えた事に気付く。今回は依頼を受ける側ではなく、頼む側だ。けれど、こちらに用が無いわけでもない。少しだけ挙動不審になりながら、昨日受けた依頼の報告と魔石の買い取りを頼む。それから、受付嬢に案内された窓口に並んだ。

 平服だらけの列に、剣を背負った男と……ソラクロは一目で分かるような武器を持ってないから、べつに違和感無いな。つまり俺だけが変な目で見られる……かと言うと、そうでもない。

 冒険者が別の冒険者に依頼をするのはおかしな事ではない。よくよく見れば、鎧を纏った兵士だって並んでいる。


 魔窟か、森か、街か、はたまた別の場所にいるプリムラを探すのに、俺とソラクロではとても手が足りない。それに、二人で見つけなければいけない決まりもない。なら、頼まない手はない。この世界には、報酬さえ用意すれば死地にすら嬉々として足を運ぶ者たちが、数え切れないほどいるのだから。


 詰まりがちの列が進むのを辛抱強く待つ。待つしかないから待つ。そうして漸く、受付嬢の慣れた笑顔に迎えられる。

 何十人と、笑顔を向けたまま話す。どんな修行を積んだらそんな偉業を毎日熟せるのか……興味は無いが、尊敬はする。


「お待たせしました。本日はどのようなご依頼でしょうか?」


「人探しをお願いします」


 そう告げると受付嬢は「人探しをですね」と復唱しつつ、用紙を取り出して羽ペンを走らせた。

それから探し人の特徴や関係、おおよその場所や時間、そして達成条件と期限と報酬について聴取された。


「はい。こちらで受領が可能ですが、他に何か追記することはございますか?」


 他に……もう、見つけてくれ、としか言葉が出て来ない。慌てて依頼に来た人が何度も同じことを言う気持ちが分かる。


「……いえ、よろしくお願いします」




 依頼を出した後、借りていた武具を武具屋に帰しに行った。プリムラの分の装備は紛失扱いになると思ったが、事情を聞いた店主は「嬢ちゃんが帰ってくるまでは、貸しといてやる」と言ってくれた。

 俺が礼を言おうとすると、店主はそれを遮るように持っていた工具で肩を叩きながら、ぶっきらぼうに口を開いた。


「それよりも、おめぇのそのひでぇ面をどうにかしろい。辛気臭くって客が逃げれぁ」


 そう言うと、話は終わりだと言わんばかりに場を離れ、武具の整備を再開した。

 なんとなく言葉を掛けるのを躊躇った俺は、せめてもの礼として頭を下げた。




 冒険者ギルドでの用事を済ませた後で向かったのは宿屋だ。武具屋の店主に言われた、ひどぇ面をどうにかするためと、ソラクロを休ませるためだ。


「じゃあ、ゆっくり休むんだぞ」


「はい。レイホさんもおやすみなさい」


 階段の二階の踊り場でソラクロと別れ、部屋に入るまでを見送ってから三階の自室へと向かう。ソラクロだけ休むように言っても聞かないので、俺も休む態で話したところ、驚くほど素直に聞き入れてくれた。……ソラクロが素直なのは、もう知ってることだけど。

 自室に戻って来るが、当然、このままベッドに倒れる気は無い。部屋の隅に用意された、水の張られた桶に布を浸け、顔全体を拭く。伝わって来た清涼感は、思考に掛かっていた霞のようなものや、目蓋に圧し掛かっていた重しを取り除いてくれる。


「……ふ~~…………」


 体温と吐息で温まった布を剥がす。鏡のない部屋では自分がどんな顔をしているか分からないが、きっと大丈夫。ひでぇ面とはおさらばできている。

 これの晴れた気分が、一時的な、それも短いもので、この後に動き回ったらまた疲労感に襲われることは承知している。疲れた心身では何をするにしても効率が落ちるのは承知している。俺が動いたところで大した成果は得られないことは承知している。


「……だから、大丈夫だ」


 布を桶の淵に掛け、脚を上げたり、腰を回して体をほぐす。

 自分で自分のダメさが認識できているなら大丈夫だ。何かあっても止まれる。無気力で無力で無能な俺が、仲間とも思っていない相手のために、無茶も無理もするわけがないからな。


 部屋の扉を静かに開け、鍵を掛け、足音を殺して階段を下りる。普段は気にしない木の軋みが、致命的な大音に聞こえる。音を立てる度に周囲を警戒する、明らかな不審者であったが、幸いにして一階に降りるまで誰にも見つかることはなかった。


「帰ってきたばかりなのに、またどっか行くのかい?」


「ええ、ちょっと行くところがありまして……」


 店番をしていた女将さんに曖昧な返事をしつつ、足早に出入口へと向かう。


「あんた元気だねぇ。街中も今は物騒だから、気を付けるんだよ」


 ……ら?

 背中で受けた言葉に疑問を受けつつ、扉を開ける。

 果たして、扉の先にいた人物は俺の姿を認めると、三本の尻尾を賑やかに振った。


「レイホさん、どこに行くんですか?」


 無邪気で無垢で無雑な笑みに、俺は片手で頭を抱えた。だから、つい質問に答えることも忘れ、「休んだんじゃなかったのか?」と問いを返した。


「休みましたよ。ベッドで横になって、一、二、三って」


 三秒で休んだと言うもんか。


「……俺は用事がある。出歩くのは勝手だけど、ほどほどにしておくんだぞ」


 どの口が言っているんだか。

 ソラクロは小首を傾げていたが、やがて犬耳と共に跳ね上がった。


「はい! レイホさんの邪魔はしません!」


「……じゃあな」


「あ、待ってください! どうして一人で行くんですか!」


 付いて来るのは分かっている。でなきゃ俺を待ち伏せしていた意味が無い。来るなと言っても聞かないだろうし、俺に休めと言ってくるのは容易に想像できる。

 どうやってもソラクロを宿屋に帰す言葉が見つからず、元より、休むふりをしてこっそり出かけるのを読まれていた時点で俺の負けだ。


「…………研究所だ」


 観念して行き先を告げると、ソラクロは横に並んで来て、「はいです!」と、うんざりするほど快い笑みを向けて来た。


次回投稿予定は7月8日0時です。

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