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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第四章【再開の異世界生活】
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第二百三話:失踪

 その日の討伐依頼も特に危なげなく達成することができた。魔窟に行って、対象の魔物を見つけて倒し、魔石を回収する。なんてことない一日。


「レイホさん、腕は大丈夫ですか?」


 発光した鉱石に照らされた洞窟を進み、魔窟の出口を目指していると、ソラクロが尋ねて来た。俺は回復薬によって既に傷が塞がっている右腕を持ち上げて、「ああ」と返した。

 受けた傷自体、掠り傷に近いものだったし、負傷した理由が武器を庇って攻撃を受け損なったという、間抜けな話だ。

 武器を借用することで様々な種類の武器、同種でも微妙に大きさや重心の違う武器を扱えるのは利点だ。しかし、破損させた時の賠償金を考えると、悪い意味で扱いが丁寧になってしまう。毎日のように武器を変えて扱い切れるのか、という懸念については、能力値の器用がそれなりの値なので、特殊武器や重量武器の類でなければそこまで問題にはならなかった。


 首を少し曲げて背後へと視線を向ける。大人しく付いて来るプリムラにではなく、自身が背負っている両刃両手剣ロングソードにだ。状況によっては片手でも扱える代物……というか、基本は片手で扱って盾と併用すべきなのだが、俺の筋力では難しかったので盾は装備していない。結果、完全な両手武器として扱うには短く、軽いという、両手武器にあるまじき欠点を抱えた運用をする破目になった。当然、武器屋の店主にも注意されたが、固定武器を買う前に色々と試したくなったので無理を言って借りた。……武器屋の言葉には素直に従おう。


「そういえば、来週には竜車の運行が始まるみたいですね。直ぐに帰るんですか?」


 今朝、街中で偶然耳にした情報だ。尤も、冒険者ギルドの依頼に竜車の護衛があったから、情報を取り漏らすことはなかっただろう。


「乗れるなら、な」


 再開直後に利用者が殺到するのは、どの業種、どの世界でも同じだろうしな。我先にと、他の利用者を押し退けるようなパワーは、俺にとって縁遠いものだ。護衛依頼を受ける手もあるが、七日以上も常に気を張ることや、乗客や御者を守らねばならないことを考えると気乗りしない。……正確に言うと自信がない。運賃を払わず竜車に乗れ、無事に到着すれば報酬を貰える利点はあるが、そこまで金には困っていないのでそこまでの魅力を感じない。


「それなら、リアさんたちに挨拶しないとですね」


「そうだな」


 同じ宿に泊まっているのだし、挨拶する機会は作りやすいだろう。


「……残ってもいいんだぞ」


 ちょっとした思い付きを口に出してみたが、ソラクロは俺の意図を一切理解できていないようで、丸い目をパチパチと瞬きしている。俺はそれを横目で一瞥だけして進行方向へ視線を伸ばし、魔窟の出入口となる黒い靄を捉えた。


「リアたちと一緒に冒険者を続ける選択肢」


「それは……レイホさんとプリムラさんも一緒に、五人でってことですか?」


「いや、ソラクロだけ」


「なら、無いです」


 きっぱりと答えるソラクロを、再び横目で見やる。心なしか不服そうだ。


「わたしはレイホさんに付いて行くと決めました。だから、わたしの居場所はレイホさんが居る場所です!」


 尻尾を振り回し、跳び付いて来そうな勢いで告げるので、それとなく距離を取って「そうか」とだけ答える。

 ソラクロがその考えに至るのは分からなくもない。地上のことをよく知らないが故に、知っている存在である俺を中心に考えているだけだ。世の中のことを知っていけば、その内に興味のある事柄が見つかるだろう。俺の役目はそこまでだから……それまでは好きに言わせておこう。

 俺の素っ気ない返答に対して不満を言うでもなく、寧ろ言いたい事を言えて満足げなソラクロと並んで歩いて魔窟を出る。鬱蒼とした森の中に斜陽の光は届かず、冷たい静寂が辺り一帯に広がっている。


「思ったより時間が掛かったな……」


 腰の雑嚢からランタンを取り出し、二人に向かって「早く帰ろう」と告げた時、異変に気付く。


「プリムラ?」


 直ぐ後ろを付いて来ていた筈の姿が見えず、ランタンに火を灯すことも忘れて周囲を見渡す。

 薄闇の中、影ある物は数多くあれど、目的の人型は見当たらない。


「プリムラさーん!」


 ソラクロの呼び掛ける声に応えるのは、俺の中の焦燥感のみだった。


「気配は? 周囲に、プリムラの!」


「人の気配は幾つかありますが、プリムラさんのじゃありません! ……魔窟を出るまで……いえ、出た瞬間まではあった筈なのに……」


 人の気配は、他の冒険者だろうな。なら、プリムラは魔窟の中に戻った? どうして……考える暇はない。


「俺は魔窟に戻る。ソラクロはここで待ってろ!」


「は、はい!」


 ランタンを手放し、肩から伸びた両刃両手剣の柄に右手を掛けながら、つい先ほど抜けて来た黒い靄へ跳び込み…………そこで強く舌を打った。

 魔窟の内装は一変しており、洞窟ではなく外と似たような鬱蒼とした森の中だった。

 不定期に変化するとは聞いているが、こんなに都合悪く変わるものなのか? ……けど、おかしい。魔窟の内部は変わっても、出入口は同じ場所に繋がっている筈だ。ソラクロは、魔窟を出た直前まではプリムラがいたことを確認しているのだから、俺たちと別の場所に出たとは考えられない。気配を消した魔物に、一瞬の内にやられた? 魔窟を抜けた瞬間だったから、ソラクロは気付けなかった?


「どうしたんだ、お前?」


 入口の横で悩んでいると、通りがかった冒険者パーティに声を掛けられた。若い男女が二人ずつ、良くも悪くもない、それぞれの役割に応じた装備を整えた四人パーティだ。


「……魔窟を出たら、パーティメンバーが一人、見当たらなくなった。金髪で、闇のローブを羽織った女だけど、見なかったか?」


 冒険者たちは各々顔を見合わせたが、全員の首は横に振られた。


「俺らは心当たり無いな。悪い」


 そう言って立ち去ろうとするのは、決して彼らが薄情だからではない。いつ命を落とすか分からぬ冒険に出て、今日という日を生き抜く。そんな冒険者が冒険の帰りがけに、パーティの仲間ならいざ知らず、他のパーティの面倒まで見る方が稀有なのだ。

 だから、俺が冒険者たちを呼び止めるのは、手助けを頼む為ではない。


「一つ、聞いても?」


「あん?」


「気配を消したまま、人ひとりを連れ去るか、殺すことのできる魔物に心当たりはあるか?」


 帰って来るのは、またもや否定的な反応だった。唯一、「霊体系の魔物なら」という意見は出たが、即座に別の者によって否定された。

 霊体系の魔物であれば、姿は消せる、もしくは見えにくくすることは可能だろうが、気配を消すには魔法による補助が必要になる。仮に気配を消していたとしても、それは存在による気配のみであり、攻撃を仕掛けてくる際の魔力の流れや、殺気といったものまでは消せない。


 冒険者たちの思い付く限りでは心当たりがないようなので、俺は立ち去る彼らの背中に向かって礼を言って再び思案する。

 魔窟を探し回る……のは現実的じゃない。魔窟に跳び込んだ時のままだったら考え無しに走り回ったかもしれないが、魔窟の内部が変化していたことと、今の冒険者との会話で少しばかり冷静になれた。焦ることで事態を解決できるなら誰も困らない。


「一回、外に出るか」


 外に出ていれば俺たちと同じ森の中に出ている筈なのだが、姿も気配も無い。ならば魔窟の中にいると考えるべきなのだろうが、現状では探すべき魔窟へ行く事ができない。かと言って、黙って待っていても状況は変わらない。


 魔窟から出ると、ソラクロは闇を吸い込むだけのランタンを両手で抱え、洞に黒い靄を宿した大木の幹に寄り掛かって物憂げな表情を浮かべていた。


「ソラクロ」


「あ、レイホさん……どうでした?」


 聞きながらも、成果は無かったと悟っているのだろう。尻尾は、勢いよく振られていたのが遠い昔のように、脚の間に垂れ下がっている。


「中はもう別の場所に変わっていた」


「そうですか……」


 俯いたまま差し出して来たランタンを受け取る。


「もう一度確認するけど、プリムラを最後に見たのはいつだ?」


「見たのは……レイホさんに、怪我の事を尋ねる少し前です。けど、それからずっと、わたしが魔窟を出るまでは……」


 必死に訴えて来るソラクロを手で制する。最後まで言わせた方が相手の気持ち的にはいいのかもしれないが、責任で圧迫されたソラクロの訴えを聞き続けるのは忍びない。


「大丈夫、ソラクロの耳を疑っているわけじゃない。……確認だけど、魔窟の外から内は気配察知できない、で合ってる?」


「はい……」


 責めている訳じゃないんだが……。悪いけど、ソラクロに気を回せる程、余裕はないんだ。


「うん。それじゃあ、気配を察知できない魔物について心当たりはある?」


「……なくは、ないですが……プリムラさんの気配まで、何の音沙汰もなく見失うとは……」


 尻すぼみになっていった声は、遂に最後まで発せられることはなかった。


「俺たちが出た瞬間、魔物も出てプリムラだけを攫った?」


「本当に一瞬ならわたしも感知できませんが……魔物がそこまで狙って行動するとは思えません」


 同感だ。戦い方は魔物によって幅があるけど、人を見かけたら襲い掛かるのは奴らの本能だ。見つけた獲物を尾行して、誰にも気づかれずに一人だけ、なんて臆病な魔物は聞いたことがない。


「調教された魔物? いや、人そのものか?」


「え?」


 人為的なものだとしたら、狙いはプリムラだけか? それとも俺たち?


「……ソラクロは街に戻れ」


「レイホさんは?」


 俺たちの場合、何故一気に来ない? 気配を完全に絶ったまま人ひとりを消せるほどの力があるのに?


「俺はここで待つ」


「それならわたしも残ります!」


 そもそも本当に気配を絶ったのか? さっきソラクロが【気配察知】した時、人の気配はあったと言った。冒険帰りの冒険者だろうと思ったが、それに紛れていたら……。


「頼みがある。一晩明かせるだけの物資の調達と、冒険者ギルドで、今の時間帯に報告をした冒険者について聞いて来てくれ」


「は、はい!」


 役目を与えられたことが嬉しいのか、ソラクロは背筋を伸ばし、明るい声を上げた。

 こんな手間のかかる頼みをするくらいなら自分で行くのだが、森の中で確かめておきたいことがある。


「直ぐ言って、直ぐ戻って来ます!」


 全速力で駆け出そうとするソラクロを、名前を呼んで呼び止める。


「気を付けろよ。特に、森の中で気配察知は怠るな」


「はいです!」


 ここで笑顔の返事をされてもな……本当に分かっているのか心配になる。しかし、その心配を向ける相手は既に、夜闇を纏った木々の間を縫うように去って行ってしまった。

 草木が揺れる音も聞こえなくなってから火打石でランタンに火を点け、両刃両手剣を抜き、大木の横に腰を下ろした。

 狙いが俺たちなら……来てみろ。


次回投稿予定は7月4日0時です。

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