第二百二話:やりたいこと
本当に話をしたいだけなんだが、やっぱり部屋に呼ぶのは危険だったか? 出入りしているところを見られたら、変な誤解を与えてしまいそうだな。外を歩きながら……も同じか。折角宿屋に着いたというのに、会話をする為に外に呼び出されるのは億劫だろうしな。一階の待合室なら安全か? うぅむ……多分、誰にでも聞かれていい話じゃない部分もあるだろうし……。
「……楽しかった?」
「へ?」
もやもやと考えている間に部屋に着いていたようだ。しかも、一人用の部屋なので椅子をプリムラに譲って、俺はベッドに座っていた。
腰を落ち着けても俺が口を閉ざしたままだったから、プリムラの方から質問してきたのだろう。
「夜の街」
「……行かずに帰って来た」
「そう」
プリムラがどんなことを想像しているのかは知らないが、夜の街に出たらこんな短時間で帰って来れないだろう。
俺が考え込んで黙っていたのが悪いんだけど、なんか切り出し難いな。どれから聞くべきか……えーっと、先ずは軽く答えてもらえそうなところから…………。
「連日、ずっと冒険に出てるけど、体調は大丈夫?」
コクリ、と頷いてから、小さな唇が動いて補足が入る。
「魔力、余裕、あるから、もっと戦える」
一日の冒険で一、二回くらいしか使わないし、一度に発動する剣数も二本くらいだから、余力は残っているだろうな。発動時に使用する魔力量が増えたと言っても、魔力の自然回復速度が遅くなっている訳じゃないから、一晩ゆっくり休めば全快する。
「余裕があるのはいい事だ」
毎回、魔法使いが魔力切れを起こすまで戦うパーティがあるとしたら、受ける依頼とか力配分とかパーティ編成とか、色々な部分で問題があると思う。余力が残る様な、温い冒険しかしていないと言われたら返す言葉はない。だって……
「レイホは、いつも余裕、なさそう」
仰る通り。プリムラとソラクロの攻撃力があれば、討伐推奨が銀等級の魔物を相手にしても問題ないのだが、そんな魔物を相手にして俺が出来ることは無い。アビリティが発動して、ようやく戦いに参加できるかどうかといった程度だ。アビリティが発動しなければ等級相応の能力値しかないので、依頼を受ける基準は専ら“俺がどうにかできるか”だ。
「……俺のことは放っておいてだな。プリムラについて聞きたいんだけど……あぁ……答えたくない時は答えなくていいんだけど……」
自分から話しづらい空気を作ってどうするんだっての。
「なに?」
淡泊に催促されると、逆に言い難くなるんだが……。ああ、なんで俺はこんなに弱腰なんだ。
「……クロッスで会った時と、口調とか、雰囲気が変わってる気がするんだけど……やっぱり、研究所とかでの出来事が影響してる?」
聞いてどうするんだ、とは思う。前の口調の方が好きだから戻してくれ、とか、今の方が好きだらかそのままでいてくれ、とかでも言うつもりなのか? 言うわけがない。
「……うん」
目を伏せ、小さく喉を鳴らしながらの頷きに、良心の呵責が激しく暴れ出す。
「記憶はあるんだよ……ね?」
コクリ。
「故郷に帰りたいとか、思わない?」
「……わからない」
相変わらず平坦な声音だが、どこか陰りがあるように聞こえるのは俺の精神状態の所為だろうか。
「故郷の名前って、なんて言うの?」
「……レフォム村。人間領のずっと北。ドワーフ領の近く」
名前だけ答えると思ったら、意外と情報をくれた。これはなんだ? もう質問してくるなってことか? 一旦話題を逸らすべきか? 逸らす話題なんてもってないぞ。
「……あー、話してると、喉乾くよな。下に行って飲み物、取って来ようか?」
ふるふる。
「………………えーっと、もう少しで竜車の運行が再開するみたいだな」
「…………」
相槌も無く、じっとこちらを見つめて言葉の続きを待っている。
「俺とソラクロはクロッスに帰るつもりだけど、プリムラはどうする? ……良い思い出がある町でもないだろ?」
ん? これだとプリムラを除け者にしようとしているみたいだな。訂正しよう。
しかし、俺が気付いた時には既に、プリムラの薄い唇が震えていた。
「一緒に…………。独りは、嫌」
ああ、はい。そうですよね。その通りですよね。ごめんなさい。
「ごめん。プリムラを独りにする気は無くて……その、プリムラはもう自由になったわけだから、どこか行きたい場所とか、やりたいこととか、ないのかなって。何かあれば、俺と……ソラクロは協力するからさ」
勝手にソラクロも協力者にしたが問題はないだろう。……なんか、最近プリムラのことばっか気にして、ソラクロの扱いが雑になってきた気がする。これは良くない。あいつにだって人格があって、意思がある。相変わらず討伐依頼では頼りっきりだし、どこか近いタイミングで労ってやらないと。……どうして俺がそこまで気を回さねば…………俺がいなければ魔界から追い出されることはなかったんだよな。あぁ、やだやだ……本当に……。
「やりたい、こと…………」
俺を凝視してくるのは勘弁してくれ。
「レイホの、やりたい、ことは?」
げっ、嫌な質問を聞き返して来るなぁ。プリムラを独りにしないと言った手前、独りで気楽に冒険者をしたい、なんて言えない。
「……クロッスでパーティを組んでいる連中と、プリムラとソラクロのやりたいことの手伝いってことにしてくれ」
全員の目的を達成してやれば、俺とつるむ必要は無くなる筈だからな。それで俺が独りになれるかは知らないけど。
「じゃあ、わたしは、レイホの手伝い、する」
駄目だ! とか言ったらどんな反応をするだろうか。恐ろし過ぎて実行する気は起きない。木の枝を振り回してフレアドラゴンに突っ込んだ方が数倍マシだ。
「……それはありがたい話だけど。本当に、もう自由に、好きなように生きていいんだぞ」
言ったはいいが、このままプリムラを野に放つのは、それはそれで不安だ。変な輩に絡まれやしないか? 絡まれるだろう。実際、酔っ払いに絡まれたし。もっと治安の良い場所で、信頼できる人々に囲まれた場所で自由にさせてやらんと、俺が不安で寝れん。
「好きに、してる」
ああ、そう。それならもう言うことは無いです。
「……ところでさ。ずっと聞きたかったんだけど、あの夜の日、何で俺に助けを求めたんだ? 自分で言うのも何だけど、見るからに頼りないだろ」
他に人が居なかったから。果たしてそれ以外に答えがあるのだろうか?
「本当は、たすけて、なんて言う、つもりは、なかった。巻き込む気なんて、なかった」
少し考えた後、言葉一つ一つを確認するように呟いた。
それでも助けを求めてしまう程、追い詰められていたってことだよな。……感情は別にあるとしても、やっぱり、俺が助けを求められた理由としては、偶然そこにいたから、か。
「…………レイホに、話しかけた、のは、大丈夫だと、思った、から」
大丈夫って? 俺なら助けてくれそうな気配があったってこと? 嘘だろ。
笑えない冗談だとは思うが、プリムラの、ひどく申し訳なさそうな顔を前にして、蔑ろにする気は起きない。
「……ごめん、これ以上は……」
謝罪した後、とても小さな声で「あの時の気持ちは、あの娘のものだから」と呟いたのを、俺の耳は逃さなかった。
「……いや、謝ることじゃない。話してくれてありがとう」
残念なことに、俺は耳にしたこと全てを理解しようとするほど、勤勉でも好奇心旺盛でもない。
クロッスで何があったのかは……やっぱり、聞けないなぁ。プリムラに関わったからには、知らなきゃいけないことなのかもしれないけど、知ってどうするんだ? パストン家は全員殺害されたし、研究所に乗り込んで暴れ回る? 無理無理。
魔法のこととか、アビリティのこととかについても聞きたいけど、今日のところは止めておくか。……多分にしなくても、研究所絡みだろうし。
「そろそろ休もうか。付き合ってくれてありがとう」
ベッドから立ち上がると、プリムラは下げていた視線を上げ、俺の顔色を伺ってから立ち上がる。
「……ごめん。昔のことは、あんまり……」
「あぁ、悪かった。これからは控えるよ」
歯切れが悪かったので食い気味に応えると、プリムラは何か言いたそうに唇を動かしたが、静かに結んで扉の方へ歩いて行く。
「……部屋まで付いて行くか?」
ふるふる。首を振ってから扉を開けたプリムラは「おやすみ」と言葉を残すと、挨拶の返しも待たず、足早に立ち去って行った。
「……好感度が下がったな」
予想出来てしたし、高いよりはずっといいけど、不快な思いをさせた事だけは本当に申し訳なく思う。けれど、追いかけて謝ったら余計に不快というか、困らせるだけなのは分かっている。
俺はいつ振りか分からない個室で盛大に溜め息を吐くと、就寝の準備を始めた。
次回投稿予定は7月2日0時です。
 




