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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第四章【再開の異世界生活】
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第二百一話:物分かり

 夕飯を済ませた俺たちは、リアの案内で宿屋へと向かうことにした。

 酔うのが早ければ覚めるのも早いのか、水を飲んだソラクロは自力で歩ける程度には回復していた。けれど、時々足元が覚束なくなる時があるので、プリムラが寄り添っている。


「ほら、ソラクロ、もう少しだよ。あそこがあたしらの泊まっている宿」


 大通りから一本、脇道に逸れて少し歩いた先に目的の宿はあった。大通りから逸れたとはいっても、道幅も外灯もそれなりにあり、灯りに照らされた道に目を凝らすと、宿屋の看板が幾つも目に入った。

 リアが指差した先へ視線を伸ばすと、小綺麗な外観をした宿屋の壁に凭れ掛かるようにして立っている者が目に入った。外灯の死角に潜り込むようにいて立つその者は、俺たちに気付くと壁を蹴って姿勢を正し、灯りの下に姿を晒した。その者はもの言いたげな表情であったが、先にリアが手を挙げたことで言葉を譲った。


「あ、ワタル、おかえり! みんなと偶然会って、夜ご飯食べてきたところ」


「おう、そうだったか。そんじゃ、オレも何か食ってくるわ」


 平時通りの態度で応えるワタルに、リアは小袋を差し出す。等分された報酬だ。


「これ、前回の報酬。わざわざ取っておいてくれたんだってさ」


「あぁ……そういや、忘れてた」


 冒険者が依頼の報酬を忘れるものか。リアは休養中で知らないかもしれないが、ワタルは冒険者ギルドに通っているのだから、受付の人から言伝を聞いている筈だ。


「それで美味しい物食べて来なよ。……最近、張り切り過ぎだからさ」


 微かに憂慮の色を含んだ微笑みに、ワタルは眼を開いて息を飲んだが、直ぐに軽薄そうな笑みを張り付けた。


「んじゃ、可愛い女の子のいるお店でも探しますかね。朝まで帰らなくっても、心配はいらないぜ」


「はいはい。お金無くなったって言われても知らないよ」


「そこはもう少し嫌がってくれた方が、オレとしては嬉しかったりするんだけど」


「じゃあ、あたしはみんなを女将さんに紹介するから。ごゆっくりとお楽しみくださ~い」


 悪戯っぽい笑みを残し、リアは俺たちを宿へ案内する。

 ワタルに何か声を掛けてやるべきか? もちろん、今のリアとのやり取りについてではなく、前回の依頼についてだ。……いや、話すにしても今じゃないか? そもそも話してどうする?

 頭の中で疑問が渦巻き始めた為、肩に回された腕がきつく締められるまで、自分の状況に気付くことができなかった。


「あーあ……また軽くあしらわれちまったよ。お前、ちょっと付き合え。夜の街に繰り出すぞ!」


「はぁ?」


 突然のことで素の反応が出てしまったが、こちらを見下ろして来る瞳に遊びは一切無い。だから、リアが止めに入ろうとした時、俺は手で制することにした。


「悪いけど、先に宿の手配を頼む」


 その言葉に、リアは不満そうな……いや、失望と表した方が適切な顔を浮かべる。


「まぁ……まぁ、レイホも男だもんね。はぁ……プリムラやソラクロみたいな娘が近くにいるのに……。行こ、男共は放っといて」


 白い眼と尖りまくった言葉を突き刺しまくってから、リアは二人を庇うようにして宿屋へと入って行った。

 ……厄介事を解決しようと思ったら、別の厄介事が出来てしまうのは…………俺が悪いのか。


「気にするな! これからが楽しいんだ! 夜は!」


 肩を組んだまま、ワタルはわざとらしく大声を上げてから、大通りから遠ざけるように歩き始めた。

 見えないし、聞こえないが、リアからの軽蔑が俺の精神を切り刻んだ……気がする。


「………………もう、離れてもいいんじゃないか?」


 宿屋からそれ程距離が空いたわけでも、入り組んだ路地に入ったわけでもないが、今更逃げる気は無い。……本当に夜の街とやらに行くのなら全力で逃げたいが、さっき見たワタルの様子からして、別の用事があって俺を連れだしたことは間違いない。


「……そうだな」


 静かに同意いたワタルは肩に伸ばしていた腕を放し、それから俺たちは無言で歩き続ける。


「…………もうそろそろいいか。止まれ」


 言われた通りに足を止め、ワタルへ向き直る。


「お前、何も言わずに殴られろ」


「覚悟はできてる」


 ……あ、腹はやめてくれよ。食ったばかりだから危険部位だ。

 そもそも俺の覚悟を確認する気の無かったワタル相手に、注意を口にする間は無い。硬く握り込まれた拳が、無防備だった頬を強打した。


「いっ…………っ!」


 息を飲むような鈍い痛みが走り、大きくよろめく。追撃は……ない。


「お前に変な気が無いのは分かってる。冒険者だから怪我をすることだってある。けど、だからって何でも許せるわけじゃねぇ」


「……そうだな」


「いかにも、自分は許せますって感じだな」


「そんな訳じゃ……」


 自分がワタルの立場だったら同じように相手を殴ったか、と聞かれれば答えは“いいえ”だ。けど、大切な人が自分の目の届かないところで怪我をして、その時一緒にいた奴が悪びれもせずに食事に同伴している。それによって沸き立つ怒りや苛立ちといった感情は想像できる。…………想像しか出来ないが。


「チッ、まぁいいや。オレだっていつまでもお前を目の敵にする気はねぇ」


「だから、こうして一発殴ったんだろ?」


 ワタルの中でケジメを付けたかったことは、ここまでの態度で理解している。もし、和解する気が無かったら一発で済まされないし、わざわざこうして呼び出すこともないからな。


「……お前のそういうところ、人から嫌がられるぞ」


「うん?」


「あぁ……まぁいいや。とにかく、これで色々とチャラになった。……冒険で手が必要になったら、声を掛けてくれ。リアは張り切って協力するだろうからな」


「ああ。機会があれば」


 硬い拳はどこへやら。ワタルはひらひらと手を振って、通りを更に奥へと歩いて行った。

 三人で手が足りなくなるような依頼を受ける気は無いが、蟠りは残らない方がいいに決まっている。報酬も渡せたし、これで懸念は一つ片付いたと考えていいか。次は……。。

 少しの間ワタルの背中を見送ってから、俺は逆方向へ足早に歩いて行く。




 一本道の通りで迷いながら、リアに紹介された宿屋へ辿り着く。恰幅の良い女将さんに名前を告げると、リアから話は問題なく通っていたようで、部屋番号の書かれた鍵を受け取ることができた。

 宿屋に来るまでに、「朝まで帰らないって言ってたから、レイホの分は取らからったよ」と言われる可能性も考えていたが、杞憂で良かった。


 宛がわれた三階の部屋に直行しようとして、二階に寄り道する。こちらから聞いたわけじゃないが、女将さんが気を利かして連れ・・の部屋番号を教えてくれた。


「まだ寝てないよな……」


 ワタルに殴られている間に一息つくぐらいの時間は経っている。酔いが残っているソラクロは寝ているかもしれないが、プリムラは……起きている……か? 一人で起きている必要もないから、寝てしまっている可能性は十分に考えられる。リアの部屋に誘われてお喋りしているかもしれない。

 プリムラについて、少し立ち入った話をしたいと思ったが……日を改めるべきか? う~ん……こういったのは気持ちが向いた時にしておきたいな。元々が他人のことに立ち入らない性分だし。…………ここで俺がプリムラと話をしたことで、今夜のアリバイ作りもできるし。


「誰か、いる?」


 おっと……驚いた。プリムラだよな、今の? 驚き過ぎて上手く聞き取れなかった。けど、この展開は渡りに船だ。このまま乗ってしまえ。


「あ、ああ……俺だけど……話しがしたくて……疲れてるなら、後日でもいいけど」


 乗ってしまえと決心しつつ乗り切れないのが俺である。

 部屋の前に居るのが俺だと確認できたプリムラは、扉を開けて顔を出した。


「ソラクロ、もう、寝ちゃった」


「そうか。あ、でも、話があるのはプリムラの方とだから…………」


 俺の部屋で話そう。その言葉は頭の中でぐるぐると回るのみで言葉に出ない。

 他意は無く、まだ鍵も開けていない自室だけど、プリムラを呼び込むには俺の精神力が足りない。


「そう? なら、レイホの部屋、行く」


 半分も開いていない扉の間に体を滑り込ませるようにして、プリムラが出て来る。その手に何も握られていないことに、プリムラは疑問を持っていないようだった。


「……鍵は?」


「あ。待って」


 普段より大きく開いた瞳を見せてから、部屋に戻って鍵を取って来た。


「お待たせ」


「ああ。部屋は三階だ」


 コクリ。


 階段を上る足音が普段よりも小さくなったのは、時間帯が夜であることだけが理由では無かった。


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