第二百話:誰かの存在
投稿遅れ申し訳ございません。
女三人に拉致……もとい連行……じゃなかった、えーっと……身に余るお誘いを受けて行き着いたのは、リアと再会した通りから程近い場所にある飲食店だった。
店構えは大きくも飾らず、色の濃い木で囲まれた空間は、明る過ぎない照明によって照らされている。食事時ということもあり、店内はほぼ満席に近かったが、冒険者が集う酒場のような喧騒は無い。けれど気取った雰囲気は無く、客層は家族、友人、恋人と様々だが、皆一様に思い思いの時を過ごしていた。
気乗りはしないし、食欲は緊張と不安で過食気味であったが、流石に引き摺られて入店するほど往生際は悪くない。平静を装って三人に続いて入り、運良く空いていた四人卓へ案内された。
リアは何度か訪れた事があるらしく、この店の評判料理を教えてくれた。ただ、魔窟を探索している時以上に周囲の様子へ気を張っていたので、よく覚えていない。
よく覚えていないが、何が口に合うかよく分からないので、結局はリアのお勧めを注文した。
配給食とは比べ物にならない、肉と野菜をふんだんに使用した蒸し焼き料理。久しぶりに味わう彩り豊かな食事だった筈だが、残念ながら俺の精神は味覚から喜びを感じる余裕は無かった。ただ、一口食べてから、過食気味だった食欲が目を覚ました辺り、美味しかったのだと思う。
そして、腹が満ちたことで張り詰めていた精神も幾分か解れたので、会話らしい会話をしようと思う。
「そういえばさ、二人はお酒飲める口?」
二人? 疑問に思ってリアの視線を追うと、ソラクロとプリムラに向けられている。
俺は? などと主張する気は無いので、成り行きを見守ることにする。……そういえば二人って何歳なんだ? 二人っていうか、リアの年齢も知らんけど。
「わたしは飲んだこと無いですねぇ……」
「……村に居た時は、少し」
「そか。じゃあさ、嫌じゃなかったら少し付き合ってほしいな。遅ればせながら、依頼達成の祝盃ってことで! パーティ組んだ人とは、できるだけ上げるようにしてるんだ」
言い切ってから、「ま、遅れたのはあたしの所為で、一人足りないけどね」と笑いながら付け足した。笑い事ではなかったと思うが、本人が笑っているなら余計なツッコミは野暮だろう。
「ん〜……じゃあ、折角なので挑戦してみます」
ソラクロの言葉に合わせてプリムラは頷き、「レイホは?」と視線を向けて来た。
「……付き合うよ」
べつに弱いわけじゃないしな。
「レイホって気乗りしてなさそうな雰囲気だけど、付き合い良いんだね」
「……褒め言葉だよな?」
「アハハッ! もちろん! まぁ、どうしても飲めないって言わない限りは勝手に頼む気でいたけど」
あぁ、だから俺には聞いて来なかったのか。…………他の冒険者の時も勝手に頼んでるのか? だとしたらトラブルに……いや、切った張った、飲んだ騒いだが基本の冒険者だ。祝宴の場では、各々が勝手に頼んでいることの方が多いだろう。俺に対するリアのノリも、冒険者としての一種の嗜みみたいなものなのかもしれない。
冒険者か…………。
少し体を引き、自分以外の三人を視界に入れる。
十六で成人となるこの世界で、酒の飲める彼女たちを少女と表して良いかは分からない。けれど俺の感覚として、三人を大人と見るには、彼女らは未だ若過ぎる。詳細な年齢は聞けておらず、恐らく俺とそんなに歳は違わないだろうが、今は気にしないでおく。
年若い彼女らが魔窟に潜り、魔物と命を奪い合い、明日をも知れぬ毎日を送る。もちろん、好き好んで戦っている以外は、冒険者にならざるを得ない事情があるのだろう。
ソラクロは幻獣——元か?——で、プリムラは……色々……色々…………詳細は追々聞かなきゃいけないけれど、故郷を離れて上流階級の屋敷や研究所や魔法学校を転々としなければいけないような事情がある。じゃあリアは? たった一回パーティを組んだだけの相手に、屈託のない笑みや、快哉を与える言葉を掛けるような娘が、どうして鎧を纏い、剣と盾を構える必要があるのか。
「エール二つと果実酒二つ、お待たせしました!」
思考を巡らせている脳に、女給の気持ちの良い声音が響き、漆の塗られた木の容器になみなみと注がれた酒が卓に届けられた。
「はいはい。それじゃあ、遅くなったけど、冒険の成功を称えて、乾杯!」
リアの音頭に合わせて声を出したのはソラクロだけであったが、四人の酒は容器越しに交わり、各々の口へと運ばれていく。
「……ぷはっ! あ~……ようやく冒険を終えられたって気がするねぇ!」
エールを呷り、気持ちの良い笑みを浮かべるリアにつられ、俺はエールを大き目の一口で流し込む。素材による独特の香りとアルコールを口内に残して喉を鳴らした。
「どう、ソラクロ、飲めそう?」
果実酒を舐めるように飲んでいたソラクロは、一旦容器を卓に置いて思案顔を見せた。
「不思議な味です……でも、嫌いじゃない……と思います」
煮え切らない返事ではあったが、嫌いではない、それを聞けただけでリアは十分だったのだろう。満足気に「そか」と頷いて見せ、プリムラの方へ視線を移した。
「プリムラって……すっごく、綺麗な顔してるよね。レイホ、どうやって捕まえたの?」
そこで俺に振って来るのかよ……。
「…………偶然が重なって」
「つまり、運命的出会いってやつ? うわぁ……素敵だなぁ」
誤解を生む発言は止めていただきたい。
「くすっ……。ごめんごめん、ちょっとした悪ふざけだから、そんな不機嫌な顔しないでよ」
……そんなに不機嫌な顔してたか? 表情筋に意識を向けるが、平時と変わりないように感じる。
「……普段からこんな顔だ」
「そうなの? ならもっと笑った方がいいよ! 硬い表情ばっかだとちょっと怖いもん」
怖いと思うならもう、もう少し距離を置いた話し方をしてくれてもいいんだが……。
「一つの意見として覚えておこう」
覚えておくだけな。
俺をからかうのに飽きたのか、リアは「でさ」とプリムラに話しを戻した。
「どうして冒険者を始めようと思ったの? しかもこんな時期に」
ゴブリンを討伐したことでプリムラの等級は銅星一に上がっているが、リアたちと共に冒険に出た時はまだ鉄等級だった。新人と判断されるには十分な理由だ。
「……心配、だから」
こっちを見て言うんじゃない。鏡に向かって言いなさい、鏡に。
「へぇ~……愛されてるねぇ」
ニヤニヤと、これまで見せていた屈託の無い笑みではなく、明らかに邪気を纏った笑み。それから逃れたくてエールを長めに一口。
「…………止めたんだけどな」
「ふ~ん。……でもさ、心配してくれて、付いて来てくれる人がいるって……幸せなことだよ」
そう告げるリアの表情からは既に邪気は無く。本心から来る言葉だということは理解できた。……が、俺には同意できない言葉だ。俺は一人になりたい…………こんな仲良くお食事して、お酒飲んでる奴が言えることじゃないな。
「ワタルの、こと?」
珍しくプリムラが尋ねると、リアは照れ臭そうに頷いてエールを呷った。
「あたしさ、初めは治癒者だったんだ。子供の頃から回復魔法が人よりちょっと得意で、町を守ってくれる冒険者の力になりたくて……自分も冒険者になって」
身の上を語り出すリアの声に、俺たちは静かに耳を傾けた。
……ソラクロ、ずっと果実酒舐めてるけど、大丈夫だよな。一杯目だし。
「けど、最初の冒険が運悪くって……強敵と遭遇して……パーティの皆は……死んじゃって。治癒者だからって……駆け出しだからって……後ろで守られていたあたしは、偶然通りかかった他の冒険者に助けてもらったんだ」
他人事では……ない。俺たちだっていつ、手に負えない魔物と遭遇するか、倒せる相手でも奇襲を受けたらどうなるか分からない。ソラクロと会って直ぐにブレードナイトとか、最近だと魔獣のフレアドラゴンとか、強敵と遭遇してはいるが、生き残っているのは……単純に運が良いからだろう。実力で切り抜けた、なんて思ったことはない。実際、次元の境穴では魔獣相手に何回も殺されているわけだし。
「皆の力になろうって冒険者になったのに、実際は怖くて……泣いて、震えるしかできなかった。自分だけ助かったのが恥ずかしくて、何もできなかった自分が悔しくて、いっぱい泣いた。けど……けどね、あたしを守ってくれた冒険者の背中がどうしても頭の中から離れなかった」
それで治癒者から守備者に転向したと。
「あたしは盾を持って前に出る方が性に合ってたみたいでさ。それからは一人でいろんな冒険者と即席でパーティを組んでたんだけど、ある日ワタルが現れてからは……しつこかったなぁ」
しつこかった。そう口にしたリアの眉は下がっていたが、表情自体は穏やかに笑んでいた。
「行く先々で現れて、下手な演技しながらあたしのこと助けてくれるんだもん。変な人だよね」
「でも、今、一緒にいるのは、嬉しかった、から?」
これまた珍しく、話の途中でプリムラが質問する。少しでも酒が入った影響なのだろうか。
「そうだね。“他人を守るのは立派だが、お前を守ってくれるやつはいるのか”って言われて、自分が無茶していたこととか……色んなことに気付かされて、今は二人で色んなパーティを手伝ってる」
やっぱり、人それぞれ事情とか、思いがあって冒険者をしているんだよな。…………いつまでも避けてないで、プリムラと話し合う時間を設けないとな。
「あたしは守備者としては頼りないかもだけど、全力で皆を守る。ワタルは女好きで、不真面目なところはあるけど……いい奴だからさ。良かったらまた一緒に冒険行こうよ」
そう言って話しを締めたリアは、残り少なくなっていたエールを飲み干した。
「あはは……長話ししちゃってごめんね~」
「いや……聞けて良かった」
話も落ち着いたし、遅くまで飲んだら絶対に良くないことが起きると俺の中で警鐘が鳴っている。俺も残っていたエールを一気に飲み干し、卓全体に視線を巡らせた。
「そろそろ、帰るか」
プリムラはいつの間にか果実酒を飲み干していて、ソラクロは……空の容器を両手で抱えたまま虚空を見つめている。
「おい、ソラクロ。大丈夫か?」
「……ぽへ~…………」
ぽへ~って何だよ、ぽへ~って……。
「あらら、結構酔っちゃったか……」
酒を勧めた身としては笑いごとにはできないのだろう。バツが悪そうに頬を掻いた。
「……帰るよ」
プリムラは卓越しに身を乗り出し、ソラクロの手から木の容器を取り上げた。
「ふぁ……ふぁい~」
「お水、頼もっか。すいませーん!」
リアが手を上げ、よく通る声で女給を呼ぶと、水の注文と併せて勘定を支払った。
「あ、支払いは……」
油断していた俺は慌てて財布を取り出すが、リアの手で制された。
「いいの、いいの。あたしが誘ったんだし……こんなに貰っちゃったら、悪いしね」
そう言って揺らす小袋は、通りで俺が押し付けた報酬だった。
「……初めから等分する約束だっただろう」
「もー、あたしが払うって言ってるんだし、もう払ったんだからいいの!」
面倒臭そうな物言いが演技だとは分かっていたが、これ以上食い下がったら本気で面倒臭がられるだろうな。
「……すまん。ごちそうさま」
俺が折れたことでリアは笑顔を取り戻し、女給の持って来た水をソラクロへと渡した。
次回投稿予定は6月28日0時です。
 




