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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第四章【再開の異世界生活】
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第百九十九話:受難

 竜魔兵討伐の報告をし、ミノタウロス等の魔石を換金して得た金額は一人頭二百七十ゼース。所持金が一気に倍以上に増えたが、どうにも素直に喜べないのはワタルとリアに報酬を渡せていないからだ。冒険者ギルドに頼めば渡してくれるだろうが、蟠りを残したままで縁を切るようだったので気が進まなかった。一応、冒険者ギルドの方には、二人を見かけたら報酬について話があると伝えてもらうよう頼んでおいた。


 それから三日。二人からは特に音沙汰は無かったが、俺たちも街中を探し回るようなことはせず、日々魔物退治に明け暮れていた。ソラクロもプリムラも物欲がほとんど無いので、既にクロッスまでの竜車代を別にしても日常生活には問題ないくらいの蓄えが出来ていた。街の復興作業も滞りなく進んでいるようなので、竜車の運行再開もそう遠くないだろう。


 朝に起きて、朝食を取り、依頼を受けて、達成するか陽が暮れたら帰って来て報告し、借りた武具を返して、夕飯を取って寝る。そんな生活にすっかり慣れてきた頃、金の余裕も出来てきたので、そろそろ配給食や無償宿から卒業を考えていた。

 首都の方針では今月いっぱいまでは無償で食事と宿の提供を続けるようで、実状として街中には未だ、家屋が全壊した人や怪我で働くことができない人が溢れている。

 三人分の配給が浮くことや、一部屋空きができるとか、難民に対しては微々にもならない貢献だが、平時通り営業している飲食店や宿屋に金を落とすことを考えれば、ささやかながら社会的に貢献している……だろうか? そもそも社会貢献がしたくて食事したり宿を取ったりするわけではないから、深く考えるのは止そう。


 宿屋や食事処を探す時間も必要になる為、軽めの依頼を受け、これを滞りなく達成して冒険者ギルドへの報告を済ませる。武具を返して冒険者ギルドから出ると、空は未だ紫黒の兆しを見せる頃合いだった。


「……朝も言った通り、今日からは別の宿で寝泊まりするぞ」


「はいです!」


 コクリ。


 提供されていた宿は今朝の内に引き払っているので、もし宿が見つからなければ野宿になるが……大丈夫だろう。魔法学校から離れた西部の街は比較的被害が少ないと聞いており、事前に宿場の場所も大まかに調べてあるので、頭の中の地図を頼りに通りを歩き出す。


「グァン!」


 その叫声は、街中で聞く筈のないものだった。

 その影は、あり得ぬ所から下りて来ていた。

 故に、全ての行動が、魔窟でそれと対峙した時よりも一段階、二段階遅れてしまう。

 声と影の位置から逆算し、冒険者ギルドを見上げる。視界に映ったのは、薄汚れた灰色の毛を生やした人型の犬——コボルトが大口を開け、プリムラの小さな頭の噛み砕かんと飛び掛かって来ている光景だった。

 武器は……返したばかり。ソラクロは……気付いているが、間に合うかどうか……。

 低速になって見える世界で、人々のどよめきだけが等速で鼓膜を叩く。けれどその中にプリムラのものは無い。彼女はコボルトの方を振り返ってはいるが、状況の理解が追い付いていないのか、表情は変えず、薄い唇も閉ざされたままだ。


「はぁっ!」


 どよめきを割って聞き慣れない声が飛び出した。その途端、低速だった世界は等速に戻り、コボルトは牙をプリムラに突き立てるより先に、横から体当たりされて吹き飛んだ。

 体当たりを仕掛けた人物はコボルトを下敷きにし、地面を激しく擦って停止すると、体当たりの時に首元へ刺した短剣を引き抜き、再度コボルトの首を貫いて絶命させた。


「ま、魔物だ!」

「どうしてこんな街中に!?」

「へ、兵士さーん!」


 騒動が一旦の治まりを見せたところで、市民が一斉に騒ぎ出す。コボルトの襲撃が頭上からであった事が尾を引いて、市民は屋根の上を見がちになり、人とぶつかり合ってしまう。

 混乱の最中であっても、コボルトを仕留めた黒髪の男は落ち着いた調子で短剣の血を払って腰の鞘に納めると、こちらに向き直った。その顔に見覚えは……あった。


「間一髪。君、怪我は無い?」


 若い男は中性的にも見える顔に余裕のある笑みを浮かべ、プリムラの身を案じた。

 男の名は……確かシュウといったか。他の冒険者からは運び屋と呼ばれている、異世界人だ。首から下げた等級証には銅色の星が五つ光っている。街中ということもあり、鎧の類は身に着けておらず、男にしては華奢な体つきをしている。……俺が言えた事じゃないけど。

 プリムラを助けたことへ礼を言いたい気持ちはあったが、シュウがプリムラに話し掛けたこともあるので黙って様子を伺っていると、不意に服の裾を引かれた。


「…………」


 振り返ると、プリムラが半ば俺に隠れる様に立っていた。表情に動きは無く、視線はシュウに向けられたままなので、その胸中を察するのは難しい。が、このまま沈黙という訳にはいかない。


「すみません。助かりました。……運び屋、さん」


 敬語は嘗められるとワタルに注意されたが、窮地を救ってくれた相手で、俺と同じ異世界人だし、礼節は持とう。

 しかし、望んだ相手からの返答でなかったからか、シュウは眉根を寄せる。けれどそれは一瞬で、直ぐに元の余裕ある笑みを浮かべた。


「いやいや、当たり前のことをしたまでだよ。……おれはシュウ・ニイロ。君たちの名前を聞いても?」


「俺はレイホ・シスイと言います……」


 異世界人であることを言うか迷ったが、言ったところで何か意味があるわけでもないので、背後のプリムラへ視線を移す。視線に気づいたプリムラは俺と視線を合わせてから、俺の背中から顔を覗かせた。


「プリムラ・デュランタ」


 それだけ言ってまた俺の背後に隠れてしまう。そんなに警戒しなくても……。


「すみません。……人と接するのが苦手なものでして」


 俺が言えた事ではない。

 幸いなことにシュウは気分を害した様子も無く、視線をずらした。


「あ、わたしはソラクロっていいます!」


 元気な挨拶が聞こえて内心驚く。魔物の襲撃が終わった後、普段なら「大丈夫ですか?」とか声を掛けて来るだろうが、今回はシュウと話していたから静かにしていたんだな。

 三人の名前を聞くと、シュウは鼻を鳴らすように「うん」と言い、言葉を続けようと口を開くが、言葉は別の者へと向けられる事となった。


「おーう、運び屋が剣持って魔物退治たぁ、珍しいじゃねぇか! いつもみたいにヒュッと、しまっちまえば楽だったんじゃねぇのか?」


「生き物は収納できないって、何度も言ってるだろ。そんなに万能じゃないんだよ」


 馴染みの冒険者なのか、表情を崩して呆れを隠さずに返答した。

 その後、冒険者が連れて来た兵士によって現場調査が始まり、俺たちは被害者として事情聴取を受けた。標的となったプリムラは喋りたがらなかったので代わりに俺が話したが、正直なにがなにやらといった状況だったから、語る事は多くなかった。

 冒険者ギルドが外壁から程近い位置にあるとは言っても、飛行能力を持たないコボルトがどうやって街中に侵入したのか。偶然の可能性は考えられるが、何故プリムラを狙ったのか。直前に迫られるまで、ソラクロの【気配察知】でも気付けなかったのは何故か。本来群れを成す魔物であるコボルトが、何故単独で街を襲って来たのか。謎は多く、直ぐには判明しない。


 事情聴取後、負傷していないか簡単な検査を受けて兵士から解放された俺たちは、シュウにもう一度礼を言ってから宿探しに足を向けた。


「あ! そこの三人、待った、待った!」


 薄紫の影が街を覆い、外灯がぽつぽつと灯り始めた頃。西部の通りを歩いていた俺たちを、賑やかな声音が呼び止めた。


「リアさん!」


 呼び止めた声に初めに反応し、歓喜の声を上げたのはソラクロだった。思いがけない、けれど嫌ではない者の名前に俺は目を丸くして声の主を探すが、既にソラクロが駆け寄っていた。二人は再開を喜び、リアに頭を撫でられたソラクロは嬉しそうに尻尾を振っている。

 ……二人はいつの間に、そんなに仲良くなってたんだ?

 一度、共に冒険にいっただけで魔窟から出た後は会ったことは無い筈だが…………人が仲良くなるのに、会う回数は関係ない……のか? ごちゃごちゃ考えている俺も……リアが元気そうなのは嬉しい、と思ってる。


「やぁやぁ、久しぶり。どうしたのこんな所で?」


 一頻りソラクロの頭を撫でたリアは、相変わらず快晴のような笑みを向けて尋ねて来る。


「……宿と食事処を探していた」


 リアと顔を合わせた途端、怪我の事とか、報酬の事とか、ワタルの事とか、話したいことが一斉に押し寄せて来たが、先ずは聞かれた事に答えるだけに止めておくことにした。


「へー、ってことは、依頼の方は順調なんだね。良い事だよ。うん!」


 あー、眩しい、眩しい。俺の目と心には刺激が強い。ポニーテールは相変わらずだけど、ラフな感じの私服が俺の精神を過剰に損傷させる。上は袖と丈があるからいいとして、下は何それ、短パン?


「リアさんは、もう怪我は平気なんですか」


「うん、お陰様で。もう動いても大丈夫なんだけど、ワタルがまだ休めーって言うから、こんな格好」


「よくお似合いですよー!」


 和気藹々と話す二人……どっちも健康的なのは良いけど、脚出し過ぎでは?


「………………」


「レイホ、どうかした?」


 自分の表情を忘れ欠けたところだったが、プリムラが声を掛けて来たことで、酷くつまらなそうな無表情をしていたことに気付く。気付くだけで愛想は欠片も出さない。


「いや……。リア、ワタルはもう帰って来てるのか?」


 女子の会話に割って入る無愛想。ゴミ虫のように排斥されるのも甘んじて受け入れよう。


「ううん、まだだよ。最近帰って来るの遅いんだよね。まぁ、理由は分かってるけど」


 そう答えるリアの表情は呆れ……違うな、申し訳なさそうだった。彼女の表情と、ワタルの帰りが遅い理由が分からずにいると、「あっ!」と声が上がった。


「良かったらさ、一緒にご飯行こうよ! あたしもこれから行こうと思ってたところなんだよね!」


 リアの提案にソラクロは目を輝かせながらも独断せずに俺を見、プリムラは静かに俺へ選択を委ねて来た。

 …………困った。報酬の話はしたいが、女三人連れて飯? 俺に投げられる石の数は想像できない。誘われたとは言え、このことがワタルの耳に入ったら……非常に良くない予感がする。宿も見つけておきたいし……。

 三人は考え込む俺を急かす事はしないが、「最近一人でばっかり食べてたからさー」とか、「皆で食べると美味しいです」とか、無言の圧力とか、色々と突き刺さって来る。

 リアの誘いを無下にせず、且つこちらの用事を済ませ、更に変なところで波が立たないようにする方法………………あった。

 おもむろに雑嚢を漁って小袋を二つ取り出し、それをリアに突き付けるように差し出す。そして疑問を投げ掛けられる前に口を動かす。


「この間の報酬だ。ワタルにも渡しておいてくれ」


「え、それは……」


 何やら言いたいことがあるようだが、無視だ。


「食事には三人で行くといい。俺は宿を探す」


 小袋をリアに押し付け、包囲網を足早に立ち去る。完璧な切り抜け方だ…………裾を掴まれなければ。


「一緒に、行こ」


 ……………………勘弁してくれ。


「プリムラ、良い判断! さ、ソラクロ、そっちの腕掴んで。連れて行くよ!」


「はいです!」


「…………勘弁してくれ」


 本当に、心の底からそう思っても振り払えないのは俺の心の弱さだろうか。


「大丈夫だって、宿ならあたしがお世話になってるとこ紹介するからさ! 安心して、女将さんには顔が利くから!」


 ああ、それなら安心だ。

 心にも無い事を思い浮かべながら、俺は食事の場へと連行されることとなった。


次回投稿予定は6月25日0時です

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