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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第四章【再開の異世界生活】
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第百九十八話:無事ではない終わり

 視界を、全身を覆う砂埃の中、俺は腕で口を覆いながら息を吸う。


「ソラクロ、リア! 無事か!?」


 大声を出したことでミノタウロスに位置がバレるとは考えなかった。非力ながらも深々と刺した槍からは確かな手応えを感じたし、二人の攻撃も致命の一撃となり得た。ミノタウロスは最後の一撃の直後に絶命したか、瀕死の状態である可能性が高い。


「はい! わたしは、大丈夫です!」


 …………。

 土色の視界の奥から飛んで来たのはソラクロの声のみだ。

 リアは? ミノタウロスの攻撃は狙いなど定めていない力任せのものだったが、リアは正面から懐に跳び込んでいた。脇から刺した俺と、攻撃後に後ろへ跳んだソラクロと違って回避は困難だったかもしれないが……。


「リア!」


「今、砂埃を晴らします!」


 ソラクロの声と共に上空へ放たれた衝撃波、【アサルト】によって粉塵は舞い上がり、視界が鮮明となっていく。

 振り抜いた尻尾を落ち着かせているソラクロ。膝から崩れ落ち、頭を地面に突き立てるようにして死んでいるミノタウロス。その傍らで、柩型盾コフィンシールドに圧し潰されるようにして倒れるリア。

 俺とソラクロは同時に彼女の名前を呼んで駆け寄り、左半分が拉げるように断裂した柩型盾をどかそうと手を伸ばしたが、躊躇いによって止められる。

 大きく陥没したサレットから、砕けた鎧の右肩から多量の出血をしている。この状態の彼女を動かしていいのか? 鎧の破片が奥に食い込んで悪化しないか?


「レイホさん、早く回復薬を!」


 サレットの奥から漏れる息吹を確かめたソラクロに急かされ、俺は静かに盾をどかすことにした。

 抵抗無く把手を手放した手をソラクロが受け止め、静かに地面へ置く。盾が無くなったことで全身の容体を確認すると、目立った怪我は頭と右肩のみのようだった。


「……頭から、いこう。サレットを、外せるか?」


 右肩の傷から逃げるように問うと、ソラクロは頷きを返し、リアの頭の下に尻尾を敷いてサレットを外しにかかる。その間に俺は腰の雑嚢から回復薬を取り出す。

 サレットの後頭部には穴が開いており、その穴からポニーテールの髪が通されていた。だが、髪が引っかかってしまうのか、ソラクロは穴を通すのに苦戦して、泣きそうな目で俺に助けを求めて来る。


「……無理に動かす必要はない。顔が見えるように持っていてくれ」


 不安そうに眉は下がったままだが、了承したソラクロはサレットを持ったまま待機した。

 サレットは陥没こそしているが割れてはいない。破片が残っているということは……ないな。


「痛むぞ」


 既に苦悶の表情を浮かべている相手に掛ける言葉ではないかもしれないが、他の断り文句が思い浮かばない。傷口を触らぬように髪を除け、栓を開けた回復薬を垂らした。


「いっ……!」


 激しく顔をしかめるリアの頭を押さえ、回復薬を一気に流し終える。徐々に塞がって行く傷に、まだ終わりではないと分かっていても安堵の息を漏らす。すると、遠くからこちらを呼ぶ声が耳に入る。


「おーい! お前ら、大丈夫か……って、リア!」


 ミノタウロスを倒したことで迷宮が消滅し、ワタルとプリムラの二人と合流を果たす。けれどそれは円満なものではなく、ワタルは倒れたリアを目にした途端、鬼気迫る様子で駆け付けて俺を押し退け、彼女の名前を何度も叫んだ。


「息はある。今、頭の怪我は治したところだが……」


 肩の怪我は鎧の破片を取り除いてからでないと治せない。そう続けようとしたが、押し倒される勢いでワタルに掴み掛かられたので、口を閉ざさざるを得なかった。


「お前、なんでリアだけがこんな目に!」


 凄むワタルの表情に冷静さは無く、素直に状況を伝えたところで落ち着かせることはできないだろう。


「俺のことは、リアを救ってからにしてくれ」


 感情をぶつける訳でもなく、諭す訳でもなく、ただ平坦な声で告げことしか俺にはできない。


「くそがっ!」


 投げるような乱暴さで俺を放したワタルは、マントの下から透明な液体の入った小瓶と、片手で扱う鋏のような物を取り出した。


「何をする気だ?」


 大凡の予想は付いたが、ワタルの考えを全員に共有させておきたかった。


「……破片を取り除いて治療する。お前らはミノタウロスの魔石取って、魔物が来ないか警戒でもしてろ」


 吐き捨てられた言葉に、俺たちは従うしかなかった。回復役による治療ができず、街の治療院まで運ぼうにも破片が刺さったままでは動かせない以上、この場で応急処置をするしかない。ワタルも、内心は荒れ狂っているだろうが、リアを助けたいという一心だけは揺るぎない。

 鎧を取り外すのを手伝おうとしたら「触るな!」と怒鳴られたため、尻尾を枕にしているソラクロはその場から動かず、俺は魔石の回収を、プリムラは周囲の警戒を始めた。




「…………レイホは、無事?」


 そう尋ねられたのは、魔石の回収が終わった俺が周囲の警戒を始めてから、リアの呻き声を何度か聞いた頃だった。


「ああ」と返しながら、聞かれるまでまだプリムラの無事を確認していないことに気付けなかった自分を不甲斐なく思った。


「プリムラの方は?」


「無事。……追い詰められた、こともあったけど、あの人が、助けてくれた」


「そうか……」


 ワタルは、ちゃんとプリムラのことを守ってくれたんだな。それは喜ばしいことなのに、安堵すべきことなのに、リアを負傷させてしまった事実が、明るい気持ちを全て暗く塗り潰していた。


「……二人、送るね」


「ん?」


「治療、終わったら」


「……う、ん?」


 それはそうだ。俺たちも首都に引き上げるのだから。けど、プリムラの言い方だと、まるで「自分は先にリアたちと帰る」と言っているようだった。

 疑問はあるがどう聞いたら良いものかと、鈍ってきた思考を再稼働させるが、プリムラの唇が動く方が先だった。


「魔力、余裕、まだあるから。外出てからなら、街まで、行ける……と思う」


 ああ……【エレメンタル・セイバー】に乗って移動する【ボード】があったか。リアを担いで走るよりもよっぽど速く移動できる。


「……そうだな。頼む」


 コクリ。と頷いてから「送り終えたら、ギルドで、待っていればいい?」と聞かれたので、少し考える。

 今朝みたいに絡まれないか? 今が何時か分からないが、依頼の報告に帰ってくる冒険者も多いだろうし、宿の部屋で待ってもらった方が……いや、あんまり過保護にするのもな……あぁ、でもやっぱり不安だな。


「……宿で待っていてくれ。俺たちが着いたら呼びに行く」


 冒険者ギルドも宿も大して距離的には変わらないので、結局は安全な方を選んでしまう。

 プリムラは特に反論せずに頷くと、それきり話し掛けて来ることはなく、警戒に専念した。




 一本道、と言うには些か幅の広い空間へ視線を投げ続けてどれくらいたったか、不意に聞こえて来た「終わりだ」という言葉に反射的に振り返る。視線の先では、右肩を露わにした鎧下姿のリアが、今なお苦痛に顔を歪めながら仰向けに寝ていた。


「……帰るぞ」


 治療道具をマントの下に戻したワタルは静かに言うと、マントを脱いでリアの鎧を包んだ。鎧は俺が運んでも良かったが、ワタルの些細なことで壊れてしまいそうな無表情を見たら、声は喉を通らなかった。


「帰りましょう!」


 尻尾を振って立ち上がったソラクロの声がやけに明るく聞こえたのは、俺の気持ちが後ろを向いていたからだろうか。

 ソラクロを先頭に、鎧を包んだマントを背負ってリアを担ぐワタル、プリムラ、俺の順に変わった帰り道は実に静かなもので、自分が立てる足音すら耳障りに感じた。

 魔物が再出現するといった事もなく魔窟から出、森を抜けたところで、プリムラはワタルへ魔法での移動を提案した。ワタルは僅かに逡巡したようだが、提案を受け入れることにし、【エレメンタル・セイバー】の準備が整うと挨拶も無しに飛び去った。


「……わたしたちは、のんびり歩いていきましょうね」


 空に広げられた暗い紫の光を浴びながら、ソラクロは何事もなかったかのように笑んで見せた。それを不快に思う者もいるかもしれないが、幸いにして俺の心は素直に受け入れてくれた。肩の力が抜けた時に初めて、自分がこれまで肩に力が入っていたと気付く。けれどそれを悟られ、余計な気を遣わせたくなかったので、視線をソラクロから外して空を見上げる。


「……のんびり……している時間は、無いかもな」


「そう、ですね」


 一緒になって空を見上げる。星の無い夜闇に、暗い紫の月が顔を出し始めた頃合い。急いだところで暗闇の中を歩かねばならないことに変わりはないが、開き直ってのんびり歩くような気分でもない。プリムラも宿で帰りを待ってくれている。

 俺たちは見上げた顔を下ろすと、相談する訳でもなく歩き出す。のんびりでも、せかせかでもない、中途半端な速度で、首都への帰路を真っ直ぐに。



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