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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第四章【再開の異世界生活】
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第百九十四話:逃した機会

 冒険者ギルド内でひと悶着あったとしても、荒事に慣れている冒険者からすれば日常風景とさして変わらないようで、一時は俺たちに注目していた視線も、今はもう依頼書の方に戻されている。

 俺も、助けてくれた二人組——ワタルとリアに礼を言ったら依頼を探すつもりであったが、ワタルが異世界人であったことに関心を示し、話を広げてしまう。俺のことも異世界人だと察したからか、ワタルは手近な卓を親指で示して座る様に促した。


「よっこいせっと」


「冒険に出る前からおじさんにならないでよ」


「口癖みたいなもんだ。気にすんなって」


 隣りに座ったリアに脇腹を小突かれるが、ワタルはへらへらと笑っている。

 恩人に誘われた以上は無視もできないので、机を挟んで俺たちも、俺、ソラクロ、プリムラの順で座る。


「……飲み物でも買って来ましょうか?」


 座ってから気付く辺り、俺の気配り能力の低さが露呈してしまったが、気付けただけでも自己採点で及第点を与えてやりたい。


「あ、お気になさらず!」


「……お前、いっつもそんな態度なのか?」


 繕うつもりは無いのだろう、口調にも表情にも呆れが出ている。やはり飲み物云々は席に着く前に気付くべきだったか。


「すみません。他の冒険者と、滅多にこんな風に交流していないので……」


「じゃあ今から改めておけ。嘗められんぞ。敬語なんて特にな」


「はぁ……」


 次からは改めるが……嘗められる? 怒られるじゃなくて? それに敬語も指摘されたとなると……んん? あんまり丁寧な対応をするなってこと? しかし、初対面の相手に対してタメ口で接するというのは、俺の対人交流能力じゃ難しい。


「煮え切らない奴だな。ただでさえ頼りない見た目してんだから、もっとしゃんとしろ」


「ワタルがそれ言える?」


「オレはいいんですよーっと」


 リアからの横槍を慣れた様子で躱すと、俺の返答も待たずにこちらの女性陣へ視線を投げた。


「そんで、遅くなったけど、お嬢さん方のお名前は? あ、オレはワタル・トキオカ。気軽にワタルでオッケー」


 俺に話し掛けた時よりも幾分か声に明るさが宿っているが、元がそこまで快活ではないのだろう、どこか間延びして聞こえる。


「わたしはソラクロです。よろしくです!」


「…………」


 人当りの良いソラクロは心配ないとして、プリムラは何故俺の方をじっとみているんだ? 俺に紹介を任せるって言いたいのか?


「奥の……彼女は、プリムラと言います」


 仕方ないので紹介すると、プリムラは特に表情も変えずに俺から視線を外した。合ってたのか?


「ソラクロに、プリムラね。よろしくどうぞ、ってことで早速なんだけど二人は……」


「あ! そう言えばあたし名乗ってなかった。あたしはリア・モールディング。リアって呼んでね!」


 だらしない顔をしてソラクロとプリムラに話し掛けようとしていたワタルを押し退け、リアが太陽みたいな笑みと共に名乗った。

 忘れていたわけじゃないけど、俺が最後に名乗ることになったな。最後だからって、べつに何があるわけでもないけど。


「俺は……」と口にしたところで、ワタルが抗議の声を上げたので、大して大きくもない声は簡単に掻き消されてしまった。


「リア~、オレは二人と健全に仲良くなろうとだな……」


「そこで三人じゃなくて二人って出て来る辺り、健全かどうか大分怪しいよね」


「そりゃあ、男は女が好きな生き物ですし? 二人とも可愛い、美人ですし?」


「男同士の友情も、あたしは好きだけどな~」


「それはリアが女だからだろ」


「ってことは、ワタルはあたしの事も好きなわけだ」


「うっ……お、おまっ、それは卑怯ってもんですよ!?」


 ……仲睦まじいようでようござんすね。おっと、酷い胸焼けがしたもんで言葉遣いがおかしくなってしまった。

 ちなみに、ワタルに見た目を褒められたお二方だが、心には全く響いていないようで、ソラクロは「仲良しさんですね~」と微笑ましく見守り、プリムラはただぼーっとしている。

 あれ、俺はこの空気を切って名乗らないといけないの? っつーか、なんで向かい合って座ってるんだっけ?


「ごめんごめん、こっちだけで盛り上がっちゃった。えーと……あれ? なんの話してたっけ?」


 ワタルをからかった事でこみ上げる笑いを堪えながら、リアは話を戻そうとして小首を傾げた。彼女が思い出せないのも無理はない。何せまだ自己紹介くらいしかしていないのだから。……俺はまだしてないけど。


「話ってのは今からする」


 居住まいを正したワタルが再度ソラクロとプリムラに視線を送るが、そこに下心は含まれておらず、純粋に話を聞くよう目配せしたのだろう。そして真面目な面持ちのまま俺に視線を移し、言葉を続ける。


「お前ら、依頼に行くのにオレらを雇わないか?」


 これは意外な提案だな。どうして、と聞き返すのは簡単だが、気になった部分から詰めて行ってみるか。


「雇う?」


 一緒に依頼を受けるのだとしたら“組む”とか“協力”という言葉が出るとおもうが、ワタルは“雇わないか”と聞いて来た。言葉通りの意味として捉えるなら、対等な関係ではなく、雇用関係を結ぼうとしているということになるが、何か利があるのか?

 俺が質問するのを、ワタルは予想が付いていたようで、視線を外して軽く肩を竦めた。


「ああ。つっても、特別なことは何も無い。お前らが受けた依頼にオレらも付いて行って協力する。平たく言えば同行させてくれってことなんだが……雇わないかって聞き方は、うちのお嬢なりのケジメみたいなもんだ」


 ワタルが視線をリアの方に流し、言葉を引き継ぐ。リアは少し恥ずかしそうに頬を掻きながら「混乱させちゃってごめんね」と謝り、話を続ける。


「あたしらは二人でパーティを組んでるんだけど、二人で依頼を受けるってことはあんまりしてなくて、基本は他のパーティの依頼に同行する形を取ってるんだ。理由は……個人的且つちょっと長くなるから、今は気にしないでもらえると助かるかな」


「そういうことなら深くは聞きませんけど……俺たちが薬草採取に行くと言っても付いて来るんですか?」


 魔物討伐なら戦力は必要になるだろうが、あんまり多人数で採取に行っても……採取効率は上がるだろうが、一人当たりの報酬が割に合わなくなる。大規模な薬草園でもあるなら話は違ってくるが、今のところだと採取は自生しているものを見つけて摘む以外に方法は無い。


「それは……そちらの意向次第かな。報酬の取り分を増やすか、人手を増やすか。あたしらは雇い主の等級や依頼の内容には一切口出ししない……あ、ごめん、うそ。無謀な討伐依頼だったら物申す」


 リアたちは同行を頼み込んでいるわけじゃなく、あくまで提案の形で連れて行くかどうかは相手方に一任している。なるほど、“同行させてくれ”ではなく“雇わないか”という言い方も納得はできた。……べつにどっちだっていい、というのは……ぶっちゃけない方が賢明か。


「ま、まだギルドに来たばっかで、どんな依頼があるかも分からない内に決めさせる気はねぇさ。オレら二人分の戦力も加味しつつ、好きな依頼を受けてくれればいいさ」


「そうそう。で、先にあたしたちの情報を話しておくと、あたしは銅星四の守備者ディフェンダー。ワタルは銀星一の射撃者シューター。どっちも平均すれば等級の推奨能力値は超えているから、よろしくね!」


 笑顔が眩しいが、それで疑いの心を忘れてはいけない。言葉だけなら幾らでも偽れる。そう思った矢先、リアは「詳しく知りたいならどうぞ」と二冊の冒険者手帳を差し出して来た。

 …………疑って悪かったな。


「まだ組むと決めたわけではないので、そこまでは……」


 手の平で空を押して見せ、冒険者手帳を引っ込めさせる。


「……確認、だけど、話は今ので終わり……?」


 敬語を我慢して尋ねると、ワタルは「そうだ」と肯定してからやや間を開けて、思い出したように口を開いた。


「女の子らとお喋りしていいってんなら、喜んでするけど?」


「…………てっきり俺が異世界人だから、元の世界に戻る方法とか、そっち系の話があると思った」


「おいおい、さっそく無視が板についてんじゃんかよ」


 苦笑するワタルの横でリアがサムズアップして見せた。


「あー、元の世界のことは……ちょっと今はいいんだわ。それどころじゃねーって感じだから」


 どっかの誰かさんみたいに偏屈でもない限りは元の世界に戻りたいと思うだろうが、ワタルにはワタルの事情があるようだ。ただ、その事情を重荷に感じている様子は無く、どこかスッキリとした表情を浮かべていた。


「そういうことなら、俺たちは依頼を見て来ます」


 魔界やリンゴの話をしなくて済むならそれに越したことはない。魔法学校の時みたいに「案内しろ」なんて言われたら堪ったもんじゃないからな。

 ソラクロとプリムラに目配せして席を立ち、受付の方に歩き出そうとしたところで、ふと思い出したことがあった。


「あっ、あ~…………」


 思い立った勢いで言葉を発せれば良かったのだろうが、先に気恥しさが湧き上がって来てしまった。


「どうかした?」


「言いたいことがあるなら言っておけよ」


 リアとワタルに背中を押され、ようやく俺の言葉は恥を突破する。


「……レイホって言います……名前、レイホ・シスイです」


 話が一段落したところでの名乗りに、リアとワタルは目を丸くし、同時に「ああ~」と頷いた。


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