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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第四章【再開の異世界生活】
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第百九十二話:運び屋

 首都で冒険者稼業を再開して数日後、無月から暗影の月へと変わった。ひと月ぶりに空へ浮かぶ月は夜の闇とほぼ同化していて、夜明けか日暮れの頃にしか、その暗い紫の月を目にすることはできない。


 無月の頃と比べて、長く重い夜に不安を感じるのも初めのみであり、市民らが普段と変わらぬ生活を続けるものだから、環境に順応するには一週間もあれば十分だった。そして、その頃になると、冒険者ギルドに山のようにあった採取系の依頼は平時と同数程度まで減っていた。

 いくら首都で冒険者の数が多いからと言って、街一つを復興させるだけの建材や、数千人規模の負傷者の治療を行える薬草を、二週間程度で採取するのは難しい。

 薬草はともかく、建材は荷車が無ければ数を運べず、荷車を借りる資金を踏まえると割の悪い依頼だ。冒険者という、常に危険と隣り合わせな職業柄、慈善の精神を持った者よりも即物的な者の方が多くなるのは仕方のないことではある。

 では何故、採取系の依頼の大半が仕遂げられたのか...それは、首都に"運び屋"と呼ばれる冒険者が存在しているからである。


 そして俺は今、運び屋の納品を目の当たりにしていた。

 依頼内容を口にすると同時に、何もない空間・・・・・・から薬草が出現し、勘定台に山を作る。それを冒険者ギルドの職員が数人がかりで運び、計数して行く。


「建材はどうすれば? ここじゃ狭すぎる」


「ええっと……竜車を手配しますので、少々お待ちを」


「了解、その辺で待ってるよ」


 振り返った男はまだ歳若く、黒髪でやや中性的な顔立ちをしていた。

 運び屋は連れていた二人の女性と共に、空いている椅子へと向かう。

 連れの片方は獣人で、こめかみの辺りから太く短い角を生やし、明るい灰黄色のクセ毛の少女だ。小柄な体躯をすっかり隠せてしまう大楯を背中に担いでいるが、その足取りは軽やかだ。

 もう片方は人間...いや、耳が少し尖っているからハーフエルフか。手入れの行き届いた薄い青緑色の長髪で、後ろ髪だけ結っている。腰に帯剣しているところを見るに、剣士なのだろう。


「よう、運び屋、珍しく大活躍じゃねぇか」


 座った席の近くに居た冒険者が声を掛けると、運び屋は「素直に喜べない状況なのが残念だよ」と肩を竦めた。


 職員が慌ただしく計数している様子を見ていると、毎日毎日、籠一杯の薬草を摘んで働いていた気になっていたのが情けなく思えて来る。だが、情けなくても報酬は欲しいので、手の空いてそうな新米受付嬢の所へと歩いて行く。

 初めに色々と手続きをしてもらって縁ができたのか、それとも新米だから手の空くタイミングが多いのか、しょっちゅう新米受付嬢に依頼の報告をしている。


「本日もお疲れ様です!」


 緊張しがちではあるが、人見知りではないようで——人見知りしてたら冒険者ギルドの受付なんてやってられないか——初対面以降は慣れた様子で接してくるようになった。

 プリムラが籠ごと薬草を置き、受付嬢は依頼書にあった薬草と相違ないか確認をする。

 薬草採取の報酬は、籠一杯に採取しても百ゼースを越えることは無い。単価の高い薬草の依頼を二、三受ける事が出来ても、得られる報酬は七十ゼース弱だ。三等分すると、一人当たりの収入は二十ゼース前後。

 住居や食事といった生活に必要最低限の物については、まだ無償提供されているので、低い収入であっても貯まる一方だ。今日の報酬を加えれば所持金は二百ゼースを越える。

 二百ゼースくらいじゃ、武具の一つ買えるかどうかといったところだが、普段着とか生活雑貨ならそんなに高い物を選ばなければ買えるだろう。依頼で街の外に出ていると言っても、同じことの繰り返しばかりじゃ気分も下がるだろうし、二人には明日、休みをくれて買い物にでも行かせるか。俺は一人で気ままな冒険者ライフを送れればそれでいいし。


 受付嬢が確認している間にぼんやりと明日のことを考えていると、ふと視線を感じてので、感覚任せに顔を向ける。

 運び屋と視線が合ったのは一瞬だけで、直ぐに目を逸らされてしまった。

 …………向こうもギルドの対応待ちだし、受付の方ぐらい見るよな。


 あまり深く考えずに処理すると、丁度こっちの依頼の確認が終わったようで、受付嬢が籠の代わりに小袋を勘定台に置いた。それを受け取って、宿場に帰るべくギルドを出たところで薄い砂埃に襲われた。

 砂埃を手で払って視界を確保すると、荷車を引いた虫竜と御者が見えた。どうやらギルドが手配した竜車が到着したようだ。

 御者が竜車から降りてギルドに到着を知らせると、程なくして運び屋パーティとギルドの受付嬢が一人出て来た。

 運び屋がどこから建材を持ち出して来るのか、少しばかり興味が湧いたので、二人に時間を貰えないか尋ねると即答で了承してくれた。


「さてと、じゃあ乗せるよ」


 一声掛けてから、運び屋は特に何かした様子も見せずに、虚空から丸太を次々と出現させて荷車に乗せて行く。

 まさか無から有を生み出している訳はないし、物体を転移……いや、収納?


「なぁ、物を仕舞う魔法ってあるのか?」


 丸太を乗せる音で掻き消されるとは思うが、一応声を潜めて二人に聞いて見ると、少し曖昧だけど否定的な反応が返って来た。聞いてから気付いたけど、二人とも魔法に詳しいわけじゃないんだよな……。特級魔法なんていくらでもあるみたいだし、探せば収納魔法ぐらいありそうだな。

 そこまで考えてから、現在もマナ濃度は薄く、魔法の使用には通常よりも多くの魔力が必要となることを思い出す。加えて、運び屋は詠唱も魔法名の宣言もしていない。ヴォイドのように魔法特化のアビリティでも所有しているなら話は変わってくるが、あんな滅茶苦茶な奴がそうあちこちに居てたまるか。


「とりあえず、こんなもんかな。大きい石材は加工場に直接持って行けばいいんだよね?」


 荷車に積んだ木材を見上げながら、運び屋は受付嬢に確認し、肯定の返事を貰うと共に木材分の報酬を渡した。


「わかった。石材の分の報酬は……明日、取りに来るよ」


 そう言って運び屋は連れと共に加工場とやらに向かうが、直ぐに「ああ、それと」と受付嬢を呼び止めながら振り返った。


「大物の採取系の依頼があったら、優先的に回してもらえる?」


「あ……はい。そのように手配しておきます。シュウさんくらいしか、お受けにならないとは思いますが……」


 受付嬢のその言葉に、運び屋——シュウは自虐的な笑みを浮かべ、それ以上は何も言わずに今度こそ立ち去った。


「何か気になるんですか?」


 視線でシュウの背中を追っていた俺にソラクロが話し掛けて来た。


「いや……。待たせて悪かった。行こう」


 恐らくは異世界人だろうが、だからと言って積極的に友好関係を築く気はない。能力の詳細については気になるが、それよりも、だ。


「二人は明日、休みだ」


「「え?」」


 声音は違えど、完全に同一のタイミングで疑問符を浮かべられる。

 休みに対して疑問符を浮かべるって……労働意欲高ぇな。


「二人って……レイホさんはどうするんですか?」


 コクコク。


 ああ、そっちか……。


「手頃な依頼でも探して適当に過ごすよ」


 あれ、これ、依頼を受けに行くって正直に言わない方が良かったか? 俺も休みってことにして、休みの自由行動の一環として依頼を受けに行く体にするべきだったか?

 後悔するも、既に言葉は出切っていて……当然反応が返ってくるわけで……。


「それなら、わたしもご一緒します!」


「うん」


「……気分転換は必要だぞ」


「それを言うなら、レイホさんも休まないと駄目ですよ」


 俺は一人でフラフラするのが何よりも気分転換になるんだが……。それを言ったら、三人で居るのが苦痛みたいに捉えられかねん。


「服、また、ほつれてきてる」


「ん? あぁ、これはもうどうしようもないだろうな」


「新しいの、買う?」


「そのうちな」


 クロッスへ帰る為に金を貯めている筈だが、出費する事案も当然出て来る。やっぱり薬草採取ばかりじゃ効率が悪いか……。シュウのこともあるし、明日からは魔物討伐を中心に受けて行くか? それだとプリムラがな……。街の外、魔窟内だったら回復魔法以外の魔法の使用に規制は無いが、魔力消費量がかなり増えているらしいし、発動後の硬直も伸びていると聞いている。


 話しながら、考えながら歩いていると、あっという間に宿場に到着してしまう。食事の配給にはまだ時間があるので、体を拭きながら、休憩しながら、明日いかに二人を休ませるか考えるか……。


参考までに。

現在のソラクロの能力値。()内はケルベロス時の能力値。


体力:531(666)

魔力:123(153)

技力:138(174)

筋力:60(75)

敏捷:57(72)

技巧:78(99)

器用:15(21)

知力:48(60)

精神力:177(222)


◇アビリティ

 属性耐性・火・氷・闇、毒耐性、属性虚弱性・光、気配察知、保養鬱散、魔獣ハンター

◇スキル

 トップテール、レイド、アサルト、二段跳躍、エクサラレーション、ランディング

◇魔法

 フレイムスロア、フローズンスロア、ダークネススロア


保養鬱散ほよううっさん

意味:休養を取り、気を晴らすこと。苦しいことや辛いことを忘れ、憂鬱な気持ちを発散させること。

本作での効果:個々で条件を達成した場合、体力・魔力・技力の自然回復速度が上昇する。

個々の条件の例:ハープの音を聞いて寝た時、小麦粉のお菓子を食べた時など

 

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