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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第四章【再開の異世界生活】
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第百九十一話:自己嫌悪

 プリムラの冒険者登録に、冒険者手帳とエクスペリエンス・オーブの再発行にと、新米受付嬢に重労働を強いてどうにか全ての手続きを終わらせる。冒険者手帳紛失による降格については、受付嬢が上長に確認したところ、状況を鑑みて不問ということにされた。……冒険者ギルド側の度を越した繁忙さに見逃された、と言った方が正しいか。

 ちなみに、プリムラの等級は鉄で、直ぐにでも昇級試験を受けられる状態だが、本人は等級には全く興味ない。


 諸々の手続き終わらせ、冒険者ギルドに併設された武具屋で割符を渡して、金属で補強された木製の小丸盾バックラー両刃片手剣ショートソードを借りた。

貸出品は他の冒険者から武具を買い取り、損傷の少ない物を手入れした物らしいが、軽く見た限りでは新品と遜色ない輝きを放っている。

 武具屋の店主から「供給過多だから格安で譲ってもいいぞ」と言われたが、格安の金すら持っていないので断った。


 装備を整え、冒険者ギルドから借りた籠を持ち、首都の南門から青々とした草原へと出で立つ。踏み固められた土の街道を、籠を抱えたプリムラに案内されるまま歩いて行く。プリムラの役割は一応、魔法使いマジシャンということになっているが、今回の依頼については専ら運搬者トランスポーターだ。

 草原に生えている草花はどれも背が低く、快晴ということも手伝って見晴らしが非常に良い。街道が敷かれるくらいだから魔物の出現率は高くないだろうが、奇襲を受けるということは頭の片隅の隅に追いやっても問題なさそうだ。万が一、魔物が接近してきた場合でも……ソラクロの【気配察知】で対処できる。【サーチ】の魔法なんて習得せずに回復魔法でも覚えれば良かったと思うが、こんな展開になるなんて思ってもみなかったのだから後悔しても仕方ない。どちらにせよ、今は魔法が使いにくい環境だからな。


 陽気に包まれて歩いて行くと、街道を分けるように穏やかな川が流れていた。首都にも引かれている川だ。整備された橋が架かっているので渡るのは何も難しくないが、プリムラは橋の前で止まり、視線で上流——首都とは反対方向を追った。


「どうかしました?」


 犬耳を動かしながら訪ねるソラクロに、プリムラは「こっち」とだけ告げ、街道を離れて上流へ向かう……かと思いきや、小川からも離れるように進路を取った。俺は歩く速度を上げてプリムラの横に並び、魔物に対して注意を促そうとしたが、遮る様にプリムラが口を開いた。


「スタビハーブも、トニックリーフも、水気の少ない場所を好む。自生している物は、人気のない、静かな場所がほとんど」


「そうか。……人気がないってことは、魔物に注意しないとだな」


 我ながら上手く話題を混ぜられたと、くだらない自負を抱いた瞬間に捨てながら、少し後ろを歩くソラクロへ目配せした。耳を小刻みに動かして応えてくれたので、役目は理解しているようだ。

 しかし、魔物の姿を見かけるどころか、想像よりも歩かずして目的の薬草を見つけることになった。

 平坦な草原の中に現れた、なだらかな窪みに隠れるようにして、厚い葉肉を持つ刺々しい形をした葉を伸ばした低木——トニックリーフが生えていた。


「これ、どの程度伐採したらいいんだ?」


 両刃片手剣を腰の鞘から抜いて歩み寄ると、プリムラが何の気なしに「危ないよ」と口にした。体を震わせて足を止め、周囲を確認すると、プリムラが俺の足元を指していることに気付いて視線を落とす。そこには、低く地面に這う様に伸びた茎から薄紫の房を実らせている植物が生えていた。


「そっちが、スタビハーブ。踏んだら、使い物にならなくなるから、気を付けて」


「そうか……」


 トニックリーフを見つけた時に一緒に教えてくれれば、って言うのは自分の注意力と勉強不足を克服してからにしよう。


「じゃあどんどん摘んで行きますね!」


 やる気に満ちたソラクロがスタビハーブの前にしゃがみ込み、房ごと茎を掴んで引っこ抜こうとする。そこでまたプリムラさんから一言頂くことになった。


「房を潰したら、駄目」


「ひゃあ!」と情けない声を上げ、慌てて手どころか飛び退いて離れるソラクロ。それを追って、ほのかに甘く柔らかい香りが漂う。


「あ~……手が良い匂いします」


「落ち着く、でしょ」


「そうですねぇ」


 トニックリーフには興奮作用と疲労回復効果が、スタビハーブには精神安定の効果があるんだったか。

 薬草の効果を思い出していると、プリムラは籠を地面に置いて無事なスタビハーブの前にしゃがみ込み、茎の下に手を添えて……止まった。


「鋏……無い」


「……剣しか無いぞ」


「じゃあ、それで」


 プリムラは体をずらし、可能な限り手を伸ばして茎を差し出して来た。

 え、俺が切るの? その状況の茎を?


「……房を潰さないように茎だけを切ればいいんだな?」


 コクリ。


「他に気を付けることは?」


 フルフル。


「よし、ならこっちは俺が採取するから、二人はトニックリーフを頼む」


 コクリ。「はいです!」それぞれの返事をして、足元に注意しながら低木の採取に着手し始めた。……直後に聞こえて来た「チクチクします~」という情けない声に、構おうか無視しようか少しだけ悩んで…………無視して自分の仕事に集中することにした。






 初めに見つけた場所以外にもいくつか生息地を巡り、時々似たような毒草を摘もうとしてプリムラに注意されながら、陽が残っている内に籠一杯の薬草を採取した。その帰り道、俺は「詳しいんだな」とプリムラに話し掛けてから「薬草について」と付け足した。

 連れて行きたくないと言っておきながら、今回の採取依頼はプリムラがいなければ十分な達成は難しかった。プリムラを連れて行かないなら別の依頼を受けていた、という分岐を考えるのは自重する。


「前、薬草園で、お手伝いしてたから」


「そうなのか」


 過去については触れない方が良いと思っていたが、クロッスに来る前の事なら……少し聞いても大丈夫だろうか。……いや、小さくない訳があってクロッスに来たのだから掘り下げない方がいいか。


「プリムラさんの故郷ってどんな所なんですか?」


 相槌を返してから流れていた沈黙に好奇の色が混ざる。

 一人で悩んでいるのが馬鹿らしくなる純粋な声音に、俺は静かに肩を上下させた。


「静かな……田舎。お年寄りが多い、けど、みんな、元気」


「いい所ですね」


 ……聞き方に気をつければ、大丈夫か? 踏み込みづらいことを聞くのだから、せめて雰囲気は明るくしていくべきだよな。

 プリムラの過去には、きっと触れられたくない部分もあると思うが、だからといって何も聞かないのでは今後どうしたらよいかも想像できない。俺はプリムラのことを知らなすぎる。

 明るく……とまではいかなくても、話の流れに乗ってさりげない感じで、気負わせないように……よし、言うぞ。


「故郷に帰りたいか?」


 抑揚のない声。端的な問い。相手に選択を迫る。

 どうしてこんな話し方しかできないのか……俺にも分からない。


「…………」


 ほら、いたたまれない沈黙が流れたじゃないか。初めから話さないでいる沈黙はべつに苦じゃないが、自分が会話を途切れさせて出来た沈黙は……少しつらい。


「あぁ……えっと……故郷は、どの辺りにあるんだ?」


 苦し紛れの話題転換もまともにできない。これじゃプリムラの故郷に行こうとしているようにしか聞こえない。


「べつに、行くわけじゃないから……安心してくれ。ただの質問だ」


「じゃあ、質問してどうするの?」と聞かれたら答えられないし、もう今日は口を開かないようにする。けれど、俺の心配を他所に、プリムラはこちらを真っ直ぐに見て「西」と教えてくれた。


「ずっと、西。ドワーフ領の、近く」


 西かぁ。ドワーフ領の近くかぁ。そっかぁ……。あんまりこっち見ないでくれ。自分の口下手で精神力が落ちているから……。

 聞いたはいいが、話を膨らませる話題なんて何一つ持ち合わせていない。それはソラクロも同じなのだが、静かでも満足気な笑みは話題がなくて黙っているというより、聞き手に回っているという様子だ。


「レイホ」


「……ん?」


「つらい?」


「そう見えるか?」


 コクリ。


 ……つらい、なんて上等なものじゃなくてただの自己嫌悪なんだよな。そんなので他人に気を遣われてしまって更に自己嫌悪。


「レイホさん、どこか具合が悪いんですか? おぶりましょうか? 休みますか?」


 悪いところがあるとすれば性根かな。……笑えない冗談は俺の腹の中だけにしておけ。

 ソラクロは本気で心配して近くに寄り添って来るのだが、優しさ恐怖症な俺の精神力は音を立てて崩れていく。


「いや、大丈夫、大丈夫だ。二人の方こそ、疲れてないか?」


「わたしは元気ですよ!」


 コクリ。


 元気なのはいい事だ。うん。

 しかしなぁ……これからも顔色を伺われて心配されたら堪ったもんじゃないぞ。いっそ仮面でも被るか? 仮面は冗談としても、防具として兜を被るっていうのはアリかもな。能力値も上がってきたし、軽量の防具なら身に着けられるだろうが……。その前に普段着を買わないとだな。プリムラなんて未だに魔法学校の制服を着ている始末だし……。


「どうか、した?」


 おっと、小首を傾げて綺麗な顔をこっちに向けて来るのはやめてくれ。制服姿をジロジロ見てた俺が悪いって? その通りだよ。ごめんなさい。


「……なんでもない」


 オーバーフローを乗り越えて、一先ずは落ち着いた筈なのになんだかなぁ……戦っている時は余裕がないから、ある意味で自然に振舞えてたんだろうけど、考える余裕があると……なんか、駄目だ。

 思考力と語彙力の低下を感じ、気分を入れ替える為に空を仰いで短く息を吐く。その後は、できるだけ平常心を保ちつつ帰路を歩いて行った。



次回投稿予定は6月15日0時です。


参考までに。

現在のレイホの能力値。()内は前回(第百二十六話)の測定値。


体力:446(348)

魔力:39(12)

技力:45(21)

筋力:23(16)

敏捷:25(17)

技巧:14(1)

器用:41(28)

知力:18(6)

精神力:189(154)


◇アビリティ

 言語能力、逃走者の心得、単独行動、闘争本能、生存本能、属性耐性・氷

◇スキル

 エイム

◇魔法

 サーチ、バッファー

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