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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第三章【学び舎の異世界生活】
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第百八十七話:クロッスの様子

 町の四方を魔窟に囲まれたクロッスには、種族を問わず多くの冒険者が集う。上は金等級星三から下は駆け出しまで、金銭か、栄誉か、それとも別の何かを求めて魔物を狩り、魔窟を探索する。

 しかし、彼らは今、自分が描いた夢を思い出す余裕も無い窮地に立たされていた。

生き残れたら多額の報奨金が出るかもしれない。大物を仕留めれば一気に名を上げられるかもしれない。戦いの果てに自分の求めていた何かを手に入れられるかもしれない。そういった希望的観測は町の存亡を賭けた戦いが始まって直ぐに消え失せ、一瞬一瞬を生き抜くだけで精一杯だった。けれど、全員が全員、四日に渡って続く・・・・・・・・と予想されたオーバーフローに絶望していた訳ではない。


「っぷはぁ!」

「つ、疲れた……ッス」

「腹減った……」


 北門通りにある、普段は兵士の詰所となっている家屋は現在、支援室として使われており、大きな負傷をしていない冒険者が交代で休息を取れるようになっていた。ペンタイリスの三人・・は入室した途端に各々が疲弊を口にし、それを聞いた同パーティの四人目が小柄な体で精一杯に三つの紙袋を抱え、体を投げ出すように休憩している冒険者たちの間を縫って仲間の元へやって来た。


「今回もよく帰って来たわね! けど、いつまでも入り口にいたら邪魔よ。こっちに来なさい」


 コデマリは紙袋を三人に押し付け、三人を部屋の奥にある空きスペースへ案内する。机や椅子といった家具は全て外に出され、武具類は全て使用中であるため、詰所とは思えない程に広々としている筈だが、冒険者がそこら中に転がっているので実質的な広さに反して狭苦しさを感じる。

 案内された場所に着いた途端に三人は座り込んで疲労を露わにするが、その瞳は未だ曇りを知らないでいた。どれだけの困難が続こうとしても、彼らは最期の一瞬までその瞳の輝きを絶やさないだろう。このクロッスがの帰りを約束した地である限り。


「ほっひひゃへっひ?」


 紙袋に入っていたイートン印のベカリーサンド——要は巨大ハンバーガーを頬張りながらアクトが尋ねる。が、コデマリは眉間に皺を寄せた。


「何言ってるか分かんないわよ」


「こっちは……はぁっ……へいきって……んぐっ……聞いてる……ッス」


 激しく息を切らしながらエイレスが代弁すると、コデマリの眉間の皺は益々深まった。


「よくそんな状態で聞き取れたわね。町の方は大丈夫よ。飛行型の魔物は想定通り、こっちの対空戦力で対処出来ているし、打ち漏らしても町中の兵士が倒しているから、大した被害は出ていないわ」


 説明しながら、エイレスが着込んでいる防具を外す手伝いをする。


「地上はどう? 大型は多分、漏らしてないと思うけど……」


 水分を補給しつつ気に掛けるシオンに、コデマリは「そっちも問題無し。今日も罠が機能しているわ」と答えてから「ただ……」と言葉を引き摺った。


「昨日、一昨日もそうだったけど、後半になれば罠は機能しづらくなるし、前線の戦力も低下していくだろうから、これからが正念場よ」


 オーバーフロー三日目。心身共に限界が訪れる頃合いであっても戦線を維持し、町への被害を拡大させずにいられるのは、偏に采配の賜物であった。

 首都で行われる武闘大会に出場する為、幾つかのユニオンがクロッスから出て行ってしまっていた。だが、不幸中の幸いにして、数あるユニオンの中でも最大級の規模を誇る、消えぬ落陽の夢想モーメント・トロイメライとそのユニオンマスター、ドルフ・ハンプソンはまだクロッスに残っており、兵士長と共に此度の対オーバーフローの総指揮を執った。


 南の魔窟でオーバーフローの予兆を検知してから、マナの放出量を調査し約三日の猶予があると判断されてから、ドルフは先ず町の守りを固めることにした。一般市民の手を借りて正門から南門に掛けて堀を作り、堀の中には木槍を敷き詰めた。更に掘の外側には三メートル近い木製の柵を設けた。この柵は魔獣が“飛び越えるよりも、突進して破った方が早い”と判断できるよう、敢えて薄く、頼りない造りにした。

 オーバーフローの予兆が南の魔窟だけでなく、日を追うごとに各地からも発生したことはドルフにとっても想定外であり、クロッス全体が大きな絶望感に包まれたが、だからと言って抵抗を諦めることはしなかった。

 堀で町を囲み、木槍を敷き詰め、頼りない柵を立てる。更にそこから連戦を乗り越える為の策を練る。平時よりも有力な冒険者の数は減っているが、それでも冒険者と兵士を併せた戦力があれば単独のオーバーフローを乗り越える事は難しくない。食料や薬品の貯蔵も十分だ。問題はそれらをどうやって分配するか、ドルフと兵士長は短い時間で協議した。

 交代制で戦線を維持することは直ぐに思い付き、そこから適切と思われる戦力、時間、配置、等々を突き詰めて行った。結果、冒険者は前衛、後衛、支援の三つに、兵士は後衛、支援、防衛の三つに分けられた。冒険者が外を、兵士が内を、平時の役割分担よりも冒険者側を内側に寄せた形となった。これは「前線を交代で長期的に維持するためには効率の良い休息が必要不可欠である」というドルフの考え方から来るものだった。

 前衛は可能な限り魔窟に近い地点で戦線を形成し、魔獣の同士討ちを誘発させつつ数を減らす。交代の移動も含めると最も過酷で危険な役割であるため、生粋の前衛かそれに準ずる能力値を持つ者のみが選ばれ、普段のパーティで、前衛も兼ねている魔法使いマジシャン射撃者シューターといった者は軒並み後衛に回された。そして後衛には火力や範囲等、遠距離攻撃の中でも何か秀でたものを持っている者が選ばれ、それ以外は全て支援へと回された。


 回復重視の戦略と、冒険者、兵士、両者の健闘によって三日目のオーバーフローも順調に対処できていたが、連日の激闘により冒険者たちには少なくない疲労が溜まっていた。能力値上では体力の低下と精神力の低下に関連性は無いが、人体には数値では測れない不可というものが存在する。連日の戦闘による過度な集中であったり、蓄積した疲労だったり、自身や仲間に訪れた不幸だったり、一人の身の内だけでは処理できないモノが溜まる。そして、それが溢れ出る場合、標的となるのは個人的に能力の劣っている者、もしくは社会的に立場の弱い者が常である。


「……ダークエルフなんかがいるからだ」


 支援室内の誰かが口にした言葉をシオンは聞き逃さなかったが、手にしていたベカリーサンドを強く頬張ることで耐えた。それを見てコデマリは、半ば雑音として処理されていた先の言葉が、脳内で意味を持った言葉として鮮明に浮かび上がった。それと同時に、目の前で勢い良く立ち上がる者がいたので、慌てて手を引いて止める。


「なんで止めるの?」


「腹が立つのは分かるわよ。けどこんなとこで喧嘩したって無駄よ。反論したら気に食わない相手の不満を聞いてやるようなものだから、ここは堪えなさい」


 本来ならコデマリも【マジックショット】の一発や二発お見舞いしたいところだが、ここで暴れてオーバーフローの対処に影響が及んでは取り返しのつかないことになる。それが仲間への侮辱を許す理由にはならないことも理解しているが、アクトを止めるのはコデマリの役目である。しかし、その冷静な判断は無に帰すことになる。


「オーバーフローなら、ついこの間も起きただろ。また起きるなんて……しかも四つ全部から……! やっぱりダークエルフが厄災を呼ぶんだ!」


 出入口近くの壁に凭れ掛かっていた男は不安を吐き出すように、次第に声を大きくしていった。不安が伝染した者はシオンへ視線を集め、そうでない者は関心無さげにしていた。否定する者は誰もいない。

 アクトがコデマリの腕を払い、エイレスが唸り声を上げながら立ち上がった時だった。室外の、かなり近い所から人間の悲鳴と「ゲェッ」という特徴的な魔獣の鳴き声が聞こえたのは。室内に走ったのは果たして心的衝撃か、それとも物理的衝撃か……少なくとも先ほどシオンに対して強弁を述べた男は後者だった。室内の最奥から白いはためきが起きたかと思うと、その白は男の頭を踏み台にして屋外へ飛び出て行った。




 ジャバウォックは粘着質な体液を利用して壁や天井を自由に這うことができ、魔獣化によって擬態能力を得る。二つの力を合わせることで外壁の上で監視していた後衛の眼を逃れ、町の中へと侵入したのだ。ジャバウォックがそのまま後衛として配置された冒険者や兵士を獲物とせず、わざわざ救護所を狙ったのは、魔獣化によって増した残忍性が“付近に居た、より弱い存在”を獲物として選んだことに他ならない。


「ゲェッゲェッゲェッ!」


 擬態したジャバウォックに負傷した冒険者が食われ、兵士が踏み砕かれる。そして、存分に恐怖を蔓延させたところで擬態を解き、救護所を尾で吹き飛ばそうとした時だった。道を挟んだ所にある支援室から白い何者かが飛び出して来た。

 その白は優麗な長髪だった。

 その白は雄壮にはためくマントだった。

 その白は輝きをもつ槍斧だった。

 その白は…………


「キモい喘ぎ声上げてんじゃねぇ、この腐れチ●コ野郎!」


 苛烈な発言をする女性だった。

 彼女は槍斧をジャバウォックの首に刺し、返り血も厭わずに槍斧を回し、斧の部分でジャバウォックの首を斬り落とそうとするが、ジャバウォックも死なぬ為に必死である。激しく全身を捻って槍斧ごと女性を振り払うと、擬態して撤退を試みる。


「逃がすかっ!!」


 血の跡を追って標的に狙いを定めると、一瞬の躊躇いも無く槍斧を投擲する。容赦のない一撃に、損傷していたジャバウォックの首は吹き飛び、道向かいの支援室の前に転がった。

 女性はジャバウォックの死骸に目もくれずに得物を回収すると、光の宿っていない瞳・・・・・・・・・を一瞬だけ黒くした。


「チッ……おい、上の連中! 索敵サボってんじゃねぇ! 蹴り落とすぞ!」


 外壁の上に立つ後衛を怒鳴り付けてから、女性は町の中心部へと飛ぶように駆けて行った。

 去って行く彼女の背中を見た冒険者の一人が呟く。


「あれが……ジャバウォックスレイヤー」



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