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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第三章【学び舎の異世界生活】
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第百七十五話:友、参上

 エントランスでハリソンと剣戟を繰り広げていると、たった今開けられた出入口から爆発の余波と砂埃が舞い込んで来た。俺は爆発音で集中が乱れてしまうが、ハリソンは全く意に介していない。その意識の差が右腕に傷を作る。

 っ……けど、浅い! 番犬とプリムラはどうなった? 巻き込まれた……いや、二人を狙った攻撃だというのは理解できていたが、様子を見る為に駆け寄ることは疎か、視線を向けることすら叶わない。一瞬でも視線を外せば、今なお襲い掛かって来ている双剣に斬り伏せられる。だから……!

 ハリソンが微かに眉根を動かす。これまで受け流すか弾くだけだった奴の氷の長剣に対して踏み込み、双剣で挟み込むようにして受けたからだ。冷えた両手に鋭い衝撃が走り、思わず剣を落としそうになるが歯を食いしばってギリギリの所で受け切る。


 手指が悴んでしまう前に……奴の細剣が突き出される前に!

 滞りなく血潮が流れている左足に全力で力を籠め、握った右足を振り上げる。爪先がハリソンの顎を捉えるよりも早く、氷の長剣を手放して後退されてしまい、渾身の蹴り上げは空振りしてしまう。

大振りの攻撃後で隙だらけになっている相手を攻めない手はない。ハリソンは氷の長剣を生成し直して襲い掛かって来る。だが、俺とて一か八かの賭けに出た訳ではない……いや、多少の運要素はあった。もしハリソンが勝ちを急いで氷の長剣を生成せず、細剣だけで襲って来ていたら俺の迎撃は間に合うか微妙な所だった。しかし、素の剣戟で常に優勢を取れていたのだから、ハリソンが勝ちを急ぐ必要はどこにもない。

 とにかく、俺の想定通りの事態になった訳なので、ハリソンが間合いに入る前に振り上げた右足を力の限り振り下ろし、体を起こし、“握り直した”左腕を振り下ろす。

 金属が床に落ちる音に次いで細かな破砕音がエントランス中に響き渡り、俺とハリソンの間には幾多の氷の破片が飛び散った。伸びた髪から片目だけ覗かせている淡青の瞳が僅かに広がったのを見て、俺は軸足となる右足に力を籠め、飛び上がるような勢いで奴の胴を前蹴り。よろけている間に軸を左足へ変えて体を前に倒し、護拳で奴の顔面を殴り付ける。


「ぐっ!」


 ハリソンは苦悶の声を上げて大きく体勢を崩したが、まだ倒れはしない。なので、追い打ちとして殴り付けた体勢のままタックルを食らわし、そこでようやくハリソンは倒れた。

 時間を稼いだ内に外の様子を……くそ、起き上がるのはえぇよ。

驚くことに、ハリソンは倒れた勢いを利用し、後転に似た動きで距離を取りつつ体勢を立て直した。


「……嘗めているのか?」


「あ?」


 氷の長剣を再生成するハリソンに反し、俺は左手に張り付いた氷の残骸を振り落とそうとして……剥がれない。急激に凍結し、感覚が消える左手に焦りを感じて、魔力操作でどうにかならないかと試したところでようやく氷の残骸が剥がれ落ちた。だからと言って直ぐに左手が使えるようになるわけではなく、指一本すらまともに動かすことが出来ない。

 少しでも熱を、と思い左手をズボンのポケットに突っ込んだところでハリソンが言葉を言い直した。


「斬る隙はいくらでもあった筈だ。にも関わらず半端な打撃だけで済ませるとは、戦いを嘗めているのか? と聞いている」


 じゃあ斬られて死んだ事にして倒れるか、戦闘終了してくれないかな?


「俺の目的はお前を倒すことじゃない。ここの地下からオーバーフローが迫っているんだ。魔法学校だけでなく首都全体で迎撃する必要がある」


「魔界側の人間の言葉を鵜呑みにしろと?」


「魔界側だろうがそうでなかろうが、オーバーフローには対抗する側だ」


「笑えん冗談だ。魔界は魔獣を率いて地上の制圧を目論んでいる。それが学校長の判断だ」


そもそも冗談で笑うこと無さそうだが、っていうツッコミは捨て去って……やっぱりタテキの言葉を信じ切ってやがるな。あいつが一体何を元に判断を下しているのか知ってるのか? 俺は知らない。魔界へ行けずに帰って来た時だって、碌に報告も聞かず、経過時間だけで失敗と決めつけて俺を殴り飛ばすような奴だし、自分の頭の中の妄想で語っているんじゃないか?


「貴様らを自由にして背中を刺されては、いい笑い物だ」


白紙化すれば誰の記憶にも残らないぞ、という挑発は我慢しよう。外の様子は、時折聞こえて来る爆音しか情報が無いけど、戦闘が継続しているのなら二人もまだ無事だと考えよう。


「なら、お前らが一人でも二人でも監視役として付けばいいだろ」


「できない相談だ。あの犬は当然のことだが、貴様と四元の席も始末するよう言われている」


 じゃあここまでの会話は何だったんだよ。時間を掛けられたことで左手は…………まだ満足に動かせそうにないな。くそっ、それにしてもタテキの野郎、俺や番犬だけでなくプリムラも標的にするとは……どこまでも気に食わない奴だな。


「同じ氷の適正者にして、自分に打撃を入れた者だからと、ここまで話したが……貴様からは依然として闘気を感じん」


「そりゃあ、本気で戦う気なんてないからな」


「ふざけた奴め。だが、氷の適正者同士である以上、相応しい場所で葬ってやろう。来たれ、永久凍土。アイスフィールド!」


 【高速詠唱】で唱えられた魔法が発動すると、急激に気温が低下し、体温が奪われていく。それだけでなく、ハリソンの足元から広がる氷は瞬く間に俺の足元を、エントランスの床全てを覆った。

 案内役時代に、ハリソンが【高速詠唱】のアビリティを有していることは情報として聞いていたが、魔窟では全く戦闘に参加していなかった為、どんな魔法を使うかは知らなかった。他の校章持ちライザクレストのお陰で、とんでも魔法には耐性が付いたと思っていたが、まさか場を変化させる魔法とは……。

 床を覆っている氷事態に攻撃性能は無さそうだが、低下した気温そのものが生物にとっては脅威だ。長時間この場に居たら間違いなく凍死してしまう。凍っている左手は戦闘に使えないけど、ポケットに入れたままじゃ動きづらい。


 左手をポケットから取り出すと同時に、ハリソンが氷床を滑走して来る。迎え撃つ為に疾斬はやきりを握る手と、脚部に力を籠めるが、滑る氷上で先程までと同様に体勢を作ることは出来ない。薙ぎ払われた氷の長剣の刃を受けただけであっけなく吹き飛ばされてしまう。そして、攻撃はそれだけに止まらない。吹き飛ばされた俺を受け止めるように氷の岩が出現し、背中を強かに打ち付けた。

 肺から空気が吐き出されて気管が詰まったような感覚に陥るが、のんびりと咳き込む時間は無い。滑走を続けて方向転換して来たハリソンの周囲には氷槍が六本出現しており、俺が目を合わせた途端に射出された。立ち上がる間も無い俺は疾斬はやきりで迎撃を試みるが、恐らくは防ぎ切れない。そして氷槍をやり過ごしたとしても、その次にはハリソンによる直接攻撃が待っている。氷の壁でも作れれば何かの足しになったかもしれないが、一瞬で作れるほど魔力操作を習熟させてはいない。


 こうなったら氷槍は急所に当たりそうなやつだけ防いで、他は体力で耐える!

 覚悟を決めた力技でどうにかなるほど甘い戦闘ではない。氷槍は刺突性能こそ低かったが、衝撃と氷結により俺の体力や魔力や技力を奪い去って行く。

 奪いたければ奪っていけ。クソみたいな考え方と人生のお陰で、奪われるのも差し出すのもそれほど抵抗は無い。それに、命さえ続いていれば、いくらでも取り返す機会はある。

 体力が減少したことで【闘争本能】による精神力上昇が働いたのか、謎の強気が出ている。精神力が上昇したということは【生存本能】の能力値上昇の効果も上がっているが、それはまともに動ければの話。この氷床の上にいる限り俺は体勢を立て直すことすらままならない。


「終わりだ!」


 体ごと回転させて振るわれた氷の長剣を、俺は視界に映った照準で捉え、疾斬はやきりを突き出した。刀身から、差し込んだ硬い感触が伝わった瞬間、既に俺の体には遠心力が加えられていて、半周くらいした後で疾斬はやきりごと放り投げられた。

 回り、転がり、平衡機能なんて滅茶苦茶で、自分がエントランスのどこにいるかも分からないが、体に衝突を感じた事から壁際まで飛んで来たことは何となく理解していた。


 冷たい……寒い……。疾斬はやきりは……まだ持ってるか? ハリソンは? 来る前に立ち上がれ。まだ戦うべき時は始まってすらいない。

 感覚が鈍っている体を動かし、揺れる視界でハリソンを探す。

 ……もう反転してこっちに向かって来ている。間に合わないな……。

 諦めかける意思に反して体は足掻き続け、うつ伏せの状態から半身を起したところでハリソン氷の長剣を突き出して来る。

 躱せ、躱せっ! 突きなら体の軸を逸らせばやり過ごせる。壁際に追い詰められた状態だから、次の攻撃は避けられないだろうが、何もしなければ突き刺されて死ぬ。


「気まぐれ風の集いよ、渦巻き巻き上がり、この場に漂いしマナを中天へと還し賜え。ウァールウインド!」


 残った体力を振り絞ろうとした時だった。こっちの状態なんてこれっぽっちも気にしない、能天気な声が降って来たかと思うと、強烈な旋風が巻き起こった。


「ぬぅっ……うぉ!」


 目を開けていることすら厳しい風の中、薄目でどうにか状況を確認していると、【アイスフィールド】は剥がされ、ハリソンは旋風に攫われて俺と反対方向の壁際まで飛ばされて行った。それから少しして、旋風が弱まったことで油断した時に、突風が吹き荒れて思わず目を瞑ってしまう。


「ハーッハッハ! 友の窮地に参上するのは……そう! このボクさ!」


 突風が治まると、聞き覚えのある……存在そのものが嵐みたいな奴の声が聞こえる。ゆっくりと目を開けると、背負った背嚢の上で、細く結ばれた銀の長髪を尻尾のように揺らして立ち上がる背中が見えた。


「久しぶり、レイホ。また会えると信じていたとも」


 振り返って向けられた白菫の瞳は純真の輝きを放っていた。俺にはその輝きが何よりも頼もしく見え、助かったことも合わさり思わず泣き言が漏れそうになったが、自制して言葉を飲み込む。


「もう少し早く来てくれた方が嬉しかったかな。……けど、助かった」


「そこは……レイホがボクの名前を叫んで助けを求めてくれたなら、叶ったかもしれないね。だけど、遅れただけの価値は持ってきたさ」


 リゲルはそう言って、下ろした背嚢を俺の近くに置いた。


「これ……俺の荷物?」


「レイホは死んだことになっていたからね。処分される前にボクが預かっていたんだ。大丈夫、中を物色してやしないよ!」


 べつに物色されても変な物は……ん? 首都に来た時に露店商から買った、青い宝石の付いた置物がバングル状になっている。俺の記憶じゃただの置物だった筈だが……。


「これ、こんな形だったか?」


「ああ、それ、魔道具だよ。魔力を流すことで盾が展開するタイプだったから、使いやすくしておいたよ。おおっと! それは背嚢の外に出ていたから見つけたんだからね!」


「魔道具?」


 あの露店商はそんな物を三百ゼースで売ってくれたのか。魔道具と知らなかった様子ではあるけど……なんかあの人、胡散臭いんだよな。


「使って毒があるわけでもないし、試しに使ってみなよ。まぁ、ここでの戦闘はボクが片付けちゃうけどね」


 魔道具から視線を上げると、リゲルはいつの間にか俺に背を向けていた。ハリソンはと言うと、風で吹き飛ばされた体勢を立て直し、エントランスの中央まで戻って来ていた。


「一般生徒がここで何をしている? 今は大講義室で学校長の講義中だろう」


「それは勿論、退屈だから抜けたよ。そしたら外で大きな爆発が聞こえて、様子を見に来たら友達を見つけた。久しぶりに会った友達と会うのに文句を言われなきゃいけないのかい?」


 真っ当に考えたら講義を抜けたことに文句というか、注意を受けるだろうな。けど、ここはリゲルを擁護しよう。どうせあいつの事だ。オーバーフローに向けて講義という名の洗脳でも掛けているんだろ。……だとしたら止めに行かないといけないな。動く前に回復が必要だけど、リゲルのお陰で回復薬には困らない。


「学校長に背くということは魔法学校と敵対することと同義だ」


「ボクが従うとしたら自分と友ぐらいなものさ。なんたってボクがこの学校に来た目的は、友達作りに他ならないからね!」


 ハリソンを指差して勢い良く言い放つ。……そんなに堂々と言うことか?


「……揃いも揃ってふざけた奴らだ。いいだろう、敵対するのなら葬るのみだ」


「望むところ……いや、吠え面かかせてやる! マナよ、我が声に応えるならば、その姿を刃に変え、敵を斬り裂け。ウインド・ブレード」


 どうして言い直したかは知らないし追及することは無いが、右腕に風の刃を纏わせ、ハリソンと対峙するリゲルの背中は頼もしかった。



次回投稿予定は5月13日0時です。

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