第十六話:半強制加入
その日の俺は、予知通りに降る雨音を聞きながら、ギルドの二階にある資料室にある本を読み漁っていた。
始めは魔物について調べることにして、マタンゴに麻痺毒は効くのかとか、急所はどこなのかとかを探したが、残念ながら俺の求める記述はなかった。本全てに目を通したわけではないのだが、どの本にもマタンゴは最下級の魔物として扱われていた。つまり、マタンゴ相手に毒を使う小細工も、急所を突く知識も必要ないというのが冒険者として一般的な認識となっている。
目新しい知識があったとすれば、胞子は麻痺毒の材料になるということと、加熱調理をすれば食べられるということだ。一メートル弱のキノコなので、一体持ち帰れば当分はキノコ料理には困らなそうだ。ただ、弾力が強い上、味や風味が食用キノコより劣るので、大きさの割りに買い取り金額は非常に安い。森で食料難に陥った時はお世話になるかもしれないな。食費を節約するのに明日からマタンゴ料理人を目指すのも良いかもしれないが、その前にマタンゴを難無く倒せるようにならなければいけない。
ゴブリンについては戦いにおいて有用な情報が見付かった。何かしらの武器を持っている個体が多いものの、ゴブリンの能力値では十分に扱える武器は少ない。ほとんどが攻撃後に隙が生まれ、攻撃自体も大振りになりがちになるそうだ。毒関連は効果的なので、動きを見て確実に攻撃を与えれば冒険者歴が浅くとも倒せる。
とはいえ注意することもあって、小型の武器、短剣などならばゴブリンでも十分に取り回せるので攻撃前後の隙が少ない。浅い洞窟や、木の枝と葉で作られたゴブリンの巣には罠が仕掛けられていることがあるので、初心者の内は無闇に近付かない方が良い。
他の魔物についても記述はあったが、今のところよく目にしているのはマタンゴとゴブリンなので流し見する程度にしておいた。森の中では巨大蟻のキラーアントだとか、巨大蜂のキラービーといった魔物も棲息しているが、それらについては目ぼしい情報が見当たらなかった。多分、マタンゴと同じで特別注意せずとも倒せる相手なのだろう。巣の近くだったら群れに襲われてゴブリンより危険そうに感じるけど、どうなんだろうか。
朝から資料室に籠って本を読み漁るなど、現実世界ではほとんどやらなかったことなので、椅子から立ち上がる度に重い疲労感が押し寄せてくる。壁掛けの時計を見ると、日中も半分を過ぎていた。
集中力が切れて腹も減ったし、どこかで飯でも食べるか。
席を立ち、持ち出した本を元の場所に戻して階段を下りる。いつも通り煩雑とした一階を、出入り口まで最短経路で歩いていく。
「レイホ!」
冒険者達の声をすり抜けて聞き慣れた声が耳に届いた。聞こえてしまった以上、無視するわけにはいかない。依頼や手続きのこと以外で話し掛けられることは少ないから、今回もそうなんだろう。今日は町の外に出る気はないから、服装も久しぶりに現実世界で着ていたものにしているし、緊急性のある話でなければ断ってしまうか。もっとも、俺に緊急の依頼なんて頼まないと思うけど。
そんなこんな考えながら冒険者達の間を縫って受付の方に向かうと、エリンさんが手を振ってくれており、受付の前には見知らぬ若い男女が二人ずつ立っていた。
全員、上下共に防具を揃えているが、ほとんどが革製であるところから、そこまで手練れの冒険者というわけではなさそうだ。もしかしたら凄い人達かもしれないけど、そんな人が俺に用事があるとは思えない。
「レイホ、ちょうど良い時にいたわね。この子達、猫の集会があなたに用があるそうよ」
猫? 獣人のパーティってわけじゃなさそうだけど……パーティ名に細かいこと気にするのも野暮か。それよりも何の用事だろうか。
俺が予想を立てるより早く、一人の女が一歩前に出てくる。格好はローブのような物を纏い、膝や肘など部分的に革製の防具を着けていて、背中に背負っているのは弓銃か?
「はじめまして! あたしはアンジェラです! 早速用件を、といきたいところですが、皆の自己紹介もさせてください。では、どぞ」
アンジェラと名乗った、明るい茶髪のセミロングと薄赤の瞳の女はそう言って仲間に場所を譲る仕草をして下がった。なんか、めんどくさそうな奴だな。
三人の仲間は目配わせをして順番を譲りあっていたが、それも長くは続かなかった。青みがかかった黒髪の短髪と、紺色の瞳をした長身の男が半歩前に出る。
「ジェイクっていいます。よろしくお願いします」
元々細めの眼を少し細めて名乗るジェイクからは、愛想がよく社交性が高そうな印象を受けた。俺も少しは見習った方がいいだろか。
装備は革のシャツに革のズボン、腰に短剣、胸のところに投擲短剣を数本差している。
「デリア……です。よろしく……お願いします」
ジェイクに続いて挨拶してくれたのは、背の低い女性だった。声量が小さく、茶色の瞳は一瞬合わせたら直ぐ逸らされてしまったが、顔のパーツはハッキリとしていてカッコイイ。
武装は外しているのだろう、ラフな普段着姿だった。
「お、デリアさんの敬語久々に聞いた」
「いや、流石に初対面の人には敬語使うって」
デリアはからかうジェイクに苦笑いを返し、クセのある赤髪を指でいじった。
「最後に、ボクはマックスといいます。よろしくお願いします」
穏やかな口調で名乗る男は、深緑の整ったパーマの髪をしており、黄緑色の瞳をしていた。背は俺よりも低く、中性的な顔立ちをしているが、骨格はきちんと育っているので女に間違えられることはないだろう。……何の心配してんだ、俺。
装備は革のシャツと革のズボンの上に鉄製の防具を要部に装着しており、背中には短槍と木製の丸盾を背負っている。
「レイホです。よろしくお願いします」
相手方の挨拶が終わったところで挨拶を返す。俺のことは既にエリンさんから聞いていると思うし、何をよろしくお願いするのかは知らないが、単なる挨拶にそこまで深い意味を要求する必要はないだろう。
「薬草の採取について詳しく聞きたいそうよ。レイホ、得意分野でしょ」
全員の名乗りが終わったタイミングでエリンさんが用件を告げた。
薬草の採取なんて、大した知識持ち合わせてないぞ。二階の資料室で読みかじった程度で、どの辺りで採取できたか、何となく覚えている程度だ。
「ディシンフラワーってありますよね。あれを多く採取できる場所を教えてほしいんです」
アンジェラが詰め寄るように言う。近い。
ディシンフラワーとは、解毒作用を持ったピンク色の花で、綺麗な水場の近くに多く生息している。数日前、依頼を受けて採取しに行ったな。
「東の森を北に進んだところに川が流れているので、そこを川沿いに……」
「レイホ、タダで情報を教えるのは勿体ないわ。冒険者なんだからもっと欲を出さないと」
俺が採取した場所を教えれば良いと思ったんだが、違うのか。資料室で本を探せば乗っている情報だし、タダでも一向に構わないんだけど。タダで手に入れた情報を元に欲を出せと言われてもどうすればいいんだ。
疑問符を浮かべていることに気付いたのか、エリンさんは顎に指を当てて何かを思い出す仕草を取った。
「確か、レイホはまだ討伐した魔物はワタマロだけよね。そろそろ他の魔物の討伐も欲しいところだわ。でも一人じゃ危険もあるし……」
「はい! あたし達が討伐依頼を手伝います! その代わり、ディシンフラワーの採取場所まで連れていってください!」
アンジェラが手を上げたのを見て、俺は心の中で肩を落とした。一緒に魔物と戦って、一緒に採取をする。それはつまり、俺に猫の集会とパーティを組めということだ。
「銅等級の昇格試験を受けるには、依頼の達成数の他に、他の冒険者とパーティを組んで依頼を達成することも必要だから、今回の話はレイホにとっても有益な話よ」
エリンさんが気持ちの良い笑顔を向けてくる。あれ、有無を言わさぬ圧力があるんだよな。スキル、強制力スマイル……そんなのないと思うけどさ。
しかし、パーティか……。もう一度、猫の集会の面々を見渡す。全員、銅色の等級証を首に着けており星は二つ付いている。銅等級星二まで冒険者やってるなら、珍しくもない花の採取くらい勝手にやってくれって感じだが、鉄の俺が断って波風を立てるわけにもいかないか。エリンさんずっとニコニコしてるし。
「今日は天候が悪いので、明日で良ければディシンフラワーの採取場所にご案内します」
「はい。あたし達も明日の方が良いと思っていました。それじゃあ、明日の十時に南東門前で待ち合わせはどうですか?」
「それで大丈夫です」
まさかこんな形でパーティを組むことになるとはな。っていうか昇級試験受ける条件にパーティを組む必要があるなんて初めて知ったぞ。時間が経ったらエリンさんから声をかける予定だったのか、その時間が経ったのが今なのかは分からないけど。
「はいはい。それじゃあ今日はパーティ編成と依頼の手続きをしちゃうわね。討伐対象はゴブリンで良かったかしら?」
エリンさんは両手に持った書類をこちらに見せてくる。ゴブリン三体の討伐って、鉄等級が受けて良い難易度なのか? パーティだから大丈夫なのか?
「ゴブ三体ならいけるっしょ」
「その辺で見つけたのを倒せばいいだけだしね」
ジェイクとアンジェラが余裕を見せる。俺はマタンゴすら倒せないんだけどな。倒していないんじゃなくて、倒せない。恥ずかしいから言わないし、デリアとマックスも余裕とは言わないまでも不安そうな素振りは見せていないから大丈夫なんだろう。
「依頼はそれを受けます。パーティ編成は、用紙に名前を書けばいいですか?」
「名前とパーティ内での役割ね。猫の集会の皆は役割が決まってると思うから、レイホはどうするか決めて頂戴」
「役割は必ず決めないといけないんですか?」
自分の能力値的に担当できる役割があるとは思えない。
「決めないとパーティが組めないってことじゃないけど、アビリティの成長に影響が出るわ。自分が得意な役割になった時に発動するアビリティもあるから、嘘でも決めておいた方がお得よ」
「本当にパーティ組んだことないんだ……」
後ろから小声が聞こえたが、エリンさんが役割表を見せてくれたのでそちらに集中する。
攻撃手、守備者、魔法使い、治癒者、等々。役割は数多くあるが、どれも俺がやれそうな物はない。嘘でも選べば良いと言われたが、自分の能力値とあんまりかけ離れた役割を選ぶのは容認できかねる。
強いて言うなら、精神力の値が重要視される偵察者か。
「偵察者にしておきます。問題ありませんよね?」
振り向いて猫の集会の面々に一応の確認を取る。
「オッケーです!」
「良いですね。誰とも被ってないのを選ぶのはセンスありますよ!」
反応が早かったのはジェイクで、続く様にしてアンジェラが同意してくれた。なんのセンスがあるのかはいまいち分からない。デリアとマックスにも視線を向けると、特に異論はないのだろう、頷きを返してくれた。
「そうしたら、レイホはエクスペリエンス・オーブを更新するから、少し待ってて。他の皆はその用紙に名前と役割を書いておいて」
エリンさんがカウンターを離れると、猫の集会の面々は言われた通りに用紙へ記入していく。アンジェラが射撃者、ジェイクが遊撃者、デリアが攻撃手、マックスが補助者の役割を担っている。前衛二人、後衛二人でバランスは良さそうだ。
アンジェラがパーティのリーダーであることに意外さを感じたが、考えてみるとなんとなく納得できた。ジェイクは人当たり良く、パーティ内でのおしゃべり役としては良いだろうが、多分、リーダーとしてメンバーを率いるといった立ち回りは苦手なのだろう。デリアとマックスは柄じゃないと言って引き受けたがらなさそうだ。アンジェラは荷が重いとかなんとか言いながら、結局はまんざらでもなく引き受けそうな性格だ。まだ会ったばかりだが、第一印象的にそんな感じだ。
パーティ編成の用紙への記入が終わると、エリンさんが例の顕微鏡を持って戻ってきて、冒険者手帳に能力値を書き写す時の様にしてエクスペリエンス・オーブの更新は行われた。




