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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第三章【学び舎の異世界生活】
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第百六十四話:覆された未来

 常闇。自身の体すらも見えない、見渡す限りの闇が広がる世界で、どういうことか俺は俺の姿を認識できていた。魔法学校の制服を着ていて、武器やマントは無い。受けた筈の傷は消えている。

 死んだ……よな?

 思い出せる中で最新の記憶を呼び起こす。魔法剣二本で胸を貫かれて血を吐いた……控え目に見積もっても死んだだろう。


 …………死んだのか。

 闇を仰ぎ見る。

 死ぬのはべつに怖くない。充実した今も、期待する未来も無い。自分の好きに生きて死ねたなら、それで構わない。

 …………そう、思ってきたんだけどな。

 あの後、プリムラはどうなった? 番犬は生きているのか? 魔法学校は? クロッスのあいつらは? 何も見えなくなった途端、気になってしょうがない。

 人と関わり過ぎたんだ……。

 道端に倒れていたり、家出して魔物に囲まれてたり、迫害されて落とされて来たり、可能性を求めたり、仲間を全て失ったり、友達と言って聞かなかったり、助けを求めて来たり…………。

 無視できるほど薄情ではないけど、断り方も受け入れ方も分からない。だから、中途半端な距離感でしか話すことができない。それなのに、あいつらは一向に離れようとしない。


 ……嫌なんだよ。勝手に俺という人間を理解した気になられるのは。他人に頼るのも頼られるのも御免だ。

 人間だから一人で立てなくなることだってある。相手のことを考える余裕が無くなる時だってある。与えられる側になりたいと願うことだってある。

 分かってる……分かってるけど、それら全てを許して、受け入れて……それでも一人で立ち続ける自身が、前に進み続ける強さが俺にはないんだ。


 現代で一時期、友達と呼べた奴の顔を思い出そうとして……黒い靄に阻まれた。

 あれ?

 好意を向けて来た奴の顔を思い出そうとして……またもや思い出せない。

 なんで?

 俺の思考の元凶たる家族の顔を思い出そうとして……記憶から抜け落ちている。

 おかしいな……。

 人の姿は思い出せないのに、何があったかは覚えている……死んだ弊害か?


 べつに思い出したいことでもない。と、思考を切り替える。番犬やプリムラのことを考えると悔しいし、情けなくなるから自分のことを考える。

 俺はこの後どうなるんだろうか? 徐々に記憶や意識が失われて、最終的には消滅するんだろうか? それとも別の生き物や時代に転生とか? この暗闇の先にあの世があって、そこで神様とやらと対面?

 ヴォイドの言っていたことが……ブランクドの世界に神がいないって話が本当なら、最後のはないか。


 ………………ん? なんだあれ?


 周囲は変わらず暗闇しかないが、動いている物の輪郭はぼんやりと見える。

 胴体は両腕を広げた人に似ていて、背中からは巨大な二対の翼が生えている。人間の頭に当たる所からは、細い無数の触手が伸びて自在に蠢いている。下半身では三匹の大蛇がとぐろを巻いている。遠近感が不明だが、間違いなく人間よりは大きい。そんな奴が音も無くゆっくりと近付いて来ている。


 ……逃げよう。

 どう見たってヤバイ相手に、死んでいる俺でも危機感を覚えた。あんなの目にして、大人しく掴まろうって考えになる奴がいたら……いたら…………知らん! とにかく俺は逃げるんだよ!

 体を反転させて一目散に走り出す。体の感覚は無いが、死後間もないので生前の勘を頼りに走る。だが、逃げる俺を追う様にして、幾つもの獣の雄叫びが轟いた。

 鼓動を止めた筈の心臓が跳ね上がる。

 何が起きた!? 気になるけど……どうせ碌な事じゃない。振り向かずに走れ!

 地面の感覚も、体の感覚も無いが、懸命に走る。けれど俺を追う獣の声は忽ち距離を詰めて来て、首筋に息が吹きかかる。

 無理無理無理……! 死ぬ死ぬ死ぬ…………っ!


「—————————————————!!」


 死んでいることも忘れて迫り来る脅威に死を覚悟した瞬間、別の獣の雄叫びが降って来た。






————————


 時は戻り、レイホが常闇で目を覚ますより前。ケルベロスがレイホの死体を目にした頃。


「レイホさん!」


 一目散に駆け寄ろうとしたケルベロスの背中を、爆ぜた雷が吹き飛ばす。


「あぅっ……」


「俺と戦ってる時に背を向けるとはな……そんなに死にてぇか! ライトニング・イグナイト!」


「くっ……」


 迫り来る稲妻を【レイド・クロー】で迎え撃つが、空中に投げ出された体では十分に相殺できず、地面に叩き落とされる。


「う……く……レイホさん!」


 瞳から金色が消え、紅色に変われどケルベロスはサイラスの相手はしない。【エクサラレーション】により一瞬でレイホのもとへ駆け付け、血塗れの体を抱き起した。


「レイホさん! レイホさん! 嫌です! 死んじゃ……嫌です……」


 体温が抜け始めた体を温めたくて、現実を受け入れたくなくて、目の前に仇が居る事も忘れて強く抱き締める。


「わた……し……私…………私は……」


 殺すつもりなんて無かった。伸ばされた手を掴みたかった筈なのに、掛けられた言葉を受け入れようとした筈なのに、救われたいと思った筈なのに。

 自分の意思に反して引き起こされた事態に激しく動揺したプリムラはよろめくが、その体を支える様に肩を掴まれた。驚愕のままに振り返ると、普段と変わらない好奇に満ちた笑顔を浮かべたローナが立っていた。


「しっかりするのだ! 敵を倒せば学校長から褒めてもらえるのだ! 戦いが終われば英雄になれるのだ!」


「敵……? ちが……レイホは……」


 頭も心も整理なんてついていないが、「レイホは敵じゃない」それだけを伝えたくて口を動かす。けれど、それは丸眼鏡の奥に現れた陰りによって阻まれる。


「学校長の意に背くのだ?」


「ひっ……! ご、ごめんなさい!」


「ウチも魔法学校の生徒なのだ。背信は見逃せないのだ」


「お、お願い。許して」


 縋り付くプリムラを目にして、ローナは表情から陰りを消して元の笑顔に戻す。


「許すかどうかは学校長が決めるのだ。けど、きっと背信以上の成果を出せば許してくれるのだ!」


「成果?」


「ん~、それくらいは自分で考えてほしいのだ。でも世話を焼いちゃうのだ。そこの幻獣とか、魔界の王とか、敵をやっつけるのだ!」


 指差された先を追うと、レイホの体を強く抱き締めて泣きじゃくる獣の少女の姿があるだけで、敵の姿なんて見当たらなかった。


「…………」


「本当にこの娘たちは敵なの?」と出そうになるのを必死に堪えた。学校長に逆らって罰を受けるのは嫌だ。けれど、誰かの死を本気で悲しんでいる相手を攻撃するのも嫌だ。

どうしようもなくなり、脳裏に浮かんだ「助けて」という言葉を涙と共に流し捨てる。もう助けてくれる人はいない。自分が殺してしまったのだから。


「どうしたのだ?」


 小首を傾げるローナの表情は陰っており、言葉はプリムラの様子を案じたものではない。「これ以上の背信は許されない。早く攻撃しろ」そんな脅しを孕んだものだった。プリムラは冷たい手で心臓を掴まれた感覚に陥り、ローナの思惑通りに動き始める。が、一瞬早く背後から伸びた腕が巻き起こした風によって、集めた魔力を解放させた。

 細い腕に似つかわしくない、血塗れで重厚な拘束具を着けた拳はプリムラの横を通り過ぎ、その先にいたローナの顔面を激しく殴りつけた。攻撃に全く反応できなかったローナは「ぎゃっ!」と短い悲鳴だけを残してすっ飛んで行き、丘から転げ落ちて行った。


「わたしは、あなたを許せません」


 伸ばした腕を、鎖を鳴らさないようにゆっくりと引く。そうでもしないと、自分の行動を感情に委ねてしまいそうだったから。


「けど、レイホさんは……レイホさんは…………あなたを助ける為にここに来たと言ってました」


 引いた腕を下ろし、暴走しそうになる体に力を籠めて抑え込む。


「だから……だから、わたしはあなたを守りますっ! レイホさんが助けたあなたを!」


 予想だにしていなかった言葉にプリムラが振り返ると、剥き出しになった犬歯以外、黒と赤に染まった獣が立っていた。

 プリムラが膝から崩れ落ちたのは、隠し切れぬ敵意に脅えたからではない。自身の犯した罪を嘆くためでもない。これまで彼女を立たせていた、彼女以外の意思が消滅したからだった。




 座り込んだプリムラをケルベロスが手を引いて起こす様子を、ハデスは丘の上で静観していた。その右手には【ソウル・ドレイン】によって気絶させたサイラスの頭が握られている。


「……残りは三か。丘の上に集合と言っていたが……」


 サイラスを投げ捨て、視覚と魔力の両方で周囲に残りの校章持ちライザクレストが居ないか探る。


「……陽動か。だとしたら奴らの狙いは、森の中に置いて来たあれら回収か……」


 呟いた瞬間、仕掛けた罠から魔力が流れて来たので指の骨を鳴らし、罠を作動させる。

 誰かが気絶した校章持ちライザクレストに触れた瞬間、ハデスには魔力が伝わる様に仕掛けておいたのだ。罠は体の自由と魔力を封じるだけの単純な物だが、第三者に解除されなければ暫くは身動きが取れない。


「残りは貴様一人だ。今日のところは引き返したらどうだ?」


 王の言葉に応える魔界の空であったが、それは好ましいものではなかった。

 空を割って現れた一筋の光はハデス脳天目掛けて一直線に注がれたが、転移による回避は造作もなかった。


「あの威力……。仲間の事など構わんのか?」


 ハデスが立っていた場所には、人が入れるだけの穴が開いていたが、その断面は光に溶かされたものではなく、自然的に穴が開いたかのように静かなものだった。ハデスは怪訝そうに眼窩の赤を揺らめかせた後、上空へと視線を向ける。


「禁断魔法リムーバル。触れた物全てを消す、防御不可の攻撃。僕が狙いをつけているんだ。間違って当てるようなこと……!」


 丘の上に居る人影も満足に見えない上空に居たヴォイドだったが、全てを言い切る前にハデスの二又槍バイデントが眼前に迫っていた。速度に驚きはしたものの、攻撃自体は魔力障壁で防ぎ、更に光剣で反撃を狙うが……。


「貴様の言い分を聞くつもりはない。……急ぎの用が出来たのでな!」


 息もつかせぬ連続突きに、光剣も防御へと使わされる。


「くっ……ぐっ!」


 耐えきれず、自身の背後に【ゲート】を出現させてハデスの背後に転移した……筈だった。そこにはある筈の背中は無く、逆に背後から首を掴まれる。


「転移が使えるのは貴様だけではない」


「ぐぅっ!」


 魔法を使う隙を与えぬように首筋へ指をめり込ませる。どれだけもがき苦しもうと放す気はない。【ソウル・ドレイン】で意識を吸い取ってしまえば、如何な強敵でも無力化できる。


「うぅ……」


 激しかった抵抗が鎮まり、ヴォイドはハデスの手の中で全身を弛緩させた。


「邪魔立てがなければ呆気ないものだな。さて……」


 校章持ちライザクレスト全員を戦闘不能にさせたからと言って、のんびりと余韻に浸る暇は無い。ハデスはヴォイドを掴んだまま丘へと転移した。



次回投稿予定は4月26日0時です。

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