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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第三章【学び舎の異世界生活】
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第百六十二話:闘諍/番犬

 レイホと交代でヒューゴと対峙したケルベロス。その戦闘は圧倒的……いや、一方的と言って差し支えなかった。ヒューゴが触れるもの全てを切り裂く【ツイスト・テンペスト】を纏い、風魔法で不規則な軌道を描きながら【移動詠唱】で魔法を発動しようと、生粋の前衛であるケルベロスと正面から戦うなど無謀なのだ。


 初めに攻めたのはヒューゴの方だった。戦闘時特有の甲高い奇声を発し、突進しながら風の刃を放ったが、先行する風の刃を【レイド・ファング】で噛み砕かれ、本体の突進は尾を鞭のようにしならせて薙ぎ払う【トップテール】によって打ち返された。

 低い弾道で吹き飛ぶヒューゴだったが、伊達に校章持ちライザクレストの称号を得てはいない。血を吐きながらでも風を操って体勢を立て直し、空高く飛び上がる。


「天、下、業、全界を流浪し、悠久を巡る原初の息吹。其れはいかなる障害にも阻まれ……」


 どれだけ身体能力に優れようと、地上で生きる者では決して届かぬ空。魔法や遠距離武器があろうと、自在に空を飛びながら詠唱する相手を捉える事は難しい。その判断の下、ヒューゴは自身が保有する魔法の中でも最大火力を誇る【サイクロン】の詠唱に入った。けれど、彼の考えは早計であった。地上の獣の少女は踊る様に尾を振り、幾つもの衝撃波を正確に飛ばして来ていた。三本の尾が振られる度に、それぞれの軌道をなぞった三重の衝撃波が飛んで来るのだから、悠長に詠唱をしている暇などない。


「ヒッ、ヒヒヒ……」


 瞬きする間も無く衝撃波を追い、引きつった笑みを浮かべるヒューゴであったが、その心には若干の余裕が生まれていた。あんなにでたらめにスキルを放っていては直ぐに技力が底を尽きる。魔法の詠唱は難しいが、回避するだけなら慣れて来た。じきに下級や中級程度の魔法なら放つ余裕も出て来るだろう。と。


「遠すぎますね……」


 尾ではなく爪を使えば追い詰めることもできるが、斬撃系の攻撃は直撃してしまった時に命を奪いかねない。魔獣以外の命を無闇に奪う事はハデスから禁止されているので、もしヒューゴを殺してしまったら大目玉をくらう事になる。けれど、このままでは埒が明かない。

 考えたケルベロスは、自身を捕らえている鎖が繋がれている黒い柱を目にして、とある事を閃いた。【アサルト・テール】による衝撃波飛ばしを止め、柱に向かって全速力で駆け出した。


「ヒヒッ、何をするつもりか知らないが……」


 知らなくてもケルベロスの行動を見て驚愕せざるを得なかった。

 柱の間近まで掛けたケルベロスは【二段跳躍】で高々と飛び上がると、柱に対し直角になるよう体を倒して足を着ける。このままでは当然落下するだけだが、天に体を向けた状態で【エクサラレーション】を発動。体の正面方向に向かって急加速。柱を登り始めたのだ。

 移動系のスキルであっても、効果は敏捷ではなく技巧の値に依存する。元々が技巧特化の能力値に加え、アビリティによる補正も加えると、現在のケルベロスの技巧は百を優に超えている。超速でヒューゴと同等以上の高さまで上り詰めたケルベロスは柱を蹴って宙を舞う。体を縦回転させながら接近し、ヒューゴを守る風の刃を鎖で防いで掴み掛かろうとして…………体が強く引っ張られた。


「あ……」


 声を漏らし、目を丸くするケルベロスは、酷く窮屈になった拘束具で全てを理解した。鎖が最大まで伸び切ったのだ。

 落下が始まれど体を捻り、尾に力を籠める。手心を加える必要はあるが、弱すぎて地上まで落とせなかったら手間だ。ケルベロスは慣れない加減に眉を顰めながらも【トップテール】をヒューゴの顔面に叩き込み、自身は【ランディング】によって急降下。無事に着地し、脱力した様子で落下してくるヒューゴを抱き留めた。


「ヒ、ヒャヒヒ……」


 白目を剥いて大量の鼻血を出しているが生きてはいる。倒した敵が生きていて安堵するというのも妙な話しだが、ケルベロスは「ほっ」と息を吐き、即座にその場から飛び退いた。刹那、三本の稲妻が地面を爆散させ、火柱を上げた。


「ケッ、貧弱なクセに調子乗って前に出るからだ」


 声の主を追って見上げると、丘の上に立つ男は鋭い目つきに敵意と戦意を滾らせてケルベロスを見下していた。

 先ほどまではハデスと戦うヴォイドを援護していたが、ヒューゴの敗北を確認して標的を変えたのだろう。


「仲間ごと攻撃するんですか?」


「負けた奴に用はねぇ! ライトニング・ブラスト!」


 空気が収縮する気配を感じ取ると同時に飛び退き、そこで気絶したヒューゴを下ろす。


「あなたはっ!」


「ライトニング・ブラスト!」


 敵の言い分を聞く気も、戦闘体勢が整うのも待ちはしない。ケルベロスの手前の地面が爆ぜ、多量の土砂を含む煙幕が生じる。狙いを外した訳ではない。この煙幕には直接的な攻撃以上の意味が存在する。ケルベロスはそれを理解した上で【エクサラレーション】を発動。正面突破を試みた。


「チッ、罠の発動より速ぇかよ」


 ケルベロスが通り過ぎた後に突き出る紫電の槍を睨み付け、地面を蹴り付けるものの、攻撃の手は緩めない。進行方向を読んで【ライトニング・イグナイト】による三本の稲妻を落とす。

 スキルによる移動中につき、特殊なスキルを使用しない限り急な方向転換は不可能だ。けれどケルベロスは火柱を伴う爆発に臆することなく突っ込む。その両手を発光させて。


「うっ……ああぁぁぁぁぁぁっ!」


 【レイド・クロー】で火柱を、爆発を真っ向から受け、そして切り裂く。さしものケルベロスも、雷属性の付加効果である麻痺を受けて足を止めてしまうが、相手の決め技を正面から打ち破ることで、ある程度の戦意を削れると踏んでいた。だが一番は、敗北した仲間を労わることなく見捨てたサイラスが許せないと思ったからだ。考えが間違っていると証明してみせたくて正面突破を選んだのだ。


「ライトニング・イグナイト!」


「ぐぅっ、うぅぅぅぅぅ……!!」


 サイラスの足元まで辿り着いたケルベロスを、再度稲妻が襲った。今度は火柱や爆発でなく、稲妻本体に爪を突き立てる。

 全身の痺れは予想以上にスキルの威力を鈍らせたが、ケルベロスは何としても意地を通したかった。


 かつて、魔界の外に出る前は与えられた役目のこともあり、負ける訳にはいかなかった。自分が負け、魔獣を通してしまっては存在価値が無くなってしまうと。

 鎖の長さだけの自由であっても窮屈とは感じなかった。誰かと会話することは滅多に無かったが、寂しさは感じなかった。たまに主が様子を見に来て、働きぶりを褒めてくれるだけで十分だった。

褒められたい。その一心で与えられた役目を忠実に果たす。もし、今この瞬間まで変わりない日々を送っていたとしたら、自分の意地なんてものは自覚せず、確実性のみを追求した動きで敵との距離を詰め、一撃を見舞っていただろう。

 だが、記憶を失くし、その間に得た経験は何ものにも代えがたいものだった。

 目を覚ませば彼が傍に居て、話しかければ言葉が返って来る。魔物相手に苦戦し、負けたとしても叱ることはせず、こちらの身を案じて手を差し伸べてくれる。言葉は少なくて、態度は素っ気ないけれど、近寄れば確かに感じる温かさが大好きだった。


「だから……わたしはあなたに負けません!」


 稲妻を切り裂き、痺れる四肢に鞭を打って飛び上がり、小高い丘の上に立つサイラスへ一気に接近する。例え【詠唱破棄】よる魔法の発動が可能であっても、魔法名を口にする前にケルベロスの蹴りが届く。


「吠えんのは俺に勝ってからにしろよ……!」


「なっ!?」


 顔面を狙った攻撃はスキルでも何でもない、ただの蹴りであったが、鎧を纏った相手でも蹴り飛ばし、意識を刈り取れるぐらいの力は有している。間違っても後衛の魔法使いに受け止められるものではない。それなのに、サイラスは片腕を盾に、片腕を支えにして蹴りを受け切ったのだ。

 予想だにしていなかった事態に確かに驚いたケルベロスであったが、それならばと、受け止められた足を支点に体を捩じって再度蹴りを放つ。狙いは両腕を上げたことでがら空きになっている脇腹だ。


「ぬがっ……あぁっ!」


 蹴りは間違いなく直撃したが、サイラスは倒れること無く、激痛に顔を歪めながらもケルベロスを強く睨み付ける。

 体も戦意も倒れてはいないが、受けたダメージが甚大なのは、脇腹を押さえている立ち姿から見て取れた。一度着地を挟んでから畳み掛けることも出来たが、ケルベロスは犬耳を小刻みに動かして【気配察知】を優先させた。サイラスも体を鍛えてはいるが、それだけで耐えられるほど柔な攻撃をしたつもりはない。相手が魔法使いであるならば、何らかの補助魔法が付与されていたと考えるべきで、それが可能なのは攻撃魔法を放ち続けていたサイラス以外だ。


 ケルベロスの対応は、援軍が望めず、相手の数も分からない状況では正しいと言えるだろう。だが、正しさが常に最適解に結び付く訳ではない。


「マナよ、彼の者を癒す光となれ。ヒーリング・シャイン」


 虚空から漏れた光はサイラスの体に吸い込まれると、負っていた傷を癒して行った。乱れていた息が整い、脇腹に当てていた手も離れる。

 聞こえた詠唱を【気配察知】で追い、光が漏れ出した場所を踏まえると、回復魔法を唱えた術者はサイラスの後方、丘が下り坂になり始めている場所に居ると予測できた。姿を消す魔法を使っているのだろうが、技巧の値によって攻撃範囲を拡大できる【トップテール】ならば大体の位置が分かれば捉えられる。

 サイラスと、その後方に居る魔法使い。二人を相手にすべく全身に込めた力は、次の瞬間には抜けていた。攻撃を受けた訳でも、魔法による妨害を受けた訳でもない。【気配察知】で認識できていた数が一つ減ったのだ。魔法使いたちの気配は、まだ個人を認識できるほど慣れていないが、たった今消えた気配は誰のものか一瞬で理解できた。それだけの時間を共に過ごした相手だからだ。


 傷が治った相手を前にして、ケルベロスは無防備に振り返った。


【気配察知】の効果が及ばなくなる場合は大きく別けると三つある。

 一つめは対象が【気配察知】の範囲外に出た場合。

 二つめは気配遮断系の魔法やスキルを使用している場合。

 三つめは対象が死亡した場合。


 丘の上から目にした答えは……。

 胸に穴を空け、血溜まりの中に沈むレイホと、その傍らで、大量に浴びた返り血さえも美しさに変えて佇むプリムラだった。




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