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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第三章【学び舎の異世界生活】
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第百五十八話:死を乗り越えろ

 そこは静穏であるが、二人の間に座する切り株を除いて木々や草花は無く、剥き出しの地面と無機質な岩場ばかりが広がっていた。空を含め、周囲に光源は無いというのに、黄昏時の様な明るさは確保されていた。


「ここが魔界……」


 興味深そうに、けれど無防備に周囲を見渡すヴォイドを横目に、俺も見覚えのある物がないか探す。


「……知らない場所だな」


 門がある場所は小高い丘の上だったが、そんな物は見当たらない。魔獣姿も、見えるところには無いが、岩場に隠れていないとも限らない。【エクスプロレーション】を使おうと思ったところで、ヴォイドの方から魔法の気配が流れて来た。


「周囲に敵は居なさそうだね。上からも見てみようか」


「ああ。近くに丘がないか見てくれ」


「それなら一緒に見た方が早そうだね」


 そう言ってヴォイドは俺の手を握り、なんらかの魔法を発動して飛翔した。

 突然の浮遊感と、地面に足が着いていないことで体勢が乱れるも、ヴォイドと手を繋いでいるので落下することはなかった。

 上空から見る魔界は、何だか物悲しく感じた。俺たちが転移した場所だけでなく、周囲にも緑は無く、生き物の気配も薄い。

 魔人が住んでいると思われる集落は三つほど確認できたが、いつ魔獣に襲われるかも分からないというのに、防壁はどこも簡素な物だった。ただ、防壁は集落よりもずっと離れた所に設置され、しかも二重、三重となっている箇所もあって、上から見ると何かの紋様にも見える。もしかしたら何かの結界でも張っているのかもしれない。

 魔界の展望もそこそこに、番犬の居る丘を探していると、横から「敵だ」という声が耳に入って来た。

 ヴォイドの視線を辿ると、空を駆ける魔獣が俺たちも若干高い位置から接近して来ていた。

目を凝らして敵影を確認するが、世界の薄暗さに阻まれて何の魔獣かは分からない。もっと接近して来たら分かるんだろうが……。

 俺が敵を探っている間に、ヴォイドは自身の後方で円を模るように複数の光剣を出現させていた。その数は八。


「行け」


 手を魔獣へ向けて命令を下すと、光剣はそれぞれ放物線を描いて射出され、意を持ったように魔獣を襲う。

 魔獣は柄の長い武器を持っており、翼を小刻みに動かして体勢を変え、四方八方から迫る光剣を迎撃していたが、追加で放たれた光線で翼を焼かれて飛行を維持できなくなった所を光剣に刺し貫かれた。


「結構手間取ったな。少数だったらどうにかなるけど、大群で来られたら面倒かも」


 敵が間合いに入る前に仕留めたのに「手間取った」か……。強者の考えることは分からん。


「見た限り、門は近くに無さそうなんだが……探査ってどのくらいの距離まで可能なんだ?」


「周囲の地形とかマナの流れとかで変わるけど……平地だとしたら視覚よりは遠くまでいけるよ」


「そうか。精度はどうなんだ?」


「広範囲を探るとなると……地形の起伏とか、生物の種類までなら分かるよ。範囲を絞ればもっと詳しく探れるけど」


 予想はしてたけど、広範囲でも【エクスプロレーション】より精度高いな。これならいけるか……。


「質問ばかりで悪いが、幻獣の気配は分かるか?」


「幻獣なら会ったことがあるから分かると思うよ」


「会ったことがある?」


「うん。幻獣だって知ったのは後になってからなんだけどね。エルフ領のオーバーフローの救援に行った帰りだったかな。いきなり戦いを挑まれて大変だったよ」


 地上に出た、番犬の弟妹の誰かだろうな。少し気にはなるが、後回しにしても問題はないだろう。


「それなら幻獣の気配を探してくれ。門の前には幻獣が居る筈だからな」


「うん、わかった」


 そうして、空を飛びながら襲来する魔獣を蹴散らしつつ、幻獣——番犬の気配を探す。

 飛行に探査に攻撃、三つの魔法を同時に扱うヴォイドには圧巻の一言だ。戦闘中は探査魔法を切っているのかと思ったが、探査範囲は徐々に拡大していくタイプらしく、一度切ると最大範囲まで拡大させるのに少し時間が掛かる。なので戦闘中も探査魔法は持続させていて、それが功を成したのか、何度目かの襲来を退けた時、ヴォイドは幻獣の気配を見つけたと言った。

 気配を辿って一直線に飛行すると、見覚えのある小高い丘が見えて来る。丘の上の平地にはもう一つの丘が有り、その傍らには天まで届かんとする黒い柱。柱の脇には小ぢんまりとした屋が建っている。

 更に近付くと黒い柱には鈍い銀色の鎖が五本、乱雑に巻き付けられているのが見え、その鎖を辿ると一人の少女へと辿り着く。少女は初め、こちらを警戒していたようだが、互いの距離が縮むにつれて警戒を解き、表情を緩ませた。


「レイホさーん!」


 丘の上に着地した俺を、少女——番犬は肩まで伸びた黒髪を揺らし、満面の笑みを浮かべて迎えた。


「いつの間に空を飛べるようになったんです?」


 傾げられた首と連動して、頭頂から生えた犬耳が揺れる。


「俺の力じゃない。こっちの、ヴォイドの魔法だ」


 好奇心を含んだ空色の瞳を向けられたヴォイドは少し驚きながらも名乗り、番犬も応える。


「ヴォイドさん、初めまして。わたしはケルベロスです。ここでヘルゲートの番をしています! よろしくです!」


 人懐っこい笑みを浮かべる番犬に、今度はヴォイドが応える。


「よろしく。……幻獣っていうのは、みんな似たような容姿をしているのかい?」


 投げかけられた質問に番犬は少しの間考えていたが、自分の中で心当たりを見つけたようだ。


「容姿はみんな違いますが、わたしとよく似た弟ならいますよ。もしかして、地上で会いました?」


「うん。……いきなり戦いを挑まれてびっくりしたけど」


「あぅ……それは、ご迷惑をおかけしました」


「いやいや、君が謝ることじゃないよ!」


 謝罪する番犬と、それを受け取らないヴォイドのやり取りは二、三回続いたが、見ていて気分が良くなることでもないので割って入ることにした。


「なあ、ハデス……様と話すことは出来ないか?」


 門を開けるだけなら番犬でも出来るが、校章持ちライザクレストの連中を素直に案内してやる気は無い。


「ハデス様ですか? んー……呼んでみますので、少し待っててください」


 鎖を引き摺って小屋に向かおうとした時だ。「その必要はない」と、重く、地面を伝う声音が丘に響き渡った。

 聞き覚えのある声ではあるが、落ち着いて待つことは出来ない。声と共に届けられた、圧倒的な威圧感によって思わず身構えてしまう。


「久しいな、レイホ」


 眼窩の奥に灯された赤き輝きと見合う。目の前に現れた魔界の王は、以前会った時と同様、人骨でありながら、頭部には一対の渦巻いた角を生やし、持ち主の首を残した毛皮のマントの下に、人ではない生物の骨を鎧として纏っていた。

 気圧されそうになるが、脚に力を入れてどうにか後退を堪える。


「な、なんて魔力反応だ……いや、これは本当に魔力なのか? だとしたら、違い過ぎる……!」


 顔を引き攣らせて後退ったヴォイドをハデスは一瞥すると、「別の転生者か」と呟いて体ごと向き直った。


「我はハデス。この魔界を統べる、唯一絶対の王だ!」


 両手を広げ、尊大に名乗りを上げると、ヴォイドは更にもう一歩後退るが、強張った表情で口角を上げた。


「魔界の王様。お初にお目にかかります。僕はヴォイド・ヒンメル。魔法学校の生徒です」


「ヴォイドか……今はそういうことにしておこう」


 ん? なんだか引っかかる言い方だな。


「して、レイホ。此度はどういうつもりだ? 貴様の言い分によっては、良い再会にはならんぞ」


「っ!!」


 振り向き様に心臓を射抜かれ、血を吸い出された……と錯覚するような峻厳な赤の輝き。胸に手を当てて何も起きていないと確認しても、心臓はいつまでも早鐘を打ち続けている。

 怖い……けど、これはまたとない好機だ。こんなに簡単にハデスと会えるとは思っていなかったからな……。隠しても繕っても意味は無い。正直に事実を元に話す。


「魔法学校の目的は……魔界の侵攻です」


 眼窩の奥の輝きが強くなる。本能が激しく警鐘を鳴らし、勝手に破裂しそうな心臓を押さえるように制服の上から胸を掴む。


「詳細に話しますと、魔獣を殲滅し黄金のリンゴを手に入れることですが、目的を果たす為なら魔界側の被害は一切考慮されていません。そして、障害となりえる存在は実力で排除するつもりです……っ!?」


 言い終えてから、刀身まで闇に覆われた鎌が首筋に突き付けられていることに気付く。飲み込んだ息が肺を凍らせる。


「…………」


 まだだ、口を動かせ! 俺の目的を伝えて協力を求めろ!

 思考の片隅で自分の叫び声が聞こえる。けれど、口や喉は凍り付いて動かない。

 恐れているばかりじゃ死ぬんだ。行動を起こしたって死ぬんだ。口を動かせ、言葉を発せ。それ以外に手立ては無いと分かっているんだから、動けよ!


「問うぞ。貴様らは魔獣がどのようにして生まれるか知っているのか?」


 闇を握った右手をきつく握り締め、剥き出された敵意で光る赤。

 口が動かない。首を振りたいが、振ったら鎌の刃で斬られる。


「い……い……ぇ」


 どうにか声を絞り出したものの、それで状況が好転するものではない。ハデスから向けられる敵意は緩むことはない。


「ならば魔獣を殲滅する手段は? 魔界の地を遍く蹂躙し、魔人を虐殺するつもりか? 我や幻獣と対立し、無数の屍を積み上げる事になろうと、黄金の果実を欲するか?」


 死が見えた。

 ただの概念だと思っていたが、こうも明確な形を持って存在しているとは思わなかった。けど、どうしてだろうか、凍り付いていた肺や喉が温かい。心臓の警鐘も落ち着いている。震えるか固まっていた体も、きっと自然に動かせる。

 疑問への解を求めて目を凝らし、脳を働かせる。

 眼前にあるのは死だけだ。

 もっとだ、もっとよく見ろ。

 死の奥へと視線を伸ばすと…………あぁ、分かった。死が見せた死の中にあったもの。それこそ、俺が最も怖れるべきもの。悔やむ過去も、惜しむ未来も持たない俺が、自分の死で怖がってる場合じゃないと気付けたから、自由を取り戻せたんだ。


「魔法学校の目的に興味も、協力する気もありません。そして、侵攻を止める力もありません」


「……失望したぞ。無力を理由に無関係を気取るとはな」


 どこまでも冷たく、逃れようのない死が動き出す。この死に飲まれたら何人たりとも助からない。だから……


「ですが!」


 声を張る。今、肌に張り付いている死と比べたら嘲笑されるらろうが、これでも死の恐怖は乗り越えてやったんだ。


「俺は救います! 俺が救いたいと思った人を、俺に助けを求めた人を、どうしようもないふざけた未来から! 俺はその為にここに来ました!」


「…………クッ……ハッハハハハッ……!!」


 俺の張り上げた声など自信のない呟きと思える程の大声でハデスが笑った。まだ笑い声が魔界中に木霊している内に、ハデスは「よい、よいぞ!」と膝を打った。既にその手に闇は無く、赤き輝きに敵意は無い。


「死の間際にならねばやる気を出さん者と分かっていたが、よもや我がこれほど焦らされるとは思わなんだ……ククク……」


 え?


「レイホさん、大丈夫ですか? ハデス様、少しやり過ぎですよ!」


 傍に寄って来た番犬が三本の尻尾を逆立たせ、主に向かって怒り出す。どうやらハデスの言動が演技だったことに気付いていたらしい。


「ムッ、ケルベロスに怒られるということは……確かにやり過ぎたかもしれん。さて、レイホ、外の状況は知っているが、我に何を求める?」


 思考が追い付かない状態で問われ、俺は自分で確認する為に順を追って説明することにした。

 一人、静かに魔力を膨れ上がらせている存在が居る事に気付かずに……。



次回投稿予定は4月17日0時です。

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