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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第一章【始まる異世界生活】
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第十五話:換金

 鉄等級になったものの、生計の柱となるのは相変わらず薬草だった。傷薬になる薬草に、胃薬になる薬草に、頭痛薬になる薬草、解熱薬、睡眠薬、毒薬……と採取する薬草の種類は増えていった。

 ダル達はいつでも協力してくれると言ってくれたが、パーティへの加入を無理強いしてくるわけではなかったので、結局一度も共に依頼を受けていない。俺から声を掛ければ快く引き受けてくれるだろうが、わざわざ薬草集めに付き合わせる必要もないだろうし、なにより一人の気楽さに慣れてしまっているのだ。


 依頼された量よりも多く採取できたときはアヘッドに行ってタバサさんに買い取ってもらうことにしている。毎回毎回買い取ってもらっているのに、商品をあまり買わないことに引け目を感じたのと、アヘッドが少し不便なところに建っているという理由で、別の薬屋に買い取ってもらったこともあった。しかし、どの店も薬草が枯渇していない限り、アヘッドよりも単価が少し低かった。


「こちらが今回の買い取り金額でございます」


 鉄等級に昇級して一週間が経過した今日も依頼達成後にアヘッドに訪れた。この世界の一週間は五日区切りなので違和感がないといえば嘘になるが、働くも休むも自由な冒険者にとって、週は気にしなくてもあまり問題にはならない。

 金を落さぬ客相手にもタバサさんは嫌そうな顔一つせずに薬草を受け取り、トレイにゼースを乗せて差し出してくれた。大銅貨二枚と小銅貨一枚、二十一ゼースを確認してから革袋の財布に入れる。


「いつも助かります」


「こちらこそ、レイホさんが薬草を届けてくださるので、薬の在庫にも余裕ができて助かっています」


 それは暗にもっと薬を買えと言っているのだろうか。と無意味に勘ぐってみるが、面白くもなんともないので一瞬で頭の中から消した。


いつもの・・・・はどうしますか?」


 タバサさんは目元を少しだけ細めて見せた。鼻から下は黒いマスクに覆われているので確かではないが、笑みを浮かべているのだろう。

 アヘッドに通うのは、薬草の買い取りが高い事の他に“いつもの”の存在も大きな理由であった。


「お願いします」


「承知しました。それでは少々お待ちください」


 タバサさんはそう言うと、両手を組んで目を閉じて集中し始めた。それから数分と経たずに目を開け、両手を解いた。


「明日は日中の時間帯に雨が降ります。そこまで強くはありませんが、雨具がないと遠出は難しいでしょう。雨が止むのは日後の二時辺りになります」


 雨か。この世界に来て三日目に降った以来だから久しぶりではあるな。強くないのなら、雨合羽でも着て採取に行けるか?合羽がいくらするか知らないけど、最近は少しずつ所持金が増えてきて三百ゼース弱くらいになっているから、買っておくのもありだな。

 もう一つの選択肢として、たまには一日休みにしても良いと思った。現代の俺なら間違いなく休みを選び、惰眠を貪る事に誓いを立てたことだろう。だが、この世界に来てからというものの、生活リズムは滅茶苦茶だが睡眠時間は十分に取れている。町の中にいても散歩ぐらいしかやることがないので、歩き疲れたら後は寝るだけだ。


「お悩みのようでしたら、明日はゆっくりされてはどうですか?」


「あ、そんなに悩んでいるように見えましたか?」


 タバサさんは無言で笑みを返してくれる。悩みといえるほど重要なことではないが、迷っていたのは事実だったので、タバサさんの意見を取り入れようと思う。


「それじゃあ、折角なので明日は町の中で過ごそうと思います」


「はい。ごゆっくりお休みください」


 明日の方針を決めてくれたお礼、という訳ではないが薬を買おうと思って商品棚を眺めてみる。小瓶に詰められた薬品が並べられており、順番に目を向けていく。

 傷薬とか胃薬とか買っているけど戦いは避けてるし、腹も弱いわけではないからほとんど使わないんだよな。

 視線を別の棚へ移すと、同じく小瓶に詰められた薬品が並んでいるが、商品棚の上には『毒薬』と書かれた札が掛けられていた。

 毒薬が平然と売られていることに若干の恐ろしさを感じるが、何も人間同士で飲ませるために売っている訳ではない。魔物の討伐が主な用途となるので、購入する際には冒険者手帳の提示が必要になる。


「毒なら麻痺毒がお勧めですよ」


 タバサさんがカウンターから少し身を乗り出して教えてくれる。麻痺毒か。毒って聞くとなんとなく体力が奪われて行く効果を想像してしまうが、現実的には神経や筋肉を麻痺させる毒が一般的だよな。毒の一般論を語れるほど詳しい訳じゃないけど。


「パラリーフを主原料とした麻痺毒パラリズンは即効性がありますので、特にお勧めです。少量だと効果が薄いのですが、危険性が低いので反って取扱いやすいといった声もあります」


 確かに。戦闘中に毒を仕込もうとして、焦って自分が毒をくらってしまっては目も当てられない。戦闘慣れしていないなら尚更危険だ。


「じゃあ、これをください」


「ありがとうございます。九ゼースになります」


 勧められるままに麻痺毒を購入する。単純な戦闘能力が低いなら毒とか道具に頼れば良いんだ。金に余裕があるわけではないので無駄遣いはできないが、毒の力を借りて魔物の倒し方を学んで、次第に毒なしでも倒せるようになれば良い。

 マタンゴを一体も倒せていない事態に密かに焦りを感じていたが、この毒薬作戦で現状の打開を図ろう。


 代金を支払い、紙袋に入れてくれた麻痺毒を受け取ってアヘッドを後にする。

 店から出ると、空は闇色に染まった夕焼けが広がっていた。雨が降るのは明日の日中と言っていたし、今日もいつも通り野宿は可能だけど、まだ寝るには早いな。

 少し考えてから思い出したことがある。面倒臭がっていたり、忘れていたりでまだ鑑定屋に行っていなかった。もうどこを触っても何の反応を示さないスマホと日本円を見て貰いに行こう。


 鑑定屋の場所はアヘッドからほど近く、間道通りを外れて北門通りを町の内側に向かって歩いたところにある。少し先には町の中央部分、上流区へ続く階段があるが、用事はないので鑑定屋に入る。

 鑑定屋の中は雑多としている印象を受けた。人が丸ごと隠れられそうなほど巨大な盾が床に置かれていたり、日本刀にしか見えない刀が壁に掛けられていたり、よく分からない動物か魔物の人形が天井から吊るされていたりした。透明なガラス張りの商品棚には小物が並んでおり、銅貨や銀貨とは違った硬貨も多く見受けられた。


「オー! イラッシャーイ!」


 店の奥から張りのある声が聞こえて来たが、何故か片言だ。言語能力のアビリティがあるから、言葉の発音が分からなくても意味は分かる仕組みになっているはずなのだが、何故か店主の言葉は片言の日本語に聞こえた。

 店主は日に焼けているのか、浅黒い肌をしていて少し腹も出ている中年の男だった。鍔が前にだけ付いている帽子の位置を気にしながら俺の前に出て来る。


「アナタ、もしかしなくても、ニホンジンでしょ! ドウキョウのシにあえてウレシイヨ!」


 日本人? 同郷の士? え、この人も転移者なの?


「ミーは、ヒトとかブツをみるメにはジシンありありヨー!」


 小躍りしながら片言の日本語を聞かされて思う事があるとすれば、帰りたい。帰る家はないんだけどさ。


「えっと……あなたも地球からブランクドに?」


「イエス! そう! イエース! ミーのナマエは、スペンサー・イケウラ! このタウンじゃちょっとユーメイなカンテイシなので、こんごともヨロシク!」


 スペンサー・イケウラって、ハーフなのかよ。わざとらしい片言も相まって怪しさしか感じないな。


「……少し気になって見に来ただけなので、今日はこの辺りで失礼します」


「ノー、ノー! アナタ、カンテイしてもらいにきたんでしょう? みせてくだサーイ! みぐるみはいでおいていきなサーイ!」


 踵を返してみたが、回り込まれてしまった。言ってることめちゃくちゃだし……これは逃げられそうもないな。


「……これと、これをお願いします」


 観念してスマホと財布から出した日本円をスペンサーに渡す。買い取れないなら買い取れないで良いので、早く立ち去りたい。


「オー! なつかしきシナジナ。そうね……スマホはガラクタだけど、オカネはいくらかでかいとれるヨ!」


 現代では必需品であるスマホを半ば投げ返し、スペンサーは日本円を持って店の奥に入って行った。


「ガラクタか……」


 契約した当初は最新機種で、まだ一年間くらいしか使っていない。それがガラクタになってしまうのは少し寂しいというか勿体ない。

 黒い金属版と化したスマホを眺めていると、スペンサーが両手でトレイを抱えて戻って来た。


「コゼニはイチマイイチゼース、ゴヒャクエンはジュウゼース、シヘイはどれもゴゼースでかいとれるネ!」


 盆の中には小さい盆が二つ置かれ、片方には日本円、もう片方にはゼースが乗せられていた。一万円札や千円札が五百円以下になってしまうことに若干の不満は感じたが、現実世界に戻る方法は分からないし戻る気もない。この世界で使える金が少しでも増えるなら、買い取ってもらおう。


「それで結構です。お願いします」


「ハーイ! まいどあり! こちらをドーゾ」


 差し出された盆からゼースを受け取り、数を数える。大銅貨三枚に小銅貨七枚、三十七ゼース。薬草の実入りが良く、依頼の報酬と薬草の買い取りをしてもらった今日の稼ぎよりも少し多い。三十七ゼースもあれば宿に泊まって、ご飯も二食は食べられる贅沢な暮らしが一日だけできる。


「トーテンでは、かいとったブツのハンバイもやってるから、きになったらコエかけて! カタログみせるヨ!」


「そうですか、機会があったらお願いします」


 変な壺とか売られそうな雰囲気になってきたので、軽く聞き流して店を後にする。日本円の買い取りなので鑑定はしてもらっていないが、商売上のやりとりを行ったからなのか、スペンサーは回り込んでくることなく「またきてネー!」と素直に帰してくれた。


 鍛冶屋の弟子に鑑定屋、現代から来た人間は特別なスキルやアビリティを持っているって話しだったけど、あの二人も何か持っているのだろうか。それこそ、鍛冶スキルとか鑑定スキルみたいな。

 特別な、といえば、タバサさんは正に特別な力を持っている。もしかしてタバサさんも現代人だったりするのかな。

 ちょっとだけ気にはなったが、また近い内にタバサさんとは会うだろうから、その時に雑談のネタにでもするとして、今日はもう帰ろう。


「……帰るところ、欲しいな」



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