第百五十五話:過ぎ行く日々
「最近、街の方が賑やかだな」
あと数えられるくらいしか目にすることの出来ない薄青の月を見上げながら呟く。校門の先に広がる街は呟かれた言葉を証明することなく、夜闇の静けさの中に温かな灯火を揺らめかせている。それでも隣りを歩いている銀髪の少年は、尻尾髪を揺らして頷いた。
「来月には武闘大会が控えているからね。ボクら生徒には関係ないけど、血に飢えた庶民たちは心待ちにしていることだろうね」
血に飢えている訳じゃないと思うが……。それはそうと、武闘大会か……そんな物があったな。確か来月上旬に各都市で予選があって、下旬にこの首都で本戦が行われるんだったか。昼間に聞こえて来る賑わいは、祭りの前準備によるものか。
「外出申請でも出して見に行くかい?」
「……いや」
学校の敷地外に出るには学校長の許可を貰う必要がある。あいつが俺の外出を許すとは思えん。冒険者同士の戦いに興味はあるが、どうしても見たい人物がいる訳でもないし、大人しく校門の内側で過ごしていよう。
「そうかい。ところで最近は例のアレ、いいのかい?」
「例のアレ?」
聞き返しても含み笑いしか返ってこない。一体なんのことだ?
「フッ……話せない、か」
「いや、なんのことか分からん」
「惚けたって無駄だよ。レイホが校章持ちと何か画策しているのは知っているんだ!」
ああ、そのことか。
「結構嫌われたからな。呼び出されていないのに会いに行っても門前払いされるだけだ」
タテキや学校について聞きまくっていたら、ほぼ全ての校章持ちから睨まれるようになった。……そもそも、まともに会話してもらえたのが半分くらいしかいないけど。
「なるほど。レイホも難儀な性格をしているからね」
否定はしないが、お前に言われたくはない。
「だけど安心してれ! ボクは友だ! 困った時は存分にボクを頼ってくれていいよ!」
嫌いな台詞だ。
友。頼れ。なんの根拠も保証もない形だけの言葉。
プリムラを助ける為に学校長に反抗するから協力してくれと頼んだら、こいつは頷くのか? ……ノリで頷きそうだが、こいつだって名家の後継ぎなんだ。むざむざ魔法学校内で立場を悪くして得なんてない。誰だって、親しい他人よりも優先すべき私事を抱えているんだ。分かっている。だから、嫌いな台詞であってもリゲルの申し出を強く拒みはしない。
「校章持ち、相手にとって不足無し! ボクとレイホの力を見せ付ける良い機会じゃないか!」
「勝手に争う気になるな」
はしゃぎ回るリゲルが起こした風で寒さを思い出し、寮へ向けていた足の速度を少し上げた。
「時にレイホ、近頃はカミラの方が忙しそうにしているけど、何か聞いているかい?」
「べつに何も聞いてない」
以前から用事があってどこかに行く事はあったが、【バッファー】の訓練が終わった辺りからは頻度が増した。セレストも自分の魔法を高めたいからと言って、最近は俺の特訓を見に来ない。
「気になるなら本人に聞いてみたらどうだ?」
「聞いたさ。教えてくれなかったよ」
予想できた事だ。
寮の前まで来たことだし、適当に話を切り上げておくか。
「カミラなら変な無茶はしないだろ。あんまり深入りしてやるな」
「ふーむ……」
扉の前で唸るリゲルを置いて寮へと入ると、ちゃっかりリゲルも付いて来ていたが、会話は進展する事なくそれぞれの部屋へと戻った。
氷結の月、四十四日。今月の登校日としては最終日。月次の成績発表が行われる。
教室内は憂いも期待も入り混じった独特の空気が漂っている。そんな中でもバーリス先生は普段通りの怠さを見せ付け、成績の書かれた皮紙を読み上げた。
「上から行くぞ。一班、四班、八班、五班、七班、三班、二班、六班」
……む?
空気中に漂っていた空気が言葉となり、教室内をざわつかせた。
聞き間違いじゃなければ俺らが一位だったよな?
リゲルは成績そっちのけで詠唱を考えているし、カミラは動じずに場の進行を待っている。セレストは……少しだけ表情を緩ませている。
「……! 何見てんのよ。調子乗らないで!」
怒られはしたが、今までのような屑を見るキツさは和らいでいて、そのぶん驚きの感情が混じっていた。
「騒ぐのは俺が出てってからにしろ。つっても、特に言うことは無いんだがな……」
「先生!」
締めの言葉へと移ろうとしたところで、教室の後方から甲高い声音が響いた。
振り向かなくても声と、バーリス先生の「またあいつか」という表情で誰かは分かった。
「なんだ?」
「どうして、わたくしたちが二位なのですか!?」
「は~……後日、各班に総評を書いた成績表を渡す。それまで待て」
「いいえ! 今、ここで教えていただきたいですわ!」
自分たちの成績を組全体に聞かれても構わないという気概は評価したい。が、今月と同様なら来週中には成績表は貰えるので、それまで待てないのかと疑問は抱く。
「四班……魔物の奇襲や罠にも動じず、掃討力は組で一番だが、相変わらず無駄な魔法が多い。それと、訓練だからなのか知らないが、ステイプルズを立てようとする動きも目立つ。……やっぱ三位と入れ替えるか?」
「なっ! 一度公表した順位を入れ替えるなど、なりませんわ!」
冗談ではなく真剣に悩み出すバーリス先生だったが、「ま、面倒だらいいや」で済ませた。その発言にもキャロライナは噛み付くが、バーリス先生も慣れて来たのだろう。巧みに無視して集会を終わらせた。
「……ん? 終わったのかい? よし、レイホ今日も訓練場に行こうじゃないか!」
詠唱を書き連ねた帳面を閉じて立ち上がったリゲルが手を差し伸べて来る。俺はそれを無視して立ち上がるが、申し出には従って荷物をまとめて訓練場へ行く準備をする。
「お二人はどうだい?」
「私は……少し残る。暇が出来たら顔を出そう」
カミラの視線は一瞬横にずれたが、セレストよりも先を確認したようだった。
……アリスか。二人の間に何があるのか気にはなるが、深入りするなと、最近リゲルに言ったばかりだ。
「あたしも訓練場に行くけど、あんたらに付き合う気はないわ。そっちは勝手にやってちょうだい」
めでたく一位になったというのに、態度は相変わらずだな。名家の子が二人いるんだし、一位が当たり前じゃないと困るって感じか。
「邪魔はしないが、俺はいつまで同じ特訓を続ければいいんだ?」
「調子に乗らないで。あんたの魔力操作なんてまだまだ子供騙しなんだから、いつまでなんて気にしてる場合じゃないわよ」
む……到達点を聞きたかったのだが……でもセレストの言う通り、魔力を開放して二か月かそこらなのだから、一心不乱に特訓するべきなのだろう。
「……ゴブリンに傷を負わせられるくらいの強度は安定して出しなさいよ」
おや、今日は優しいな。やっぱり一位だったのが嬉しい……とまではいかなくても、安心したのか?
「何よ! 用もないのにこっち見ないで! 分かったらさっさと特訓しなさい!」
他人の感情に踏み込むべきじゃないな。
言う通りに訓練場へ向かおうとすると、「ちょっといいか」と無愛想な声音が背中に届いた。
振り返ると、魔法使いとは思えない、鍛えられた体を窮屈そうに制服に収め……られず胸元を開け、襟足だけ黒い黄色の髪を逆立たせた男——ケネスが立っていて、その後ろにお供の三人も居た。
兄貴のサイラスの方とは関わりがあったけど、こうしてケネスと話すのは初めてだ。
「何か?」
視線が俺に向けられていたような気がしたので、代表して聞いてみる。
「今月の訓練のことで聞きたいことがある」
無愛想で圧もあるが、話し合いは出来そうだ。
俺や他の三人は黙って先を促す。
「敵の罠や奇襲を受けた時、どうしたら上手く対処できるんだ?」
質問の内容は至極真っ当な物だった。今月の成績は三位と全体で見れば上位だったが、戦闘訓練ではゴブリン相手に振り回される場面が多かったので、その反省と改善を図りたいのだろう。
どうって言われてもな……罠には掛からないようにして、奇襲は受けないようにする……つまり慎重に周囲を確認して進むのが一番だけど、気を付けていても受けた時の事を聞いて来ているんだよな……。
「不利な状況に陥ったならば退く他あるまい。その為に必要なのは退路と仲間のフォローだ。退いた先に自分たちが有利に迎え撃てる場所を確保できているなら尚良い」
考え込んでいると、横からカミラが答えを出してくれた。ケネスは動揺して声を漏らしていたが、視線を俺へと戻して「そうなのか?」と聞いて来た。
「カミラの言う通りだと思う」
「そうか……意識してみよう」
「八班は攻めている時、見えている敵を相手にする時の連携は良いが、想定外の事態……特に誰かが負傷した時の動揺が大きく、フォローも過剰だ。仲間を想う気持ちが悪いとは言わなが、戦場ではそれが仇になることもある」
いつになく口数が多いカミラに、ケネスだけでなく俺たちも視線を集中させた。
「……余計なことだったな。失礼した」
「え、あ……いや。んなこたぁねぇけど」
カミラの方に顔を向けてはいるが、視線は泳ぎまくっている。
ケネスってこんな奴だったか? 普段はもっと堂々としている気がするけど……。
「そうか、それなら良かった。状況把握や、視野を広げることは実戦経験を重ねるのが一番だ。精進するといい」
「お、おう」
「私からは以上だ。レイホから何かあれば言ってやれ」
回答は終わりだと油断していると、急に水を向けられてドキリとする。さっきまで泳いでいたケネスの視線も、今はしっかりと俺に向けて固定されている。
「……特に、ないよ」
不甲斐ない言葉を漏らすしか出来なかったが、ケネスは落胆することなく礼を言って立ち去った。
次回投稿予定は4月12日0時です。




