第十四話:冒険者として
食事処兼酒場イートン。初めて入った異世界の飲食店だが、店内の雰囲気は現代の喫茶店に似ている。強面で腕力の強そうな店主と、子供の給仕がいるところは変わっているが。
夕飯前という時間帯もあって店内は空いており、俺達は四人ながら横長の卓——六人席に案内された。俺以外の三人は結構な筋肉質なので、窮屈にならずに済んだ。
「おらぁ、好きなもん頼めやぁ。こぉの店はどれも安くて美味いぞぉ」
ダルはケアリーが開いて渡してきた品書きを受け取り、そのまま俺の前に置く。品書きには簡易的な料理の絵に名前、金額が表示されている。料理の名前は読めるが、それがどんな料理なのか分からない。絵のお陰で肉料理なのか魚料理なのか、焼き物なのか煮物なのかくらいは分かるが、味のイメージが分からないといまいち決め手に欠ける
金額はどれも十ゼース前後。屋台の串焼きが五ゼース前後であることを考えると手頃な価格だ。料理の種類も豊富なので、確かに食事に迷ったらここに来れば良いのかもしれない。
「……安くて栄養のある物を」
「あン? みみっちぃっこと言うなぁっ! 冒険者ならガツッと肉食っとけ!」
モヒカン男はそう言うと、勝手に俺の分の注文もケアリーに告げた。ダルと傷男もそれぞれ注文する。
「はーい! それじゃあ、できるまで少し待っていてくださいね」
元気な笑顔と共にケアリーは店主の方に歩いて行き、その姿を目で追う。
見た目だけの判断になるが、小中学生くらいのケアリーを雇い、働かせるのはこの世界では珍しくないのだろうか。賤民の子供達はもっと小さかったが、社会的立場から働かざるを得ない状況になっている。ケアリーはどうだろう。メイド服とは少し趣の違った、黄色のエプロンドレスを着ている辺り、賤民ではなく正規の従業員だとは思うが。
「食事処兼酒場イートンでの立ち振る舞い!」
ぼーっと考え事をしていると、急にモヒカン男が声を張った。
「ケアリーちゃんに手を出す者にはイートンさんの鉄槌が下る!」
それって立ち振る舞いというより、掟じゃないのか。思うだけで言わないし、手を出す気もないけど。
「あぁんだけ可愛ければ見惚れるのも分かるがぁ、見るだけに留めとけよぉ」
ダルから釘を刺される。もしかして、ケアリーを目で追ってたのが変に捉えられてないか。
「変な気は起こしてませんよ」
一応の否定はしておく、今回みたいな誤解は否定しても茶化されるのが通例だが、ダル達は意外にも素直に聞き入れてくれた。
「冒険者としての立ち振る舞いその二、先の報酬より手前の命!」
傷男が訛りの無い言葉で言い放つ。この人達、標準語で話せるならいつもそうしてくれ。
「冒険者は命あっての物種だんべや、危ねと思ったら直ぐ逃げんだど」
分かり切った話だが、ご尤もな話だ。今の所、得意なことが逃げることのみなので、今言われた立ち振る舞いについては問題ない。
「鉄になぁれば、討伐の依頼もぉいくらか熟していかなくっちゃぁならねぇ。そん時にぃ引き際の判断ができねぇとお陀仏になっちなうからなぁ」
「鉄ってぇっと、インプやコボルトくらいまで依頼されっか?」
「いんや、そいつらは銅に上がってからぞな。ゴブリンとか蟻とか蜂ぐらいだ」
「そっか。つーこっとは、魔窟にはまだ行かないのかっ」
「銅以上のパーティに入ればぁ行く機会はあぁんだろぉよ」
三人組が独特の口調で話し合っているのを聞くだけで耳が疲れるが、有益な情報を聞けた。鉄でもゴブリン討伐の依頼を受けられるのか。確かゴブリンの討伐推奨等級は銅等級星一だったと思うが、パーティで挑むことが前提なのかもしれない。
インプは小さい悪魔みたいなやつで、コボルトは人型の犬だったか。
それにしても討伐か……逃げ回ることしかしていない俺にできるだろうか。
「冒険者としての立ち振る舞いその三、組む相手は選べ!」
また思考に耽っていると、ダルが声を張って注意を引き付けた。組む相手ってパーティのことだよな。この人達から相手を選べなんて言われると思っていなかったから、少し内容が気になる。
「お待たせー!料理お持ちしましたよ!」
ダルが何か語ろうとしたが、ケアリーが料理と共に割って入って来た。大きめの皿に乗せられた料理はどれも食欲を掻き立てる匂いを漂わせている。
俺はモヒカン男と同じ物を頼まれたらしく、こんがりと焼かれた巨大な肉の塊にソースがかけられた、シンプルだが圧のある料理が置かれた。茹でた野菜も添えられていたが、ほんの申し訳程度だ。
「冒険者ぁはいろぉんな奴がいるからなぁ。等級の低い奴を利用してぇ稼ごぉってぇ魂胆の奴もいる。駆け出しの時はぁ見向きもされねぇがぁ、鉄にぃなれば周りからもぉ認知される」
料理に圧倒されている間にダルが話しを続ける。ちょっと待って、聞く姿勢ができてない時に重要そうなこと言わないでくれ。
「おめぇがどぉんな奴と組みたいかは知らねぇが、ちゃぁんと相手を見極めろよぉ。そぉじゃねぇと、死ぬぜ。つまんねぇ理由でな」
死。その言葉を口にしたダルの眼差しはどこまでも真剣であり、ならず者ではなく冒険者の、戦士としての風貌が見えた。
「とっくに、異世界から流れて来たやっつぁは、とっくべつなスキルとかアビリティを持ってるってことが多いからな」
「んだ。レイホ、あんまり自分の能力値を他人に見せんようにしとげよ」
え? 何、その話? 俺には特別なスキルもアビリティも基礎能力もないんだけど。エリンさんも見ているから、見誤っていることはないだろうし、間違いなく底辺能力値の冒険者なんだけど。
「おらぁ! おめぇら、いつまで喋ってやがる! 俺の料理より大事な話しがあんのか!」
「イ、イートンさん!」
「な、ないっす! ないっす!」
「いただきやす!」
店主に怒鳴られ、ダルら冒険者は背筋を伸ばして猛スピードで料理を食べ始めた。気になる話の最中ではあったが、店主の威圧を無視するには精神力がいくつあっても耐えられない。早食いは苦手なので、自分のペースで肉塊に挑む。
腹が重い。どうにか肉塊を胃に収めた俺は膨らんだ腹をさすりながら背もたれにもたれ掛かった。ダル達はというと、食後のお茶を姿勢よく飲んでいた。
料理自体は美味しかった。肉は匂いに負けず香ばしく、それでいて肉汁が詰まっており、甘味のあるソースと相まって次々と口に運べた。食べても食べても肉が減らないという、現代では体験したことのない事態に気付した途端に満腹感が押し寄せてきたが、残したらイートンさんにぶっ飛ばされるとダルが耳打ちしてきたので根性をみせてやった。
聞く所によると、イートンさんも元冒険者で銀等級星二の実力者だったそうだ。イートンさんの実力よりも、筋肉の塊みたいな人とエリンさんが同格だったと知った事の方が衝撃だったが、口にはしなかった。
「ふ~……」
少しでも体内を軽くしようと息を吐くと、ダル達が笑った。
「腹ぁいっぱいになったかぁ?」
「冒険者っといやぁ、やっぱ肉と体力だからなっ!」
「ここに通えば、そんの細い体もちっとは頑丈になんべ」
「ははは……」
腹が一杯になって気が緩んだのか、乾いてはいるものの笑い声を上げた。
「さっきの話しですけど、異世界から来た人間は特別なスキルやアビリティを持っているって本当ですか?」
「お? そぉらしいぞ。有名なところだとぉ、攻撃を無効化したりぃ、死んだ生き物を蘇生ぇさせたり」
「時間を操る奴もいるらっしぃな」
「あどは、見ただけでスキルや魔法を使えるようになる奴もいだな」
出てくる出てくる超能力。どうなってんだ。もしかして俺は本当はブランクドの人間で、地球の方が異世界だったのか?いやいや、そんな訳はないだろう。……ないよな?誰も知るわけないか。
「まぁ、今言ったのはぁ特別強力な連中だからなぁ。もっと地味ぃな奴も沢山いるぜぇ」
その地味なのもないんだけどな。経験値を溜めて開花する可能性に懸けるか。
「おめぇがどんな能力を持ってよぉが、困ったことがあればぁオレ達、銅星の希望に声ぇかけろよなぁ」
凄い良い笑顔でサムズアップしてきたが、なんでそんなに俺に構おうとしてくるんだ? そもそも銅星の希望ってなんだ? パーティの名前か?
「オレが攻撃手で、ホップが万能者で、チーホーが守備者だから、おめぇは好きな役割で立ち回っていいからな」
ダルは自分、モヒカン男、傷男の順で指を差して説明してくれる。パーティだと役割なんてあるのか。エリンさんが説明してくれていたような、いなかったような。
ギルドで声をかけられた時はダル達のことを嫌悪していたが、こうして話していると真っ当な人だと分かる。自分達のパーティに加入することを強要してこない辺りも、俺としては気分が良かった。必要な時だけ手を組む、即席パーティとしていつか共に戦う日も来るのだろうか。
ダル達への印象が変わって気分が落ち着いたのか、腹の苦しさもいくらかマシになったので、用意された食後のお茶に手を伸ばした。




