第百四十一話:苛立ちの理由
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魔法とは、体内を巡る魔力を意識的に活性化させ体外に放出、大気中に存在するマナの中に宿る属性の力を呼び覚まし具現化することで様々な効果を発揮すること。
マナは基本的に全属性を内包しているが、周囲の環境によって特定の属性が濃くなったり薄くなったりする。属性の濃度によって魔法発動までの時間が前後する場合があるが、定型魔法は魔法の濃度に左右されにくい。
次元の境穴でワイバーンと戦った時のシオンが【ブラスト】の発動に時間が掛かっていたことを思い出すと、あの場は相当にマナの雷属性が薄くなっていたことが分かる。
詠唱は魔力を乗せた声で大気を振動させることにより、マナを活性化させている。声に含められる魔力の量が多ければ【高速詠唱】のアビリティを、少なければ【低速詠唱】のアビリティを、魔力の活性化のみでマナの属性を引き出せるならば【詠唱破棄】のアビリティを得ることになる。魔力の操作には集中力が必要なので魔法の発動前後は別の行動が取れなくなるが、【移動詠唱】のアビリティを所持していれば動きながら魔法を発動できる。
そんな魔法学校に入学できる者ならば誰もが知っている常識を教えられた上で、セレストによる放課後魔法特訓が訓練場で開始された。
魔法特訓と言っても、魔法を放って射撃練習だとか、逆に魔法で障壁を作って防御練習だとか、ましてや実戦形式のものではない。そもそも俺は直接戦闘が出来る魔法を覚えていない。
定型魔法は知力に空きがある状態で魔法書を読めば覚えられる。そして、その知力は魔力を何度も使用し、体に馴染ませることで上昇する。なので手っ取り早く俺にできることと言えば……
「ほら、どんどん氷を作りなさいよ」
無詠唱で生成できる三センチ四方の氷を、ひたすら積み上げていくことだけだった。十個積みをワンセットに、せっせと氷の柱を作りあげていく。氷一つ一つは大した魔力を消費しないのだが、ずっと続けていれば当然ながら疲労は溜まっていく。しかし、蓄積していく疲労の度合いもごく小さいものだから、音を上げるのもなんだか情けなく思えるので辛抱して続ける。
ただ氷を積み上げるだけならば、魔力の低い俺でも一時間か二時間は続けられるだろうが、これは特訓……しかもセレストのだ。そんな生易しいものではない。
「おっそい」
十個積むのに時間が掛かると、それまで積み上げた氷が文字通り蹴散らされる。
「汚い」
氷の見た目が悪いと例外無く蹴散らされる。
「ふざけてんの?」
氷ではなく俺に文句があっても蹴散らされる。べつに変な挙動したつもりがなくてもだ。
氷の柱を何本立てる、なんて目標はないし、氷は蹴散らされようがされまいが時間経過で勝手に消えるので、気にしなければ気にならない。ただ、自分の作った物を足蹴にされて良い気分にはならない。……なる奴もいるかもしれないが、少なくとも俺はそうじゃない。
「……やめだ。限界」
何十回罵倒されたか数えちゃいないが、集中力の限界が来たので正直に申告する。なにも不貞腐れたわけじゃない。特訓を始める際にセレストから「限界だと思ったら止めなさい」と言われたからだ。なので、セレストも不満そうに睨んで来ることはあっても罵倒や足を飛ばして来ることはない。特訓助手のカミラへ視線を向けた。
「何本だった?」
「十個積まれたのは五十三本。途中で崩されたのは八十四本。合計百三十七本だ」
特訓開始から、足を肩幅に開いて後ろ手を組んで微動だにしていなかったカミラが滑舌良く報告する。
忍耐力すげぇな。俺だったら絶対途中で飽きるぞ。
「ふぅん。思ったよりは軟弱じゃないのね」
お、褒められた。馬鹿にされたのかもしれないが、元の評価が最低なら後は上がるだけだからな。……べつに認められたいとか褒められたわけじゃないけど……意外だったから驚いただけだ。
「ただ、魔力の扱いは雑過ぎね。小さい子供の方がよっぽどマシよ。何して生きて来たの?」
漠然と生きてきました。と言ってやりたい気はあるが、言ったところで俺が愚図であることを再認識させてしまうだけだからやめる。
「魔力器官を開放したのが……だいたい二週間前だからな。生後二週間の赤ん坊にしては上出来だろ」
「むかつく」
思った事をそのまま表情と言葉に出してしまう性格なのだろうか。だとしたらこの先、少しばかり生きづらい人生になると思うのだが……俺が心配することじゃないか。
「ハーッハッハ! 諸君、見てくれ! 新しい魔法を思いついたぞ!」
俺の特訓が始まって数分と経たない内に訓練場の端で風を起こしていたリゲルが戻って来た。
「まぁいいわ。あんたがどれだけ使い物にならなくても、四人組の再編成ができる三か月後までは死ぬ気でやってもらうから」
……冗談抜きで殺されかねないな。グールの群れよりセレストの方が怖いまであるぞ。……目力強いのはバックル家の血筋なのか? アクトと関係があるか知らないけど。
「ところでバックル、一つ質問を……」
「その名前で呼ばないで!!」
カミラが何か聞こうとした途端、セレストがこれまで以上の剣幕でカミラに掴みかかった。殺気立っていると言っても過言ではない。
セレストの怒鳴り声は訓練場全体に響き渡り、他の場所で訓練をしていた生徒の視線が一斉に集中した。
まずいな。どうにかして止めないといけないが……俺が止めに入ったところで火に油を注ぐようなもんだろ。
「ハーッハッハ! いい感じに注目が集まったようだね。それでは刮目せよ! そして迸発の喝采を! これがボクの新しい魔法……ストラトスティア!」
緊張した空気をリゲルの愉快な声が破り、尻尾髪を連れて舞うと、空に向かって手をかざした。すると、上空に訓練場を覆う巨大な雲の渦が出来上がり…………何事も無く消え去った。
「ま、詠唱はこれから考えないといけないんだけどね」
最大まで張り詰められた緊張が落ちた糸くずのように緩んだ。
「驚かすなよー!」
「口だけかよ!」
「期待させておいてなんだよ!」
方々から飛んで来る野次を、リゲルは満足そうに頷いて聞いている。
こいつ本当に何なんだ? でも、詠唱無しであれだけ多くのマナを操作したんだから、魔法に関しては凄腕なのだろう。
「……先ほどの失言を許してほしい。セレスト、と呼べばいいか?」
リゲルの所業の後、気を見計らってカミラが謝罪した。すっかり毒気を抜かれたセレストはカミラから手を離しており、謝罪を素直に受け入れた。
「それでいいわよ。で、何か聞きたいんでしょ?」
「ああ。セレストはどうしてそうも成績に対して神経質なのだ? いや、魔法学校に入学した以上、最上を目指すのは当然なのだが、そう単純な理由ではなさそうだからな。よかったら話してくれないか? 理由が分かれば我々としても、シスイとしても努力のし甲斐が出る」
随分と切り込んでいくなぁ。会って二日目だぞ? 俺なら自分の目標は疎か趣味だって聞かれたくない。
「……あたしがバックルだからよ」
……よく分からないが、絶対に関わってはいけない事だというのは分かった。
カミラが質問を重ねるより先にセレストは言葉を続ける。
「マクライトだとか、ステイプルズだとか……ホリングワースをそう簡単に越えられるとは思ってないけど……どこの馬の骨かも分からない魔法使いに負けてなんかいられないのよ!」
今日の戦闘訓練の結果の事を言っているのだろう。マクライト——入学式後にバーリス先生に意見をした不良っぽい男子生徒だ。彼の四人組が今のところ九組のトップであり、その次がステイプルズ——お嬢様風の女子生徒の四人組。二番であることを知らされた時、またもやバーリス先生に噛み付こうとしていたが取り巻きに宥められていた。
そして三位、誰の名前も分からないが……見た目的に最年少の女の子が含まれた四人組だった。さっきのお嬢様とは逆に、三位であることを告げられた瞬間、和気あいあいと喜んでいた。四人組の雰囲気やセレストの言葉を踏まえると、恐らくは一般入学者の集まり。少なくとも名のある魔法使いの家系ではない者たちだ。
で、バックル家のお嬢さんとホリングワース家の坊ちゃんがいる四人組が四位。順位なんて気にせず、一人でうろうろしながら詠唱を考えている坊ちゃんみたいなのもいるが、立場的に苛立つのは分からんでもない。
ところで、カミラは一般入学だよな? これで彼女も良い所のお嬢さんだったら凄い申し訳なくなるんだが。
「昨日話した感じ、カミラは結構優秀そう……特に支援系は期待してもいいと思ってる」
はい、来ました。睨み。
「あとはあんたよ! いい、魔力の上達に近道なんてないんだからね! 生後二週間の赤ん坊って言うなら、常人の十倍でも二十倍でも魔力操作の特訓をして、さっさと成人まで成長しなさい!」
ここで「うん、セレストの期待に応えられるように頑張るよ」とか「どうしようもない俺のことを気遣ってくれてありがとう。俺、頑張るよ」とか笑顔混じりで言ったらデレてくれないかな…………ゴブリンみたいに潰されて終わりだろうな。
「出来るところまでしか出来ないぞ」
結局こんな煮え切らない答えしかできないのが俺なんだよな。セレストの邪魔をしたいわけじゃないけど、俺にだって目的はあるんだ。
「ほんっと、あたしを苛立たせることしか言わないわね。あたしはもう帰るわ! あんたは氷の柱をあと百本作ってから帰ること! それと、寮に帰っても食事中以外は氷を生成して維持し続けること! わかったわね!」
地面を蹴ると、俺の返事も聞かずに訓練場を出て行ってしまう。
文句言いつつも指示は出してくれるから真っ向から対立とか無視はし難いんだよな。
小さな溜め息を漏らしつつも言われた通り氷積みを始めようとしたが、カミラがまだ残っていることが気になった。
「帰らないのか?」
「無論だ。君が受けた指令を全うする、しないに関わらず、どれだけやったか承認する者は必要だろう」
「お節介なんだな」
「そうなのか?」
「俺はそう思った」
「ふむ。なら、今の私はお節介なのだろう」
……なんだこの会話? どいつもこいつもクセが強いなぁ……。
ぼやいても仕方ないので、お節介さんを少しでも早く解放するために氷の生成に集中し始めた。




