表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第一章【始まる異世界生活】
14/296

第十三話:昇級祝い

 ギルドの受付台の上に、折れた根っこ状の植物を並べる。見習い最後の依頼は、プラントルートと呼ばれる、昨日俺が吸血蔓と呼んだ植物の採取だった。普段は木の根に擬態しているので見つけ難いが、近付くと向こうから絡み付いて来るので、注意していれば採取はそこまで苦労はしなかった。


「……八、九、十! はい、確かに依頼達成ね!」


 受付台を挟んで向かい合って立っているエリンさんはプラントルートの数を数え終わると嬉しそうに笑った。

 プラントルート十本で十五ゼース。割りと良い稼ぎになる依頼だが、プラントルートに絡まれると針で刺されたように出血するので、あまり気分の良い採取ではない。手袋があれば楽なんだろうけど、なくても採取できるので余計な出費は抑える。

 今日も東の森をあちこち歩き回ることが予想できたので、雑貨屋で方位磁石を探したところ、コンパスという名前で売られていた。盤面に書かれている文字は相変わらず表現し難いものだが、【言語能力】のお陰で東西南北と書かれていることは分かるし、文字以外は現代にある物とほぼ同一だった。十ゼースの一番安い物なので、東西南北以外の表記もメモリもないが、大体の方角が分かれば十分役に立つ。


 エリンさんは報酬として大銅貨一枚と小銅貨五枚、そして鉄の板で作られた等級証を盆に乗せて俺の前に置いた。


「おめでとう、レイホ。今回の依頼達成を以って駆け出しから鉄等級に昇級よ!」


「ありがとうございます」


 人に何かを祝われるのは久しぶりだな。祝われるほど凄いことを達成した訳じゃないから、気恥ずかしい。

 報酬を革袋の財布に入れて、鉄等級冒険者の証である鉄の等級証を首に掛ける。


「今まで着けていた木の方はどうしますか?」


「それはギルドで回収するわ」


 見習い冒険者の等級証を外してエリンさんに渡した時、盆に小銀貨が乗っていることに気付く。


「あの、小銀貨がありますけど」


「それも受け取って。ギルドからの昇級祝い金よ。銅等級に上がった時はもっと多く貰えるから、頑張ってね」


 小銀貨一枚、依頼を五回達成して得た報酬よりも高い。じりじりと所持金が減って来たところにこの祝い金は非常に嬉しい。遠慮なく貰って革袋の財布に仕舞った。


「等級が上がったときは冒険者手帳の能力値の更新も必要になるから、冒険者手帳を用意して少し待ってて。器材を持って来るわ」


 エリンさんは受付の奥へ歩いて行くと、直ぐに器材を持って現れた。冒険者登録した時と同じく、現代で言うところの顕微鏡に似た器材だ。受付台の上に置いておいた冒険者手帳を、エリンさんは器材の後ろに開いて挿入した。


「エクスペリエンス・オーブを上にして、腕をこの台に乗せてくれるかしら」


 言われた通りに左腕に着けた腕輪のエクスペリエンス・オーブを上に向け、器材の台に乗せる。エリンさんが器材を調整すると、微かに青白く発光して小さな動作音がする。

 能力値が出力されているのだろうが、初回ほどの昂揚感はない。あの惨めな能力値が、五回依頼を達成した程度で伸びるとは思えない。スキルもアビリティも体感では習得した気配がない。

 スキルや魔法があっても特殊能力はないのかと思ったが、未来を見る力を持ったタバサさんに先日会ったばかりだ。持っている人は持っているし、持っていない人は持っていない。そういう所は現実もこの世界も同じなんだ。


 ぼんやりと考えていると、器材の動作音が止み、後ろで冒険者手帳が排出された。エリンさんは、きちんと文字が出力されているか軽く確認すると、開いたままの手帳を俺に渡してくれた。

 手帳の中身は俺の期待を裏切らない結果だった。体力と精神力は上昇していたが、他は微々たる上昇または変化無しだった。スキルと魔法は空欄でアビリティは言語能力だけ。

 予想していた通りだが、溜め息が漏れそうになる。だが、エリンさんの前で明らかに落ち込んでは気を使わせてしまうので、出て行く息に質問を乗せることにした。


「鉄等級としてこの数値はどうでしょうか?」


「えーと……相変わらず体力は平均以上、精神力は平均の倍近いわね。他の能力は平均以下だけれど、前回よりは確実に上昇しているから、まだまだこれからよ!」


 前も似たようなことを聞いた気がするけど、日もそんなに経っていないし当然か。夜は暇な時間が多くて筋トレしてるし、ゆっくり育っていくだろう。食事は十分にとれているとは言えないし、筋肉付き難い体質だけど……。


「はい。これからも頑張ります」


「良い返事ね。それじゃあ、時間取らせちゃったけど、これで昇級手続きも終了よ」


 能力値を見ると悲観的になってしまうが、逆に言えば貧弱な俺でも晴れて鉄等級に昇級できたのだ。これからも自分のペースで依頼を熟して、先ずは借金返済しよう。


「あ、そういえば、今日の報告が終わったら話し掛けてほしいって、ダルさんが言ってたわよ」


「ダルさん?」


 聞いた事のない名前だったので無意識に小首を傾げる。


「あそこに居る……あ、ほら、丁度こっちを見てる」


 エリンさんが指差した方に視線を向けると、あまり見たくない姿が見えて思わず顔を引き攣らせる。


「おぉう! こっちだぁ!」


 会うのは三回目だったか、禿頭のならず者。ダルという名の男が仲間二人と共に卓を囲みながら、大きく手を振って俺のことを呼んでいる。


「エリンさん……いや、やっぱりいいです」


「ん? そう?」


 ダルという冒険者について聞こうとしたが、なんだか面倒臭くなったのでやめて彼らの方に歩いて行く。

 卓にはダルと、傷だらけの男、それとくすんだ金髪のモヒカン男が座っていた。銭湯で見た時はモヒカンを下ろしていたのか。


「何か用ですか?」


「まぁ座れよぉ」


 ダルは長椅子の自分が座っている隣りを手で軽く叩く。少し躊躇ったが、言われた通りに座る。


「へへぇ、先ずは昇級めでてぇなぁ」


「見習いが終わって、ようやっと冒険者のスタットだぜ」


 モヒカン男が言うスタットはスタートって言いたいのかな。言葉の流れ的に。この世界特有の言葉なら知らん。


「そんで、オラたちが冒険者としての立ち振る舞いっつぅもんを教えてやんだ」


 傷男が相変わらず訛った口調で告げる。冒険者としての立ち振る舞いなんて教わらなくても、一人で勝手にやっていくよ。


「まぁ、ここじゃぁなんだぁ、どっかで飯でも食って話そうやぁ。昇級祝いで奢ってやるぜぇ」


 ダルは俺の肩に手を置いて話し掛ける。これ、暗に逃がさないって言ってるよね。「飯は奢るが授業料は払え」なんて言われそうだけど、もう俺にはどうしようもない。ダル達一行の首元には銅色の等級証がぶら下がっている。銅等級以上なら星も付いているだろうが、丁度裏面になっていて星の数は見えない。星いくつであろうと、俺より格上で、見た目の体格からして三人とも俺より明らかに強い。

 できるだけ機嫌を損なわないように付き合おうと覚悟を決めた俺はダル達と共にギルドを出た。


 ギルドを出てからは意外にも俺に話し掛けて来ず、三人でなんでもない会話を続けていた。参集通りを西に歩き、大通りに入る手前の店で、ダル達は足を止めた。

『食事処兼酒場イートン』

 店の扉の上には店名が書かれており、扉の横にはメニュー表が立て掛けられていた。店の外観は黒い木造建築で、横長の二階建てだ。出入り口の横にはテラスがあり、丸い卓と椅子がいくつか並んでいる。夕飯時には少し早いからか、テラスに客は見当たらない。


「冒険者としての立ち振る舞いその一、飯に迷ったらイートン!」


 店に入るものだと思っていたが、三人は一糸乱れぬ動作で振り返り、冒険者として俺に教示する。

 ……今喋ったのはダルか? 口調が違っていたから一瞬思考が停止した。


「よぉしぃ入るかぁ」


 何事も無かったかのように扉を開けて店内に入って行く。


「ほらっ、ぼっとしてないで、入んぞ」


「は、はい」


 モヒカン男に手招きされ、俺も食事処兼酒場イートンに入店した。

 店内も外観と同様に黒い木造で、並んでいるテーブルや椅子は少し明るめの茶色だった。照明は明る過ぎず、落ち着いた印象を受ける。


「いらっしゃいませー!」


 建物から受けた印象をがらりと変える、明るい少女の声が男四人客を出迎えてくれた。


「おぉう、ケアリーちゃん、今日も元気だなぁ」


「あれ、ダルさん今日は早いね。まだ酒場の時間帯じゃありませんよ?」


「今日はぁ、こぉいつの歓迎会だぁ」


 ケアリーと呼ばれた少女はまだあどけなさが残っていて、体格的にもまだ子供であることが窺える。現代なら中学生くらいの年齢だろう。橙色のツインテールを揺らし、緑の大きな瞳で見つめて来る姿は愛らしさを感じる。


「新しい冒険者の方ですか?」


「んだ。しかも外の世界からきた、えーと……わりぃんけど、名前はなんだったか?」


 傷男はバツが悪そうに頭を掻いて俺の方を見る。名前知らないのに絡んで来てたのかよ。


「レイホ・シスイです」


 ケアリーの方に向かって名乗ると、ケアリーはパッと明るい笑顔に表情を切り替えた。


「ケアリー・ブレアです!食事の時間帯にこの店で働いてます! 今後ともゴヒーキくださいね!」


「ああ、はい」


 めっちゃ明るい上に人懐っこい。嫌いじゃないけど苦手なタイプだな。何か気の利いた言葉を返せれば良かったけど、相槌を打つので精一杯だった。


「おぉい、ケアリー、まずは席に案内してやんな」


 店の奥から野太い男の声が聞こえたので、そちらに視線を向けると、褐色禿頭でガタイの良い男がエプロン姿で立っていた。率直に言って怖い。


「あ、そうだった。ごめんなさい。こちらにどうぞ!」


 照れた笑みを浮かべながら、ケアリーは俺たちを席へと案内してくれた。




参考までに。

鉄等級昇級時のレイホの能力値。()内は鉄等級冒険者の能力値の推奨値。

体力:165(140)

魔力:0(15)

技力:3(10)

筋力:4(10)

敏捷:6(10)

技巧:1(5)

器用:9(11)

知力:0(6)

精神力:54(30)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ