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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第三章【学び舎の異世界生活】
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第百三十六話:助けは必要なのか

「諸君、私が当魔法学校の学校長、タテキ・クリノだ。先ずは入学を祝おう。だが、入学したからと言って気を緩める事は許されない。いきなり何を、と疑問や反感を抱いた者もいるだろうが、この世界がいつ魔物共に侵攻されるか分からない情勢であることは既知の事実だ。加えて、諸君らは近頃の魔法学校の変遷を承知の上で入学して来た。己の魔法を磨き、魔物へと立ち向かわんとする覚悟を、我々学校側は大いに評価する。魔物を殲滅し、世に平穏をもたらすことができたなら、諸君らが英雄として称えられるのは自明の理だ。ならば……妥協をするな! 今の自分に甘んじるな! 己の才に自惚れるな! 上には上が、個では叶わぬ群がいることを忘れるな! そして、諸君らを導く者がいることを脳髄に焼き付けろ! ……諸君らの活躍が一日も早く、空を裂く霹靂かみときの如く、この学校に轟くことを期待している」


 思いがけない再会に驚いててほとんど聞いて無かったけど、随分と物々しい祝辞だったな。つーかこの学校、魔物の殲滅を教育目標にしてんのかよ。そりゃあ、魔界に侵攻しようなんて言うわけだ。

 視線をプリムラから離せずにいると、バーリス先生の進行で校長が下がり、今度は男子生徒が教卓に着いた。

 黒髪に黒茶色の瞳。顔が良い訳でも悪い訳でも無ければ、背が高い訳でも低い訳でもなく、太っている訳でも痩せている訳でも……どっちかって言うと痩せ型か。こっちの世界じゃ黒髪はあまり見ないけど、俺からしたら珍しいもんでもないし、特徴らしい特徴が見当たらない。


「皆さん初めまして。僕はヴォイド・ヒンメル。紋章持ちライザクレストで全能の席を担わせてもらっている」


 声変わりはしているけど、高い訳でも低い訳でもない声。俺の隣りに座ってる奴みたいに破天荒な事を言う訳でもない。にも関わらず、教室中がざわついた。


「全能の席!?」

「それじゃ、あの人が魔法学校開校以来、最高にして最強の魔法使い!?」

「オーバーフローをたった一発の魔法で鎮めたっていう、あの!?」


 な、なんだ? そんな凄い奴なのか?


「ははは……推戴されるのは柄じゃないんだ。だから、そんなにかしこまらないで自然体で接してくれたら嬉しい」


 そこまで言ってから、ヴォイドは砕けていた表情を少しだけ引き締めた。


「さて、皆も知っての通り、世界はいつ魔物に襲われるか分からない切迫した状況だけど、あんまり気を張り過ぎるのも良くない。張り過ぎた糸は切れやすいからね。だから僕からは、皆にこの組の全員を仲間と呼べるような関係を築いてほしい、と言わせてもらう。授業や訓練の時は勿論、私生活でも心を通わせることで、戦闘時に想定外の事が起きたとしても互いのことを補い、協力し合える筈だから。仲間という存在はいつ何時でも頼りになって、かけがえのない存在だから」


 うへぇ……俺とは馬が合わないな。っても、カースト上位のお方と雑談する機会なんてないか。


「まぁ、何が言いたいかっていうと。折角同じ学校、同じ組になれたんだから、仲良く学校生活を送ろうよってこと」


 破顔して締めるヴォイドに、再度教室でざわつきが起きる。……何言ってるか聞き取れないけど、女子の声が多いな。強者の見せる笑顔は惚れ薬ってか? どうでもいいや。

 誰が誰に憧れを持つとか、ヴォイドがどんな野郎かは本当にどうでもよくて、次だ次。流れから言って次に挨拶するのは……。

 バーリス先生の進行によってヴォイドが下がり、プリムラがゆっくりと教卓に着いた。プリムラかどうかは俺の決めつけに過ぎない。進行する時に「次は誰々です」とか言ってくれれば良かったのに、小声で合図してるから、教卓に立った者が誰なのか判明するのは本人の口から発せられるまで分からない。

 プリムラは呆けたような視線で教室を見渡す。男子生徒の多くがそわそわしたような気がしたけど、俺の内心の落ち着きの無さとは別の理由だろう。

 一瞬が永遠にも感じる時間に感じていると、プリムラの薄い唇が小さく開かれた。


紋章持ちライザクレスト。四元の席。プリムラ・デュランタ」


 聞き覚えのある、いや、聞き間違えようのない、細く澄み切った声。全身の血管が心臓のように脈打ちながらも全身の毛が逆立ったが、脳だけは気味が悪いくらい冷静だった。

 プリムラと名乗った。間違いない。タバサさんの予言で知っていたが、こうして実際に姿を目にして改めて思う。生きていて良かった。

 けれど、こうも思う。彼女は本当にプリムラなのか? 俺があの夜会った人物と同一なのか? 呼び覚ました記憶の中の彼女は、見た目こそどこか儚げだったが、人柄は人懐っこくて、どこかズレているような所もあって、少し強引で……何か俺気持ち悪いな。……とにかく、今みたいに魂が抜けた感じでなかったことは確かだ。


「はい。以上三名の挨拶を以って、入学式は閉式となります」


 え!? しまった、記憶を辿るのに集中し過ぎてプリムラがなんて言ったか全く聞いてない! そんなに長時間考え込んでいたか? それとも挨拶が短かった?

 痛恨のミスに頭を抱えそうになるが、隣りの奴を見習った変人にはなりたくない。教室を出て行くプリムラを目で追うが、視線が重なることは無かった。

 くっそ、無反応か。助けに来るのが遅くて怒ってんのか? それともこの魔法学校に来た時点で助かったから、俺のことは忘れている? 助かったんならそれでいい。俺のことを忘れたって構わない。俺としては、後は自分なりに幸せになってくれ、でプリムラの件は終わりにして、魔法学校を一日で辞めた記録を作ってしまいたいが……そうもいかないんだよなぁ。


「は~……。んじゃ、聞いてばっかのお前らに話す機会を与えよう。自己紹介しろ。やり方は全部お前らに任せる」


 …………待てよ。タバサさんの予言じゃ、俺がプリムラに再会するのは戦闘中で、その戦闘が原因で……番犬が死ぬってことだったよな。今日、俺がプリムラに再会したことでもう未来が変わったってことは……ないよな。ないない。再会したって言うより、一方的に見かけたって言った方が正しい。これじゃ会ってないも同然だ。


「はいはい! ボクから自己紹介しよう! 異論のある者はいるかい?」


 煩いな。勝手にやっててくれ。

 番犬が死ぬのは、俺の声がプリムラに届かないことが原因だ。簡単に言えば、プリムラが俺の指示を聞いてくれるようにすれば……って言うと主従関係みたいな、俺が偉いみたいになるから嫌だけど、この際表現は何でもいいか。状況整理が優先だ。


「ボクこそがホリングワース家の血を引きながら空前絶後の異端児にして不世出の奇才、リゲル・ホリングワースその人だ! ハーッハッハ! 皆と魔法学校に入学できたことは紛うことなき誉れだが、魔法で負ける気はないよ! これからよろしく!」


 自分のことを異端児って言ったり、自信たっぷりな名乗りの割りにこっちに寄り添うようなことを言ったり、本当に変な奴だな。

 リゲルは尻尾みたいな後ろ髪を翻し、颯爽と教壇から下りようとしたが……何かを思い出したかのように慌てて登壇し直した。


「言い忘れるところだった、適性属性は風さ! 得意魔法は……近い内に披露する機会があるだろうから、それまで期待して待っていてくれ!」


 今度こそ本当に降壇し、席に戻って来て……俺の腕を軽く叩いた。


「はい、タッチ」


 は?

 疑問をそのまま表情に出してリゲルと視線を合わせると、屈託ない笑顔を返された。


「自己紹介の順番、次は君だよ」


 縦じゃなくて横に来るやつか!? 椅子の形状的に、そう来るのが自然なのかもしれないな。

 さっさと終わらせて思考に没頭するか。

 席を立って教壇に登り、同級生と対面する。男女比はちょうど半々といったところだが、見た感じだと年齢差は結構ありそうだな。小学生くらいの子供も居れば、二十歳を越えていそうな者もいる。


「レイホ・シスイ。適性属性は氷。これからよろしくお願いします。以上」


 最低限のことだけ言って足早に降壇する。本当は「よろしく」も言う気はなかったが、悪目立ちするのは賢明じゃないよな。

 周りから「もっと何か話せ」と野次られることもなく、無事に席に戻る。リゲルが何故かニヤニヤ笑っていたけど無視だ。

 流れで、俺の隣りに座っていた男子生徒が立って教壇に向かうが、歩き方から既に緊張していることが伺える。よく喋る奴と最低限のことしか喋らない奴の次だから、どのくらいの塩梅で喋ればいいか迷うだろうな。

 少しだけ悪いことをしたかもしれないと思いつつも、俺は俺の目的を果たすための思考に耽ることにした。



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